4
戦場のあちこちで、妖怪の悲鳴が響いていた。
笊を手にした人間に追いかけ回される単眼の妖怪や、大量の菖蒲の葉をかぶって全身が焼け爛れる二口女。犬に追い詰められる化け狐。
一ヶ所に集められ、捕らわれた者達のほとんどは火攻めや銃による蜂の巣、毒ガスによって殺された。一部の妖怪は捕らえられ、体の部位を人間の体に移植された。
そして、戦う術のない一般人は至急、寺社へ避難した。
「早く中に入ってください!」
「こちらです‼」
「急いで‼」
神社や寺の中に、大勢の人々が駆け込んでいく。妖怪達は、神社や寺に攻撃できない為だった。
中には安全性を疑って普通の避難場所に駆け込んだり、神社や寺が避難場所になるなら教会も大丈夫だろうと、教会内に避難した者達もいた。しかし彼らは妖怪により全滅した。
建物はほぼ全て壊され、ひどい所は瓦礫野原になった風景の中に寺や神社と森だけが残された。
おそらく人間を追っていただろう鬼達が、神社の前で止まる。その姿は、おそらく逃げ遅れた者の返り血と思しき赤で濡れていた。
「小賢しい人間が」
一人が吐き捨てるように言う。
「無理矢理引きずり出して殺すか?」
「いや、あの中で暴れたら天罰が下る危険がある」
「俺達だけならまだしも、仲間や故郷に天罰が下るのは避けたい」
そこで祀られている神を畏れて、手出しはできない。
「他の人間が来るかもしれない。二、三日待ち伏せするぞ」
彼らは付近の森の中に息を潜めた。
人間にとっては幸運にも、その日は避難してくる者がいなかった。
そして、次の日。
「な、何だこの臭いは⁉」
神社の方から、吐き気を催すほどの刺激臭が漂ってきた。彼らにとって初めて嗅ぐ臭いだが、その正体にすぐ気がついた。
福豆の臭いである。
鼻を押さえて耐えようとしたが、それでも不快な臭いが鼻腔に入り込む。
まだ距離があるため、気絶するのほど強くはない。しかし、その臭いは確実に鬼達の精神を荒い目のヤスリのように削った。
「すまん。これは無理だ」
と言った鬼の焦点は、すでにぶれ始めている。
そうして鬼達は、ふらつく足取りながらも急ぎ、逃げていった。
「すげぇ! 本当に逃げていったぞ」
その様子を神社から見ていた男が言う。
「まじか。こんなんが本当に効くんだなぁ」
「私達から見たら、ただの美味しそうな普通の炒り豆なのに」
「食うなよ? 鬼撃退アイテムなんだから」
「食べないわよ!」
この時、亡者を視る事のできない彼らは気がつかなかった。
一人、通りすがりの鬼の死徒が白眼をひん剥き泡を吹いて気絶していた事に。
◆◇◆
医療隊と天使の待機場所。
「すみませーん! 急患でーす‼」
福豆の臭いに殺られた鬼の死徒が運ばれてきた。
「またですか⁉」
「こちらにどうぞ! 布団を敷いている途中なので慌ただしいですが!」
現場はてんてこ舞いだった。
次から次へと運ばれてくる怪我人に、あらかじめ敷いておいた布団では足りず、大急ぎで敷き足す医療隊士や天使。治療の準備ができるまで待たされる患者や待っている間に体力が尽きる者。蘇生術から逃げようとする腕を欠損した死徒や泣きわめきながら蘇生術は嫌だと駄々をこねる死徒。
通常でこれだ。怨夢や悪霊関連の任務の後はこれの比じゃない。
天使がたった今運ばれてきた鬼の状態を診るが、すでに息はなかった。死因は吐瀉物が喉に詰まった事による窒息である。こうなると自分達には手の施しようがないので、獄卒に任せる事になる。
ここ数日、人外の死徒達が急患で運ばれる事が増えてきた。
種族全体での弱点により恐慌状態に陥った末、負傷する者。福豆が飛んできて当たり、激痛のあまり意識を失う鬼。人間には無害だが、特定の種族にのみ有害な物質をかぶって傷を負う者。
おそらく、人間が反撃を始めたのだろう。運ばれてくる元妖怪達は、そのとばっちりを受けた結果だった。
もちろん、人間を襲う妖怪から身を守るためだと言うのは分かっている。普通の人間には霊視能力がないので、彼らに責任がない事も。
(それでも、できれば戦とは関係のない彼らに被害が被らないようにしてほしい。これはいくらなんでも、惨すぎる)
と、思わずにはいられなかった。




