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 開戦から一ヶ月。

「……灼」

「!」

 花耶に声をかけられて、灼は起きた。

(やべ。ちょっと意識飛んでた……)

「ごめん! 今起きた!」

「ん。知ってる」

 花耶は頷き、近くのファーストフード店を指差した。

「寝るなら、あそこ、いて。ここ、危ない。その間、まわり、見てくる」

 そう気遣う花耶の目の下にも、隈ができていた。


 ここ一ヶ月、死徒達はまともな睡眠時間をとっていない。一日一時間半、多くて二時間ぐらいだろうか。

 第二次世界大戦と比べたらまだマシではあるのだが、普段なら比較的暇なはずの現世見廻ですら、戦争により生者が死にまくる為、本当に忙しかった。下手すると、回収している間に別の魂が浮遊していてキリがなかったり、やっと回収しきって移動しても数分とたたずに大量に魂が出現していたり、他にも亡者が逃げ込んだりしているのだ。

 花耶と灼は、一緒に行動している都合上仮眠を取る時間は同じである。

(オレが眠いなら、花耶も眠いはず! オレだけ休んでられねー!)

「いや、大丈夫! オレ、体力だけは自信あるから!」

 まだまだ余裕だと言うように、灼はガッツポーズをする。

 本音は、今ならゴツゴツした岩の上でも熟睡できそうなほど眠いが。

「……辛く、なったら、言って」

 花耶はそう言って、現世見廻に集中した。

「分かった! 花耶も、キツくなったら頼ってくれよ」

「ん」

 周りを見ながらも、こくりと頷いた。

「…………」

 近くに魂が残っていないか確認する花耶は、辛そうな、悲しい表情をしていた。その視線は、周囲に散乱している人間の死体に向けられている。

 この地点に来た時、彼らの冥福を祈るように手を合わせていた。仕事があるので、数秒程度の短いものだったが。


(あいつら、全員妖怪に殺されたんだよな)

 ぎゅっと、灼の拳に力が入る。

(くそ! こんなひどい事しやがって! まだ小さい奴だっているじゃんか‼ 妖怪共は罪悪感とか良心がないサイコパスばっかなのか⁉ 花耶とかみたいな例外はいるけど!)

 ふつふつと、死体を前にして妖怪達への憎しみが甦る。

(もしオレが生きていたら、あの妖怪共、焼き殺して――)

 ここで、一瞬思考を止めた。


 バチンッ。

「っ⁉」


 そして、こんな物騒な考えを振り払うように、灼は自分の頬を思いっきり叩いた。花耶が驚いて振り返る。

「……灼、ほっぺ、平気……?」

「平気! これで完全に目が覚めた!」

(過ぎた事考えてる暇ねーよ!)

 と、内心で自分を叱咤する。

 力加減を間違えたのか、その頬は赤く腫れていた。痛々しい。

「少し、待ってて」

 花耶は異空鞄を開くと、水の入った瓶とハンカチを取り出した。

 ハンカチを濡らし、軽く絞る。

 そして、濡らしたハンカチを灼の頬に当てた。ひんやりと、柔らかな冷たさが腫れた頬の熱に染み込む気がする。

「これで、冷やして」

「いいのか?」

「ん。……一枚しか、ないから、片方ずつ、だけど」

「んにゃ、それは大丈夫! というか、完全に自業自得だし……」

 灼は苦笑いを浮かべる。今になってだが、冷やしていない方の頬がじんわりと痛みだした。


「ガァーッ‼ ガァーッ‼」

「っ⁉」

 突然、空から聞こえた鳴き声に、灼はビクッと肩を震わせた。

「な、なんだ。カラスか……」

 ぽつりと呟く灼の横を、花耶が駆け抜けた。

「んぇ⁉ 花耶?」

 追いかける灼に、花耶は振り返らずに言う。

「灼の、友達。追われてる」

「‼」

 花耶の言葉に、灼の顔つきが変わった。

 ここ一ヶ月の間、何回か妖怪から逃げている人間に遭遇した。その度に、逃亡を助けていた。

 ひどい怪我を負わせたり殺したりはできない。認知もされないので方法は限られてしまう分、難易度は高い。

 しかも、今度は赤の他人ではなく、知り合いだ。気の入り様は段違いである。


 しばらく走ると、灼にも音が聞こえるようになっていた。もう少し花耶と距離が離れていたら、足音すらかき消されて聞こえなくなるのではないかというくらい、激しい音だ。

 固い物がものすごい勢いで転がっているような……。


「どわぁ⁉」

 その妖怪を見た瞬間、灼は悲鳴をあげた。

 巨大な年老いた鬼女の顔がついた牛車が、人々を追いかけていた。しかも、鬼が二人乗っている。

(朧車⁉ しかも、追われてるのって……!)


 妖怪達に追われているのは、フードを目深にかぶったパーカー三人、灼のクラスメートとその親御さん達、担任だった。

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