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怨夢に突入してから、数時間がたった。
現時点での情報は、化穢の数は五体。それぞれ、望月の討伐隊士が応戦しているとの事。魂は八割以上救出済み。内、約二割は魂の緒が切れて、亡者になってしまったとの事。
怨霊は五人と聞いたが、討伐した、保護した等の情報はない。
◆◇◆
「ま、待て‼ 待ってくれ‼」
川の流れる公園で、悲鳴じみた制止が響いた。
「ちゃんと遊んでやったし、他の奴も言う通り殺しただろ‼」
「うん。でも、ルールはルールだよっ! おじさん、僕達から逃げ切れなかったでしょ?」
子狐は、手に狐の頭部を模した火の玉を浮かべて笑顔で言う。だが、目だけは笑っておらず、殺意に満ちていた。
「ごめんね? 大人がいると、戦争って終わらないと思うんだ」
「でもおじさんも、自分が生き残るために他の人も殺したよね?」
「奥さんも、お爺さんも、若いお兄さんも!」
「『俺のために、死んでくれー‼』ってさ」
「わがままな大人は、死んじゃえ」
男は喉がひきつるような声を鳴げ、逃げ出す。
子狐はその背中に、狐火を投げつけた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
男の体が炎に包まれる。
しばらくのたうち回っていたが、やがて動かなくなった。
黒焦げになった体が消滅し、魂の緒が繋がっている魂が残る。
子狐は、魂の緒に向けて狐火を放った。
「「「「「っ⁉」」」」」
しかし、火が当たる前に、花耶が魂をかっさらった。
「お姉さん、何するの? その魂、返してよ」
「……駄目、です。さっき、魂の緒、切ろうと、してました」
花耶は、魂を影にしまいながら言う。
「何で? 好き嫌いで戦を始めるような悪い大人なんて、いない方がいいじゃん」
「妖怪も人間も、魔法使えるだけで他は同じじゃん」
「大人さえいなくなれば、戦争は終わるんだよ」
「お姉ちゃんは、戦争が終わってほしくないの?」
「もう、戦争なんてうんざりなんだよ」
子供達が口々に、特大怨夢を作った動機を話す。
「おぉい! 生きてるか⁉」
「花耶ー! 生者は⁉」
ちょうどその頃に、お互い全く別の方向から蓮と春介がその場に姿を現した。
「ぜぇ……! ぜぇ……! ちょっと、まって……っ」
「せんぱ……はやすぎ、です……」
千絃は花耶と春介が飛び出してきた方から、愛梨は蓮が飛び出してきた方から、よたよたとやって来た。
(千絃がよれよれだけど、あいつらは無事みてぇだな)
(よかったぁ。二人とも、怪我はないらしいな。愛梨が少し心配だけど)
お互いが無事で、春介と蓮は安堵する。
(それにしても、こんなとこにガキか)
(たぶん、この子達が怨霊だよなぁ)
今度は二人共、子供達に視線を向ける。
「お兄さん達も、僕達を捕まえに来たの?」
子狐がたじろぎながら言う。他の子供達も、睨むような目つきになった。
「おう。そうだ」
蓮が答える。『捕まえる』というのは少し気が引けるが、結果的には同じ事。生者のままなら連れて帰り、亡者になってしまったら獄卒にあずける。
言い繕ったところで、子供達の敵意は変わらないだろう。
「君達の親御さんもさ、きっと心配してると思うよ。だから、あの魂と一緒に、お兄さん達と帰ろう?」
春介は子供達と視線の高さを合わせるように屈み、奥に生えている巨木を指差して言った。巨木には、魂が実のように生っている。
「「「「「心配なんてしてない‼」」」」」
子供達は声を張り上げた。
「僕達は、何日も真っ暗なとこに閉じ込められた!」
「お父さんもお母さんも、閉じ込めたやつの言う事を信じた!」
「私達は、何回も妖怪じゃないって言ったんだよ!」
「帰ったら、また閉じ込められる!」
子供達の話に、花耶達は驚愕した。
(まさか、虐待⁉)
千絃は眉根を寄せる。
親に閉じ込められたと言う訳ではないらしいが、閉じ込めた人物の話を信じた。子供達からすれば、親への信用をなくしてもおかしくはない。
「僕も、友達の事を話したらお父さんに怒られるんだ! それに――」
子狐は言いかけて、しかし口をつぐんだ。友達の前で、話しづらい事があるのだろうか。
「ねぇ康太。さっきの作戦、やってみようよ」
「! うん!」
子狐――康太は力強く頷き、花耶達に提案した。
「どうしても魂を返してほしかったら、僕達と遊んでよ。それで勝てたら、僕達が集めた魂を全部返してあげるし、お姉さん達に着いていくよ」
よほど作戦に自信があるのか、子狐は笑顔だった。
「遊び?」
愛梨が小首をかしげる。
「うん! だってお姉さん達、僕達と戦うの嫌なんでしょ? さっきから、無理矢理連れて行こうとしないもん」
図星だった。
少し前に、追加情報と共に『連行の仕方は任せる』と指示が出たのだ。おそらく、子供が相手では殺せないと言う死徒が出るだろうと考えたのだろう。
そして、五人ともできれば保護という形で連行したいと思っていた。その事を見透かされたようだ。
「……遊びの内容、聞かしてもらっても大丈夫?」
やっと息が整った千絃が訊く。
「遊びの内容は、だるまさんの一日!」
その昔遊びを聞いた瞬間、千絃は嫌な予感がして、顔が青くなった。
「待って! 別のじゃ駄目かな? だるまさんが転んだとか」
と、慌てて止めに入る。
「え、何で?」
「大してルール、変わらねぇじゃねぇか」
春介と蓮が訊く。
「その遊びって、鬼がお題を出すんだよ」
完全に盲点だったようだ。それを聞いて、全員の顔が青くなる。
だるまさんの一日は、だるまさんが転んだとほぼ同じルール。唯一違う点は、鬼がお題を出し、子はそれに沿った動きをする事。
お題によっては、全滅の危険があった。
「お兄さんも、だるまさんが転んだの方がいいと思うなぁ~」
「そ、そうだな! そっちの方が楽しいとおもうから! なっ?」
「だ、だるまさんが転んだの方がハラハラしますよ! ね?」
と、他の三人も口々に説得する。花耶も、何度も大きく頷いた。
「ダメ! どうしても嫌なら、集めた魂の、魂の緒を切っちゃうよ?」
その脅しにより、花耶達は了承せざるをえなくなった。
◆◇◆
大木から五十メートルほど離れた場所がスタート地点だった。
しかし手前に幅の広く流れの早い川があり、橋を使うならば実際に移動する距離は長そうだ。
まばらに木製の伝声管があり、そこから子狐からのお題が聞こえるようだ。
子狐から五メートルの範囲に子供達が四人、待機している。妨害要員だろうか。
「ルールはお兄さん達が知っている、だるまさんの一日とほぼ同じ! お題を達成できなかったら、全滅! でも、お題は三十秒の間に一人だけできたらそれでいいよ」
お題達成の条件は、少し緩いようだ。
(……それなら、まだ全滅の危険は低いかな……?)
千絃は、少しだけ安堵した。
「タッチした後、僕は十歩移動するから。それで僕から逃げ切れて生きていた人が勝ちだよ! 全滅したら、僕の勝ち!」
お題は、一人が達成できればいい。全滅したら鬼の勝ち。子狐は、余程だるまさんの一日に自信があるようだ。
「それじゃ! はっじめっのいーっぽ!」
子狐の号令で、五人はスタート地点から一歩踏み出す。
それを見た子狐は、大木の方を向いた。
「だーるーまー」
言い始めるが早いか否か。
「「「「「っ!」」」」」
五人は駆け出した。
特に花耶はスタートダッシュから一気に飛ばす。その勢いは、弾丸を彷彿とさせた。
「! 花耶先輩そのままだと川に――」
橋には目もくれず、川に向かう花耶を見て、愛梨は声を鳴げる。
ダンッ。
だが直前で力強く踏み込み、川の上を跳んだ。
ザバァッ。
「⁉」
水面が盛り上がり、花耶を捉えようと、水飛沫を上げて伸びる。
「《痺雷針》!」
しかし千絃は、水柱めがけて雷の針を撃つ。水柱は途中で散り、花耶に届くことはなかった。
「っ!」
花耶は転がって受け身を取りつつ距離を少しでも稼ぎ、勢いを利用して体勢を直し、ほとんどスピードを落とさずに駆け出す。
「康太! 早く!」
「! ころ――」
予想外に花耶が速かったのか、子狐は早口になる。
子供達が花耶を捕まえに来るが、急な方向転換をして瞬時に包囲から抜ける。
「した!」
子狐は勢いよく振り返った。
「⁉」
子狐は、目を見開き恐怖する。
もう一メートルも離れていないところまで、花耶は迫っていた。
「……っ‼」
一方で、花耶は絶望の表情を浮かべた。
(お題……何て、言った……?)
花耶には、『だるまさんが殺した』と聞こえた。聞き間違いであってほしい。
もし、聞き間違いじゃなかったら……。花耶の脳裏にある行動がよぎる。
「花耶! 絶対に自殺は駄目だよ!」
後ろから、千絃の声が聞こえる。
先手を打たれると同時に、お題が聞き間違いでない事が分かった。
『三十……二十九……二十八……』
木製の伝声管から、子狐とは別の声でカウントダウンが始まる。
(クソが……!)
蓮は心の中で悪態をつく。
「「…………っ!」」
千絃と愛梨は、もしかしたら犠牲を一人も出さずにお題を達成できるかもしれない人選を思い付いた。
一瞬、春介を見る。
普通ならば確実に即死するだろう攻撃をすれば、その瞬間お題達成となるだろう。そして、即死攻撃を受けても少しの時間耐えられるのは、春介だけだ。死ぬ前に快癒をかければ、復活する。
成功すれば、花耶と子狐の距離的に次で終わる。そうすれば、犠牲は無し。
(でも、春介さん……。いや、大事な人達に『死ね』なんて絶対に言いたくない)
愛梨は必死に別の方法を考える。
(全滅よりは……)
千絃は、奥歯を噛み締める。
(実行は、残り十秒……いや、五秒。それなら、春介の負担も少ない)
自分の考えを話そうと、口を開いた。
「蓮ー。おれを殺してくれるかい?」
だがそれよりも先に、春介が申し出た。
「……は?」
蓮の背中に、冷たい汗が流れる。
「おれなら、もしかしたら耐えられる可能性があるだろ? あの子が木の方を向いた時に、愛梨に回復してもらえばいいさ」
それは、千絃と愛梨が考えた方法だった。
春介は体が頑丈。普通なら即死するような怪我を負っても、最大で数十秒は生きていられる。その間に愛梨が回復すれば、春介は死なない。
「な、何であたしに頼むんだよ」
蓮の顔がひきつる。動悸が激しくなる。
脳裏に、電車に轢かれた後の、頭部だけになった春介の死に顔が浮かんでしまう。
「え。だって、自決じゃあお題達成できないかもしれないじゃないか。それなら、他の奴に殺ってもらうしかないだろ?」
春介は、少し焦った顔で言う。
時間が迫っており、いつもより早口だった。
『四……三……』
「早く!」
『二……』
「っ!」
『一』
制限時間ギリギリのところで。
「《痺雷針》‼」
雷の針が、春介の腹部を貫いた。
衝撃で春介の体が飛び、どさりと俯せに倒れる。
『お題達成を確認できました』
その声が聞こえた瞬間、千絃が愛梨に指示を飛ばす。
「愛梨! 回復して!」
「‼」
あまりの事に呆けていた愛梨は、慌てて詠唱した。
「か、《快癒》!」
『それでは、魂の回収を始めます』
「「「「……え?」」」」
愛梨の回復と被るように、春介の近くにある伝声管が伸びた。よく見ると、縁に沿って牙が生え、無顎類の口のように変わっている。
痺雷針の傷が癒え、起き上がる春介の背中に、伝声管が襲いかかる。
「っ!」
だが、その間に蓮が飛び込んだ。
ドズッ。
一瞬で骨を砕き、肉体を穿つ音が聞こえた。
「っ⁉」
音に驚いて振り返る春介は、目を瞠る。
「え……。れ、蓮……? な、何で……」
春介が呟くのをよそに、ずるりと蓮の体から伝声管が抜けた。
伝声管の口には、魂が咥えられていた。
「!」
伝声管が地面に潜る。春介は咄嗟に手を伸ばすが、わずかに間に合わなかった。
「!」
花耶が視線を上に向けると、木の実のような魂が一つ、生った。




