3
会議室は、軍関係者や政治家、複数の祓い屋が集まり、息苦しさすら感じるほどの重い空気に満ちていた。
世界各地で化け物が暴れており、被害は甚大。
銃が効く者もいるが、体が異常に大きかったり再生力が高かったり、風を纏っていてそもそも銃弾が届かなかったりと、効果の薄い者もいる。
避難所は物理的に破壊され、民間人を外国へ避難させようにも船を沈められ飛行機は落とされ。
まさに、第三次世界大戦と言ってもいいだろう。
訓練では基本的に、人間が敵として想定されている。お伽噺に出てくるような化け物が敵など完全に想定外だ。
まるで、大規模な自然災害を相手に戦っているような感覚である。
「何か、奴らの弱点などはありませんか?」
その場に集まった軍人の一人が、協力をあおぐ為に招き入れた祓い屋の内の一人に問いかける。
彼は雅楽代博貴。鎌倉時代から続く、祓い屋一族の長である。
「はい。妖怪には、共通する弱点はありません。ですが、一部の妖怪には視界に入っただけで逃げ出すほど忌み嫌っている物があります。それで追い立て、罠に嵌めて討伐するというのが最も有効な手でしょう」
「忌み嫌っている物というと?」
「例えば、鬼に対しては福豆という寺社に一晩供えた炒り大豆、青坊主や箕借り婆と言った単眼妖怪には肌に近い色の網目等、比較的手に入りやすい物ばかりです。二口女は菖蒲の葉に触れると火傷を負います。天狗は妖術による遠距離の攻撃ができるのであまり効果はありませんが、上空へ拐われそうになった際に鯖を食べたと嘘でもいいので話してください。追い払う事ができます。また、中には人間に変化できる場合もあります。その場合は指で狐の窓を作り、そこから覗くと正体を見破る事ができます」
祓い屋以外の者達はざわついた。
「確かに昔から言われているが……」
「あんな化け物にそんな物が通用するのですか?」
「特殊な武器ではなくて?」
「信じられない」
反応は総じて懐疑的だった。
「人間にも、アレルギーや人種によって食べても消化できない食物はあるでしょう? それと同じようなものです」
まだ疑うような視線だったが、抵抗する術が少ない以上、それを信じるしかなかった。
今度は別の祓い屋が口を開いた。
「それと、避難場所については頑丈な建物よりも寺社の方が安全かと思われます」
「神社や寺か……」
これは部下からの報告にもあった。神社内に一般人がおり、それを妖怪が視認できたとしても、攻撃する事はなかった。
「それについては、部下からの報告がありました。しかし、なぜ奴らは寺社にだけ攻撃をしないのでしょうか?」
「妖怪は、神や仏を畏れ敬っているからですよ。寺社は聖域。悪さをして祟られたり天罰が下るのを恐れているんです。お経を唱えただけで妖怪が逃げるのも、神仏相手にいざこざを起こしたくないからですね」
答えつつ、一つ注意事項をつけ加える。
「ただし、教会はほとんど効果がありません。妖怪と異国の人外――モンスターは理自体が違いますし、日本にはクリスチャンが少なく、イエス・キリストも日本では神としての力をほとんど発揮できませんから」
妖怪とモンスターは理が違う。
モンスターから見て、同族と神、人間の境目ははっきりしており、例外こそあるものの基本的には敵対者である。
妖怪は神と人間の境にある存在で、境目が曖昧。妖怪が神になる事もあれば神が妖怪に堕ちる事もある。もしかしたら、自分の知り合いが誰かしらの神と交流がある可能性もある。そのせいか、妖怪と神が敵対する事は実のところほとんどない。
また、神は信仰されていればされているほど強い力を発揮できる。
もし日本が、ヨーロッパ諸国並みにキリスト教を信仰していたら、教会も神社や寺と同じくらい強固な要塞となっていただろう。
しかし、キリスト教は人間の方の日本人にすら宗教観や政治的、社会的環境に合わなかった為にあまり広まらなかった。妖怪にいたっては自分達を完全に敵視している宗教を信じるはずがない。
「非常に素晴らしい案ですが、ただ妖怪を殺害するのは勿体ない気がしますねぇ」
祓い屋の中から、そんな発言が聞こえた。
目を向けると、サングラスをかけた祓い屋――清道が発言したようだ。
「失礼。一つ提案してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
許可が下りると、清道は言った。
「捕らえた妖怪の体の一部を、人体に移植して再利用するというのはいかがでしょうか?」
狂気じみた発言に、彼らはどよめいた。
「そ、そんな事できるはずがない!」
政治家が言うと、清道は反論した。
「できますよ。成功例が、皆様の目の前にいます」
祓い屋は、サングラスを外す。
その瞳は、虹色だった。
アースカラーではない。赤や紫、オレンジや緑に黄色等、およそ人間ではあり得ないほどの色数がつまっていた。
『『⁉』』
軍人と祓い屋が、政治家達を守るように警戒する。
「大丈夫ですよ。私は覚でも妖怪のスパイでもありません。DNA鑑定をしてもらっても構いません」
問い詰められる前に彼らが考えている事を読み取り、先に言う。
「信じられませんね」
雅楽代博貴が、疑心むき出しで言う。
「仮に貴方が人間だとして、その目は何ですか? 見たところ、覚の瞳のように見えるのですが」
「幼い時、とある医師――私の師に移植してもらいました」
清道は話す。
「私は生まれつきの盲目だったんですよ。眼球に問題があったんです。しかし、両親と彼らの部下が仕事である集落を襲い、子供の覚を捕獲してきました。この眼球は、その覚の物です」
眼球について話し、詳しい提案も話す。
「技術的には移植手術と変わりません。この方法ならば、妖怪達を無力化させると同時に負傷した兵士の方々を治療した上で強化ができます。奴らの体は頑丈で再生力が人間よりも優れている分、回復も早い。切り取った部位が移植できなくなるまでの時間的猶予もわずかながら長い。いかがでしょうか?」
それに対して、雅楽代博貴が言った。
「私は反対させていただきます。倫理的問題がありますからね」
「おや? 『妖怪絶殺』を家訓に掲げる天下の雅楽代家が、妖怪の心配ですか?」
「違う。人間の体と獣に等しい者達の体を繋ぎ合わせる事が問題なんですよ」
「たとえ獣でも、機能としては人間と同じ。もしくは人間以上の物があります。それに、希望者のみに行えば倫理的に問題ないでしょう?」
「戦後、移植を受けた方々は差別を受ける可能性があります」
「何故差別を受けなくてはならないのですか? 妖怪から人々を守った英雄ですよ?」
「妖怪の力は、危険だからですよ。貴方も、祓い屋ならわかるでしょう?」
差別される可能性の根拠として妖怪の力の危険性を口にすると、清道はこう返した。
「では貴方は、移植を受けた方々が妖怪の力を使って悪さするような犯罪者思考の持ち主だとおっしゃるのですか? 確かに妖怪は強力な力を持っておりますが、所詮道具と同じような物。使い手によって危険か便利か変わってくるのですから。さすが、妖怪と親しくしたというだけで実の娘を狂人として捨てた方のお考えは違いますね」
「‼」
この言葉に博貴は押し黙った。
差別される理由として、強力な力を使って悪さするかもしれないと危惧する者が必ずいるという意味で、妖怪の力の危険性を出した。
しかし、言い方がまずかった。これでは、妖怪の部位を移植された人間自体が危険とまわりにとらわれかねない。清道の問いも、それに拍車をかけていた。
さらに、最後につけ足した情報は覚目で見て得たものだろう。博貴の印象を悪くする意味でも効果的だが、この場においてもう一つ意味があった。
「失礼。あまり周知されたくない過去でございましたね」
「それは本当なのか?」
軍人が訊くと、清道は答えた。
「ええ。覚の能力は、他者の心を読み取る覚目というもの。これを用いて読み取りました」
ここで覚目の能力をアピールし、自分の提案をより効果的に見せる。
心を読むなど、汎用性があまりにも高すぎる便利な能力だ。特に、作戦など情報を得て対策もできる。
「……今、そんな事は関係ないでしょう。それに、妖怪なんかの助けを借りるわけにはいきませんよ」
「頭が硬いですねぇ。手段を選んでいる場合ではありませんよ。彼らは、人間の定めた戦時国際法のほとんどを無視しています。このままでは、日本の人間という人種が絶滅してしまいますよ」
戦争にもルールがある。もっとも、妖怪達からすれば人間の作った法律など家畜の餌ほどの価値すらないのだが。
降伏者、負傷者、民間人等の攻撃禁止や宣戦布告の義務。軍事的必要性を超える無差別な破壊、殺戮に捕虜虐待の禁止など。兵器に関しては化学ではなく呪術を用いた物で全く想定していない物だが、被害を考えると確実に使用禁止物に値するだろう。
「さらに、これは妖怪の思考を読み取って得た情報ですが、彼らの中には拉致されたあげく、火鬼という妖怪にされ、呪術で操られている元人間の方々もいます」
『『‼⁉』』
祓い屋以外、全員が言葉を失った。
確かに、全国で集団失踪事件があった。それも事件が起こったのは、確認がとれているだけでも同日の近い時刻。
「あちらがこんな鬼畜の所業をしているのです。自分達が、妖怪の体を使って怪我人の治療を行っても構わないでしょう?」
清道が笑顔で問いかける。
「拉致被害者を人間に戻す事はできるのか?」
政治家が訊いた。
清道は「無理ですね」と答え、他の祓い屋も顔を背けた。
その後、雅楽代博貴の案が採用された。
倫理的に問題があり、たとえ希望者にのみ手術を行っても戦後の生活に支障をきたす恐れがあるためである。
あくまで表向きは、だが。
◆◇◆
同日の夜。清道の元に電話が入った。
それは、清道の出した案についての詳しい説明の要請と協力だった。




