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花耶は気がつくと、赤い液体に満たされた空間で雷の檻の中にいた。
赤い液体は雷に弾かれて、檻の中には入ってこない。
先程は、エレベーターの中にいたはずだ。ただ、エレベーターの天井付近から白緑色の煙が充満してきた。
(……幻覚?)
エレベーターで地下二階に向かっていた。もしかしたら、エレベーターの前で化穢が待ち構えているかもしれない。
(なんとか、起きないと……)
檻の中にいても仕方ない。出る方法はないだろうか。
「!」
檻の外に手を伸ばした瞬間、花菜の手に雷がまとわりついた。だが、全然痛くない。
ただ、それ以上外に出られず、そっと檻の中に押し戻された。
痛くないだけで、実際はダメージを負っているのだろうか。だが、自分の腕を見ても、火傷どころかかすり傷一つない。
(この、雷……)
一瞬、千絃の事が浮かぶ。しかし、これは幻覚である可能性が高い。関係ないだろうと、花菜は思った。
◆◇◆
「ここって……」
目を覚ました灼は、周囲を見まわす。
そこは、通学路だった。灼が火鬼にされた日、拐い道で友人達と共に誘拐された場所である。
『何であの時、お前は穴を覗きに行ったんだ』
「!」
蒼大の声がして、振り返った。
そこには、創と蒼大、晃と夏輝、彼らと灼の両親がいた。
『お前が穴を覗きに行ったから、俺達も火鬼にされた』
『俺は、化け物になんかなりたくなかった』
『お前のせいで、人殺しをさせられた』
『俺は友達を三人もなくしたんだぞ』
口々に蒼大達四人が責める。
その後に彼らの両親が、『俺達の人間だった息子を返せ』『あんたさえいなければ、息子は化け物にならなかった』『あんたのせいで、息子の人生がめちゃくちゃだ』と罵られる。
さらに両親からは泣きながら『お前は俺達にとって、癌と同じだ』『あんたなんか、産まなければよかった』と言われる。
『『『消えろ』』』
『『『消えろ』』』
『『『消えろ』』』
『『『消えろ』』』
『『消えろ』』
「うるせー‼‼」
今まで黙っていた灼だったが、叩き潰すような気迫で怒鳴った。
「偽物の分際でクソうるせーよ! あいつらは、謝ったらちゃんと許してくれた!」
『それは、ただの社交辞令だ』
「社交辞令? そんなもん何の為に言うんだよ! 消えて欲しいぐらい嫌ってる奴に社交辞令言えるほど、あいつらは人間ができてねーんだよ!」
辛辣な発言だが、灼の言葉の裏には友人達への信頼が現れていた。
「蒼大と創は、将来の事も考えた上で人間に戻る為の方法を探してる! 夏輝は、あいつは全然悪くねーのに被害者遺族の事も考えて自首しに行った! 晃は、むしろ逃げ延びて戦争でも生き残ってくれたのにオレ達への申し訳なさでいっぱいになってた! そんな前向きだったり責任感が強かったり友情に厚い奴らを、雑で安っぽい幻覚で貶してんじゃねーよ‼」
次に、友人達の両親の姿をした幻覚を睨む。
「それとジジババ共‼ 本物のあいつらの親御さんは、自分の子供が生きていただけで泣きながら『生きていてよかった!』『心配したんだぞ』『お帰りなさい』って言えるぐらい愛情深いんだよ‼ 少なくとも、息子を化け物呼ばわりするような人達じゃねー‼」
最後に、自分の両親の姿をした幻覚を、生理的に受け付けない虫を見るような目で睨む。
「そこのジジイとババア! お前らが一番胸糞悪ぃわ‼ 親父も母ちゃんも、オレが死んだって聞いたら号泣してた! 母ちゃんにいたっては絶対に悲しくなるって分かっているのに、見えねーのに、蒼大と創にサポートされながら抱き締めてくれた! 泣いてつっかえながら『私達のところに産まれてきてくれてありがとう。もっと長く、一緒に暮らしたかった。あっちでも元気でね』って言ってくれた‼ そんな奴らが癌だの産まなきゃよかっただの言うか‼⁉」
一気に捲し立てて、少し息切れがする。幻覚はまだ何か罵っているが、一度呼吸を整えて息を吸い込み、幻覚達の罵倒をぶった切る。
「オレに消えて欲しいならてめーらが消えろよ‼ この、ボケ共がッ‼‼」
その瞬間、幻の景色はぼやけた。
◆◇◆
「のぉわっ⁉」
周囲がエレベーターに戻った時、灼は驚愕しながら壁を押さえた。
エレベーターの両側の壁が迫ってきていたからだ。もし灼が押さえていなければ、二人とも潰れていただろう。
灼は生前、友人達に『謎解き脱出アドベンチャー』だと騙されてやらされたホラーゲームの、初見殺しの罠を思い出した。
「び、びびったぁー……。花耶、大丈夫か?」
視線を落とすと、花耶も眠っているように見えた。見たところ、魘されているようには見えないが……。
(もしかしたら、花耶も嫌な幻覚……いや、夢? 見せられてるかも)
灼はそう思い、両手で壁を押さえながらしゃがみ、花耶の頭にぐりぐりと、軽い頭突きをした。
「花ー耶ー。おーきーろぉー」
「んぅ……」
頭突きが効いたのか、花耶はうっすらと目蓋を開けた。
「……やいと?」
「おう! 大丈夫か?」
「ん」
花耶は頷くと、キョロキョロ周りを見まわす。
「……狭く、なってる?」
「おう。壁が迫ってきたから、とっさに押さえて……」
この時、灼ははたと気がついた。
「あれ? オレ、怨霊目線でとんでもない事やらかしてね?」
「ん。すごいと、思う」
エレベーターという、逃げ場のない密室。
普通なら、罠を設置するのにこれ以上最適な場所は、中々見つからないだろう。さらに、先程の煙で眠らせるという周到さだ。
しかし、灼は意外と起きるのが早かった上に、力業で罠を無効化してしまっている。長時間押さえていれば、上げている腕も疲れてくるだろうが、その前に地下二階につくだろう。
「灼、壁、片方だけでも、押し返せる?」
「余裕だと思うけど、もう片っぽの壁が迫ってくると思うぞ?」
「ん。だから、急いで、ストッパー、つける」
そう言いながら花耶は、霊棍を苦無に変えた。じゃらりと、苦無についている鎖が床に落ちる。
「いいよって、言ったら、苦無、踏み刺して」
「? おう」
灼は小首を傾げながらも頷いた。
「まずは、こっちの、壁から、押し返して」
「分かった!」
灼は反対の壁から手を離し、もう片方の壁を押し返す。
ある程度押し返されると、花耶は苦無の片方をエレベーターの床にあてがった。
それで灼は、花耶のやろうとしている事が分かった。
「いいよ」
花耶の合図が出てすぐに、苦無を踏む。ブスッと、床に苦無が刺さった。
急いで片方の壁も押し返し、同じように苦無を床に踏み刺す。
これで、壁が苦無に引っ掛かって、これ以上迫ってくる事はない。もし苦無がエレベーターの外に落ちても、今度は鎖で引っ掛かるはずだ。
「これで、後から来る人、安全」
あの白緑色の煙には、殺傷能力がなかった。
幻覚から覚めるかどうかは春介達に任せるしかないが、少なくともこれで、壁に潰される事はないだろう。
「……でも花耶。武器なしになるけど、大丈夫なのか?」
「祓穢で、戦える。こまめに、祓穢衣、解除すれば、もつ」
「そうか? でも、マジで無茶すんなよ!」
「……善処する」
あまりにも頼りない返答だった。




