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2 ノンナとの出会い

 私が移住先に選んだアシュベリー王国を導く王家は優秀らしく、何代にも渡って侵略目的の戦争には手を染めず防衛戦のみ。商人の流入が多く、人種的にも多様だ。私のような見知らぬ人間がある日突然街に住み着いても目立たない国なのがこの国を選んだ理由だ。


「何をして働こうかな」


 八歳のときにランコムに拾われた。初仕事は十五歳。二十七歳までひたすら働いてきた。


 私は毎月ちょっとした品物を買い、お金も入れて実家に送ってもらうために室長に手渡していた。ランコムは手紙が入ってないかを調べてから手紙・手荷物発送所に運んでくれた。

 家族との連絡を取ってはいけない規則だった。


 「私の仕送りを両親と妹が喜んでくれているだろう」という思いが仕事をする私の心の支えだった。連絡は取れなくても家族の死だけは教えてもらえるはずだった。それは何度も確認していた。


「なのに家族はみんな死んでしまっていたなんて」


 ランコムを私は兄のように慕い、上司としても尊敬していた。そのランコムが私の家族の死を二年も隠していた。






 今から一年前のこと。

 仕事のあとに十八年ぶりに実家のある町に足を伸ばした。遠くからひと目だけでも家を、いや、家族を見たかった。変装をして実家の近くに行ったら、家があった場所は更地になっていた。


 驚いて調べたら原因は失火だった。

 火事は二年も前のことだった。


 地区の役人は表向きは私の勤め先となっていた貴族にすぐ連絡したはずだ。貴族も組織に連絡したはずだ。


 ランコムが知らないはずはない。他の工作員も親の死だけは知らせてもらっていたのだから。


(そうか。そういうことするの)


 彼は私がどれだけ家族を大切に思っていたかを知っていたはずだ。私が誰のために働いているか十八年間も繰り返し彼に話していたのだから。



 その後、私は何事もなかったように働き、翌月の給料日の後はいつものように実家に送る木箱をランコムに渡した。そして彼の退勤時に尾行した。その日の夕方、木箱を抱えたランコムは王都の荷物集配所には向かわなかった。私の尾行にも気づかなかった。彼の腕が落ちてることに心底がっかりした。


 ランコムが入ったのは管理職用の宿舎ではなく、立派な制服の守衛がいるような高級な集合住宅の一室だった。三階のカーテンと窓が開き、空気を入れ替えるランコムが見えた。


 (あそこか)


 彼が建物から出て来るのを待った。夜の闇に紛れて二階のテラスやちょっとした壁の出っぱりを足がかりにして三階まで登る。まず灯りが点いていない別の部屋に忍び込んで、そこから彼の部屋に向かった。


 ドアの鍵を道具で開けて部屋に入ると、生活感のない部屋の隅に私が彼に渡した小さな木箱が二十五個、積まれていた。


 感情が爆発しかけたがすぐに気持ちを抑えた。


 積み上げられた全部の箱を開けて中に忍ばせたお金を一枚の硬貨も残さず回収した。台所の銀のカトラリーと金の燭台も盗んだ。泥棒の仕業だと思ってもらおう。ランコムの物は帰り道、途中の川に全部放り込んだ。


(私、勘違いしてた。あの人は、工作員の組織で出世するような人だったのに)


 翌日以降も私は以前と変わらずに仕事をした。

 毎月給料日の翌日には家族への贈り物を彼に頼んだ。生活は以前と変わらなかったが、私の心は変わった。もう家族はこの世におらずランコムへの信頼も無い。


 仕事の合間に彼の情報を探り始めた。その結果わかったのがランコムは私の同僚の女と結婚することが決まっていることだった。ならそれを使わせてもらおう。


「私、室長みたいな男性が理想なの」


 ランコムに異性としての興味は全く無かったが、少しずつ他の同僚にランコムへの恋心を切なそうに漏らした。いずれランコムの結婚話は公になる。それにショックを受けて命を絶ったと思わせるための準備だ。


 ランコムとメアリーの結婚が発表された日からは食事の量を減らし、二ヶ月後には誰の目にも私はやつれて見えたはずだ。理由を聞かれても暗い顔で目を潤ませて「なんでもない」と答えれば、皆が同情の滲む顔をした。もっとも結婚相手であるメアリーだけは勝ち誇ったような表情を隠すのに苦労していたが。


 なぜこんな面倒な手間をかけて工作員から足を洗ったか。

 それは私の成績が優秀だったからだ。


 ハグル王国の工作員の中で私は長年の間、成績トップを続けていた。そんな私が「仕事を辞めたい」と言って「はいそうですか」と辞めさせてもらえないのは明白だった。



 私は自分の将来を『結婚せずに四十代まで現場で仕事をして、その後は後輩の育成に携わる』と計画していた。ランコムにそれを勧められていた。


 だが両親と妹を失った今となっては組織にそこまで人生を捧げる気持ちも義理もない。ランコムに認めてもらうことなんかどうでもいい。


 だけど失踪の準備をしながらも、当日の朝までランコムから家族の死について知らされることを心の片隅で願ってもいた。


「クロエに知らせるのが遅くなったが、実は……」と言ってくれないかと待った。でも計画を実行する日までランコムは私に家族の死を伝えてくれなかった。家族が死んでから三年だ。途中いくらでもその事実を告げる機会はあっただろうに。


 私はランコムにとって妹でも部下でもなく、使い勝手の良い道具でしかなかったのだ。






「さて、少しは街をぶらついてみようかな」

 動きやすいゆったりとした膝下丈の紺色のスカートにアイボリーホワイトのブラウスという、どこにでもいそうな目立たない服装になり、私は部屋を出た。


「行ってらっしゃいませ」

 受付の声に送られて繁華街を目指して歩きだした。


 アシュベリー王国の王都は王城を中心としてざっくりと東西南北に分かれている。私がいる南地区は商店や市場、事務所がひしめく活気ある庶民の地区だ。事前に仕入れた知識だと、この地区が一番外国出身者が多い。


 食堂や屋台ではいろいろな国の食べ物が売られていて、道を歩いているといい匂いがあちこちから漂ってくる。朝遅くに充実した朝食を食べてきたのにおなかが鳴りそうだ。私はケーキ屋で焼き菓子をひとつ買って、ちびちび食べながら街を見物していた。


「あれ?」


 広場の隅に置いてあるベンチで女の子が沈んだ様子で座っていた。誰かを待っているのかと気になってしばらく離れた場所で様子を見ていたが誰も女の子のところに来る気配がない。


「悪いやつに連れて行かれたらどうするの」

 女の子は泣くこともなくぼんやりと座っている。どうも嫌な予感がして放っておけず、近寄って声をかけた。


「どうしたの?迷子になったの?」

「迷子じゃない」

「お名前は?」

「ノンナ」

「ノンナのおうちの人は?」

「お母さんがここで待ってなさいって」

「それ、何時頃のことかわかる?」

「鐘が十回鳴る前」


 ああ……。今は午後の二時過ぎだ。もう四時間以上もここで親を待っているのか。これは捨てられたんじゃなかろうか。肌や髪はやや汚れていて、一見お出かけ用に見える服もあちこち薄汚れていた。


「おなかすいてない?食べたいものがあったら買ってあげるから。お姉さんと一緒に食べながらここでお母さんを待とうか」


 少女がコクリとうなずいたので手をつないで立ち上がらせ、屋台が並ぶ方へと一緒に向かった。



 

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