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「やめろ‼」
「‼」
灼が清道に殴りかかった。
清道はひらりと躱し、訊いた。
「どういうおつもりでしょうか? 貴方、妖怪にされた挙げ句殺されたじゃないですか。なぜ、守ろうとするのですか?」
「確かにオレは、妖怪にされた挙げ句殺された!」
蛍原への恨みは消えたわけではない。あの話を聞いても、同情はするが許せはしない。
「でもな! そんな人体実験みてーな事、許せるわけがないだろ‼」
しかし、兵器として妖怪にされた。その時に死んだから自分が兵器として戦場に放り出されてはいないが、友人は兵器として人殺しをさせられた。
被害者だからこそ、似たような事をしている清道が許せなかった。
「人体実験は心外ですねぇ。これは、人助けなのですよ」
灼の攻撃は、一撃も当たっていない。覚目を持っている者を相手にするには、灼の戦闘技術が低すぎるのだ。
「政府に認可されてからは、ちゃんと説明をした上で希望者にのみ移植しております。それに、暴れる妖怪を生かしたまま捕らえるのも大変なのですよ」
「嫌がる奴から無理矢理取るんじゃ、臓器泥棒と変わらねーよ! てめぇらがやってるのは、人の弱味ににつけこんで盗品を押し売りしてんのと同じだ‼」
ピキリと、清道のこめかみに筋が立つ。
「では貴方は、体のどこかに欠陥を持った障害者を見捨てると? ずいぶん冷淡ですね」
「ち、違う‼ そうじゃねー‼」
一瞬狼狽えるが、本音を撃ち出す。
「てめぇさっき、歴史に名を残すだのなんだの言ってた! 本気で世の為人の為考えてる奴は、そんなの考えてすらいないんだよ! 正義面して綺麗事言ってるけど、結局は自分がちやほやされる為に、妖怪やハンデ持ってる奴を踏み台にしてるだけじゃねーか‼」
清道の余裕そうな笑みが、スッと消えた。
「子供から盗った能力で、イキってんじゃねええええええええええええええええええええええ‼」
その言葉は、怒りが爆発する為の、火種になった。
「その程度の強さでイキっている、貴方が片腹痛い‼」
「‼」
隙をつかれ、銃を目の前に向けられる。引き金が引かれ、銃口の奥が光った――。
ガンッ。
と思ったら、花耶が灼と清道の間に割って入り、銃弾を苦無で弾いた。
「灼、医療隊の人に、連絡。止血は、した」
「おう!」
死なせるのは駄目だと思ったのか、灼は承諾して下がった。
「いいのですか? 死徒は生者を助けてはならないのでは」
「戦時中だから、問題、ありません」
「貴方の後輩――いや、感覚としては弟分のようなものですね。彼の仇ですよ?」
「でも、死なせるわけには、いかない」
花耶自身も、蛍原が灼や拐った人間達にした事はひどいと思っている。しかし、だからといって死んでいいわけがない。
「死んでほしいと思っている方はたくさんいるでしょう。殺せば多少は気持ちが楽になる方もいるかもしれません。貴方は、そんな被害者の気持ちを完全否定するのですか?」
「怨むのは、当然。でも、あなたに、殺されるの、悲しすぎる」
確かに死ねばいいと思っている者はたくさんいるかもしれない。殺されたとあれば、ざまぁみろと笑う者もいるかもしれない。
凶行に走った理由を知ったところで、どうしようもない。
だが、少なくとも凶行に走る一因となった清道が蛍原を殺すのは、我慢ならなかった。
「反吐が出るほどの正義面ですねぇ。ご自身のエゴで加害者を庇っている行動に気づきもしない。若いっていいものです」
嫌みを言い、話題を変えて反論する。
「ですが、お孫さんが死んだと聞いて蛍原さんは心が折れました。もう生きる希望もないでしょう。ならば、殺して差し上げた方が楽ではないでしょうか? 地獄には堕ちるでしょうが、先にお亡くなりになられたご家族との面会くらいは許されるでしょう」
「うるさい‼」
「どの口が、言うんですか」
清道の反論を聞いて、戻ってきた灼が殴りかかる。花耶が毒づく。
「じゃあ、その孫の死体は見つかったのか⁉」
「ただ、生死不明な、だけです」
「貴方方さっきの話を聞いていたでしょう? もう十六年も前の事です。生きているはずがない」
「んん。きっと、生きてる」
「誰かの手助けがあれば、十六年ぐらい目が見えなくても生きていける‼」
「逆に言えば、助ける方がいなければ死んでいると言う事でしょう?」
清道は、言い負かしたのを確信したように笑みを浮かべた。
「お孫さんが捨てられたのは人間界。妖怪はまず助けに来れないでしょうねぇ。仮に拾われたとしても、最初は分からないでしょうが、時がたつにつれて、成長速度の遅さに気づくはずです。血の繋がらない子供が、人間ではないと。きっと、そんな得体の知れない化け物なんて、育てようとはしないでしょう」
「人間は、あなたが思うほど、冷酷じゃ、ない」
「全部てめーの予想だろうが!」
灼は、当たらない攻撃の代わりに叩きつけるように、声を張り上げた。
「決めつけるなら、死体見つけるかジジイが死んだ後にしろ‼」
この時、三人は気がついていなかった。
蛍原の手が、かすかに動いた事に。
「どれだけ吠えようと、その覚が死ぬのは決まっているのですよ‼」
清道の銃が、灼を狙う。しかし、花耶が弾いた。
「死徒は生者に手痛い攻撃をしてはならない。貴方程度の攻撃は躱すのに苦労しません。さらに、貴方よりも巧みな攻撃ができる花耶さんは貴方を守りつつ医療隊が到着するまでの時間稼ぎ。処罰覚悟で攻撃に転じれば、貴方は撃たれる。足手まといを抱えた状態で、覚目を持つ私相手にいつまで持つでしょうねぇ?」
灼は歯軋りをした。
確かに、灼の攻撃は一発も当たらない。
花耶は、攻撃を仕掛けようとはしていない。清道の攻撃から、灼を守っているからだ。
かといって、花耶に「自分は放っておいて、攻撃しろ」なんて言えない。死徒が生者にひどい怪我を負わせてしまったら、処罰される。処罰されろなんて言えるはずがない。そもそも、花耶の性格上、怪我の治りにくい生者に攻撃するのは嫌だろう。
(くそ! もっとオレが強かったら……!)
灼は、自分の弱さが嫌になった。
「!」
花耶は、ある気配に気がついた。
「⁉」
清道も、花耶の思考を読み取ってその脅威に気がついた。
しかし、躱すには反応速度が遅すぎた。
ドスッ。
灼と花耶の間を縫って突きだされた仕込み杖は、清道の心臓を貫通した。
「ぁ゛……っ! ごぶっ」
口から血が溢れ出す清道が、最期に見た物は、憎悪で塗り潰された老人の鋭い眼光だった。




