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「げ。やっぱり穢憑きになってやがる」
蓮、春介、愛梨の三人は鬼女を見つけ、家の影に隠れた。向こうはまだ気がついていないようだ。
諜報隊から化穢の目撃情報はあったが、怨霊は穢憑きではないと聞いていた。しかし、穢憑き化の危惧はしていた。
「愛梨。補助妖術かけてくれるかい?」
「はい」
蓮は護符を渡し、愛梨は小声で二人に補助妖術をかける。補助妖術に反応して、護符を無駄に消費しない為である。
「《筋力強化》《防御衣》」
これは二人に共通してかけるもの。
「《韋駄天走》《凪足》」
これは蓮にかけるもの。それぞれ、身のこなしや足の速さを強化する効果と、声以外の音が一切たたなくなる効果の妖術だ。
「《蛇鎧》」
これは春介にかけるもの。かけてから一定時間経過すると発動する妖術だ。本当は二人にかけておきたいが、消費する霊力が多いのでそうはいかない。
「よし。んじゃ、行ってくるわ」
蓮は護符を返してもらい、二人に声をかけ、移動する。春介が囮になり、蓮が奇襲を仕掛けるのだ。
「愛梨は大丈夫かい?」
春介は護符を返してもらいながら訊いた。
「はい。まだ快癒分の霊力は残ってます」
「そっかぁ。体調は?」
「! 大丈夫ですっ」
霊力の残量ではなく、霊力の使いすぎによる体調の方の心配だった事に気がついて、声をひそめながらも元気に答えた。
「よかったぁ。じゃあ、おれも行ってくるけど、愛梨は安全なところに隠れてて」
「……はい」
愛梨は若干しょんぼりしながら春介を見送った。
愛梨は攻撃系の妖術が使えず、武器による戦闘も超がつくほどの苦手。しかも回復が得意という事もあって、仲間の中では守られる立場だ。
余分に霊力を消費して、遠距離で快癒を使う事はできる。
次の愛梨の役割は、霊力が尽きる前に敵の攻撃で倒れないように安全な場所に身を隠して、二人を回復する事。
(戦争が終わったら、千絃先輩に攻撃系の妖術を教えてもらおう……)
◆◇◆
【グルルルル……ッ】
春介は唸り声で威嚇する穢憑きの前で、盾を構えた。攻撃にも防御にもつなげられる構えである。
【ガァッ‼】
穢憑きは一気に距離を詰め、金砕棒で薙ぎ払う。
ガァンッ。
耳をつん裂くような音が響く。
「ッ⁉」
吹っ飛ばされる事はなかったが、一撃で腕が痺れる。ズザッとわずかに後退する。
さらに穢憑きは蹴りを繰り出す。
真正面で受けるのは無理だと判断し、衝撃を受け流す。
(こりゃ、かなりきっついなぁ。まともに受けてたら、すぐに殺られるかも)
幸い、攻撃の一つ一つは大振り。いつもの花耶の手合わせのおかげか、穢憑きの攻撃は見切れないほどではない。
避けられるかは別だが、ある妖術があるので意識を飛ばさないように気をつければいいだけである。
春介は、攻撃を受ける手から受け流す手に変えた。
盾と体をよく動かす分隙が出やすいが、消耗は少ない。
打ち合う瞬間に金属が擦れる音が響く。
さっきよりはマシなようだが、一撃が重い。春介は次第に押されていった。
埒があかないと鬼女は判断したのか、ふわりとまわりに大量の落ち葉が浮いた。
「⁉」
ざぁと音を立てて春介を取り囲み、視界を遮る。
(まずい。どこから……)
「おわっ⁉」
落ち葉の壁を、金砕棒が突き破る。
背後からの攻撃だったがなんとか盾で防いだ。
しかし衝撃を流しきれない。
春介は大きくよろけ、しりもちをついた。
その隙を見逃さず、穢憑きは頭上から金砕棒を振り下ろす。
だが、次の瞬間、穢憑きは側頭部を打たれた。
ふらつく穢憑きの背後には、蓮がいた。
金砕棒の軌道が大きくずれ、春介はそれを躱しながら穢憑きに両腿挟圧技をかました。
さすがに耐えきれず、穢憑きは倒れる。
「《纏霊刃》」
不意討ちがより効果を発揮するのは、相手が勝ちを確信した時だ。
「じゃあな」
蓮はゾッとするような不敵な笑みを浮かべて、穂先を穢憑きの喉に落とす。
ガッ。
「……え」
しかし、蓮の不敵な笑みが消えた。
春介が、槍を掴んで止めていたからだ。
「……⁉」
春介も、焦りと驚きに目を見開いている。
「どわ⁉」
槍を急に引かれ、蓮は前のめりに転げそうになる。しかし、春介が後ろ手に拘束して転ばなかった。
「春介ぇ‼ てめぇどういうつもりじゃゴラァ‼」
「いやいや知らないよ! 体が勝手に……うわぁ前!」
体勢を立て直した穢憑きが、蓮の顔めがけて金砕棒を振るってきた。
「受け身取れよ!」
「えっ?」
蓮に言われた時には、足を引っかけられて仰向けに転ばされていた。春介は反射的に後頭部を打たないようにする。
倒れた衝撃で拘束が外れ、蓮は転がり起きて地面に捨てられた槍を手に取る。
(あの穢憑き、春介ごとぶっ飛ばそうとしてきやがった……!)
春介も立ち上がり、盾を蓮に向けて構える。
どうやら、操られているのは本当のようだ。蓮の目には、構えに違和感があり、動きもぎこちなく映った。
蓮は穢憑きに攻撃を入れようとするが、それを春介が防いでしまう。
一方で、落ち葉が舞っていて視界が悪い中でも春介の攻撃は難なく躱していた。
「右上!」
「!」
盾の攻撃や掴みかかる攻撃は、このように春介が言う事であらかじめ察知していたからだ。
さらに、春介本人の意思ではないせいか、攻撃自体も粗が目立つ。
問題は、穢憑きの攻撃だ。
ゴッ。
「ガッ⁉」
「ッ⁉」
穢憑きは春介の立ち位置に構わず攻撃をしてくる。
愛梨の補助妖術のおかげで蓮は避ける事ができていたが、春介はそうはいかなかった。
春介は体が頑丈で、すぐに死ぬ事はなかった。しかしそれでも鬼の攻撃は異常に重い。
おそらく愛梨が遠距離で回復をしているのだろう。でないと、今頃は確実に死んでいる。しかしかなりボロボロだ。
愛梨も補助妖術で霊力をかなり使っており、いつまで耐えられるか分からない。
◆◇◆
「《快癒》」
愛梨は訳が分からなくなりながらも、小声で詠唱した。
(な、何で春介さんが攻撃してるの⁉)
愛梨の目には、春介が全力で戦っているように見えた。しかし攻撃の手を教えている事や、穢憑きが春介も構わず攻撃している事から、春介の意思ではない事は分かった。
(何かに操られている?)
妖怪の異能や、妖術の中でもそういった効果のあるものを考える。
少なくとも、穢憑きの異能ではない。怨霊は鬼女だと聞いた。鬼女の異能は落ち葉舞いという物。そんな効果はない。
(なら、妖術? もしくは別の妖怪がいるとか? 化穢もいないし……)
仮に、妖術だったと仮定する。
鬼女が妖術を使っている様子はなかった。罠のように、条件で発動するような物だろうか。
(……いや。それにしては発動のタイミングがおかしい)
状況的に、地面に設置するタイプの妖術の可能性が高い。しかし、春介が操られた時にいた場所は、囮として出る時に通過していた。
普通なら、その時に効果が発動しているはずである。そして効果が発動していたのならば、そのまま動かずにサンドバッグ状態の方が倒すのに効率がいい。
(まだ異能か妖術か分からないけど、少なくとも罠ではなさそう)
ならば、他に妖怪もしくは妖術を使える者がいそうだ。
(たぶん、その人も私と同じく隠れてる可能性が高い)
位置を絞りこむため、条件を考える。
(まず、蓮先輩が見えない位置)
おそらく、相手には奇襲はバレていなかったはずである。もしバレていたら、蓮を操り、逆に奇襲し返していた。
(さらに、お互い見えない位置)
愛梨も相手が見えないが、相手も見えていない可能性が高い。もし一方的に見える位置にいたら、見るからに弱そうな回復要員である愛梨は襲われていた。おそらく声も聞こえていない。この近くではないようだ。
(その上で、春介さんが見える位置)
妖術や異能の対象が一方的に見える位置。もしくは術者の位置が目立たない場所。
「……!」
場所の特定完了。
「《凪足》」
愛梨は、自身に補助妖術をかけ、一切物音をたてずに移動した。
◆◇◆
(いた!)
格子戸から覗くと、予測した家屋の中に化穢はいた。
完全に油断しているのだろう。人形の憑喪神の姿をしており、黒い鎧を身に纏った異形の姿ではない。
異形の姿は分からないが、隠れるならば今のような小さい姿の方が都合がいい。
(春介さんを操っているのは、あの糸)
憑喪神は、陶器や武器、種類によって異能は異なる。人形の場合は傀儡糸。指先から出した糸で繋がれた相手を意のままに操るもの。
愛梨は霊棍を武器化させた。愛梨の霊棍は錫杖だった。杖として使うような長さである。
「《纏霊刃》」
極小の声で詠唱すると、錫杖に薙刀のような刃が形作られた。
(絶対に勝てないと思うけど、糸だけは使えなくしないと……!)
ぎゅっと、錫杖を持つ手に力が入る。
(油断してる今がチャンス。初撃だけは、外すな!)
自分に言い聞かせ、化穢のいる方とは真逆の戸口を開け、駆けた。
すぐ背後に接敵。
手めがけて、錫杖を下段で振るった。
【⁉】
化穢は気がついたが、もう遅い。
薙刀は、化穢の細い腕を刎ねた。
「や、やった……! うわっ」
愛梨は勢い余って、ぽてっと転ぶ。
【貴様ァ……‼】
「‼」
化穢に睨みつけられ、愛梨は竦み上がった。
化穢の体が膨れ上がる。黒い鎧がその体を覆う。
口から、黒いぬめぬめした長い舌がだらりとこぼれる。それは、地面にまでついた。
「ひっ……」
そこには、球体関節の巨体を持つ長い舌の化け物がいた。
◆◇◆
「っ⁉」
春介は急に体の自由が利くようになった。一瞬よろけるが、すぐに体勢を立て直す。
「やっと戻ったか?」
蓮が肩で息をしながら言う。
「ははは、迷惑かけてごめんよ」
春介は苦笑いで言った。
「でも何で急に戻ったんだろう?」
と、春介が言いかけた時。
【貴様ァ……‼】
ある建物の中から、もう一つの声が聞こえた。
二人の脳裏に、嫌な予感が浮かぶ。
「穢憑きはあたしが片づける‼」
「分かった‼」
春介は、声のした方の建物に向かって駆けた。
その手の甲には、皹が入っていた。
【グルァ‼】
春介の後を追う穢憑き。
「させねぇよッ!」
蓮は穢憑きの太腿を突こうとする。攻撃と足止めの両方をするつもりだ。
【‼】
しかし穢憑きは、槍が刺さる前に掴んで止める。
ドゴッ。
【⁉】
蓮は、槍を掴んでいる手を支点に身を翻しながら穢憑きの顔面に裏拳を叩き込む。
【グルル……ッ‼】
穢憑きは頭に血が昇ったらしく、片手で槍を押さえながら金砕棒を振り回す。
「っ!」
蓮は槍の上で上半身を反らすように躱す。
今度は斜めに振り下ろされるが、槍の下を潜るようにして攻撃範囲から外れる。
立ち上がりながら目の横目掛けて回し蹴り。
鬼女はとっさに槍から手を離し、防ぐ。
チャンスとばかりに自身の動きに合わせて槍を振るうと、穢憑きの足を浅く斬りつけた。
回し蹴りをした足が着地すると同時に、脇腹目掛けて石突きで突く。
ズドン。
【グァ⁉】
かなりいい一撃が入った。
しかし、鬼女はかなりタフである。
蓮の片腕を両腕で掴む。
「ぃづっ⁉」
握力だけで肉が潰れ、骨が砕ける。
「ギャア⁉」
投げ飛ばされ、建物の壁に叩きつけられる。壁は破壊された。
穢憑きは、ちぎれた蓮の腕をごみのように投げ捨てる。
【ニィ、ゲ……ゴロズ‼】
「!」
穢憑きは、かなりたどたどしい言葉を発した。
(侵度三……いや、なりかかりか?)
金砕棒を避けながら、蓮は隙をうかがう。
(こいつも、人間に怨み持ってんのか)
哀れみがにじむ。虚しさすら感じるほど心が冷めた。
風もないのに落ち葉が舞い上がり、蓮のまわりを囲む。
蓮は、片手でも刺せるように槍の柄を短く持ち直した。
【ガアァ‼】
落ち葉の壁を破り、右から穢憑きが飛び出してきた。
穢憑きは、蓮の首を掴む。
【グ、ウゥ……ッ‼】
しかし、力が込められる事はなかった。
「悪ぃな。お前が人間に何をされたか知らねぇ。だから、何も言えねぇ。なのに、仇討ちの邪魔しねぇとならねぇ」
穢憑きのみぞおちに、槍が刺さっていた。
鬼女は目を見開く。
自分の命の終わりを悟る。
【グ、ウガアアアアアアアア‼】
最期の悪足掻きか、穢憑きは首を掴んだまま蓮を倒し、馬乗りになる。
【ニィ、ゲ‼ ジネ‼ オ゛マエラ゛ノ、ゼイデ……‼】
そう恨み言を吐いて、穢憑きは霧散した。
蓮の目の前に残っていたのは、魂一つだけだった。
◆◇◆
【よくもやってくれやがりましたね……‼】
低い怨嗟の声を発しながら、化穢は愛梨の胸ぐらを掴み、持ち上げ、壁に叩きつける。
「ガハッ!」
背骨から、ミシッという音がした。衝撃で口の中を切ったのか、錆びた鉄の味がする。
【舐り殺して差し上げましょう】
「‼」
化穢の舌が、愛梨に向かって伸びた。
だが、それが届くことはなかった。
ドゴッ。
【ガッ⁉】
盾の縁で首をどつかれ、化穢は横に吹っ飛んだ。
「愛梨、大丈夫かい?」
目の前にいたのは、春介だった。
春介は、愛梨を背に庇う。しかしその体は、立っているのも不思議なくらい負傷していた。
「は、はい! すぐに治しま――」
「大丈夫だよ~。もうすぐだから」
快癒をかけようとする愛梨を、春介は止めた。すでに皹は、頬にまで広がっている。
【まだ動けたのですか……‼】
化穢は肘をついて起き上がり、春介を睨む。
「愛梨、さっき助けてくれてありがとうな」
状況的に、操られている状態を解除したのは愛梨だろうと予測ついた。春介は続けて言う。
「ただ、ちょっとひどい光景になると思うから、逃げてくれるかい?」
「……はい」
皹を見て、ある妖術の効果発動が間近だと悟り、その場を任せる事にした。
ただ、やはり心配なので蓮と春介に快癒が届く範囲に身をひそめた。
【そんなボロボロで、私に勝てるとでも?】
「難しいですが、少しだけ耐えられればいいので」
春介は余裕の含んだ笑顔で答えるが、目と声は冷たい。
【援軍が来るのですか? 餌が増えてありがたいですねッ!】
言い終わるより早く、化穢は舌を伸ばした。
「《纏霊刃》!」
春介は詠唱し、盾を舌に振るう。
しかし怪我のせいか、切断するには至らない。
舌先が腕を掠め、鋭い痛みがはしる。
見ると、舐められた箇所が抉れていた。
【貴方、肩を負傷しているでしょう? それではそんな大きな盾を振り回せま……】
ビキリ。ビキリ。
春介の身体中に皹が広がる。
化穢も穢憑きも、人体に皹が入るような妖術は使っていない。先程、回復を拒否していた。
【まさか】
嫌な予感がする。思いつく妖術があった。
効果が発動する前に殺そうと、舌を首に向けて振るう。盾で防がれても確実に当たるように距離をつめた。
春介は舌を切断しようとするが、距離を詰められた事により長さに余裕があって、避けられる。
舌が春介の首に巻きつき、舐められ、肉が抉れて骨が見えた。
普通なら、即死するような攻撃だった。
バリン。
だが、ガラスが割れるような音が響き、妖術、蛇鎧の効果が発動した。
【な⁉】
化穢は瞠目する。
普通なら死んでいるはずの春介が、全くの無傷で盾を振り抜いた。
避けるには、近づき過ぎていた。
切断された穢憑きの片足と舌が飛んだ。
蛇鎧の効果は、それまでに受けていた肉体的な傷を全てなかった事にするもの。効果の発動には時間がかかるが、妖術をかけた後の負傷も対象に入っているのだ。
【何故だ‼】
化穢は叫ぶ。
【自分の攻撃は発動前に当たっていたはず! 何故死なない⁉】
蛇鎧は、遅効性の全回復妖術のようなもの。気絶や死亡はどうにもならない。
春介がくらった攻撃は、間違いなく普通なら即死していた。体は無傷でも、死んだままになっているはずだった。
「おれはものすごく体が頑丈なんですよ」
しかし、春介は屍霊の中でも非常に頑丈である。
「即死するような怪我をしても、十から数十秒は生きていられるくらいには」
攻撃を受けたが、死ぬ前のわずかな時間で効果が発動した。それにより、即死の攻撃もなかった事にされたのだ。
春介は化穢の両腕を踏んで押さえつけ、盾を首元に当てる。
最後の抵抗か、化穢は春介の足首に舌を伸ばそうとした。だが、届かない。
雪女の異能である凍てつく吐息も、盾に阻まれてほとんど意味をなさない。
「よくも、おれを操りましたね」
冷酷な処刑人は、断頭の刃に体重をかける。
【やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼】
化穢の断末魔は、ブチリという小さな音でかき消された。




