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「あいつらだ!」

 住宅街の道路につくと、灼のクラスメート達とその両親、担任の教師とパーカー姿の少年少女達が朧車に追われているのが見えた。しかも、朧車には鬼が二人乗っている。

「花耶! これ妖怪の前にぶちまけてくれ! オレは爆弾準備してるから!」

「ん。分かった」

 花耶は灼からサラダ油を受け取り、塀に飛び乗った。


 クラスメート達が全力疾走で駆け抜ける。

「往生際の悪い人間が‼ 諦めて轢き殺されろ‼」

 妖怪達が目の前に来る寸前。花耶はサラダ油を道路に撒き散らした。

「「「⁉」」」

 油で滑った朧車は無理に体勢を戻そうとする。しかし戻りきれず横倒しになった。

「何やってんだ‼」

 鬼が朧車の外に出てくる。

「そこの死徒がやりやがった!」

 朧車も、声を張り上げる。派手に転んだが、大きな怪我はないようだ。

「何だと⁉」

「お前はそいつ起こしてろ! この糞ガキ……‼」

 花耶のいる塀に、鬼が詰め寄る。

「……灼。福豆、もう少し、待って」

「んぇ?」

「「……は?」」

 鬼達は、ものすごく嫌な単語が聞こえて、動きが止まった。

 さらに、嫌な臭いも漂ってきた。

 もう一人いる。臭いのする方を見ると、息を止めて防臭袋に手を突っ込んでいる灼。その袋の中には、嫌悪感の集合体(福豆)

「ヤベエェェエ‼」

「イヤアアアァア‼」

「よし」

 鬼達が朧車を置いて逃げ出すのと、花耶が言うのは、ほぼ同時だった。


 バンッ。


 地面に叩きつけられ、袋が破れ、福豆が道路に散らばる。

「「「――‼」」」

 瞬間、鬼にしか感じとれない刺激臭が、爆発する。

 鬼二人の視界が、霞む。涙なのか、えげつない臭いによって意識が朦朧としているせいかは分からない。

 ドサッと、鬼二人は意識を失い、倒れた。


「何だ⁉ お前ら、早く俺を起こせ‼ 人間共が逃げる‼」

 向き的に、鬼の姿が見えなかったのだろう。朧車は訳も分からず喚く。

 その間に花耶は、涙目で息を止めている灼を連れてクラスメート達を追った。


◆◇◆


「おい、もうあの化け物いないぞ」

「あ! ほんとだ!」

 クラスメート達は止まった。皆、息も絶え絶えだ。

 今回は本気で死ぬかと思った。

 ここは住宅街。車が通る事も想定してあり、道幅はそこそこ広く、朧車も普通に走行できた。

 馬力もあり、自販機を倒した程度の障害物ではあっさりと吹っ飛ばしてしまう。さすがに標識を折り曲げて作った障害物ならば足止めにはなったが、鬼が標識を引っこ抜いてしまったのだ。


「それにしても……君達、すごい力だね」

 クラスメートの父親の一人が言った。

 創と蒼大はギクリと体を強ばらせた。

 とにかく皆を逃がすのに必死で、人間離れした怪力を見せつけてしまっていたのだ。

「え、えーと……?」

「キ、キントレ、ガンバリマシタ……?」

「いやいや筋トレでああなるかな?」

 全員が二人を凝視する。

「み、皆ー! 今はそんにゃ事より、早く逃げるのにゃ! また妖怪が来るかもしれにゃいのにゃ!」

 そんな中、シャノが二人の前に割り込み、言った。

「お、おお! そうだな!」

「考えるのは後でもできるわ!」

「今はとにかく、安全確保!」

 疑念は晴れなかったが、うまく話をそらす事ができた。

「シャノ、ありがとうな」

「おかげで助かった」

「えへへ~。どういたしましてにゃっ」

 三人は声をひそめて話した。


「そう言えば、途中で灼いなかったか?」

 蒼大がクラスメート達に訊いた。

「え、灼?」

「ごめん。逃げるのに必死で……」

「いや、特に見てねーよ」

「皆見てないなら、見間違いじゃない?」

「髪を赤く染めたチビなんて、結構目立つし……」

 クラスメート達は、全員見ていないようだ。

「そ、そうか……。ごめん、見間違いかも」

 蒼大はどこか寂しげに言う。創も、俯いた。

 この二人は笹森城内から逃げ出す際、無惨な焼死体を見つけてしまった。

 さらに、自分達と一緒に囚われているはずの灼の姿もなかった。

(やっぱり、死んでるよな……)

 たとえ戦争を生き延びる事ができたとしても、もう五人で集まる事はできない。

 そんな予感から、寂しさがにじみ出てきた。


◆◇◆


「ぶはぁっ! はぁ゛ー……ッ、はぁ゛ー……ッ」

 福豆爆弾を使った位置からかなり離れた場所。灼も息絶え絶えだった。呼吸を止めて全力疾走したからだろう。

「……平気……?」

 花耶は灼の背中を摩りながら声かける。

「んぉ~。へーきー」

 涙を拭いながら振り返る。

「よし! あいつらを追いかけるぞ! また妖怪に襲われるかもしんねーし!」

「ん」

 息を整えると、二人はクラスメート達が逃げた方向へ駆け出した。


「そう言えば、花耶」

「ん?」

「何で福豆爆弾の時、少し待たせたんだ?」

 先程、灼が福豆爆弾を地面に叩きつけようとした時、花耶は少しだけ待つように言った。その間、たったの数秒。制止する意味があったのだろうか。

「フード、被ってた、人達の内、二人、鬼。巻き込まれると、思った」

 クラスメート達の中で、パーカーのフードを被っている人物が三人いた。さすがに顔までは見えなかったが、二人のフードの形状から角を生やしていると見抜いていた。

「んぇ⁉ 鬼!」

 灼は走りながら、花耶を見る。

「それならあいつらが危ねーじゃんか! むしろ福豆の巻き添えにした方がいいだろ‼」

「んん。人間と、逃げてた。味方の、可能性、高い」

「味方のフリしてるスパイかもしんねーじゃん! あいつらが避難する場所を探して襲撃するとかさ!」

「もし、そうなら、轢き殺す、必要、ない」

 仮に、灼の言うとおり、パーカーの鬼二人がスパイだったとする。

 それならば、襲わずに泳がしていた方が効率的だ。わざわざ危険な事をする必要はない。

「信頼させるためにわざと追っかけてた可能性だってあるだろ!」

「それにしては、本気、すぎ」

「本気すぎるって……」

「あの人達、本気で、殺そうとしてた。スパイなら、手加減、するはず」

 演技にしては朧車達の殺気が強すぎた。もはや殺意と同じである。

 さらに、油で朧車を転ばせた時はやけに余裕がなかった。鬼は朧車を起こしつつ、邪魔者である花耶に即座に詰め寄った。放置していたら、また邪魔してくるかもしれないからである。人間を絶対に逃がさないつもりだった、何よりの証拠である。

「それに、千絃、言ってた。妖怪にも、色々いる。人間を、助けようとする、妖怪、きっと、いる」

「っ!」

 灼は反論できなくなった。

 それは、今の灼の、大半の妖怪は人間を害する存在だが、例外もいるという認識に近い主張だ。現に、その例外の内一人が横で一緒に走っている。

「……分かった! 今は様子見する。でも、その鬼があいつら殺そうとしてたらそいつら殴り飛ばすからな!」

 なんとか意見を様子見に変えてくれた。


「ん? あいつら、どうしたんだ?」

 ようやくクラスメート達に追いついたが、様子が変だ。

 壁際に身を寄せ、足取りがおぼつかない。まるで、目が見えていないような……。

「!」

「んぉ⁉ どうした?」

 十字路の曲がり角に身を潜めている人物に気がついた花耶は、咄嗟にしがみついて灼を止めた。

箕借り婆(みかりばば)、いる」

「!」

 箕借り婆とは、(みの)や人の視力を借りてしまう、単眼の老婆だ。箕借り婆の異能によって、一時的に視力を奪われてしまったのだろう。

 もし花耶が止めていなければ、灼は効果範囲内に突っ込んでいたところだった。

 愛梨からもらった護符があるが、異能には効果がない。


「屋根の、上」

 花耶は近くの塀に飛び乗りながら、異空鞄から笊を取り出す灼に言う。さらに、一階の屋根に飛び移った。

 灼も塀をよじ登る。

 その間に二階のベランダの手すりに乗り、二階の屋根に飛び移って、効果範囲から外れつつ箕借り婆に近寄る。

 曲がり角の塀に身を隠すようにして、一人の老婆がいた。さらに、曲がり角で輪入道(わにゅうどう)が二体、待機している。

 おそらく、目が見えない状態にした上で轢き潰すつもりだろう。

 花耶も異空鞄から笊を出し、できる限り声を張り上げる。

「こっち! 見て!」

 しかし、声が小さかったようだ。

 かすかに声が届きはしたものの、場所特定には至らない。箕借り婆はキョロキョロと周りを見回している。

 早くしなければ、彼らが曲がり角にたどり着いてしまう。


「ここだあぁ‼ こっちを見ろぉ‼」


「!」

 ようやっと灼が屋根に登りきり、笊を掲げて大声をあげた。

 はっきりとその声は届き、箕借り婆は屋根の上を見た。

「ひ……っ」

 そして、見てしまった。心底苦手な、肌に近い色の笊を。

「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

 箕借り婆は、絶叫して逃げて行った。とても老婆とは思えないほどの、見事な全力疾走だった。

「よっしゃ‼」

「これ、で……」

 安堵したのもつかの間。二人は血の気が引いた。

 すでに、女子生徒が一人、曲がり角に到達してしまっていた。


◆◇◆


 急に少女の視界が明るくなり、周りが見えるようになった。

「‼」

 その瞬間、人の顔がついた木製の車輪が、彼女を轢き潰そうと、発車した。

「「「うおおおおおお⁉」」」

 ドガッ。

「「グハァ⁉」」

 しかし、シャノと蒼大が駆け出して輪入道を蹴り倒し、創は少女を抱えて十字路を駆け抜けた。

「クソが‼ あのババァ逃げやがった‼」

「お前ら蹴り倒しやがって‼ 覚えてやがれ‼」

 なんとか起きようとガタガタ揺れているが、全く起きそうにない。

 その横を、クラスメート達は素早く通り過ぎた。

「あ、ありがとう……。死ぬかと思った……」

「俺も……。死んだと思った……」


◆◇◆


「はぁあ……」

「危な、かた……」

 屋根の上の二人は安堵のため息をもらした。灼にいたっては、力が抜けてへたりこんでしまう。

 本当に、危なかった。危うく、凄惨な現場になってしまうところだった。

(それにしても)

 パーカー達が輪入道を蹴り倒した瞬間が思い浮かぶ。

(花耶の言ってた鬼達って、本当に人間の味方なんだな……)

 灼の心中で、人間に好意的な例外の妖怪が二人増えた。


「いたぞ‼」

「人間だ!」

「殺せ‼ 殺せ‼」

 胸を撫で下ろしている暇もそこそこに、今度は後方から声が聞こえた。

「げ⁉ 今度は何だよ……布?」

 振り返ると、白い布が三枚飛んできた。

 あれは、一反木綿という妖怪だ。

「って、ヤバい! 速い!」

 と、灼が立ち上がり様に駆け出す時には、花耶が飛び出していた。

「「「!」」」

 花耶は屋根から飛び降りるようにして、空中で一反木綿達をキャッチする。

 そして鳥のように身を翻し、ぶつかりそうになった塀を蹴って道路に着地した。

「何するんだ!」

「邪魔だ‼」

「放せ、放せ‼」

 一反木綿達はバタバタと暴れる。

「……っ、ぅ……!」

 花耶も押さえ込もうとしているが、クラスメート達が逃げる方向へずるずる引きずられる。

 花耶は小学生とほぼ同じ体格。小柄で体重が軽いからこそ身軽な動きができるのだが、今はそれが仇となった。


「この、糞人間がッ‼」

「⁉」

 一反木綿達の体である布が、花耶の首に巻きついた。

 一反木綿は、空から襲いかかって首を締め上げたり、顔を覆ったりして窒息させる凶悪な妖怪である。


「ガ……ッ! ァッ……!」


 ギリギリと、締め上げられる。


 体が、宙に浮き始める。


「やめろ‼」

 屋根の上から急いで降りてきた灼は、花耶を引き下ろし、首に巻きついている布に手をかけた。

 力ずくで、布を緩める。

「ヒュッ。げほっ、けほっ」

 急に息が気管に入り、むせる。

(よし! これでどっかの木に……!)

「「邪魔するなぁ‼」」

「「⁉」」

 二体が灼の首に体を巻きつかせた。

「や、灼……!」

「だぃ……! じょぶ……っ‼」

 花耶が手を伸ばしかけるが、灼は制止した。

 一気に花耶の首から一反木綿を外し、自身に巻きついた二体を振りほどきながら近くの家の庭に入る。

 もう一体が絞めにくる前になんとか外し、庭木の枝に一反木綿達を結びつけた。

「解け! 解けー‼」

「お前、妖怪だろ! 何で人間なんかを助ける⁉」

「この、裏切り者が‼」

 口々に罵る一反木綿達に、灼は言った。


「オレは元々人間だよ! だからお前らみてーな人間を襲う妖怪は、大っ嫌いだ‼ もしオレが死徒じゃなかったら、ぶっ殺してたくらいにはな‼」


 そう吐き捨て、花耶の元に戻る。

「花耶! 大丈夫か? さっき、軽く首吊りみてーになってたぞ!」

「平気……」

 花耶はそう言うが、不安そうに灼の首元を見る。

「……ごめん」

「?」

 灼は小首をかしげた。

「灼に、苦しい、思い、させた。ごめん。他の、方法、考えれば、よかった」

「いやいやオレは大丈夫! それに、あんないきなりで考える暇なんかねーよ! むしろ、花耶が飛び出してくれたからあいつらは襲われずにすんだし! ありがとうなっ!」

 灼は手をぱたぱた振ってフォローした。少し悔しそうに続ける。

「オレがあんな芸当、できれば一発だったんだけどなぁ」

「飛び降り、危ない。駄目」

「その危ねー事、花耶がさっきやったじゃん」

「うぐぅ」

 完全なおま言う案件で、花耶は呻いた。

「立てるか? 無理そうなら背負うぞ!」

「ん。平気」

 花耶が立ち上がると、再び二人はクラスメート達を追いかけはじめた。


「……あのさ」

「ん?」

 灼が声をかけてきて、花耶は小首をかしげた。

「オレ、花耶の事、助けたんだよなぁ。だから、謝るんじゃなくて、別の一言が欲しかったんだけどなぁ」

「!」

 花耶は気がついたように、口を開いた。

「……ありがとう。助けて、くれて。格好、よかった」

「……っ⁉」

 予想外に素直すぎるおまけの一言が出てきて、灼は真っ赤になった。

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