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陣幕までの山道を、蛍原の先導で進んでいた。ある死徒に騙された妖怪軍に拐われた、第一討伐隊の死徒達を救出する為である。
失敗すれば妖怪軍への天罰は確実。しかも、神は力が強く、加減は不得手。関東全体に被害がおよぶのは目に見えている。
それは神としても望んでおらず、なんとしてでも止めなければならない。
天罰を確実に信じさせる為、関東支部の支部長であり関東の土地神をまとめる存在である木佐貫が赴く事になった。
基本は話し合いで説得するつもりだが、もしかしたら武力行使しなければならないかもしれない。
そこで、被害を最小限に抑えた上で被害者を救出し、妖怪軍とも渡り合えるだろう隊長達を複数人連れていた。それでも厳しい場合、最終的には木佐貫が力を振るう事になる。
最終手段になった場合、山の麓にいる人間は犠牲になるだろうが、関東全体に意味のない犠牲が出るよりはマシだと諦めるしかない。
「敵襲‼」
奥からこだます切羽詰まった声に全員が緊張を張りつめさせ、駆け出す。
もしかしたら、説得の前に戦闘になるかもしれない。
(皆……!)
雪音は祈るような気持ちになっていた。
敵襲と言う事は、妖怪軍に敵対する者の襲撃を受けている可能性が高い。自分の部下が巻き込まれていないだろうか。
◆◇◆
『『⁉』』
その場についた木佐貫と死徒達は目を疑った。
戦闘が繰り広げられていると予想はしていたのだが、妖怪相手に戦っているのは、縄枷で操られているはずの死徒だった。
しかも、死徒達は防戦しており、妖怪は正気に戻った死徒を屈服させようとしている。
「静まれ‼」
木佐貫が言うと、縄枷をつけている者以外がこちらに視線を移した。
『『‼』』
妖怪達は木佐貫の姿に血相を変え、正気の死徒達は救助が来たと目を輝かせた。
「戦闘止め!」
妖怪の言葉に、縄枷をつけられている死徒達は動きを止めた。
それを確認し、妖怪と正気の死徒達はひれ伏す。
一人だけひれ伏さず、オロオロしている死徒がいた。灼である。
傍らにいる花耶が、灼の袖を引いていた。よく見ると、花耶だけ縄枷がついている。
「んぇ、え? 皆、どうし――」
「灼! 今はひれ伏せ!」
「あの人、関東支部支部長! 神様!」
「⁉」
花耶以外の、正気に戻った死徒達が教えて初めて、灼はひれ伏した。勢いよく膝をついて、少し痛そうな音がした。
「軍の長に話がある。蛍原。案内せよ」
「!」
木佐貫に名指しされた人物を見て、灼は眉根を寄せた。
(あのジジイ。何で雪音さん達といるんだ? 何か、企んでるんじゃねーだろうな……)
睨んでいると、一瞬だけ目が合った。しかし何事もなかったかのように無視され、さらに苛つかせた。
「皆の者は死徒達の保護を」
『『御意』』
「雪音のみ、部下の安全を確認した後、陣幕に来るように」
「御意」
木佐貫は指示を出した後、妖怪の案内で陣幕の中に入っていった。
◆◇◆
正気に戻った死徒達は妖怪から離され、操られている死徒達も縄枷を切って正気に戻った。
「皆さん、大丈夫ですか? お怪我は?」
「大丈夫ですよ!」
「かすり傷程度ですし、この程度なら数時間でふさがります」
「俺なんてただの打ち身ですから、すでに痛み引いてますよ」
雪音が心配顔で訊いてくるので、死徒達は元気に答えた。雪音は安堵した。若干、目に涙がにじんでいた。よほど心配だったのだろう。
部下の無事を確認して、目元を袖で押さえて涙を軽く拭い、救出に参加した隊長達に向き直った。
「皆様、お忙しい中、申し訳ありません。本当にありがとうございました」
『『ありがとうございました』』
頭を下げる雪音と死徒達に対して、隊長達は手を振り言った。
「いやいや、この忙しい中だからこそだよ」
「ただでさえ流れ弾や流れ妖術で負傷してて、怨夢や逃げ回り抵抗する亡者の対応もあって、その上で死徒、それも討伐隊のやつらまで出てきたらただの地獄絵図だしな」
「そもそも、騙くらかした奴が元凶だしな」
「私は借りを返しただけよ。先週、助けてもらったし」
「今は第一討伐隊しか被害に遭っていないけど、唆した奴が分からない以上うちの隊にも被害がある可能性が億万一程度にはあるかもしれないしな」
と、許してくれた。
「…………」
「ん? 花耶、どうかしたか?」
花耶は、灼の肩に触れていた。灼は小首を傾げる。
「刀、当たった。痛く、ない……?」
花耶が訊いた瞬間、少し離れた所で雪音が、細い首を痛めそうな勢いで振り向いた。怪我を心配しての事だろうが、少し怖かった。
「斬られてもねーし、折れてもねーよ。もう痛くねーから平気っ!」
灼が答えたのを聞いて、雪音と花耶は少し安堵したようだった。
「……ごめん。私を、庇おうと……」
「いやいや、あれは仕方ねーって。まさか刀が折れるなんて思わねーもん」
と、灼はフォローするものの、花耶はまだ申し訳なさそうだった。
「それに、もう快癒で治ったとはいえ、オレは肩とか手とか砕いちまったし……。ごめん」
「んん。操られてたから、仕方、ない」
花耶は首を横に振った。
「……もしかして、幻術で、捕まった?」
「……はい」
灼はしょんぼりと項垂れた。
戦時中、灼はずっと花耶と一緒にいた。
一般的には騙されたのは仕方ないが、灼自身は見破れなくて情けないと思っていたのだ。
「次、怪しいって、思ったら、名前、訊いて。苗字も、含めて。自分の苗字、知らないから、答えられない」
「分かった」
花耶は対応策を話した。
「花耶。灼に庇われて、どう思った?」
と、同じく囚われていた与一郎が訊いてきた。
「……びっくり、しました。心配、しました。それと、罪悪感」
「そうか。それ、花耶が無茶する度に灼が思ってる事だからな」
「!」
指摘に驚き、花耶は目を見開いた。
「灼だけじゃなくて、蓮や春介、愛梨とか、皆。千絃にいたっては心配のあまり怒るだろ?」
「……はい」
こくんと頷く。
「確かに仲間を守るのはいい事だし、先輩として後輩を守りたいのも分かる。でも、やるなら自分が大怪我しない範囲でやれ。花耶の事心配する奴もいるんだから。分かったな」
「はい」
花耶が仲間を守るのは、大切で傷ついてほしくないからだ。精神的に傷つける為じゃない。
これはもう癖みたいな物で、またやらかす可能性はあるが、なるべく自分も仲間も安全に守るというのを心掛けようと思った。
「それにしても、何で花耶には縄枷が効かなかったのかしら?」
今度はお千代が小首を傾げて訊いてきた。彼女も妖怪に拐われた死徒の一人である。
「…………。何で、でしょう?」
心当たりがあるかどうか考えてみたが分からなかったらしく、花耶も小首を傾げ返した。
「今回はそれのおかげで助かったけど、縄枷って刑罰の道具だからそれなりに強力な呪具のはずなんだよなぁ」
別の先輩が来て言った。
呪具とは、呪われた道具の事だ。人間はあまり良い印象を持っていないだろうが、人外界では一部の安全な物のみ使用されているのである。
「……ねぇ。私が前に冗談で言ったんだけど、花耶、本当に呪われてたりしない? それもかなり強力なの」
呪いは、対象一人につき効果を表すのは一つだけだ。
さらに呪いには強弱があり、基本的には強い呪いが優先的に効果を発揮する。
元から強い呪いにかかっていた場合、弱い呪いはどうやってもかからない。呪具を身につけている場合は解除こそされないものの、効果は発揮されない。
弱い呪いにかかっている者に強い呪いをかけたら、弱い呪いは解除される。
お千代におずおず訊かれて、花耶は不安そうに眉尻を下げる。
「いや、その場合は病院で分かるんじゃね? 花耶は定期検診も行ってるし、よく怪我で入院するし」
その言葉で花耶の不安は晴れたが、複雑な気持ちだった。
「ちょっと待って! それじゃあオレの監視眼は?」
「解けてはいないけど、縄枷つけられてる間はあっちからこっちの状況は分からないかも……」
灼は元々、監視眼という呪いを祓い屋にかけられていた。というのも、灼が人間に悪さしていないか監視するためである。
さらに、友人も監視という名目で人質にとられている状況である。かなり時間はたっているので、もしかしたら信用を得ているのかもしれないが、もしそんな状況で監視眼が解けたと勘違いされたら……。
「灼。雪音さんには俺が言っておくから、一旦友達のとこに安否確認に行っとけ」
「え、あ、だけど……」
この場に自分達を妖怪にした隻腕の老人、蛍原もいる。奴を尾行すれば、他の縄枷で操られた者達が大量に見つかるかもしれない。逃げ遅れた友人を助けるチャンスでもある。
「私が、お爺さん、見張る。操られた人、見つけたら、連絡する。行って」
花耶の提案に心が揺れる。しかし、脳裏に花耶が無茶をして怪我した場面が大量に思い浮かんだ。
「来るまで、怪我、しないように、善処する。たぶん、大丈夫」
と、花耶は言った。
不安しかないが、それを信じるしかなかった。




