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「……なぁ。これ、もしかして死神迷宮なんじゃないか?」
怨夢の中を、二人の若い軍人が彷徨っていた。
「馬鹿。そんなのただの都市伝説だろ」
「だけど、今回の戦争だって昔話に出てくるような化け物が襲ってきたから始まった物だし……。あり得なくはないだろ?」
そう言われて、何も言い返せなくなった。
急にひどい眠気に襲われて、気がついたらここにいたのだ。幸い、直前まで身に付けている物は持ち込めるらしく、武器は持っていた。
「死神、か」
小銃もあるが、銃弾には限りがある。もしこれがなくなったら、近接戦闘になる。
訓練には真面目に取り組んだつもりだ。しかし、都市伝説に出てくる化け物に、どれくらい通用するだろうか。
「「!」」
数ヶ月に及ぶ日常的な緊張状態の末、危険感知能力が鋭くなったのだろう。
二人は咄嗟に屈んだ。
そのすぐ上を、氷の弾が飛んで行った。
ダァンッ。
氷の弾が過ぎた直後、飛んできた方向に射撃する。
「⁉」
すると、怨夢内の遊具から甲冑を着た男が飛び出した。
「人間が。まさか避けた上で反撃するとは」
「そんな事を言うって事は、妖怪か」
「っち! こんな時に……!」
全員が身構えた、その時だった。
「待て待て!」
「今は戦っている場合ではありませんよ!」
制止の声がかかった。
声をかけてきたのは、蓮と愛梨だった。
「! 死神だ!」
「くそ!」
瞬間、軍人の一人が二人に向かって発砲した。
「っ⁉」
「!」
ガンッ。
しかし、蓮が鉄パイプで銃弾を跳ね返す。愛梨はその後ろで腰を抜かしていた。
軍人は目を疑う。銃弾を武器で跳ね返す等、もはや漫画の技ではないか。しかも、結構な至近距離だ。
「おい! 頼むから話を聞けって!」
蓮の叫びを無視して、軍人達は数撃ちゃ当たるとばかりに蓮と愛梨に銃を撃ちまくる。
蓮は愛梨の前に立ち、銃弾を鉄パイプで反らし、跳ね返す。
「《針氷柱》!」
「「「「‼」」」」
妖怪が詠唱すると、四人の足元から氷柱が突き出した。
ビリッという音がして、愛梨に刺さるはずだった氷柱が消滅。他の三人は躱す。
「ぐぁ⁉」
蓮と軍人一人は躱す事ができたが、残りの一人は足を刺された。
「うぉい! てめぇ妖怪だろ‼ あたしとこいつが死徒だってのは見りゃ分かるだろうが‼」
蓮が怒鳴るが、妖怪は反論する。
「ふん。死徒の役目は、生者を死なせずに怨夢の外へと連れ出す事。俺の邪魔をするのが目的であろ。ならば、殺す」
妖怪の目的は、人間を殺す事。それは、怨夢の中でも変わらないようだ。
そして、蓮と愛梨の目的は妖怪も人間も生きたまま生前の世界に返す事。結果的には真逆。相容れるはずがない。
「おい、大丈夫か⁉」
「ああ……。なんとか」
軍人二人は、蓮と妖怪が口論を始めたのを見て、逃げる好機と判断した。
「! 待ってください!」
駆け出した軍人二人を、愛梨が追う。愛梨は足が遅いが、さすがに足を負傷している者が相手ならば、全力疾走すれば追い付ける。
「! 来るな‼」
「この、化け物が‼」
再び軍人二人は、銃を撃った。
「ギャアッ⁉」
「‼」
しかもそれが、愛梨の肩と胸に命中。幸い、羽織の上なので弾はめり込んでいないようだ。
しかし、コンクリートを割るような威力だ。ただで済むはずがない。肩が割れたかのように痛むし、呼吸もしづらくなった。
「《快癒》……!」
なんとか詠唱し、負傷を治す。まだ衝撃が残っているような感じだが、だいぶ楽になった。
「てめぇら……‼」
いくら治ったとはいえ、その銃撃は、蓮の堪忍袋の緒を切った。
「「‼」」
蓮の般若のごとき形相に、軍人二人は戦慄する。
「《纏霊刃》!」
詠唱して迫り来る蓮に、銃を連射する。
叩き落とす。
跳ね返す。
逸らす。
銃弾は、蓮に当たる事はなかった。
カチッ。カチッ。
やがて、弾が切れた。
敵は迫る。二人が同時に予備の弾を込めている暇はない。
一人が蓮の前に出て、格闘戦に持ち込んだ。
その後ろで、もう一人が予備の弾を込めている。
突っ込んでくる槍を捌きつつ背後を取る。
(よし! これならすぐに反応はできないはず――)
移動した勢いものせて、脇腹に拳を打ち込もうとした。
ビュッ。
しかし、紙一重で躱され、軍人の拳は空を切った。
「ゴッ⁉」
しかも蓮は、躱した時の動きを利用して、腹部に肘鉄。
その際足を掛けられ、後ろに転倒。
視界を塞がれるように顔を押さえられる。
「じゃあな」
ドスッ。
ここで、蓮に立ち向かった軍人の意識は、一時途絶えた。
「お前ぇ!」
「うお⁉」
仲間を目の前で殺され、激昂した軍人が、蓮に銃を撃つ。
蓮は思わず飛び退いた。
「《雹塊弾》」
「‼ やべ――!」
しかし、魂を回収し損ねてしまった。
妖術の狙う先は、魂から伸びている魂の緒。
駆け寄ろうにも、銃撃のせいで近寄れない。
「《韋駄天走》!」
だが、魂と氷の弾の間に愛梨が駆け込んだ。
「ヒゥ゛ッ⁉」
妖術は、愛梨の背中に着弾する。
「《快癒》!」
自分の体力を回復しつつ、魂に駆け寄る。
まだ韋駄天走の効果が持続している。霊力も込めて、蓮と同じくらいの足の速さにした。
「貴様ぁ!」
妖怪は氷の刀を出現させて、愛梨に迫る。
「させるか‼」
魂の回収はギリギリできるだろうが、愛梨が殺られる可能性が高い。蓮はそう判断して、足止めをした。
その間に軍人の魂にたどり着く。
だが、今度は愛梨に銃口が向けられた。
「ま、待ってください! 話を聞いてください!」
「化け物の話なんか聞けるか! 俺の仲間を殺しやがって‼」
愛梨の制止に、軍人は恫喝を返す。
愛梨は一瞬、びくりと肩を震わせる。しかし、勇気を振り絞って声を張り上げた。
「あなたの仲間は、死んでいません!」
「嘘つくな‼ あの女、思いっきり槍を刺してただろ!」
「そうだけど、嘘じゃないです‼」
続けて、説明する。
「まだこの魂に、魂の緒という紐がついています! これが繋がっている限り、死ぬ事はありません! あの妖怪は、この紐を切るのが目的です‼」
軍人は、先程の光景を思い出した。
妖怪は、自分でも死神でもなく、仲間の魂に向けて氷を撃っていた。
もしその理由が、まだ仲間が生きていて、確実に息の根を絶とうとしていたからなら。
愛梨は、魂を影にしまいながら説得を始める。
「私達は、できる限り多くの生きている人をこの空間の外に連れ出すのが目的です。ですが今回、敵や助け出さなくてはならない人があまりにも多く、こんな手段を取らざるを得ませんでした。本当に、ごめんなさい」
頭を下げて、謝罪した。
軍人は戸惑った。
都市伝説で聞いていた死神と、全く印象が違う。彼らの話だと、魂を喰うどころか人命救助をしているようではないか。
「……さっき、魂を影に押し込んでいただろ。それはどう説明をするんだ」
「魂を運んでいる時に、魂の緒が切れるのを防ぐ為です。この空間から出た後に、生きている魂は全て解放します」
とても作り話とは思えないほど、すらすらと答えた。
「信じられないのも分かります。仲間を倒されて怒るのも当然です。でも、あの妖怪はあなたを殺そうとしています。私達が必ず、あなたと仲間の方を生前の世界に連れて行きますから、銃を下げてください。お願いします」
と、祈るようにまっすぐ見つめて、愛梨は言った。
「……」
軍人は愛梨を警戒しつつも、ちらりと戦っている蓮と妖怪を見る。
妖怪が自分を殺そうとしているのは確実。妖怪が生き残ったら、自分の生存確率はない。
仮に逃げたとして、足を負傷している状態で逃げ切れるだろうか。生きて、この恐ろしく広い公園から脱出できるだろうか。
死神の話も、一応筋は通っている。しかし、簡単に信用してもいいのだろうか。
「……ここからの出口、知っているのか?」
「はい。外に出れば、すぐに魂は元の体に戻ります」
「…………」
信用する事にしたのだろうか。軍人は、銃を下ろした。
愛梨はそれに安堵する。
しかし。
「キャッ⁉」
ぐいと、力強く引き寄せられた。
◆◇◆
「させるか‼」
蓮は魂を回収しようと駆ける愛梨と、妖怪の間に滑り込み、槍を突きだした。
「‼」
妖怪は槍を刀で防ぎつつ飛び退く。
足止めは成功した。
「邪魔するな‼」
「怨夢内での殺人の邪魔も仕事なんだよ‼」
打ち合いの合間に怒鳴り、怒鳴り返す。
「この怨夢内にはなぁ、化穢が大量にいるんだ‼ 魂喰われる危険があるんだよ‼」
「であれば好都合だ‼ 人間の魂を化穢に喰らわせてやる‼」
「馬鹿か⁉ お前の魂も危ねぇんだよ‼ 今は戦争の続きしてる場合じゃねぇ‼」
その言葉で一瞬、妖怪は狼狽えた。
人間さえ滅ぼせれば、死ぬのは構わない。しかし、魂まで消滅するのは回避したいのだろう。
蓮は、その隙を見逃さなかった。
槍を振り、妖怪に叩きつける。
「ぐっ⁉」
脇腹に当たり、妖怪はよろめいた。
ドスッ。
とどめに、突き殺す。霊体が消滅し、魂の緒が繋がっている魂が出現した。
「キャッ⁉」
妖怪の魂を影にしまっていると、愛梨の悲鳴が響いた。
「!」
振り返ると、愛梨が軍人に捕まり、首元にナイフを突きつけられているのが見えた。
「てめぇ……!」
「動くな!」
愛梨を助けようとしたところ、軍人に制止させられる。
「お前達、出口を知っているらしいな。そこまで案内しろ。そうしたら、この少女を解放する」
と、要求してきた。
(仕方ねぇ)
最終的に、この軍人を脱出させるのは同じ。
まだ魂の数が少ないので、もう少し後にしたかったが、愛梨が死んだとしても一旦、怨夢の外に連れて行かなければならない。
「ッチ。分かったよ」
癪に障るが、要求を飲んだ方がよさそうだ。
◆◇◆
「本当に、すみません!」
軍人を怨夢の外に脱出させ、ついでに今持っている魂も生者に戻したり、獄卒に渡したり等をした後。
愛梨は蓮に謝罪した。
「わ、私、足を引っ張ってしまって……」
「大丈夫だ。それに、足も引っ張ってねぇから」
申し訳なさそうにおろおろしている愛梨に、蓮は言った。
「え⁉ でも、人質になってしまいましたし……」
「それは『そうした方が自分の生存確率が高い』って軍人が判断したからだろ。タイミングが早かっただけで、結果的には怨夢の外に出さねぇといけねぇからな」
死徒の邪魔をして、もし妖怪が生き残ってしまったら、軍人は殺される。しかし、死徒の事も信用しきれない。
軍人目線では、どうにかして脱出口の情報を得て自力で脱出した方が生存できる確率が高かった。ただ、情報を得る為の手段が、人質を取る事だっただけである。
「でも、私は何も……」
「いやお前、もう一人の軍人の魂守ったじゃねぇか。何もしてねぇって事ぁねぇよ」
蓮は、愛梨の頭をぐりぐり撫でながら続けて言った。
「足手まといってのはなぁ。最低限の事もしねぇ奴、もしくはできねぇのにしゃしゃり出て来る奴だ。愛梨は軍人の魂を、魂の緒が切れねぇように守って、負傷しても自分で回復してたろ。これのどこが足手まといなんだ?」
「え、えっと……」
言い淀みながらも、愛梨の心は軽くなった。
「よし! んじゃ、そろそろ戻るぞ」
「はい!」
愛梨は怨夢に戻っていく蓮の後を追いかけていった。
十三章に続きます。
また、プロットの見直しと修正の為、来週は投稿をお休みします。
十三章1話は2月5日に投稿したいと思っております。




