5
無事に化穢と穢憑きを討伐し、三人は集合した。
「愛梨ぃ。これ、快癒でくっつけられるか?」
「ひぇっ」
蓮は食いちぎられた腕を愛梨に見せる。
あまりのグロさに愛梨は、反射的に春介に身を寄せた。絶叫しない分、灼よりはマシだろうが、グロ耐性は低めのようだ。
「す、すみません。刃物で切ったような断面なら、できましたが……」
「じゃあ、蛇鎧は?」
「……霊力が、足りません」
愛梨は沈痛な顔で首を振った。
蛇鎧は霊力の消費が激しい。愛梨の霊力で言うと、半分以上を要する。もう一度蛇鎧を使おうとすると、発動する前に霊力切れで気絶するのだ。
愛梨では無理となると、すぐに治すにはある方法しかない。
「あー。なるほど。あたし少し野暮用あるからこの辺で!」
と、蓮は駆け出しかけたが。
「その前にやる事あるだろー」
春介が羽織の襟を掴んで止めた。
「そのやる事が嫌なんだよ‼」
「あ!」
「羽織脱いで逃げた‼」
蓮は瞬時に前紐を解き、黒羽織を脱いで逃亡した。
今回、任務に参加している五人の中で二番目に足が早いのは蓮だ。ほとんど無傷とはいえ鈍足な春介と、運動神経の悪い愛梨では捕まえる事ができない。
「みんなー。そっちは終わっ。⁉」
だがそこへ、千絃と花耶が姿を現した。ちなみに、五人の中で一番足が早いのは花耶である。
「そいつ捕まえてー!」
「!」
春介の声に、花耶はいち早く反応。蓮の腰にしがみついた。
「うお⁉ 花耶、頼むから離してくれ‼ このままだと殺される‼」
蓮は花耶を引き剥がそうとする。
体重的には移動に問題ないのだが、体勢が走るのに邪魔なのである。
その顔は恐怖で歪み、涙目になっていた。……よほど、蘇生術が恐ろしいのだろう。
蓮のそんな反応は初めてで、花耶は仲間意識から離れようとする。
しかし、蓮の怪我でほぼ全てを察した千絃は腕を抱え込みつつ、花耶にこう言った。
「花耶。戦争が終わったら豆腐のおみおつけを作ってあげるから、今は見放して」
「御意」
花耶の目が、ギラリと変わった。
「この野郎おおおおおおおおおおおおおお‼」
蓮の泣きの混ざった怒号が響く。
千絃と花耶の体重の合計は、八十キログラム後半。九十キログラムにやや足りない程度。
どちらか一人ならば抱えて逃げるくらいできたが、さすがに約九十キログラムの重りをつけられてしまったら動けない。
「てめぇら離せ‼ 殴り飛ばすぞ‼」
「はいはい。蓮は体力的に自分より弱い味方には本気で殴らないって分かってるよ。殴ったとしてもすごい手加減するでしょ?」
「蓮、優しい、から」
蓮の脅しは、全く通用しないようだ。
「じ、じゃあ春介に渡した瞬間、あいつボコって逃げるからな! 春介ぇ! さすがに痛ぇのは嫌だろ⁉ あたしはマジで殺るからな‼ お前相手ならガチ殴りできるからな‼」
「殺られる前に、殺れない状態にすればいいんだよー」
そう言いながら、春介は縄(鎧草製)を何本か取り出した。
「マ、ジ、で! やめろって言ってんだろが‼」
「ちょ、痛い痛い‼ ヤクザ蹴りやめぇ‼」
縛って拘束しようとする春介と暴れる蓮。蘇生術を受けるか否かの瀬戸際の為、必死である。
「蓮、弱い味方は殴る蹴るしないんだろ⁉ 蹴りやめろってー!」
「お前は弱くねぇ‼ むしろクソ強ぇわ‼」
「誉め言葉として受け取っておくよ! それでもやめないけどな!」
「クソがああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ‼」
◆◇◆
喧嘩かどうかよく分からない怒鳴り合いの末、蓮は簑虫のようにふん縛り上げられた。
「よっこいせっと。二人ともー、蓮を捕まえてくれてありがとー」
「んん」
「大丈夫だよ」
春介はじたばたしながら罵詈雑言を撒き散らす蓮を小脇に抱え上げた。
「てめぇ戦争終わったら覚えてやがれ‼ 八分殺しにしてやるからなこのガキ舌熊野郎‼」
「はいはい。そんな脅迫は、おれには効かないよー」
そんな長身コンビを見て、愛梨は少し引きながら、呟いた。
「……あの二人って、本当にお互いに対して情け容赦を一切かけないんですね……」
「まぁ、付き合いが長すぎるせいで、色んな意味でお互い遠慮しないからね」
愛梨の言葉に、千絃が答えた。
こうして、蓮は蘇生術を受ける事になった。
◆◇◆
「次は、あの女だ」
化狐が、仲間の妖怪に言った。傍らにいた、がたいのいい僧が頷く。
狙いをつけたのは、長身細躯の女。まわりに、他の死徒はいない。
「《虚幻》」
化狐は女に幻術をかけ、僧の姿を隠す。
僧は近くにあった街灯を見上げる。僧の額が割れて、第三の目が現れた。
すると、僧の体が膨れ上がり、街灯よりも大きくなった。
この僧は、見越し入道という妖怪。異能は背比べ。額にある目で見た物よりも体を大きくするものである。
見越し入道は蓮の後ろに移動し、拳を振り上げ、落とした。
重い打撃音が響くと共に、土煙が上がる。
「……おい」
「⁉」
見越し入道は、信じられないものを見た。
女――蓮は見越し入道の拳を躱していたのだった。
「見越し入道、見越したり」
と、蓮が言いながら鉄パイプを思いっきり振り抜き、脛にぶち当てる。
「ぐぁ⁉」
骨に衝撃が届きやすい急所だ。激痛のあまり見越し入道は屈み。脛を押さえる。
それにつれて見越し入道の体が元の大きさに戻った。
見越し入道の異能を強制解除するには、先程の言葉を本人に聞こえるように唱えた上で屈ませたり倒したりなど、低い体勢にさせる事。
「しまった!」
再び異能を発動させようとまわりを見る。
「よそ見してんじゃねぇ、よっ‼」
二の腕に回し蹴りをくらわせる。
「ガッ⁉」
蹴り倒された見上げ入道に馬乗りになり、目をふさぐように蓮は顔面を鷲掴みにする。
「あたしはさぁ、今すっげぇ胸糞な気分なんだわ。そっちから手ぇ出してきやがったんだ。八つ当たりに、付き合ってくれるよなぁ?」
そこには、妖怪よりも化け物じみた、おぞましい笑みを浮かべる、死神がいた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ‼」
◆◇◆
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ‼」
見上げ入道の絶叫に、化狐は思わず耳をふさいだ。おそらく悲惨だろうと予想される光景を直視できない。
(ま、まずいまずいまずい‼)
化狐はその場から逃げ出した。
(何なんだよあの女は! 元人間だろ⁉ 何であんなに強いんだ⁉ それに幻術も効かないなんて‼)
幻術が無効化されたのは、護符の効果である。
この化狐は、ごく一般的な人間を基準に強さを計っていた。元人間の死徒は訓練をしているので多少は戦えると考えてはいたが、明らかに想定以上の戦闘能力だった。
蓮は、生前からよく喧嘩をしていた不良娘。それも二つ名がつくほどの強さである。一般的な人間よりも、戦い慣れていた。土台から普通の人間よりも頭一つ抜きん出ていたのである。
その上に、黄泉軍での訓練も積み上げている。もはや、呪い等の外的要因以外で弱くなりようがない。
ヒュンッと、行く手を阻むように何かが飛んできて、地面に刺さった。
「⁉」
(な、何だ⁉ 鉄管? こんな物どこから……!)
目の前には、鉄パイプがビィンと揺れていた。
「おいおいどこに行くんだ?」
その声が聞こえた瞬間、化狐の背筋が凍った。
「ひ、……ひひっ……」
喉が引き攣り、変な声が出る。
「楽しそうに笑ってるあたり、そんなにあたしと闘うのが楽しみだったか? だったら、全力で、期待に応えてやらねぇとなぁ」
声と足音が、近づく。
(逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ‼ でも、足が動かない‼)
足がガクガクと震える。無理矢理一歩踏み出すと、バランスを崩して転んだ。
「ボクシングごっこか? プロレスごっこは? リアル狐狩りごっこはどうだ?」
がしり。起き上がると肩を掴まれた。
「決められねぇか? じゃあ特別に、フルコースにしてやるよ」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼」
実力を見誤った時の結果を、化狐は身をもって理解した。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。




