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山中の陣幕内。
その中にある幌に、笹森城の城主である九尾狐とその護衛の鬼二人、ある死徒二人がいた。その死徒達は、真新しくみえる望月の階級章を羽織につけていた。
「元人間の貴方が、私に何用でしょうか。我々妖怪にとって益になる、神からの言伝てとお聞きしましたが」
笑顔こそ柔らかいものだが、言葉はどこか刺々しい。
戦に参加している配下の妖怪の内、唯一の覚である隻腕の老人は、戦場に出てしまっている。その為、慎重に相手の腹の内を探らねば。
「ええ。妖怪の旗色が芳しくないと見て、木佐貫様から仰せつかまつりました」
木佐貫とは、黄泉軍関東支部の支部長を勤める土地神だ。その名が出てきて、九尾狐は聞く気になった。
「第一討伐の死徒――私共の部下を貴方方にお貸しする事になったのです」
『『!』』
妖怪達は驚愕した。
戦時中、殺害や後遺症の残るような怪我を負わせない範囲で、さらに仕事優先という条件こそあるが個人的にどちらかを助ける事は認められている。
だがあくまで個人での話だ。人間と人外の中立組織である黄泉軍が、そんな申し出をするだろうか。
ましてや、妖怪の軍に戦える人材を貸すという事は、生きている人間を殺す事である。それを容認するだろうか。
「申し訳ありませぬが、とても信用できませぬ。黄泉軍は人間と人外の中立組織。まして、神がそのような事を容認するとは思えませぬ」
「信じられないのもごもっともです。私の部下も、ほとんどが拒否していますからね。全く不敬なものですよ」
死徒は相手の否定を受け入れ、続けて話す。
「ただ神にも事情がありまして。人間達は民間人の事も考慮してか、まだ使っていない兵器が多数あります。しかし、もし人間の軍が民間人を見捨て、ミサイル……解呪不能な呪いのこもった超特大炮烙火矢と考えてください。それを使われたら、土地が壊れる。壊れたら、多くの土地神はただではすまない。それならば、妖怪に手を貸して人間を敗北させ、戦を早々に終わらせた方が被害が少ないとお考えなのです」
死徒の話した内容に、聞き捨てならない発言があった。
「解呪不能な兵器、ですか」
「ええ。人間の化学技術も、呪いに匹敵する凶悪な物を簡単に作る事ができるほど発展してきておりますから」
解呪不能な呪い。
術式で構成された上で効果を発し続けるには霊力が必要な以上、厳密にはそんな物は存在しない。しかし、それに近しい物はある。
真っ先に思いつく例は、日本の呪術において最大の汚点とも言えるレベルの災厄呪物、コトリバコだろう。
まず、神の力を用いて封印しても、完全に無害化するには百年ほどかかる。解呪にいたっては、数百年、下手をすると千年もの間、神は大量の霊力を注ぎ続けなければならない。
人間の兵器なのでおそらく呪いとは違うものだろうが、そうやって例えてくるあたり同じくらいの脅威と考えていいだろう。しかもそれが多数。
もしそれが本当ならば、神々が危惧するのも頷ける。そんな物を撃ち込まれてしまったら、妖怪はひとたまりもない。
普通の人間では認知のできない亡者がこちらの陣営に加わるのは、こちらとしても魅力的な提案だ。
しかし、それでも踏み切れずにいる。
「その話が真だという根拠はありますか?」
もし、全て嘘ならば、我々は黄泉軍に喧嘩を売った事になる。それは避けたい。
「こちらに」
死徒が出した物は、ボイスレコーダーだ。
操作すると、ノイズ混じりで男二人のやり取りが聞こえた。確かに、死徒の一部を妖怪陣営につかせると言う内容だった。
片方は目の前にいる死徒の内、右に座っている者の声。もう一つの声は、全く別人の声だった。
「雑音は申し訳ありません。古い機種な物で」
と、ボイスレコーダーを出した死徒が言う。
「……申し訳有りませぬが、私の一存では決めかねます。軍議により、決めさせていただきます」
「よいご返事をお待ちしております」
話し合いは終わった。
◆◇◆
陣幕を去り、妖怪がまわりにいなくなったところで死徒の二人は真新しい望月の――偽物の階級章を外し、山中に捨てた。
さらにカツラとつけ髭、眼鏡を外し、異空鞄にしまう。これは山中ではなく、町中に捨てるのだ。
最後に、弦月の階級章を身につける。
(うまくいきそうだ)
死徒はほくそ笑んだ。
彼らは第一討伐隊の者でもなければ、今は望月階級でもない。目的は第一討伐隊に恨みがあり、それを戦に乗じて間接的に果たす為だ。
準備したボイスレコーダーも、この二人が演じた内容で、片方の声のみ加工したのである。どことなく違和感のある仕上がりになってしまったが、古い物という事にしたら、機械に疎い妖怪には通じた。
屍霊は、魂に傷がつく事でなる存在。屍霊となった者は、魂が傷つくほどの不幸にまみれた生前を過ごした者が多い。
中でも地獄に堕ちなかった者は、本人にほぼ落ち度がない被害者の可能性が高い。もしそんな人物が、操られたとはいえ生者を殺した加害者となったとあれば、どれだけ傷つくだろうか。
そして、そんな部下を見た第一討伐隊の隊長である雪音はどれだけ心を痛めるだろうか。
◆◇◆
軍議が始まった。
神域内に人間が避難して手を出せず、さらに妖怪の弱点を突く攻撃。さらに、異能を使う人間まで現れたとの報告もあった。
それだけではない。人間が出し惜しみしている兵器の事も上がった。
「その上、兵器化させた元人間達も死徒の手によって正気に戻されております」
報告が終わると、その場にいる妖怪達の間に暗い空気が満ちた。
「殿。人間達が出し惜しみしている今の内に叩くべきです」
「その為には、死徒の申し出を受けるのが得策かと」
という意見が出てきた。
兵器に対する危惧と、死徒が出した証拠を考えての事だろう。
「駄目じゃ」
しかし、反対意見が出てきた。隻腕の老人である。
「その死徒は、信用できませぬ」
もしこの老人がその場にいたら、覚目によってその死徒の嘘を見破る事ができただろう。しかし、戦場に出ていた為にそれは叶わない。
「蛍原。証拠がある以上、信用するしかあるまい」
「今や妖怪陣営は押されつつある」
「もし人間共が、みさいると呼ばれる兵器を使い出したら、たとえ我らが勝利しても故郷を壊されてしまう」
どうやら、反対意見は隻腕の老人――蛍原のみのようだ。
「その証拠自体を疑っておる。わしが戦場にいた際、その事を考えている死徒は誰一人としておらんかった。偽りの証拠である可能性もある」
黄泉軍は、人間と人外の中立組織。申し出は、黄泉軍の立場を根底から覆す物だ。もしそんな報せを聞いたら、多少はその事について思い悩む者もいるだろう。
しかし蛍原は、そんな心情を見ていない。死徒達が知らない可能性もある。いくら覚目という能力を持っていたとしても、相手が知らない情報や知識を読み取る事は不可能だ。
「抵抗する死徒を無理矢理こちらの陣営に引き込み、人間を襲わせたとあれば、天罰は免れぬ」
「では、仮に提案が偽だったとしよう。そんな事をする目的はなんなのか、見当はつくのか」
「…………」
蛍原は押し黙った。
目的など、見当もつかない。もし使いの者本人がこの場にいれば、真意を読み取る事ができたのだが。
黄泉軍や神が嘘をついたとして、不利益はあっても利益になる事はない。
もし、人間がそんな嘘の情報を流したとして、敵の戦力が増えるだけ。祓い屋が天罰を狙って流したとしても、内容は自然災害や疫病が多い。人間も天罰の巻き添えになる以上、別の安全な策を講じるはずだ。
嘘である可能性はあるが、確実とまでは言い切れない。証拠があり、それを複数人が聞いている以上、本当である可能性の方が高く感じられた。
「さらに十六年前、蛍原は孫を祓い屋にかどわかされておるな」
「!」
その発言をした妖怪は、そもそも蛍原が嘘をついていると疑っているようだ。
「なるほど。天罰が下れば、もしかしたら生きているかもしれぬ孫娘の命も危ういと」
蛍原はだらりと汗をかいた。
彼が死徒から情報を得られなかったのは本当だ。しかし、頭の片隅に孫娘の事も考えていた。
「蛍原。気持ちはわかる。死体が見つからぬ以上、生存の希望にすがりたいのはな」
「だが、もう十六年も経過している。それも殺人を犯した祓い屋に拐われたとあれば……」
「それに、十六年もの時が過ぎていると、死体を見つけるのも……」
最後までは言わなかったが、考えを読むまでもなく分かった。
孫娘の生存は絶望的だと、蛍原自身も九割九分九里は諦めている。
「……孫の生存は、ほとんど諦めております。じゃが、死徒の協力は慎重にお考えになった方がよいかと」
蛍原のこの意見はむなしく、死徒の協力を受ける事になってしまった。
その提案が、私怨からの嘘だという事も知らずに。
◆◇◆
その後、追加情報によると、第一討伐隊の全員が反抗的な態度であり、説得では素直に応じないという事だった。
よって、一人でいるだろう現世見廻をしている者を狙って力ずくで捕らえ、縄枷で操る事に決まった。
さらに、黄泉軍内でも問題があり、第一討伐隊の隊長と身分を偽る白児の女もいるので騙されないで欲しいとも伝えられた。
◆◇◆
蛍原は、覚目を駆使して死徒から情報を盗み、仲間から身を隠しながら黄泉軍の所在地に向かっていた。
一瞬、孫娘の事が脳裏に浮かぶが、振り払う。
(わしが行くのは、提案の真偽を探る為。孫の事は考えるな。辛いだけじゃ)
万が一にでも天罰を防ぐ為だと、自分に言い聞かせていた。
来週はプロット作成の為、投稿をお休みします。
九章一話は再来週の7月24日に投稿します。




