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(それにしても、何なんだこいつらは?)
蓮は襲ってきた妖怪達をボコボコの返り討ちにして、鎧草製の縄で両腕両足を縛り上げて猿轡をし、電柱に縛りつけた後、ふと思った。
(こいつら、なんであたしらを襲ってきたんだ? 人間とはいえ、亡者か生者か分かるだろ。今まで、見かけられても無視してたのによ)
胸騒ぎがするので、同じ班の四人に連絡をする。もう花耶は灼と合流しているはずだ。
春介、千絃、愛梨とは繋がった。春介と愛梨は妖怪に襲われたらしいが、春介は蓮と同じく返り討ち、愛梨は近くの寺に逃げ込んだようだ。千絃にいたっては、まだ妖怪に襲われてはいないので気をつけると言っていた。
ただ、花耶には繋がらなかった。その後に灼にも通信鏡をかけたが、繋がらない。
ただ事じゃなさそうなので、雪音に報告する。二回目で通信鏡が繋がった。雪音は、妖怪に襲われた部下を助けていたようだ。
蓮の報告を受け、事情聴取するので捕まえた妖怪を関東支部までつれてきてほしいと言われた。
さすがに二人も運べないので、一人だけ応援を寄越すのでその場で待機しているように言われた。
◆◇◆
「いや……。マジか」
蓮は仰天した。
比較的すぐに応援は来た。
その応援は、火鬼の生者だった。祓い屋に襲われないようにと、黒羽織も着ている。それによって、黄泉軍の関係者だと思われたのだろう。
「えーと……あなたが滝峯さんですか? 捕らえた妖怪はこいつらですよね」
火鬼は妖怪二人を睥睨する。恨みはまだ残っているようだ。
「お、おう。そうなんだけど……。お前、辛くねぇのか? 妖怪を目の前にして」
そう訊く蓮に、火鬼は俯いて答えた。
「……大丈夫、とはとても言えません。殺してやりたいぐらいには恨んでますよ」
蓮は俯いた。
それはそうだ。
ある日突然誘拐されたあげく、事実上人間としての人生を無理矢理終わらされ、さらに人殺しの道具にされたのだ。
とても許せる事ではない。
「ですが、あの女の子――じゃない。女性は動ける上にある程度力が強い死徒さんを探していましたし、死徒の皆さんは忙しそうだったから、立候補したんですよ。悲しい事に、社畜根性が抜けていないのか、仕事がないと色々と考えてしまって……」
「それでも危ねぇだろ。取り敢えず羽織で祓い屋から襲われずに済むかもだけど、妖怪に襲われるかもしれねぇしよ」
「多分、大丈夫かと思いますよ。なんか、お守りにお札を貸してくれたので」
そう言いながら、見覚えのある護符を見せてきた。蓮も、先程まで持っていた物である。
「……それ、誰から貰った?」
「雪音さんっていう女の――女性です」
「……それ、一人一枚しか配られてないやつ……」
「え⁉」
そんな貴重な物とは知らなかったらしく、火鬼はあわてて、しかし破かないよう慎重に羽織の内ポケットにしまった。
「あー、じゃあうっかり使っちまう前に戻るぞ。あと、多分使っても身を守る為にゃ仕方ねぇ事だから大丈夫だ」
「はい」
蓮が見越し入道を担ごうとしたが、火鬼に先を越された。ひょいと軽々背負ったのを見て、自分は化狐を抱える事にした。
◆◇◆
山の中。黄泉軍関東支部付近で蓮と火鬼は見覚えのある老人の後ろ姿を見た。
「あいつ……!」
特に火鬼にとっては、一瞬で恨みが沸くほどの人物だった。
「待て。お前が行くと危ねぇ」
蓮は一度制止する。
特に恨みはないが、死徒が妖怪に襲われたという状況で、隻腕の老人が支部の方に向かっている光景は警戒しか沸かない。
「護符が破れたり、妖怪に襲われたら、守ってやるから呼べ」
「……はい」
火鬼は怒りを抑えて頷いた。
蓮は火鬼をその場に待機させて老人に声かける。
「おい、じじい。どこに行くんだ?」
声をかけられた蛍原は振り返る。
「人間。それに火鬼も身を潜めておるな。さらに、同胞まで捕らえたか」
「ちっ」
蓮は舌打ちした。逃がそうかとも思ったが、蛍原が言う。
「逃がさずともよい。今は、主らをどうこうするつもりはない」
「そんな事信じられるか‼」
火鬼が我慢できずに飛び出した。
「いきなり誘拐されて、人殺しさせられたんだ! しかも、正気に戻った時には妻も娘も殺されていた‼ もう二度と、家族には会えないんだよ‼」
火鬼の目に涙が溜まっている。
「だからどうした」
だが、蛍原は苛立ちながら一蹴する。
「それは、昔人間が我らにしてきた事であろう。その報いを子孫が受けているだけじゃ」
一瞬、火鬼が言葉につまる。しかし、こう言い返した。
「もう昔の、それも下手すると生まれる前の事だろ⁉」
「被害を受けた者、もしくはその家族はまだ生存しておる。貴様は、仇が寿命で死んだ瞬間に、大事な者を奪われた傷が癒えるほど頑健な精神をしておるのだな」
「そんなわけ……ッ‼」
ついに火鬼は、キレた。
「待て!」
突きだされる拳を、蓮は止めた。
「何でですか⁉ こいつの言った事、あまりにもひど過ぎるでしょ⁉」
「確かに胸糞な言い分だけどよ、お前じゃ当たらねぇ。余計に悔しくなるだけだ」
蓮は蛍原を睨みながら言う。
悔しいが、蓮でも当てるのは厳しいだろう。
以前、蓮は蛍原を一撃で沈めた事はあった。怨夢の外に連れ出す為である。
だがその時は、熱中症で弱っていたからできた事だ。その証拠に、結果的にみぞおちにめり込んだとはいえ、その時の蓮の拳は受け止められていた。
「……地獄に堕ちろ……‼」
「元より、そのつもりじゃ」
吐き捨てるように呟かれた恨み言を流し、蛍原は元行く道に戻る。
「待ちな。まだあたしの質問に答えてねぇ。どこに行くんだ? そっちは黄泉軍関東支部だぜ」
「その関東支部に用がある」
「じゃあなおさら行かせられねぇ。てめぇも妖怪なら分かってるだろうけど、死徒が襲われてんだよ。支部に何かするんなら、一時的でも止める」
蓮は霊棍を手に取る。
「そのような腹積もりはない。黄泉軍に、伝えねばならぬ事があってきたのじゃ。……貴様の仲間の居場所にも、心当たりがある」
「‼」
蓮は目を見開く。
前に千絃から聞いたが、目の前にいる老人は覚。火鬼の反応からして、おそらく灼を妖怪にした上で殺害したのも彼だろうと思った。
そんな人物が、仲間二人の居場所に心当たりあり。
「てめぇが拐ったのか⁉」
「拐っておらぬ。心当たりがあるというだけじゃ」
蛍原は、人の話をちゃんと聞いておれと言わんばかりの目で睨んだ。
(こやつも第一討伐隊か。第一討伐隊の隊長は……女子か? 殿に謁見し提案した者達は、やはり偽か)
この時、蛍原の疑問は確信に変わった。
なぜ唆したのかまでは分からないが、妖怪軍に死徒が手を貸すというのは偽りの提案だったようだ。
(しかし、皆の者は信じるか分からぬ)
妖怪が押されつつあるこの状況、敵にだけ認知できない兵が喉から手が出るほど欲しいのは分かる。
最悪、人間を天罰の巻き添えにしてでも滅ぼすと考えるかもしれない。
一瞬、十六年前に拐われた孫娘のあどけない顔が思い浮かんだが、蛍原は振り払った。
もう十六年も昔だ。
それも、拐ったのは殺人鬼だ。
諦めろ。
希望を持つだけ辛いだけだ。
表情には出さず、自分を叱る。
「第一討伐隊の欲する情報を与えよう。代わりに、黄泉軍関東支部の長、木佐貫様に謁させてはくれぬか」
自分一人では止められないかもしれない。ならば、妖怪の最も恐れる者――神からの言葉なら確実に耳を向けるだろう。
後書き
蓮 「……おい、『えっさせては』ってどういう意味だ?」
火鬼「会わせてくださいって意味です」
蛍原(……この人間は馬鹿か)




