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関東で特大怨夢発生から数ヶ月。寺社以外が瓦礫に埋もれた町に雪が積もる頃、停戦の申し出が人間軍から出た。
妖怪軍側の士気が低下しているのを好機と捉え、また人間軍側も戦争の意義と正義の有無について疑問視した為である。
降伏の要求では、絶対に戦争は終わらないと判断した故の停戦の申し出だった。
さらに三週間後、相模の妖怪軍が停戦の申し出を受け入れた。
一ヶ所が受け入れると、他地域でも停戦の申し出を受け入れる妖怪軍が出てきた。それぞれの地域で、何が起こったのかは知る由もなかったが、戦をやめる考えがよぎる事件があったのだろう。
◆◇◆
「なぁ。みんな、無事なのか?」
休戦の知らせを聞いてから一週間後。蒼大と創は、ある人物を灼と夏輝の元に案内していた。万が一の時の護衛も兼ねている。
その人物は、希望にすがるような、不安な様子でこの質問を二人にした。
「……夏輝は、無事だ」
「あ! 灼も、一応は元気っていうか……」
「創! その言い方は……」
蒼大が諌める。
「……一応?」
創の言い方と、蒼大の様子に引っ掛かりを感じる。
「えーと……。晃、俺らがどんな状況になってても、その、覚悟しててくれ」
「わ、分かった」
言葉に困る蒼大を見て、その人物――晃は恐ろしさに似た感情が膨らみながらも答えた。
(一応とか、覚悟とか。何があったんだ? まさか、大怪我をを負って障害を持ったとか……?)
蒼大と創の姿や動きは、全く違和感がない。二人は五体満足なのだろうと、晃は思った。
(なら、灼と夏輝か? いや、蒼大が夏輝は無事って言ってたし……)
創は、灼の状態を『一応は元気』と言っていた。精神面は元気だが、健康面で問題があるのだろうかと考えた。
もし、灼が車椅子や松葉杖だったとしても、普通にしようと、晃は覚悟を決めた。
◆◇◆
「灼。何でバケツなんて持ってきたんだ?」
夏輝は灼に聞いた。バケツには、大量の水が入っている。
「このままじゃあ、晃はオレが見えねーじゃん? これ使えば見えるかなって」
灼の答えに、夏輝はこう思った。
(自分にぶっかけるのか? いや、さすがにねぇか。夏ならまだしも、この季節で)
二人が待っている内に、蒼大と創が晃を連れて来た。
「お、いたいた」
「夏輝ー。灼――」
ザバァッ。
「「「「えええええええええええええええええ⁉」」」」
先程の、夏輝の予想は当たっていた。
灼は、持ってきたバケツを頭上に掲げると、一気に水を被った。
「い、今、今何が起きた⁉ バケツが動いたと思ったら急に消えて突然水出てきてなんか人型に濡れて⁉ ポルターガイスト⁉」
「ポルターガイストじゃねぇから! いや、ポルターガイストだけどあれ灼だから! お化けじゃ――。お化けだけど怖い奴じゃなくて、ちょっとお馬鹿なユーモラスお化けだから!」
「お前何やってんだよ⁉ 季節考えろ‼ 今一月だぞ⁉」
「うううううん。オオオオオオレも、ババババカやららららららかしたたたたたた。すすすすすげええええええささささささ寒むむむむむい」
「このおバカ‼ 早く乾かせ!」
突如目の前で怪奇現象が起きてビビる晃と宥める創。その一方でガチ震いする灼を、異能で出した炎で乾かす蒼大と夏輝。
夏輝は、ある提案をした。
「灼、百度くらいの温度で全身に火出せばすぐ乾くんじゃねぇか? 火鬼なら火傷しない温度だし」
「そそそそそそそれれれれだだだだだだだだだだ!」
シュボッ。
「ギャアアアアアアアアア⁉ 今度はでかい火があああああああああ⁉」
「お前ら頼むからちょっと大人しくしててくれ‼」
◆◇◆
灼が自分でぶっかけた水は、すぐに乾いた。
しかし、晃を落ち着かせるのに時間がかかった。
「落ち着いたか?」
「はい……」
蒼大の確認に晃は頷いた。
「えっと、じゃあそのバケツのとこに灼がいるのか?」
晃が指差す。
びしょ濡れの時は透明なシルエットだけ見えていたが、半乾きのあたりで見えなくなった。
灼が持ち上げた瞬間、バケツが見えなくなった事からも、条件付きで身につけた物や持った物は見えなくなるのだろう。
「でも、何で灼だけ見えないんだ? それに、さっき夏輝と蒼大、火を出してたし……」
晃が訊くと、蒼大、創、夏輝の三人はパーカーのフードを外した。
「⁉」
晃は、信じられないものを見たとばかりに目を瞠る。
「お、お前ら、角が……⁉」
「実は――」
蒼大は、妖怪に拐われた後の事を全て話した。
四人とも、火鬼と言う妖怪にされた事。
蒼大と創は逃げ出した事。
夏輝は兵器にされてしまったが、灼が助け出した事。
夏輝はその後、黄泉軍という組織の世話になっていた事。
「……!」
晃は顔が青冷めた。自分が逃げてしまった後、そんな事があったとは。
「な、なぁ。もしかして、灼だけ見えないのって」
自分がした嫌な予想よりも、はるかに悪い予感が脳裏をよぎる。
「…………」
蒼大は押し黙る。高校生で、これを話すのは気が重い。
だが、話さなければならない。晃にはもう、灼の声が聞こえないのだ。
「灼は、死んだ」
絶対に外れていて欲しい予感が、当たってしまった。
四人が拐われる前の、五人でバカやっていた事が頭に浮かぶ。ものすごく、楽しい思い出だった。
もう、五人で集まれなくなる。
その事を理解した瞬間、晃の目から大粒の涙が溢れた。
「ご、ごめん……! 俺、あの時、逃げて……‼」
一昨年の七月の事を思い出す。
あの時は、脇目も振らずに逃げて、気がついたら一人だった。警察に駆け込んだが、信じてもらえなかった。迎えに来た両親も、心配するばかりで信じてもらえなかった。
「晃はしかたねーって」
灼が話すのを、夏輝が通訳する。
「それより、オレが穴に近づいたから、こんな事になっちまったし……。ごめん」
灼も俯く。
もしも自分が、穴を無視していたら。多少遠回りになったとしても、別の道から帰っていたら。
花耶達に会う事がなくなるのは、今では寂しさを感じる。しかし、彼らの人生を狂わせる事はなかった。
「灼の言う通り、晃はしかたねぇよ」
「全員が捕まる方が最悪だろうしな」
「それに、あった事をそのまま話しても、誰も信じないって」
三人がフォローすると、晃は涙を拭う。
晃の立場的に、できる事はほぼない。むしろ、よく逃げ切って、戦争も生き抜いた。
「灼も、本当に悪いのは穴仕掛けた奴だろ」
「まさか穴覗いただけでこんな目に遭うなんて誰も予想できないじゃん」
「こいつらとクラスメートを守ったし、俺も助けてくれた。ありがとうな」
灼は顔を上げる。
自分にできる事をやり、ほとんど花耶や他人の手を借りてしまったが、目標は達成した。
「お前らは、これからどうするんだ? 特に灼は、その、親御さんとか……」
晃は、四人に聞いた。灼に対しては、恐る恐るという感じである。
「うん。親父と母ちゃんについては、蒼大、創」
夏輝が通訳し、蒼大と創に訊く。
「オレは『人間として死んだ』って、伝えてくれるか?」
「分かった」
蒼大が言った。
死んだ事は、隠せるはずもない。ただでさえ辛いだろうに、鬼になったなんて教えたくなかった。
「その上で、話とかしたいって言ってきたら、通訳を頼む。せめて、育ててくれた事とか、色々礼を言いたい」
と、頼む。二人は二つ返事で請け負ってくれた。
灼自身、最期の別れをしたかった。しかし、怖がらせてしまうかもしれないし、怖がらなくても辛くさせてしまう。
これは、両親の気持ちを優先させなくては。
「それと、このまま黄泉軍にいようかなって思う」
「灼は黄泉軍にいるってさ」
続けて夏輝が伝える。
「でも、危ない仕事が多いって聞いたけど、大丈夫なのか?」
「え、そうなのか⁉」
創が心配そうに訊くと、晃が驚いたように言った。
「大丈夫だって。それに」
言いかけた時、一瞬花耶の顔が浮かんだ。
「その、強くなりてーなーとか、思ったり……?」
「……お前、今花耶さんの事考えたろ」
ズバリ蒼大が言い当てて、灼はぼんっと顔を真っ赤にした。
「花耶さんって?」
「戦時中、灼と一緒にいた女の子。すげぇ美少女だった」
「あ、俺も操られてる時に見たけど、ヤバいぐらい可愛かったよなぁ」
創と夏輝が、灼をニマニマと見ながら、晃に説明する。晃も、からかうネタを見つけたとばかりに二人の視線の先に目を向けた。
本当に視えてないのか? と問い詰めたくなるほど、正確な視線の向きだった。
「いやいや。見た目九歳くらいだっただろ? さすがにそれで恋愛感情持ってたら……」
「いや、亡者って老化とかしないらしいから、もしかしたら外見が幼いってだけで、俺らと同い年の可能性もあるだろ」
「そもそも妖怪って年とるの遅いから、下手したら年上の可能性もあるぞ」
「!」
論破された蒼大も、ニマニマトリオの仲間に加わった。
「ちげーから! 花耶には迷惑かけっぱだったから、借りを返せるくらいには強くなりてーって意味だから!」
灼は否定するも、四人の思い込みを払拭できなかった。
「オレの話は終わり! 夏輝はどうするんだよ!」
いたたまれなくなって、夏輝に話を振った。
「俺は、どうにかして人間に戻りたい。でも、その前に黄泉軍の手伝いが落ち着いたら自首かも。……人、殺しちまったし」
夏輝は表情を暗くさせて答える。
自首する考えはあったが、その前に世話になった黄泉軍への恩は返しておきたい。それに、戦時中と比べて多少は落ち着いたが、まだ忙しそうだった。人手は欲しいはずである。
自首と聞いて、四人は焦りだした。
「いやいやいやいや‼ あれは操られてたからやらかしただけだろ⁉」
「そうそうそう‼ 自分の意思じゃねぇじゃん‼」
「ネットで夢遊病の殺人犯が無罪になった話も聞くし‼」
「縄枷って、マジで自分の意思じゃ動けなくなるから‼ しかたねーって‼」
と、口々に自首する必要はないと言う。
しかし夏輝は首を横に振った。
「被害者と遺族に申し訳がねぇよ」
「う……」
灼は言葉に詰まる。何か、思うところがあったのだろう。
他の三人も説得しようとするが、夏輝の意志は固かった。
「じゃあせめて、俺らは人間に戻る方法を探すわ」
「祓い屋でバイトとして雇ってくれるらしいんだよ」
蒼大と創が言った。
「え、そうなのか?」
「祓い屋って、妖怪とめちゃくちゃ仲が悪いってイメージなんだけど……。大丈夫なのか?」
夏輝と晃が心配そうに訊く。
「大丈夫」
「全員ってわけじゃねぇけど、俺らの状況を理解してくれる人がいたんだよ」
祓い屋が持つ妖怪嫌悪の感情は根深い。元人間とはいえ、現妖怪である彼らを完全に信頼しきるのは難しいようだ。
しかし、戦時中の彼らの働きを評価してくれる人物もいたのである。その人物の元で働くことになった。
「……」
灼は淋しそうにしていたが、こう言った。
「オレの方でも、なんか探してみるな。諜報隊っていう、調査専門部隊じゃねーから難しいかもだけど」
(やっぱり、三人とも人間に戻りてーよな……。淋しいけど、手助けしねーと)
人間に戻ったら、おそらく灼の姿は見えなくなる。その時が、本当の別れになると思った。
「あー、灼。確かに俺達は人間に戻る方法探すけど、人間に戻るかどうかはまだ未定だから」
淋しそうにしている灼を察してか、蒼大が言った。
「「「ええええええええええええ⁉」」」
灼、夏輝、晃は驚愕した。
「お前ら、戻らねぇの⁉」
「いやいやあくまで未定! 戻るかもしれねぇし、戻らないかもしれねぇってだけだから!」
晃の質問に、創が答えた。
「もしかしたらこの先、妖怪が社会的に受け入れられるかもしれない。そうなったら、筋力と体力が高い鬼の方が、働き口があるかもしれないしな」
今は戻れないので選択肢はない。しかし、戻る方法が分かった時は、人間か鬼かで将来の選択肢が増える。
今は戻る方が気持ちは大きいだろうが、将来を見据えての考えだった。
「だから灼、そんな淋しそうにすんなって。戻る時になったらちゃんと言うから」
創が背中を叩きながら言う。さらに、こう続けた。
「そ、れ、に。今は愛しの花耶さんがいるらしいし? 淋しくねぇだろ?」
「だから! 花耶はそんなんじゃねーってば! そこの三人も、その気味悪いニマニマ顔をやめろ!」
うまく話題をそらしたつもりが、そらしきれてなかったようだ。
「言っておくけど、俺のニマニマ顔は二割くらい仕返しだからな。前に、散々伊藤との事でからかってたろ」
おまけに、夏輝に至っては私怨もあった。
ちなみに、晃の視線の向きもまた完璧だった。誰かをからかう時だけ霊視能力に目覚めるのだろうかと、疑問に思う灼だった。
「あれ? 今思いついたんだけど、あんな風にポルターガイスト起こせるなら、オンラインゲームとかでチャットは打てるんじゃねぇ? さすがに、どこもかしこもぶっ壊れてるからすぐは無理だろうけど」
「「「「…………!」」」」
四人は驚愕の表情を浮かべ、無言で晃を指差した。
おそらく、『それだ!』『その発想はなかった!』『お前天才かよ!』的な事を言いたいのだろう。
直接会うのは難しいが、本当の別れはまだ当分先のようだ。




