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 たどり着いた先は、体育館だった。穢憑きの後に続いて駆け込む。

【自ら殺されに来るなんて。馬鹿な夏の虫ね】

「!」

 入り口が、糸で塞がれる。

 奥には、ステージに腰かける少女と穢憑きがいた。

(生者……。いや、化穢……? でも……)

 外見は生者にしか見えない。

 化穢は、戦闘時こそ人型や異形等の個体差はあるが、黒い鎧に覆われた姿に変貌する。非戦闘時は生前と同じ姿だが、黒眼赤瞳の目を持っている。

 その少女は、普通の人間の外見だ。目もおかしくない。

 しかし、非常に流暢な言葉で「自ら殺されに来るなんて」と言ってきた。

 あの少女はごく普通人間の見た目をしているが、化穢の可能性がある。

【生者か、化穢か、疑問に思ったでしょう? 私は正真正銘の化穢よ】

「‼」

 瞬間、花耶は内ポケットから通信鏡を取りだそうとした。しかし、穢憑きと糸が攻撃を仕掛けてくる。

「っ!」

(仲間、呼ぶ暇、ない……!)

 春介に知らせようにも、穢憑きと化穢がそうさせない。隙をついて隠れようにも、体育館はひらけすぎている。一度退却しようにも、入り口は糸で塞がっている。刃物で切れるだろうが、花耶の苦無では刃渡りが短すぎてすぐに開けられないだろう。

(なら……!)

 爪で攻撃を仕掛けてくる穢憑きを抜き、化穢へ。

 ステージに飛び乗り様に、斬りかかる。


「⁉」

 しかし、化穢は糸で自身の体を吊るすように避けた。

【信じられないって思ったわね】

 化穢は笑みを浮かべ、少し離れた位置に降りる。

【私は今までに妖怪の魂を三つ喰べているの。覚目(さとりめ)は本当に便利よねぇ。土蜘蛛(つちぐも)蜘蛛糸(くもいと)は刃物に強いと完璧なのだけれど、そこそこ使い勝手がいいのよ。燃えない上に丈夫でしなやか。化け狸の八変化(はちへんげ)も気に入ってるのよ。こんなかわいい子に化けられるもの】

「……っ!」

 化穢は魂を喰らう事で成長する。

 人間の魂を喰べれば身体能力が向上し、人外の魂を喰べればその人外が持っていた異能を取得する。

 諜報隊からの情報を聞いた時に予想はしていたが、かなり厄介そうだ。

(でも。対抗策、ある)

【!】

 覚の異能、覚目で考えを読んだのだろう。

【そいつを私に近づけさせないで!】

【グルガァ‼】

 化穢が命じ、穢憑きが襲いかかる。

「!」

 花耶はひらひら躱すが、なにぶん攻撃速度が速い。威力も……。

「?」

 避けながらも、花耶はある事に気がついた。

(炎、出てない)

 穢憑きは、攻撃する時に炎を纏っていた。

 しかし今回は物理のみの攻撃。

 確かにそのままでも威力は大きいが、初撃と比べると大したようには見えない。

(……手加減……?)

 手加減しているのかとも思ったが、その理由が分からない。

「!」

 糸が飛んできて、花耶はとっさにステージの下に飛び降りた。


【何、手加減しているのかしら?】

 化穢の口調が、刺々しく冷たい。

【あれはあなたの大嫌いな妖怪で、忌々しい祓穢よ。炎を出しなさい】

「⁉」

 どうしても聞き流せない発言があった。

 花耶は、人間の屍霊だと千絃に教わった。しかし、化穢は妖怪だと言っていた。

 混乱が、花耶の反応を一瞬だけ遅らせてしまった。

【⁉】

 黒い泥を滴らせた大量の糸が、穢憑きをくるむ。

「しまっ――!」

 飛びかかろうとした瞬間、後ろから糸が花耶の首、腕、脚を捉えようとする。

 首、両腕、右足はかろうじて躱した。

「⁉」

 しかし、左足は間に合わなかった。

 急ぎ切ろうとするが、その前に両腕に糸が絡まる。

 次に首と口に糸が巻きつく。

「んぐぅう……!」

 糸を外そうともがく。

【殺した後で、魂も消してあげるから待っていなさい。それと……】

 化穢は近づき、花耶の毛衣の内側をまさぐる。

 祓穢衣を使用しようにも、口を塞がれていて詠唱できない。

【連絡手段も、絶たせてもらうわ】

 するりとズボンのポケットから折り畳み式の鏡を奪われた。通信鏡(つうしんきょう)という、複数人との同時通話とメールのできる二折りの連絡用の鏡だ。

 ベキッと、踏み割られる。

【糸で殺してもいいのだけれど、それだと死体は綺麗なままねぇ】

 穢憑きは花耶の顎と頬に手を添え、顔を観察する。

【本当にムカつく顔の造りをしているわ】

 虫酸は走るような表情で呟き、はたくように手を離した。

【不愉快だから、彼に焼き殺してもらおうかしら? じっくりと、炭になるまでね】

 妖しく嗤いながら、穢憑きをくるんだ繭に目を向ける。


【イ……ィヤ……ダ……‼】


「【⁉】」

 錆びた鉄を言葉にしたような声が聞こえた。無理矢理、侵度を一段階上げたようだ。

(拒否……?)

 穢憑きは、化穢の命令に抗う事はできない。

 それなのに、命令を拒否した。よほど意思が強いのだろうか。しかし、その様子は今まで見られなかった。

(殺すの、や……? いや……)

 花耶の目には、どちらかというと炎を使いたくないように見えた。

 先ほど、炎を使った時と炎を使わない今の違いといえば、怨夢の内装くらいしか思いつかない。

 妖怪の城と、人間の通う学校……。

(学校、燃やしたく、ない……?)

 その結論にたどり着いた時、体育館にたどり着く前の違和感と繋がって、確信した。

【侵度三じゃ、足りなかったみたいね】

 糸を伝う泥の量が、増える。

「んうぅう! んぎ、ぎぃ……‼」

 身を乗り出す。糸が肉に食い込み、血が滲む。糸を噛みちぎろうと、歯を軋ませる。

 しかし、花耶程度の力で糸がちぎれるはずもなく。


【ッ⁉ アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼】


 喉が裂けるような絶叫。

 それがおさまると、繭がほどける。

 そこにいたのは、体のほとんどを鎧で覆われた穢憑きの姿だった。

【もう一度言うわ。あの妖怪を焼き殺しなさい】

 ギロリと、常軌を逸した目が花耶を捉えた。

【妖怪……。殺ス‼】

 飛び出すように接敵。黒い炎を纏う手で花耶の首を掴む。

「ガッ……!」

 ブチブチと糸がちぎれ、倒れ込んだ。

 毛衣の襟、フードが、焦げる。

 遅れて、首の肌が黒く焦げ始める。

【死ネ……! 死ネェ‼】

 強い熱と力が、細い首を締め上げる。

 炎が、燃え広がる。ステージが、炎の壁で見えなくなる。

「っ⁉」

 穢憑きの腕を掴もうとすると、手袋と袖が焦げ落ちた。

「ぁ゛ら……っ! ぇ゛……っ、ごぉ……っ!」

 喉を絞められて、声が出ない。まともに詠唱ができなかった。

 他の穢憑きとは違う容姿に、学校を壊す事への拒否。そして、今見せている妖怪への殺意。

 おそらく、この穢憑きが怨夢を作り出した怨霊だろう。

 花耶は理由までは知らなかったが、この怨霊が学校を大事にしている事だけは察した。

 そんな怨霊に、学校に対して、炎を使わせてしまった。

「ごぇ……っ! なざぃ……」

 涙で視界が霞む。暗くなる。

 必死に意識を繋ぎ止めるが、もう熱を感じなくなってきた。

「花耶!」

 意識が薄れる中、誰かが名前を呼ぶ声が体育館内に響いた。

二章に続きます。

また、プロットの見直しと修正の為、来週は投稿をお休みします。

二章1話は8月15日に投稿したいと思っております。

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