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別の鬼が縄枷を出し、取り押さえられている花耶の前に屈んだ。
「みんなの、縄枷、外してください!」
「駄目だ」
鬼は冷たく言い放ちながら、睨む花耶の細い首に縄枷を外れないよう、しっかり結んだ。
「…………?」
だが、花耶の意識ははっきりとしていた。
少なくとも、自分が覚えている限りでは縄枷をつけられた事はないので、効果自体は操られるくらいしか分からない。
意識がはっきりしているだけで体の自由を奪うだけなのだろうか? いや、灼に写真を見せてもらった感じでは意識もぼんやりしていそうだった。
「……おい、これ効いてるのか?」
「さぁ……?」
「表情とか、薄そうだったからなぁ」
「そこの小っさい火鬼みたいなのだったら分かりやすいんだけどな」
ぐいっと顎を掴まれて顔を見られた。しかし、花耶は元々あまり表情が豊かではない。効果がない事は、バレていないようだ。
(……演技、してた方が、よさそう)
効かないと知られたら、何をされるか分からない。それに今は多勢に無勢。下手に抵抗して、助ける機会を失うわけにはいかない。
「…………」
「よし。効いてるみてぇだ」
鬼が顎から手を離すと、かくんと花耶は項垂れる。
その後、肩と手首の怪我は快癒で治療された。
そして、霊棍はもちろんのこと、異空鞄の中身も含めて持ち物を全没収された。
それだけならばまだよかった。
「おい。この護符……」
花耶の血の気が引いた。
今、鬼がつまんでいるのは愛梨が作った護符だ。効果は、術を一度だけ防ぐというもの。
「どうりで集まりが悪いと思った」
「これで幻術を防いでいたのか」
「出ている奴に伝えろ。幻術を二重にかけろってな」
最悪だ。
彼らの言葉から、おそらく捕まえる方法は幻術を使っているのだろう。今までは護符によって逃れる事ができていた者もいるかも知れないが、今度からはそうはいかない。
「……っ」
取り返したいが、今動いたら確実に怪しまれる。
「こんなものだな。立て」
死徒達が音も静かに立ち上がる。花耶もそれに合わせる。
「ついてこい」
全員、鬼の後をついて行った。
◆◇◆
花耶達は結界の中に閉じ込められた。
結界の外には数人の見張りがいる。中にいる死徒達は抵抗の意思がない前提か、こちらに背を向けた状態だ。
実際、花耶以外全員が抵抗できない状態である。
「…………」
気配を殺し、花耶は自分の首にくくりつけられた縄枷に触れる。結び目はない。引っ張ってみるが、花耶の腕力では外す事ができなかった。
なぜか、自分には縄枷が効いていない。理由は分からないが、今は都合がいいので、考えるのは後にする。
(武器……。何か、切る物……)
真っ先に目についたのは、見張りが持っている刀だ。太刀と脇差である。しかし、結界で隔たれており、盗むのは今のところ無理。
かと言って、それ以外に周りに縄枷を切れそうな物はない。
(結界……。なんとか、しないと)
目的は予想ついていた。おそらく、ほとんどの人間が亡者を視る事ができないのを利用して、不可視の兵器として使う為だろう。
戦場に出されてしまったら、まだ生きている人間を殺してしまう。
(それだけは、絶対、駄目)
縄枷で操られている状態なので、罪には問われないだろう。しかし、本人達の気持ちはそんな事関係ない。
屍霊になってしまうほど生前では辛い目にあったのだ。生者殺しなどという十字架を背負わせる訳にはいかない。
「!」
結界の外で気配を感じ、再び虚ろな表情を作って操られたふりをする。
どうやら、また死徒が捕まってしまったようだ。
(十人……⁉)
明らかに多い。護符の対策をされてしまったからだろう。
「二十九人か」
「指揮官も含めて三十。そろそろ出陣の支度を」
「承知した」
と、声が聞こえた。
(まずい)
予想外に早い。もっと集まってから戦場に投入されると思っていたのに。人間のほとんどが霊視能力を有していないから、この人数でも大丈夫だと思ったのだろう。
「出ろ」
しかし、まだ天は見放していなかった。
結界の外に出られる。
見張りの言葉に従い、花耶達は結界の外に出た。
まだ出陣の支度段階。機会は、今しかない。
「っ!」
見張りの横をすれ違い様、脇差を掴み、引き抜いた。
「「「「⁉」」」」
見張り達が瞠目する。
だが、すぐに行動した。
「敵襲‼」
「その死徒を押さえろ‼」
陣幕に異変を伝えつつ、死徒に命令を下す。
『『‼』』
命令を受けた皆が、花耶に掴みかかる。
しかし花耶はひらひらと躱す。戦って勝つのは難しいが、避けるだけならば余裕だ。
「ふっ!」
囲まれた状態で、脇差しを死徒達の首めがけて大きく振るう。
皆の内、三人の縄枷が切れ、はらりと地面に落ちた。
「「「!」」」
三人の意識が覚醒。
「花耶、悪ぃ! 助かった!」
「ありがとうね!」
「他の奴らの縄枷、頼む!」
口々に言いながら、まだ操られている仲間、武器を手に襲いかかってくる妖怪の対応をする。経験の差か、やはり判断が早い。
「はいっ」
回避に専念し、攻撃を掻い潜って接敵し、縄枷を切って切って切りまくる。
「!」
減っていく敵と増えていく味方が入り乱れる中、赤い髪の小鬼を見つけた。
花耶はわずかな隙間をくぐり抜け、近づく。
「その死徒を囲め‼」
敵の援軍も陣幕から出てきたのだろう。
正気に戻った先輩達も押さえようとするが、多勢に無勢。武器を持った死徒に囲まれた。
何本もの刀が振り下ろされる。
「っ!」
凶刃を躱し、刀を持っている鬼の腕に飛び乗り、肩を瞬時にすり抜け飛んだ。
下方で移動していた為、いきなりの頭上からの襲撃には反応できなかったようだ。
灼の頭上を越え、背後に降りる。
着地寸前、縄枷を切った。
「⁉」
正気に戻った灼が、驚いて振り返った。目の前で起こった、花耶の動きに頭がついてこなかったのだろう。
着地と同時に、灼の横をすり抜け背に庇い、振り下ろされる刀を受け流そうと脇差を構えた。
バキッ。
「「⁉」」
脇差が、折れた。
刀が、花耶の額に降りかかる。
「っ!」
しかし、灼が花耶を抱え込むように覆い被さった。
刃が灼の背中上部から肩に当たり、鎧草で作られた黒長羽織に阻まれる。
(あ、危ねー……! 怖ぇー……! あとめっちゃ痛ぇー……!)
冷たい汗が流れる。折れてはいないだろうが、打たれた場所がかなり痛い。反射的にやった事だが、鎧草で作られた羽織を着ていなかったらと思うとゾッとする。
「ごめん。ありがとう」
腕の中にいる花耶の小さな声がものすごく近くから聞こえて、灼は跳ねるように起き上がった。
「うわ⁉」
灼の動きによって刀が跳ね上がり、斬りかかってきた鬼の前面ががら空きになる。
花耶はそこに突っ込んだ。
「ゴ……ッ⁉」
トップスピードとはいかないものの、花耶の初速は速い。その勢いを、腹部にもろにくらった。
速さの乗った急所への頭突きは鬼の意識を一瞬で奪い、気絶させる。
「貴様……‼」
仲間を倒されたのを見て、他の敵が迫る。
花耶は折れた脇差を構えた。
その時だった。
「静まれ!」
制止の声が届いた。




