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すみません。

投稿がいつもより遅くなりました。

「く、来るな‼ 来るな来るな来るなよぉ‼」

 ある生者は、涙目になりながら壁に身を寄せていた。まるで、死神からできる限り距離を取るように。

「……本当に、すみません。これが、僕達の仕事なので」

 目の前にいる、黒い羽織を着た細身の死神は、手の平を生者に向ける。

「い、嫌だ……! 死にたくない! た、助け――」

 死神は、懇願する生者に申し訳なさそうな顔をしつつも、口を開いた。

「《痺雷針》」

 閃光が、生者を貫いた。

 体が粒子になり、解ける。

 後に残ったのは、魂の緒が繋がっている魂だけだった。

 千絃はそれを、自分の影に入れる。

「ふぅ」

 疲労を少しでも吐き出すようにため息をつく。

 とにかく沢山の生者を怨夢の外に連れ出さなければならない。さらに、広いとはいえ化穢や穢憑きと遭遇する確率が高い怨夢の中を、大勢の生者を連れて戻るのは難しい。下手をすると、魂を喰われる危険がある。

 だから今回は、これは仕方ない事なのだ。

(それに)

 花耶の顔が思い浮かぶ。

 生者が複数人で行動していた為、春介と手分けしていたのだ。花耶は足の遅い春介のサポートである。

(実行じゃなく補助とはいえ、僕より花耶の方が辛いかもしれない。あの子は優しすぎるし、気持ちの切り替えも下手。記憶がなくても潜在的なトラウマもあるだろうしなぁ)

 花耶の心配をしていると、本人達が千絃の元にやって来た。

「千絃、そっちも終わったみたいだね」

「うん。春介達も、生者は逃がしてない?」

「大丈夫だよー」

 春介はいつもと変わらない風を装っているが、少し悲しそうにも見えた。

「…………」

 一方で、花耶は分かりやすいほどに落ち込んでいた。

「花耶。その、何回も言ってるけど、今回は本当に仕方ない事だからね? いちいち生者を怨夢の外に連れ出してる暇はないし、化穢がたくさんいる怨夢の中を連れて行くのも危ないから」

「……ん」

 花耶は頷いた。すぐ後に、続けて謝った。

「ごめん」

「「?」」

 千絃と春介は小首を傾げる。

「二人に、任せてばかり……」

 花耶は、逃げる生者の足止めしかしていない。

 さすがに穢憑きや化穢の討伐は花耶も行っていたが、一番精神的に辛いだろう生者の魂を取り出すのは、春介と千絃がしていた。

「いやいや。こればっかりは仕方ないよー」

「そうそう。僕達は、あまりよくないかもしれないけど、慣れてる部分もある」

「それに、花耶は人間の生者の足止めをしてくれているじゃないか。さっきもそれでかなり助かったし。ありがとう」

 そう言って、春介は花耶の頭をぽふぽふ撫でた。

「……」

 それでも、花耶の顔は浮かない。

「……春介、そろそろ魂を外に連れだそう」

 千絃に何か考えがあるのだろう。まだ影の中には半分程度しか魂が貯まっていないのに提案した。

「分かった」

 春介も、千絃の考えを察したようだ。

 三人は怨夢の外に足を向ける。


「待って‼」

「そこの死神、待て‼」

 切迫した声で呼び止められた。

「えっ?」

 振り返った春介は、目を見開いた。

 人間の生者達が二人、こちらに向かって駆けてくる。普通ならば、逃げるはずなのにだ。

「どうかしたんですか?」

 千絃が訊くと、生者は息も絶え絶えで答えた。

「た、助けて……っ!」

「黒い化け物が、あんたらの仲間に、襲いかかった……!」

「「「‼」」」

 三人に緊張が走る。

 ものすごく嫌な予感がした。

「どっち⁉」

「あっち……」

「あの、トンネル……」

 花耶がすごい剣幕で訊くと、離れた所にある遊具を指差した。

 その遊具についているトンネルの向こうは、周りの景色と繋がっていない。別の怨夢の入り口だろう。

 トンネルに向かって、花耶は駆け出した。

「春介、その人達をお願い!」

 その後を千絃が追う。


◆◇◆


 花耶がトンネルを抜けると、剣劇が聞こえた。その方向へまっすぐに駆ける。

「‼」

 駆けつけると、死徒が一人、化穢四体と戦っていた。

 死徒は攻撃する余裕がないのか、防戦一方である。疲労が溜まっているのか、気怠い体を無理矢理動かしているようだった。

「《纏霊――」

「! やめて‼」

 詠唱に気がついて、死徒は悲鳴をあげた。思わず、詠唱を中断してしまう。

【祓穢がもう一匹か!】

【お前らはあっちを狙え!】

 一体の化穢が命じると、三体が花耶の方に向かう。

「⁉」

 向き直った時に気がついた。

 向かってきた化穢が、三体とも霊棍を持っていた。

(まさか……)

 嫌な予感がする。先程、死徒が化穢への攻撃を制止させたのにも合点がいった。

 倒したくない。しかし死徒として、化穢は倒さなければならない。

「……ごめん、なさい。《纏霊刃》」

 花耶の苦無を、霊力が包む。

「やめてええええええええええええええええええええええええええええええ‼」

 死徒の悲鳴じみた制止を振り切り、花耶は化穢の攻撃を躱し、一体の首に苦無を突き立てた。

「《痺雷針》!」

 どうやら千絃も痺雷針が届く距離に来たようだ。二本の閃光が二体の頭を吹き飛ばした。

 絶叫を残して、三体の化穢は霧散した。

「あ……。あぁ……」

 心が痛むほどに絶望した声が届く。

 化穢は、その隙を見逃さない。

 黒い爪が、死徒に振り下ろされる。

「《纏霊刃》!」

 だが、大きな刃物が化穢の腕を斬り飛ばした。その刃物は、纏霊刃で強化した盾だった。

【な⁉】

 驚愕する化穢。

 ドスッ。

 その背中に、苦無が刺さった。


「大丈夫ですか?」

 化穢が霧散したのを見て、最後に駆けつけた春介は振り返り、死徒に訊いた。

「…………」

「えーと……」

 呆然としている。

 戸惑っている春介の横に、花耶は死徒と視線の高さを合わせるように正座した。

「……ごめん、なさい」

 花耶の謝罪に、春介と千絃は小首を傾げる。

「花耶、どうかしたの?」

「……あの化穢達、この人の、仲間、だと思う」

「「‼」」

 花耶の返答に、二人は目を瞠った。

 死徒はこくりと頷く。

 化穢化は、死徒にとって最悪な末路だ。

 魂が喰われて、完全に消滅しているので、もう蘇生ができない。そして、同業者に討伐される。下手をすると、かつての仲間が手をかけなければならないのだ。

「……あなたが討伐したのは、私の兄でした」

 花耶にか千絃にかは分からないが、死徒はぽつりと呟いた。

「他の二人も、血こそ繋がっていないけれど、家族に等しい存在でした……」

 ぽろぽろと、死徒から涙がこぼれ落ちる。本当に大事な存在だったのだろう。特に生前からの関係ともなると、心の拠り所のような存在になる。

「ごめんなさい」

「申し訳ありません」

 仕方なかったとはいえ、罪悪感がのし掛かった。

「……いえ。仕方なかった事ですから……。でも」

 死徒は顔を上げて、三人に訊いた。


「私達死徒の魂は、生者の命よりも軽いんですか? 戦争で人を殺したり、人から怨まれるような事をするような生者よりも、価値がないんですか?」

 それに答えられる者は、いなかった。


◆◇◆


「花耶、少し待って」

 魂を怨夢の外に運び、死徒を医療隊に任せた後。

 千絃はは、背中を丸めて怨夢に戻ろうとする花耶を呼び止めた。

 本来ならばすぐに戻らなくてはならないのだが、手招きする彼の後をついていく。


「!」

 そこには、一組の家族がいた。子供は泣きながら親にすがり付き、両親も涙を浮かべて微笑んでいる。

「両親は、怨夢に取り込まれた人達だよ。春介と花耶が守った人達」

 今回の怨夢は、大人だけが取り込まれた。子供達は、生前の世界に取り残されたのだ。

「確かに、魂の緒が繋がっている状態とはいえ、生者を殺すのはあまりいいやり方じゃない。でも今回は、やり方を選んでいたら犠牲者が増える」

 犠牲者が増えれば、大事な者と死別してしまう者達が増える。

 より多くの生者を助けるならば、たとえ倫理的に問題のあるやり方であろうと効率のいい方を選ばなければならない。

「それに、花耶は僕や春介に任せっぱなしって思っているけど、春介は足が遅いから、生者を逃がしたらそのまま見失う可能性が高い。僕も足が早い方じゃないから、痺雷針でも届かない距離まで離されたらそのまま逃げられる可能性もある。化穢や穢憑きがうようよいる中で、生者が歩き回るのは危険きわまりない。だから足止めできる花耶は役立たずなんかじゃないし、ちゃんと生者を守ってるんだよ」

 そう諭されて、花耶の不安は少し軽くなった。

「ありがとう」

 慰めてくれた事の礼を言うと、千絃は優しい顔で花耶の頭をさらさら撫でた。

「あと、あの女の子が言っていた事だけど」

 千絃の言う女の子は、仲間を喪ってしまった死徒の事だ。

「すごく自分勝手な考えだから、死徒としては間違ってると思うけど、僕はね、生者の命よりも仲間の魂の方が大事なんだ。蓮や花耶、春介に愛梨と灼に会えなくなるのは、絶対に嫌だ。五人だけじゃない。第一討伐隊のみんなや、友達がいなくなるのも嫌だ。だから、もしもどっちかを選ばないといけなくなったら、死徒とかは考えなくてもいいから、自分が大事だと思う方を選んで。もし、それでも辛かったり怒られたら、僕のせいにしていいから」

「…………」

 花耶は、どう反応すればいいのか分からなかった。

 千絃と同じく、見ず知らずの生者の命より仲間の魂の方が大事だ。

 だが、生者も見捨てたくない。できる限り両方が助かるようにしたい。

 しかし、どうしても無理だったら、仲間を選ぶと思う。

 それで精神的に辛くなったり、叱られたりするのは、自分の意思で選択した結果だ。千絃に責任転嫁する訳にはいかない。

「千絃の、せいには、しない」

「……そっか」

 千絃は、心配と淋しさを滲ませた微笑みで花耶の意見を受け入れた。

「そろそろ、戻ろっか」

「ん」

 二人は怨夢の中へと戻って行った。

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