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「春介ー。蓮と仲直り…………」
「できてないみたいですね」
休憩時間、灼と愛梨は談話室で暗い雰囲気をまとっている春介に声をかけた。
「あ、二人ともー」
春介の笑顔も、いつもは穏やかな感じなのだが、今日はへろへろした、へたれた物だった。かなり精神的に辛いようだ。
「お詫びに、お酒とおつまみの詰め合わせを持っていったんですよね? その……。どう、でした……?」
愛梨はおそるおそる訊く。
酒は蓮の大好物だし、つまみも好きな物を選んだと聞いていた。受け取ってくれていれば、なんとかなりそうだと思っていたのだが。
「受け取ってくれなかった……」
「んぇ、マジ⁉」
灼は驚愕し、愛梨は俯く。
よほど、蓮は怒っているのだろうと三人は考えていた。
「しかも断り方がさ、申し訳なさそうな顔で『詫びなら受け取れねぇ』って……」
「「うわぁ……」」
蓮の断り方は、やんわりと『許す気はない』と言っているように感じた。
「でも春介。怨夢でどんな事やらかしたら、そこまで蓮を怒らせるんだ?」
「それは」
灼の質問に、春介は答えた。蓮に、『自分を殺せ』と頼んだ事である。それも、千絃がいたのに強制するような感じだった。
「うーん……。それはどうしようもねー状況だし蓮もキレすぎだけど、怒る気持ちは分かるわ」
灼は戦時中、似たような状況に陥った事がある。夜行と影女に追い詰められた時だ。
あの時、クラスメート達を逃がさなければならなかった。しかし戦いの途中で、花耶は灼を庇って負傷。灼一人で勝てるわけがなかった。
そんな時に、花耶に時間を稼ぐから灼はクラスメート達を追えと言われた。
そんな経験があるから、蓮の気持ちは理解できるつもりだった。
「蓮先輩、どうすれば許してくれるでしょうか……」
愛梨はぽつりと呟く。
三人寄れば文殊の知恵と言うが、それにも限界があるらしい。
謝罪以外、全く何も思いつかなかった。
◆◇◆
その日の夜。
春介は、ぼんやりと目を開いた。
だが焦点が定まっておらず、虚ろな視線である。
のそりと起き上がると、着替えもせず、靴すら履かずに部屋を出た。
どこかへ向かう途中、蓮と合流した。だが、お互い何の反応も示さない。蓮も、春介と同じ状態だった。
二人は鏡の通路にたどり着く。引き寄せられるように、人間界に続く肆の鏡の中に消えた。
◆◇◆
「春くん! 春くん‼」
春介は、懐かしい声でだんだんと意識が浮上していった。
「起きねぇか。ちょっとこれで軽く小突いてみるのは――」
「蓮先輩! それはダメ‼」
まぶたを開けると、大きめな花瓶を持った蓮が視界に飛び込んできた。
「‼⁉」
飛び起きながら後ずさった。
「うお⁉ 起きた」
「!」
懐かしい声の主が振り返る。ふわりと、背中辺りまで伸びた毛先に、緩いパーマのかかった暗い茶髪が揺れる。
声の主は、春介が生前、結婚を前提に付き合っていた恋人だった。
「春くん! よかった、起きた……」
「うん。おれも心底よかったよ。一撃加えられる前に起きて……」
二人とも、それぞれ違う意味で安堵した。
「って、そんな事より、何で穂花がここにいるんだ⁉ まさか……」
かつての恋人、穂花が目の前にいて、春介の事を認知できる。これが意味している事で、真っ先に最悪な事が思い浮かんだ。
「穂花は死んでねぇよ」
どうやら、珍しく最悪な予想は外れたようだ。春介は、深い安堵のため息をつき、『よかったぁ……っ!』と呟いた。
「ここって、怨夢かい?」
春介達三人がいる場所は、地元駅の、駅ビルに繋がっている地下通路に酷似していた。生きていた時に、よく穂花と出掛けた場所だ。
違う点があるとすれば、天井の電灯から電気の雨が降り注いでいる所だろうか。千絃以外、通れなさそうだ。
「……おう。そこのブレーカーっぽいやつ落としても、そこの電気は消えなかったぜ」
蓮は奥の壁を指差しながら言う。
「まじかぁ。とりあえず、駅ビルの方になら行けそうだから、そっちの出口を見てこよう」
「いや、ちょっと待て」
蓮は首を横に振りつつ、続けて言った。
「念の為、あたしが安全を確認してくる。お前らはあたしが戻ってくるまで、隅に隠れてろ」
「ちょっと待って」
二人に背を向ける蓮の腕を、春介は掴んだ。
「ここは三人で行動した方がいいと思う」
と、春介が言った瞬間、蓮の眉がピクリと動いた。
「ダメだ。あまり動き回ると、穂花が危ねぇだろ。それに、ちゃんと戻ってくるからよ」
「戻ってくるって事には、全然疑ってないよ。問題は、穂花の身の安全だ。おれと蓮で守れるようにまとまって行動した方がいい。それに、諜報隊の情報もないんだ。蓮一人だと、詰む可能性もあるだろう?」
春介の説得に、蓮は俯く。
今までの経験上、怨夢が危険な場所だと言うのはいやというほど分かっている。春介を避けている場合ではない。
「何も言わないなら、賛成ってとらえるよ」
確認すると、蓮は頭を掻きながら『しょうがねぇな』と、団体行動を受け入れた。
「穂花は大丈夫かい? 怪我とかしてたら、時間は少しかかるけど治せるよ」
「うん。大丈夫」
穂花は答え、周囲を見まわしながら訊いた。
「それより、ここって駅だよね? でも、戦争で壊されちゃったはずだし、オンムって言ってたけど……。気がついたら、ここにいて……。それに、会えたのはものすごく嬉しいけど、何で春介くん達がここにいるの?」
話に置いてきぼりだった穂花は、一気に質問した。
この駅は、春介と蓮が死んだ場所だ。穂花も、その凄惨な現場に居合わせていた。
いつもと変わらない二人に会えたのは非常に嬉しい。昔みたいに、宅飲み菓子パーティーを開きたいくらいである。
しかし、医療知識のない素人目に見ても、絶望的な状態の死体だった。葬式にも参列したし、火葬されて骨になったのも見た。
否定したいが、二人が幽霊でない限り、再会はできないはずだ。
「えーと……。どう説明すればいいのか……」
「穂花は、『死神迷宮』って都市伝説、知ってるか?」
「うん」
蓮が訊くと、穂花は頷いた。
「この怨夢が死神迷宮に出てくる迷宮だ。あたしと春介は、死んだ後に色々あってな。今は死神みてぇな仕事してる」
「‼」
一瞬、穂花は目を見開いた。都市伝説に出てくる死神について、悪いイメージしかない。正直、この二人に限ってあり得ないと信じたかった。
「うそ、だよね……?」
「え、嘘じゃねぇよ」
やや怯えの表情を浮かべる穂花に、蓮は戸惑いながら答える。
「あ、でも都市伝説に出てくるような悪い死神じゃないよー。都市伝説の方は、ちょっとある化け物と混ざって広まってるだけで、おれ達はむしろ守る方の死神だから」
そう言いながら、春介は穂花の頭をぽふぽふ撫でる。少し、恐怖が和らいだ。
(よかった。二人とも、優しいところは全然変わってない)
安堵しつつ、少しだけ罪悪感が沸いた。穂花は、拳をきゅっと握りしめる。
その華奢で白い手の薬指には、指輪がはまっていた。
(……あれ? そういえば穂花、さっきおれの事『春介くん』って呼んでなかった?)
春介は、遅れて違和感を覚えた。生前、穂花は春介の事を『春くん』と呼んでいた。最初も、春くん呼びだった。
(あー、でも。もうおれが死んで八年もたったんだよなぁ。それなら、呼び方も変わっちゃうかぁ)
少し、時の流れを感じて寂しくなる春介だった。




