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「助けてぇ‼」

『『!』』

 女の悲鳴が聞こえて、クラスメート達は曲がり角を覗き込んだ。

 そこでは、顔に大きな古傷のついた少女が首のない死体二体に囲まれていた。首無し死体は、断面が紫色に燃えている。

「まずいにゃ!」

 シャノは叫びながら、創と蒼大と一緒に飛び出した。

 その勢いのまま、首なし死体を殴り飛ばす。

「大丈夫⁉」

 幸恵が少女に駆け寄る。

「は、はい……! 怖かったです……」

 見たところ、顔の古傷以外は特に怪我もしていないようだ。

「くそ! こいつらまだ動く!」

「灼だったら、ひめ猿になってるな」

 蒼大達の方を見ると、ぶっ飛ばしたはずの死体が起き上がった。

 再び殴りかかり、今度は両腕両足をへし折っておく。まだ動いてはいるが、これで追ってくる事はなさそうだ。

「一緒に避難しましょう」

「ありがとうございます……」

 幸恵は少女を立ち上がらせ、クラスメート達の元に戻る。


 この時、誰も気がつかなかった。

 少女の顔が、気味悪く嗤っていた事に。


 元の曲がり角に戻ると、少女は少しだけクラスメート達から離れた。

「《影牢(かげろう)》!」

『『⁉』』

 少女が詠唱すると、影が格子状に建ち、創達以外の全員を閉じ込めた。

「皆⁉」

「動くな!」

 蒼大が駆け寄ろうとすると、少女は制止し、牢の内部に鋭い棘を生やした。

「動いたら、この人達を殺すよ」

「「「……っ!」」」

 三人に、緊張が走る。

「もしかして、影女(かげおんな)……⁉」

「正確には、影女の人混じりよ」

 そう聞いて、シャノは青ざめた。

 シャノは化け猫。感覚は鋭い。普通ならば、微かな妖気を感じ取れたはずだった。

 しかし、首なし死体が近くにあった事により、死臭で薄い妖気が隠されてしまったようだ。


「な、騙したのか⁉」

「やめろ! せめて妻と娘だけでも……」

「うるさい!」

 少女は、父親達に向けた棘をギリギリまで伸ばす。

 父親達は息を呑むような短い悲鳴をあげ、押し黙った。

「人間の男は誰だってそう。少し脅せば、大事な者の命乞いすらやめる。結局、自分の命が惜しい小心者」

 暗い笑みを浮かべて、牢の中の男達を睨みつける。


「その人間共はまだ殺すな」

『『!』』

 別の声が聞こえた。その方向を見ると、まだ髭の生えていない若い単眼の鬼が首なし死体を十人以上引き連れてやってくる。

「分かってる。あなたの兵隊さんにするんでしょ?」

 そう言いながら、影女はしぶしぶ父親達に伸ばしていた棘を少し短くした。

「ま、まずいにゃ! あれ、夜行にゃ!」

「強いのか⁉」

「めっちゃ!」

 鬼の中では筋力が弱い方だが、それでも人間の首を容易く切断できるくらいには力がある。さらに、動きもそこそこ早い。

 その上、一太刀で首を斬り落とした死体を操る、首斬り傀儡(くびきりくぐつ)という異能を持っている。

 異能柄、妖怪の中でも武士のような仕事をしており、幼い頃から鍛練をしている者がほとんど。

 手軽に準備できる福豆も効く事は効くが、単眼妖怪の血も混ざっている種族のせいか効力はそこまで強くはない。強いて言うなら、怯ませる程度だ。


「頭巾を被っている内の男二人。城から逃げた火鬼だな」

「「っ!」」

 一瞬、蒼大と創は身を強ばらせる。

「な、何の事だ……」

「俺らは、ちょっとだけ筋トレ頑張りすぎちゃった人間だよ」

 と、しらばっくれるが。

「二人ぐらいなら、刺してもかまわないか」

「了解」

 牢の棘が、伸びる。

「ま、待つにゃ‼」

「待って‼ 頼む‼」

「分かった! 分かったから待て‼」

 三人が悲鳴じみた声をあげる。


「頭巾を脱げ。三人ともだ。女の方は、変化をしていそうだな。解け」

 夜行の言うままに、三人はフードを外す。シャノは、変化も解いた。

『『⁉』』

 クラスメート達は目を見開く。

 蒼大と創の額には、角が。シャノはかわいらしい人間の少女の顔ではなく、猫の頭部が。

「う、嘘だろ……?」

「化け物、だったのか?」

「変化って言ってたよね……?」

「騙されてたの……?」

 幸恵以外の全員が、絶望の声を呟く。

「ち、違うのにゃ! 私達は人間の味方にゃ! 信じてにゃ!」

 シャノが声を張り上げる。それはやがて、震える声になった。

「それに! 二人は蒼大と創本人にゃ! 騙してにゃんかにゃいのにゃ!」

 それでも、彼らの恐怖をはらんだ目は変わらない。今までさんざん妖怪に恐ろしい目に遭わされたのだ。当然の反応と、言えるのかもしれない。


 しかし、たったの一人を除いて。

「桐原、城崎。何があったの」

 その顔には、恐怖や疑念が一切浮かんでいなかった。

 白鳥幸恵は、生徒二人の名前を呼び、訊いた。

 諦めたように俯いていた二人が、顔をあげた。

「お、鬼に、された……!」

「妖怪に、された……!」

 助けを求めるような声だった。

「大丈夫よ。あんた達はずっと私達を助けてくれた。だから信じるわ」

 安心させるように言う。牢に閉じこめられている者達も、恐怖の視線が柔いだ。


「つまらない茶番は終わりか」

 その夜行の一言は、幸恵をブチギレさせた。

 睨み、棘の間に体をねじ込むようにして、格子を掴む。

「よくも私の教え子泣かせてくれたわね‼」

 威勢よく恫喝した。

「こいつらはね、頭は悪いし時々煤竹と一緒にしょうもない悪戯やらかすけど、友達のために一生懸命になれるやつらなのよ‼」

 中指を立て、罵ろうとする。

「少なくとも、あんた達みたいな――」


 ドスッ。


 しかし、黒い棘が彼女の二の腕を貫き、遮られた。

「――っ‼」

 痛みで歯を食いしばる幸恵を、少女は睥睨する。

「おばさん。自分の立場が分かってないの?」

 そんな少女を、幸恵は睨み返した。

「人間の女は、感情的すぎる馬鹿だから嫌い。お前みたいなのの妄言のせいで……」

 影女は怨み言をぶつけようとしたが、途中で口を閉ざした。

「この女だけ、私に殺らせて。ぐっちゃぐちゃの挽き肉にしてやる」

「好きにしろ。他は俺がもらう」

 夜行は、その前にと言いながら、異空鞄からある物を取り出した。

「お前ら、これを首につけろ」

 それは、隷属の縄枷だった。

 蒼大達三人は、動かない。しかし。

「つけないなら、おばさんを今すぐに殺す」

 影女の言葉に、抵抗する余地がなくなってしまった。

 夜行から縄枷を受け取り、それを首に――。


「うおおおおおおりゃああああああああああアアアアアアアアアアアッ‼」


 つける直前、悲鳴と雄叫びを混ぜたような、聞き覚えのある声が聞こえた。


 雄叫びと同時に、炎の斬撃が死体を焼き斬り払う。

 炎が晴れると、見覚えのある赤毛のチビがいた。

「な、何だ⁉ あの小鬼は――」

 突然の事に狼狽える夜行。

「や、灼! 生きてたのか⁉」

「ごめんちょっと今それどころじゃない少し泣きそうなぐらい怖いからそれ捨てて早く逃げろ後で行くから‼」

 創が声をかけるが、感動の再会よりも恐怖が上回ったようだ。

 よほど首なし死体の相手は恐ろしいのだろう。少し泣きそうと言ってはいたが、すでに泣いていた。


「あ、あんたも動くな‼ さもないと、この人間を……」

 影女が灼を脅しかけた時。

 ガガガガガッ。

「⁉」

 えげつない斬撃速度で削るように、牢に穴を開けられた。

 影女の視界の端に、長い艶やかな髪が揺れる。

「な、何だ⁉」

「今度は何⁉」

「いや、今は逃げよう!」

「先生、掴まってください!」

 幸恵は蒼大に背負われ、牢から出て、本来とは別ルートで全員逃げる。


「逃がすか‼」

 影女は追いながら影の刃を振るうが、花耶に影の根本を切られる。

「この、邪魔するな‼」

 今度は花耶に影の刃や槍を繰り出すが、ひらひらと躱す。

「くそ! 元人間のくせに、速すぎる!」

 影女は、花耶の事を元人間の死徒だと思い込んだ様子だ。その上、あの人間の集団を狩ろうとすると邪魔してくる。花耶がいる限り、生きている方の人間は狩れそうにもない。

(注意、引けた)

 うまい具合に、優先する標的が花耶に移ったようだ。

 塀に飛び乗り、影を避けながら元の道に戻る。

 影女の動きにも注意する。もしクラスメート達をまだ襲おうとするなら、再び妨害に徹するつもりだ。

 だが、影女は花耶を追う。全て目論み通りだ。


 灼の元に戻ると、夜行と交戦しているようだ。

 相手が生者である事や、先回りさせないための足止めに重きをおいているせいか、防戦一方である。だが、実力差は歴然で、防戦でも余裕はないようだ。

 しかし首なし死体だけはなんとかしたらしく、一騎打ちとなっていた。

「あの人間共はどうした⁉」

「そいつに邪魔されたんですよ‼」

 影女に気がついた夜行が問い詰め、影女が怒鳴り返す。

「貴様……‼」

 夜行は近づいてきた花耶の首めがけて刀を横に薙ぐ。

 しかし花耶は屈んで避け、灼の手首を掴み、離れるように移動させた。


「……あの人達、見逃して、ください」

 灼を背に押しやりつつ、向き合って言う。

「お断りよ! 人間の時点で殺す理由はあっても見逃す理由はないわ!」

「これは人間を滅ぼす為の、生者同士の戦だ。亡者は口も手も出すな」

 二人は、この頼みを突っぱねた。

「ふざけんなッ‼ あいつらが殺されそうになって、黙って見てられるか‼」

「灼」

 花耶は頭に血が上った灼を止める。

「お願い、します。あの人達、灼の、大事な人達。どうか、見逃して、ください」

 頭を垂れて頼み込む。


「ならば、なおさら殺さねばならん。人間に、大事な者を奪われた者としてな」

「?」

 夜行の言葉に、灼は疑問を覚えた。


 夜行は一気に距離を詰め、刀を振り抜く。

「っ‼」

「んぉ⁉」

 花耶は苦無をぶつけ、刀の軌道を反らす。灼は跳ね退いた。

「……っ!」

 いくら力が弱い方とはいえ、やはり鬼。苦無を落としそうになるほど、腕が痺れた。

「おわ、っとぉ⁉」

 影が、灼を捕まえようとする。しかし、灼はほとんどをギリギリで躱していた。捕まっても力任せに引きちぎる。引きちぎったところで、影の刃に変わった。


「おい! 大事な者奪われたって、どういう事だ⁉」

 問い詰めるように叫ぶ。

「……私の顔の傷は、二十年も前に人間につけられたもの」

 影女の言葉に、灼は驚いた。

「私の母は、祓い屋の男に誑かされて嫁に入った。でも、あの屑は、十年以上連れ添った母を保身の為に見殺しにした! しかも、祖父母にあたる爺と婆には母が浮気しているとありもしない妄言を流されて‼」

 昔の事を思い出してか、影女は目に涙を浮かべる。

「母さまは、私に謝りながら死んでいった……。人間のせいで‼」

「うわぁ⁉」

 大振りな一撃が振るわれ、なんとか躱すものの、激突した塀が粉々に砕ける。


「俺の父親は、人間の祓い屋に殺された」

 夜行は、花耶と灼に言い聞かせるように答えた。

 刀を、花耶はひらりひらりと躱す。

 実力はほぼ同じくらいだろう。しかし、手痛い攻撃をしてはならない分、花耶の方が分が悪いようだ。

「その理由は、俺や他の者が元から住んでいた土地を、他者に依頼されて奪うためだった! しかも、産女を人質に取り、首を刎ねた‼」

「‼」

 夜行の刀が横薙ぎで迫る時、花耶の足首を影が捉えた。

 影女は灼にのみ攻撃していると思い込み、ほぼ同じ強さの夜行を相手にしているゆえの集中で、影まで気が回らなかった。

 避けきれない。素早く苦無でガードする。

「うぁ⁉」

 手から離れた苦無が、宙を舞う。

「ガッ⁉」

 さらに、蹴り飛ばされて塀に叩きつけられた。

 夜行は、灼に迫る。


「卑劣な手で奪い、殺すだけではあきたらず、武士として、夜行としての誇りをも踏みにじるような輩共を、見逃してたまるかッ‼」


「‼」

 異空鞄から福豆爆弾を出そうとする。

「貴様が立っている、あすふぁるととかいう練り岩の下に妖怪の死体があるやもなしれぬな」

「⁉」

 夜行の発言に動揺し、身を強ばらせた。福豆爆弾の準備に遅れてしまった。


「っ!」

 だが、花耶が灼の前に躍り出た。

 灼を背中で押し下がらせる。刃が花耶の肩に当たり、バキッという音がする。

「か、花耶⁉」

「平気……。羽織の、上。斬られて、ない」

 と、花耶は言うが、左腕が重力に従ってだらりと垂れる。

「諦めて、そこを退け」

 と、夜行は言う。

「死徒は生者を殺してはならぬ。実力を鑑みて、手加減をしては勝てぬであろう。その上、人間にしては動きの良いそやつは片腕が使えぬ。殺すのは容易い」

 切っ先を、二人に向ける。選択肢によっては、突き殺すと言うように。

 その殺す相手は、自分達か。大事な者達か。

「灼」

「!」

 切っ先を怯えるように見ていた灼は、花耶の方に視線を移した。

「私は、平気。まだ、戦える。悔いの、ない方、選んで。あの人達のとこ、走って」

 そう囁いてきた。


 クラスメート達は本来、花耶達のいる道を通ろうとしていた。おそらく、目的地はこの道の先にある神社。ここをまっすぐ行くのが一番近い。

 しかし夜行達を避けて遠回りするように逃げてしまっている。この道を譲ったら、どこかで鉢合わせする。

 花耶は一人で足止めすると言ってはいるが、手負いな上に相手は二人。そして、片方はほぼ互角の強さ。総合的な強さから、足止め自体はできるだろうが花耶が殺されるのは明白。

「――くそ!」

「!」

 自棄を起こしたのか、灼は花耶を抱き寄せつつ異空鞄から福豆爆弾を出し、夜行に投げつけた。さらに道を炎の壁で塞ぐ。

 夜行は福豆爆弾を躱すが、後ろで袋が破け、不快な臭いが充満する。多少の目眩がするが、気絶するほどではない。

 影女は影を伸ばして炎壁を押さえ込む。その上を、二人は渡った。

「!」

「愚かな」

 すでに遠く。灼は花耶を抱えて神社へ走っていった。


◆◇◆


「灼、私、置いてって! 鉢合わせ、する!」

「うっせー‼ 置いてったら殺されるだろ!」

「でも、足止め、できる! お願い!」

「悔いの残らねー方選べって言ったよな⁉ じゃあどうにかしてオレらは死なずにあいつら守るぞ!」

「そんな、方法……」

「ごめんオレ何も考えてねーから花耶考えて!」

 理不尽なほど無茶苦茶な人任せだと、花耶は思った。

 確かに経験や頭の良さは花耶の方が上だ。しかしそれは朔月という階級の灼と比べて。

 下から二番目の繊月という低い階級での経験は浅い。さらに、千絃や愛梨ほど頭はよくない。

 せいぜい思いつくのは、自分が命懸けで足止めをして、彼らが神社に着くまで灼が護衛をするという、自己犠牲前提。自分も含めた犠牲なしの作戦は、全く思いつかない。


「! 伏せて!」

「⁉」

 花耶に言われて、灼は前のめりになった。コケそうになったが、耐えた。

 ヒュンッ。

 頭上を、何かが風を切って飛び去った。次の瞬間。

「「ギャアアアアアア⁉」」

 影女と夜行の悲鳴が後ろから響いた。

「んぇ⁉ なになになになになに⁉」

 思わず振り返る。

 後悔した。あんなグロい光景を見て。


 夜行のギョロ目と、影女の肩に、矢が……。

 さすがにこれは駄目だと思ったのか、花耶は動く方の手で灼の目を塞いだ。すでに遅かったが。

「め、目……! 矢が……⁉ ぉえっ」

 その光景を理解した瞬間、ついに恐怖が限界に達したのか、灼はえずいた。

「!」

 さらに追撃の矢が飛び過ぎる。よく見ると、矢には札が巻かれていた。

 影女が夜行を守るように、影の壁を作る。壁に矢が刺さった瞬間、電光が走った。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」

 影を伝い、電光が影女に襲いかかる。

 悲鳴を聞いて、灼は縮こまった。

「殺せ」

 矢の飛んできた方向から、男の声が聞こえた。すると、二人の薙刀を持った女が花耶達の横を走りすぎる。

「待って!」

 花耶の声は届かず。

 二人の断末魔が聞こえ、彼らは動かなくなった。

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