5
夜行と影女を放置して、薙刀を持った女達が戻ってくる。
「死徒の方々とお見受けします。お怪我はありませんか?」
「あの二匹の妖怪は殺したので、もう大丈夫です。人間の方々も、あちらで保護しておりますよ」
と、女二人は花耶に言う。
まるで、人を殺した罪悪感がないようだ。
花耶は灼を背に隠すように、立ち上がる。
「あぁ、大丈夫です。残念ではありますが、元妖怪とはいえ死徒に手出しはできませんから」
どうやら、この女達が所属する祓い屋組織は妖怪に対してかなり強い敵対意識があるようだ。
「なぁ、さっき人間は保護したって言ってたよな⁉ みんな、無事か?」
「ええ。女性が一人、怪我を負っていましたが、応急処置を受けた痕跡がありました。妖怪が三匹紛れ込んでいましたが、今頃は殺しているかと」
「「‼」」
ザァッと血の気が引く。
灼は立ち上がりながら駆け出し、花耶はその後に続いた。
「お待ちください!」
「魂をお忘れですよ!」
そう言われ、花耶は夜行達の魂を回収して全速力で灼の後を追った。
◆◇◆
少し走ったところ。神社から数百メートル離れた位置に、彼らはいた。
何本もの槍を向けられているのは、蒼大と創とシャノ。そして、彼らを庇うようにクラスメート達が立ちはだかっていた。
さすがにクラスメート達への脅しか、祓い屋達は穂先を向けてはいるものの、距離に余裕はある。
「退きなさい!」
『『断る‼』』
そんな言い合いが聞こえる。
「やめろ‼」
灼は、槍に体当たりした。花耶は祓い屋達の前に立ち、睨む。
『『⁉』』
祓い屋と蒼大達は目を見開いた。クラスメート達は、槍が変な動きをして、小首をかしげる。
「なんだお前達は!」
「そこの一般人もそうだが、邪魔するな!」
と、祓い屋が言う。
「な、なぁ。あいつら、誰に言ってんだ?」
「さぁ?」
クラスメート達も、ひそひそと話す。それに対して、創が訊いた。
「お前ら、あいつらが見えねぇのか? 灼ともう一人、名前は分からないけど、さっき檻壊した女の子いるじゃん」
「え、いないよ?」
「檻って、あれ自然に穴が空いたんじゃ……?」
クラスメート達は、誰一人として目の前にいる二人の姿が見えていないようだ。
「……まさか」
蒼大は、絶対に外れてほしい予感がした。しかし、そんな嫌な予感ほどよく当たる。
「……亡者は、霊視能力のにゃい人間には視る事ができにゃいにゃ。私達に見えて、この人達に視えてにゃいにゃら……」
シャノの言葉に、蒼大達だけでなくクラスメート達も絶望の表情を浮かべる。
「あいつらは、妖怪にされた人間と人間の仲間だ! お前らの敵じゃない!」
「なぜそう言い切れる? 妖怪側の密偵の可能性もあるだろ」
「それはねーよ! オレの友達だから、人間を裏切るなんて事は絶対にしない‼」
「術で操られてる可能性もある」
「オレらは皆が妖怪に襲われてる時、あいつらが守ってるのを見た! 操られてるなら、襲われた時点で見捨てるよな? だからあいつらは正気だよ!」
「情報を得る為に、信頼させる策だろう」
「見たというだけでは、信用できない」
「死徒には、戦争の時だけ許可された特例があるからな。お前が妖怪側についている可能性もある」
「絶対に違う‼」
灼はムキになって怒鳴る。
しかし、祓い屋を説得できるだけの証拠は持っていない。今までの三人の行動で、人間の味方であるのは確実。しかし、祓い屋はそれを見ていないのだ。
「私達も、あの人達も、人間の、味方です」
花耶が口を開いた。
「何度も言っているが、信用できない。証拠もないしな」
「証拠は、今の、危機的状況、です。誰も、人質、とっていません」
殺される可能性が高く、誰がどんなに説得しても応じない。
もし敵の立場だったら、どんな事をしてでも逃げた方がいい。密偵などの、敵の情報を持って帰るのが最優先任務ならばなおさらだ。
そして、今の状況ならば人質をとって逃げるのがいいだろう。人質になりそうな一般人は、妖怪に囲まれている状況だ。さらに、大人二人くらいならば余裕で抱えて走れるほど力を持っている者が三人もいる。人質を、六人も確保できるのである。
しかし、ここにいる者達は誰一人としてそんな事をしていない。これは、少なくとも人間と敵対していないという証明の、一要素くらいにはなるだろう。
もっとも、これも演技だと言われてしまったらそれまでだが。
「……。あの、証拠というならこれはいかがですか? そこの、猫の女の子からもらったのですが」
幸恵が前に出て、ある物を祓い屋に見せた。
それは、シャノが渡した軟膏だった。
これを少し塗っただけで、針女に捕まった時の細かい傷が、痕こそうっすら残っているもののすぐにふさがったのだ。次の日には、この痕もきれいに消えている事だろう。この効果に驚きはしたが、もしこれが妖怪が作った薬だとしたら納得である。
「鎌鼬の血止め軟膏か?」
鎌鼬は基本的に、三人の子供を生む。その三男は優秀な薬師になる事が多く、特に血止め軟膏については十八番中の十八番。河童の秘薬と同じレベルの高品質の物を作り出す。差し出された物も、例にもれず品質がいい。戦時中ともなれば、量は少なくても貴重な回復薬のはずだ。
少なくとも、たとえ信頼させるための演技だったとしても、敵である人間に渡すような物ではない。
「化け猫。なぜそんな物を人間に渡す?」
「け、怪我をしてたからだにゃ……。二人の、大事にゃ人だし……」
シャノはおそるおそる答えた。
本心からの言葉だったが、この返答が大丈夫かどうか、不安がにじみ出ていた。
「……槍を下ろせ」
どうやら大丈夫だったようだ。おそらくリーダーと思しき男が言う。
「しかし、奴らは妖怪ですよ。さらに、死徒は片方が火鬼ですし」
「槍を下ろした瞬間、反撃してくる可能性もあります」
祓い屋達の内、二人が苦言を呈する。
そんな態度に、クラスメート達はイラついたのか勢いづいてこう言った。
「お前らさぁ。なんか偉そうな奴が「こいつらは人間の味方だ」って認めてるんだぞ」
「目上の人の言う事、聞かなくていいの?」
「もし強情張るんなら、お前らの事ピクッターで晒すからな! 『拡散希望! 命の恩人殺そうとしたサイコ集団』って!」
そう口々に言われ、苦言を呈した二人が眉根を寄せる。
「槍を下ろせ。でないと、戦後の仕事に支障が出る」
リーダー格が改めて命じると、二人はやっと槍を下ろした。
「それと、妖怪の三人はこちらで身柄を預かる。死徒の二人には、監視用の呪いをかけさせてもらう。もし、人間の不利になるような事をしでかしたら、生者は殺し、死徒は監禁する」
まだ信用していないようだ。
「《監視眼》」
リーダー格は印を結んで詠唱する。
すると、灼からビリッという音がした。それと同時に、リーダー格の目に痛みが走る。
(⁉ 失敗か?)
呪いは、失敗したり他人が解くと術者に返ってくる。監視用の呪いは効果が大した事ないので、失明などの深刻な結果にはならないが。
一方、灼も嫌な予感がして、羽織の内ポケットを調べる。中から愛梨特製の護符が、破けた状態で出てきた。
「嘘だろ⁉ ここで破けた⁉」
護身用に取っておくはずが、無駄に消費してしまった。
改めて監視用の呪いをかけられ、灼の目元に禍々しい紋様が浮かんだ。
(……なぜだ?)
花耶に呪いをかけ直したが、どういうわけか効果が出なかった。護符すら破けていない。
リーダー格はこれ以上は無駄だと判断し、花耶に呪いをかけるのは断念した。灼には呪いがかかった事もあるだろう。
(花耶にはかかってない?)
灼も疑問に思ったが、それはそれで都合がいいかと深くは考えなかった。
「……あの、私だけ、のろ――んむ」
花耶が指摘しようとして、灼に口を塞がれた。
「せっかく呪われなかったんだから、自分から呪われにいくような事言うな!」
小声の早口で耳打ちされた。
◆◇◆
クラスメート達は祓い屋に保護され、蒼大達は監視がつく事になった。花夜と灼は仕事を考慮され、深刻な効果にはならない呪いをかけられて解放された。
「灼」
蒼大に声をかけられた。創と、幸恵もいる。
「本当に、死んだの……?」
幸恵が訊いた。視線は、微妙に合っていない。
「さっちゃん先生。もう少し上です」
創が伝えるが、今度は視線が上すぎだった。
「……はい」
灼が答えると、蒼大が通訳する。
そうしたら、幸恵は涙を流した。
(さっちゃん先生は、本当にいい先生だったなぁ)
おちょくると面白いぐらいにブチギレるのと、男の理想が高すぎるのが、玉に傷ではあった。
しかし、普段は生徒と同じノリで、いざという時に頼りになる。人の長所と直した方がいいところを見つける事が上手な、生徒思いの教師だった。
「さっちゃん先生、泣くぐらいならオレの分まで幸せに生きてくださいよ。そのゴリラみたいな性格も含めて好きになってくれる旦那さん見つけてさ」
と、灼が茶化すと、蒼大はそのまま伝えた。
幸恵は涙目をぐわっと見開いた。
「うるさいわね余計なお世話よ! あんたも、なんかかわいい女の子と行動してるそうじゃない! あまり迷惑かけないようにしなさいよ! ただでさえ精神年齢ガキなチビなんだから‼」
「「チビじゃねーですからぁー‼ 女の平均身長より二センチも高い高身長男子ですからぁー‼」と、言っています」
「あと灼。さすがに身長百六十センチは、高身長とはめっちゃ遠いと思う」
通訳する蒼大の声真似は、声音やイントネーション等、恐ろしいレベルの再現度合だった。声優になれそうなレベルである。
死んでも変わりのない様子と、懐かしさに幸恵はふふっと笑いがこぼれる。
そして、今度は創にサポートされながら花耶の方を向いた。
「こいつは考えなしで行動する無鉄砲野郎だけれど、やると決めた事には全力を尽くす頑張り屋なんです。煤竹を、よろしくお願いします」
頭を下げて頼んだ。
「はい」
花耶はこくんと頷いた。
灼は「相変わらず口悪りーなぁ」と言いつつ、蒼大と創に話しかけた。
「蒼大、創。さっちゃん先生にあっちに行くように言ってもらってもいいか? 訊きたい事があるんだけど、もしかしたら辛くさせるかもしんねーから」
「分かった」
と、蒼大が言う横で、創が少しキツイ話になるかもしれないからと幸恵に言って、クラスメート達のところに戻した。
「まず、お前ら無事だったんだな! 兵器化っての聞いたから、すげー心配したんだぞ!」
「なんか、首に縄つけられそうになったんだけどな、どういうわけか周りの妖怪が全員寝たんだよ」
蒼大の説明に、灼は心当たりがあった。
縄枷をつけられる直前という事は、おそらく灼が怨霊になった上で穢憑き化したタイミングだろう。
(いろんな奴に迷惑かけたけど、ある意味ナイスタイミングだったんだな)
もう少し唆されるのが遅かったらと思うと、冷や汗が出た。
「あと、夏輝は?」
夏輝は、妖怪に拉致られた四人の一人だ。
すると、二人は暗い顔になった。
「あいつには、縄つけられた」
「操られてる様子だったけど、連れて行こうとしたんだ。でも、抵抗されて時間かかって……」
「そうこうしてる内に、死徒だっけ? 黒羽織の奴らが来て、妖怪だと思って逃げちまった」
黒羽織は確実に死徒だろう。
人間のほとんどは、死徒の存在を知らない。死神迷宮という都市伝説に登場するが、それですら化穢と混合した上に事実とかなり異なる。
何も知らない者からすれば、妖怪と大差なく見えるだろう。妖怪にひどい目に遭わされた直後ならば、危険を感じて逃げるのも無理はない。
「ごめん。助けられなかった……!」
しかし、友人を置いて逃げたという事実は二人を苦しめていた。
「……状況的に、仕方ない、かと……」
一瞬言葉を失った灼の代わりに、花耶が口を開いた。
「……ごめん、なさい。空気、読めて、なかった」
慰めるつもりで言ったのだが、異様な沈黙と視線が集まった事により気まずくなったのだろう。静かに灼の後ろに身を隠してしまった。
「そうそう! オレだって死徒だのなんだの知らなかったんだし、そんな状況じゃ仕方ねーよっ! それに、もしも死徒じゃなくて妖怪だったらヤバかっただろうし、全員が捕まるよりマシ!」
さらに、安心させるように続ける。
「それに、夏輝も含めて兵器にされた奴らは助けるからな! 花耶が」
「「お前じゃねぇんかい‼」」
「がんばる」
蒼大と創のツッコミと被るように、花耶が言った。
「あ、いや。花耶に任せるの、冗談だからな? そりゃ、サポート的な意味で頼りにしてるけど……」
まさか受け入れるとは思っておらず、灼はあわてて訂正した。
(大丈夫かなぁ……)
(なんか、花耶さんは詐欺とか騙し討ちとかに一瞬で引っ掛かりそうな気がする……。灼も馬鹿だし)
不安気な蒼大と創の方を向き、灼はもう一度言った。
「オレはまた、みんなで集まりたいからさっ! お前らはとにかく生き残ってくれよ。夏輝は絶対に助けてくるから」
「分かった。夏輝は頼むぞ」
「お前らこそ、絶対に死ぬなよ!」
こうして、三人は一時的に別れた。




