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 蛍原は、炎の壁を見つめて、花耶は死んだだろうと思った。

 姿は見えないが、確実に壁に囲まれていた。さらに、炎の壁は妖術ではなく火鬼の霊力そのもの。術にのみ効果を発する護符では防げない。

 飛び出してこないあたり、それに気がついたのだろう。しかし、今気がついた時点ではもう遅い。

 自棄を起こして飛び出すか、そのまま炎の壁に焼き潰されるか。

(……すまぬ)

 蛍原は、花耶が妖怪だと分かっていた。おまけに、もし孫娘が生きていれば同い年ぐらい。さすがに罪悪感が滲み出した。


 しかし、蛍原は気がついていなかった。

 炎を挟んだ反対側。

 死角になっていて覚目が及ばない位置で、ある者が炎の壁に近づいている事に。


 バンッ。


 何かを地面に叩きつけ、小さな物が散らばる音がする。

『『‼‼』』

 その瞬間、鬼にしか感じ取れない刺激臭があたりに充満した。


「な⁉」

 蛍原は突然の事に動揺する。

 火鬼達は耐えるように口と鼻を押さえる。しかし、全く慣れていない臭いに意識を持っていかれ、次々に倒れていった。


 火鬼が倒れたせいか、高く建ちそびえていた炎の壁が鎮火した。

「花耶! 大丈夫か⁉」

 聞き慣れた声に振り返ると、そこには灼がいた。

「平気。ありがとう。友達の、人達は?」

「二人とも無事だった!」

 そう聞いてほっとする花耶だった。


 灼は火鬼達を見回す。

(いた! 夏輝だ!)

 その中に、学生服の火鬼を見つけた。


「貴様、あの時に死んだ火鬼か」

「ああそうだよ。てめーに殺された。そいつらを助けに来た」

 灼は蛍原に視線を移し、睨みつける。

「灼。私が、お爺さん、止める。灼は、縄枷、お願い」

「……っ。分かった」

 一瞬、「蛍原の相手は自分がやる」と言いかけた。しかし、灼が優先しなければならないのは縄枷で操られている者を解放する事。

 福豆で意識飛ばしたという事は、もう抵抗はできないだろう。灼一人でも縄枷を切る事ができる。

 ならば、蛍原の足止めを花耶に任せた方が助けられる確率は高い。

(本当は、あのクソジジイに一、二発かましてやりたいけどな)


「ほう。止められると思うておるのか」

 少し、厳しいとは思っている。

 動きは花耶の方が早いが、蛍原は素早い判断力と覚目で容易に追い越していく。

「体を、張れば、なんとか」

「んぇ⁉」

 灼は目を見開く。

 また無茶をする気かと思った。実際、花耶は自分の体を盾に使う気である。

 蛍原は、杖の鞘部分を咥え、刀を引き抜いた。

「最後の忠告じゃ。諦めよ。さすれば、命は取らぬ」

 カラリと鞘を落とし、最終警告をする。

「やだね。絶対に諦めねーよ」

「お断り、します」

 交渉は、決裂した。


 ダンッ。

 灼と蛍原が同時に駆け出す。

 灼は気絶している夏輝の下にたどり着き、縄枷に手をかけた。

「‼」

 だがちぎる前に、蛍原が斬りかかる。

 咄嗟に、灼は友人の上に被さるようにして庇う。


 だが、二人の前に花耶が滑り込んだ。


「「⁉」」

 確実に刀を止める為か、両腕を広げていた。

 少しでも幅を稼ぐ為か、霊棍を武器化させている。苦無を両手に握っていた。

 しかし、自分を守れる体勢ではなかった。

 刃が当たる直前、刀がピタリと止まる。

 その一瞬の隙に、花耶は蛍原に掴みかかる。しかし。


「邪魔じゃ‼」

 蹴り飛ばされる。ガードする余裕すらない。


「ちょっと待って花耶! 今、捨て身で刀受けようとしてなかったか⁉」

「ん」

「いや、「ん」じゃなくって!」

「縄枷、切って」

 花耶に促され、灼は縄枷を引きちぎった。


「無茶すんなって言われたばっかだろ⁉」

「大丈夫。無茶じゃ、ない」

「いやいやどこが――ひぇえ⁉ また⁉」

「早く、助けられれば、大丈夫」

 花耶がそう言うと、灼はそれ以上言わずに縄枷に集中した。


 花耶を無視して刀を振るう蛍原と、身を挺して庇う花耶。

 その度に刀は寸止めされる。しかし捕まえようとしても蹴りや柄頭、肘鉄が入る。


(……やっぱり)

 灼が来る前、蛍原は「白刃ならば、おぬしは死んでおった」と言っていた。さらに、しきりに諦めさせようとしていた。

 これは、「向かって来るならば攻撃は仕方ないが花耶は殺したくない」と言う事ではないだろうか。理由は分からないが、そんな心理を利用しない訳がない。

 覚は鬼ほど力が強くない。よほどひどい当たり方をしなければ、打撃で意識を失う事はないだろう。

 確かに攻撃は痛いが、まだ耐えられる。動きの速さや瞬発力は、花耶の方が上。刀が当たる前に、灼や彼の大事な者達を守る事ができる。

 死に(壊れ)さえしなければ、充分に盾としての役割を果たせるのだ。

 そして、花耶がいきなり掴みかかったらその対応もしなければならない。

 蛍原は隻腕。手に持っている刀で斬りつける以外だと、攻撃手段は限られる。予測できなくはない。つまり、急所に当たらないようにする事はなんとかできる。

 捕まえられるとは思っていないが、運よく捕まえられれば大幅な時間稼ぎになる。


(この女子は……)

 花耶のこんな思考を読んで、蛍原はうすら寒くなった。

 あまりにも自分の身を蔑ろにしすぎる。

 回避しようとすればできるが、花耶は最低限のガードしかしない。避ければ攻撃が灼や火鬼に当たるからだ。


 火鬼に関しては、縄枷を切られてもう支配下ではない。よって、兵器としては敵に奪われたも同然。数体の内に灼さえ止められれば、縄枷を切られた兵器は殺す(処分する)つもりだった。

 しかし、花耶が捨て身で邪魔をしてくるので、思うようにいかない。


(この女子も殺せばよい。わしの目的は、人間を滅ぼす事。我ら妖怪の悲願であり、虐げられし者達の仇討ちなのじゃ)

 そう頭では理解している。実際、花耶がもう少し成長した外見だったら迷わず命を奪っていた。

(孫の生存は絶望的。それにこやつは孫でない。迷うでない。悲願達成の邪魔をするならば敵じゃ。老婆心など捨てよ)

 生死不明の孫とほぼ同じくらいの年齢に見える幼い妖怪を、自分の手で殺せ。

 心中で言い聞かせるが、踏ん切りがつかない。


「ずいぶん無茶な戦い方をしますねぇ」

 戦いの中、胡散臭い声が聞こえた。

「お手伝いをいたしましょう」


 直後、銃声が響き、花耶は蛍原に向かう銃弾を視認した。

「‼」

 蛍原は振り返り、仕込み刀で銃弾を弾いた。


「おやおや。さすがに銃なら当たると思ったのですがねぇ。そこの妖怪……花耶さんの思考を読み取り、即座に反応しましたか」

 銃弾が飛んできた方向を見ると、サングラスをかけた祓い屋がいた。


「‼⁉」

 サングラスの祓い屋の姿を見た蛍原は、目を瞠る。

「あ、あやつ、は……」


「「?」」

 蛍原のかすれ気味の声と狼狽える様子に、花耶と灼は小首を傾げる。


 覚目で分かってしまった。

 サングラスの祓い屋は人間である。しかし、眼球は妖怪の物。

 人間でありながら、覚の眼球を持っている。

 そして、その眼球の本来の持ち主は。

「柚……孫の、眼じゃ」

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