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「何なんだ、この化け物は」

 関東の戦場。

 自衛隊の一人は、ある妖怪の死体に銃口を突きつけていた。

 牛頭に筋骨隆々の大男の化け物。日本の甲冑を身につけていたが、ギリシャ神話のミノタウロスを彷彿とさせた。

 仲間と共に討ち取った化け物だ。自分は、なんとか大した怪我もしなかったが、他の仲間は重傷だった。この中で、生き残れる者は何人いるだろうか。

 まわりも、民間人の死体が転がっている。来た時には、この状況だった。

「……ッ!」

 悔しい。もっと早く来ていれば。

 戦う術のない者や、子供まで殺すなんて。

 バァンと、銃弾が放たれた。

 万が一、生きていた場合のトドメである。しかし、引き金を引いてもこの爆発しそうなドロドロした気持ちは晴れなかった。

「化け物はもう大丈夫か?」

 一般人や重傷者の避難を終えた仲間が戻ってきた。

「ああ。これぐらいならもう――」


 ドスッ。


「え?」

 突然、トドメをさした男の胸に大きな風穴が空いた。

 男の体が宙に浮かび、何かに放られるように地面に叩きつけられる。

「な、何だ⁉ 何だ今の――ガボッ」

 見えない何かは、次は声をかけてきた同僚の顔面に刺さった。


◆◇◆


 雪音の通信鏡に連絡が入った。

『小瀬です! 大至急、応援をお願いします‼』

「何があったのですか?」

『堀石で人間に殺された牛鬼(うしおに)が、自棄になって怪物変化(かいぶつへんげ)をしました! まわりの生者も数人ほど殺されています! 説得も全く聞きません!』

 怪物変化は、牛鬼の異能だ。RPGで言うところの、ラスボスの最終形態といったところだろうか。

 牛鬼の普段の姿は、牛頭の鬼である。怪物変化を使うと、牛の頭に蜘蛛の体を持つ大型の化け物の姿に変わる。


「かしこまりました。応援が来るまでの間、貴方は亡者の避難誘導をお願いします」

『了解!』

 雪音は早口で言い、返事を聞いた瞬間にその通話を切り、小瀬担当の周辺の現世見廻を担当している死徒に同時連絡をした。

「雪音です。堀石で亡者の牛鬼が怪物変化いたしました。至急、応援に向かい、足止めをお願いします。指示があるまで絶対に殺してはなりません」

『『了解!』』


 怪物変化した牛鬼の厄介なところは、殺した者の体に憑依し、新たな牛鬼となってしまう事である。怪物変化する前に殺したのであれば、問題はないが。

 憑依の対処法は二つあり、その一つは神が牛鬼を殺す事。殺された牛鬼は、神の体に憑依しようとするが、神の魂が強すぎる為、体外へと弾き出されてしまうのだ。

 雪音はすぐに関東の土地神である支部長に連絡をした。

 しかし、死後の世界での仕事に加えて、日本の太陽神である天照大神が天岩戸に引きこもろうとした為すぐに戻れないそうだ。

 戦争は、大量の死者が出る。その為、死後の世界に移住する際の書類作成や、寿命間近の場合は転生の手続きもあり、非常に多忙を極める。

 第二次世界大戦の時もそうだったらしいが、今回は当時のトラウマ補正も加わって、天照大神は発狂してしまったようだ。

(仕方ない。もう一つの方法しか……!)

 雪音は朧に連絡をした。自分が牛鬼の対応をしている間の、仕事を任せる為である。


「雪音です」

『何だ?』

「堀石に怪物変化した牛鬼の亡者が出現した為、対応に向かいます。戻ってくるまでの間、私の仕事をお願いします」

『いや、堀石なら俺の担当だ。俺が行こう』

「駄目です!」

 雪音は強い口調で即答した。

「怪物変化した牛鬼の対処を亡者がするとなると、必ず蘇生術を受ける事になります。なので後輩に行かせる訳には……」

『ちょうど近くにいる。お前が向かう間に、犠牲者が増える可能性も無きにしもあらず。俺が行った方が早い』

「うぐ……」

 犠牲者と言われて、雪音は何も言えなくなった。


 生者の犠牲は、部下が足止めしているので大丈夫だろう。部下も、かなり強いので殺られないと信じている。

 だが、絶対ではない。いつでも、不足の事態が起こる可能性はあるのだ。

 部下を長時間危険に晒した上で、自分が蘇生術を受けるか。部下を危険に晒す時間は短く、後輩に蘇生術を押しつけるか。

「お願い、します。……申し訳ありません」

『了解。気にするな。しかし、少しは人に頼れ。では』

 そうして、通話が切れた。

 雪音は自身の不甲斐なさに唇を噛みながらも、現世見廻を続けた。


◆◇◆


「くそ。手こずらせやがって……」

「いやー、きつかったなぁ」

 春介と蓮は、太い八本足を斬られて動けなくなった牛鬼を前にして言った。

 牛鬼は転がってでも人間を轢き殺そうとしたので、全員が持っている鎧草製の縄を繋げて拘束している。


「春介ー。ちょっと快癒おねがーい」

「はーい」

 その仲間達も、欠損等はなかったが、皆かなりボロボロだった。激戦だったようだ。


「でも、これどうするんですか? ここまでデケェと、あたしらじゃ運べませんよ」

 蓮は牛鬼を見上げながら先輩の一人に訊いた。

 牛鬼は、怪物変化すると体が大きくなる。目の前の牛鬼は、体高だけでもだいたい三階建ての家くらいはあるだろう。

 仮に鬼等の、怪力を誇る種族をかき集めて運べるようにしたとして、幅もあるので、使用する道も限られてくる。生者が隠れている可能性も考えると、むやみやたらに建物を倒壊させるわけにもいかない。


「怪物変化を解いてくれるのが一番いいんだけど……」

「あのぅ、元の姿に戻ってくれませんか?」

 死徒の一人が説得するが、睨まれた。

「人の八肢を斬って、よくそんな事が頼めるな。厚顔無恥にも程があるぞ、人間」

「すみません。仕事なので……」

「いやいや、斬らなきゃ私達が殺られてたわよ。この人数でかかっても快癒らないといけない怪我負ってるんだし」

 牛鬼の嫌味に、死徒達は謝罪したり反論した。


「説得に応じないなら、殺して魂だけ持って逝くしかないんだけど……」

「牛鬼だから殺しちゃまずいんだよなぁ」

「それに俺達が処理するのは自信ないし……。蘇生術も絶対嫌だし」

 牛鬼の対処の仕方は知っている。

 しかしそれは、憑依された状態で少なくとも体を動かせる程度には自我を保たないとならない為、精神力がいる。しかも、たとえ成功しても蘇生術は免れない。

 仲間が蘇生術をくらわなくてはならないほどの大怪我を負うのは嫌だが、自分が蘇生術をくらうのも同じくらい嫌なのである。

「まぁ、俺らが頼まれたのはあくまで足止め。指示があるまで待とう。もしかしたら、支部長が対応しにくるかもしれないし」



◆◇◆


 しばらくすると、朧がその場にやって来た。

「すまん。遅れた」

「いえいえ。俺達も大した怪我負ってないので大丈夫ですよ」

「ところで、朧さん。支部長は?」

「来ぬ。死後の世界の仕事が忙しいのだろうな」

「「え⁉」」

『『あぁ』』

 蓮と春介は知らなかったが、他の者は第二次世界大戦を経験しているので納得した。

 大量に人が死ぬという事は、死後の世界の移民が増えるという事。常夜だけでも亡者の戸籍を新規作成したり、生死の境に現れた亡者を死後の世界に連れて逝ったり、一時的な仮住居を提供したり等の仕事が増える。

 地獄ではいつも以上に増える罪人を裁いたり、天国では残りの寿命がほとんど残っていない亡者を転生させたり、神にしかできない仕事の量が増える。生前の世界に住む土地神や、各黄泉軍の支部長を務める神が応援に行く事もあるのだ。


「いやいやいやいや! それじゃ誰かしら蘇生術くらうじゃねぇですかよ‼」

「ああ。だから俺が殺す」

「死にますよ⁉ 主に精神が‼ 蘇生術で‼」

 驚愕のあまり敬語がおかしくなる蓮と本気で心配する春介。


「春介、蓮。ここは朧さんに任せた方がいい」

「下手に代わって失敗したら、余計な犠牲が出るだけよ」

 先輩達が宥める。享年こそ二人より若いものの、死徒歴は長い。特に戦争という異常事態では、自分がどのような行動をした方がいいかよくわかっている。

 日本全土の戦争ならば、国内の死徒の応援はまず来ない。もしかしたら、この戦争を発端にモンスターと外国の祓い屋、エクソシストの戦争が始まる可能性すらある。外国からの応援も、望みは薄い。

 ならば、たとえ納得のできない冷酷な判断でも、出来る限り犠牲の少ないやり方を選ばなければならない。でないと、死徒の方が崩れてしまう。

「それに、いくら操られていたとしても仲間に攻撃するのは嫌でしょ? それはみんな同じだよ」

 まだ不満そうな蓮と春介にとって、その言葉はトドメになった。

 もし失敗したら、殺した者が新たな牛鬼となり暴れる。さすがに誰かを殺す前に止めてくれるだろうが、仲間に攻撃するのも嫌だ。

 それは、蓮と春介だけでなく先輩達も同じである。

「……すみません」

「すみません。お願いします」

 蓮と春介は大人しく引き下がった。


「終わった後の俺の死体は、一週間は見つからぬ場に隠しておいてくれ」

 そう言いながら、朧は牛鬼の前に立つ。

「俺を殺すのか。人間の肩を持つ裏切り者が」

「黄泉軍は、人間と人外の中立組織だ。生者を殺めるならば、生前が人間だろうが人外だろうが関係ない」

 そう訂正しながら、朧は霊棍を取り出す。

 霊力を込めると、黒い摘巻の打刀になった。

「その気はないようだが、最後の警告だ。怪物変化を解け。さもなくば、殺す」

 最後の警告すらも、牛鬼は恫喝で答えた。

「望むところだ‼ 逆に貴様の体を乗っ取ってやる‼ そこの屍霊共も、人間も、皆殺しだ‼」

「できるものなら殺ってみよ。させぬがな」

 打刀を頭上に振りかぶり、振り下ろした。

 ブシャッと、返り血がかかる。

 血と一緒に青白い魂が飛び出て、朧の胸に吸い込まれた。


 静かすぎる刹那の後。


「ッ‼」


 ドクンと、心臓が脈打つ。


「ガ……ッ、ぐぅ……っ‼」

 片手で胸を押さえ、膝をつく。

 それでも、刀は手放さなかった。

 ビリリと、布の破ける音がする。羽織は破れなかったので見えないが、下に着ている着物が裂けたのだろう。

 羽織が不自然に膨れ、襟や裾から蜘蛛の足が顔を見せる。

「朧さ――」

「待て」

 思わず春介が駆け寄ろうとするが、蓮が制した。

 生前から喧嘩をしていた賜物か、身震いするほどの殺気を感じ取っていた。万が一の事も考えて、春介を近づけたくなかったのだ。


 ギロリと、単眼が二人に向けられた。

 刀を引きずるように、朧は立ち上がり、蓮と春介に向く。

『『っ!』』

 蓮と春介他、全員が霊棍を握った。

 じとりと、嫌な汗が背中を伝う。

 まさかとは思うが、牛鬼に負けそうなのだろうか。

 刀がすっと上がり、切っ先が二人に向けられる。


 が、それも一瞬。

「――!」

 朧は、ガタガタと震える打刀の切っ先を自身の腹にあてがい、一気に貫いた。

 怪物変化した牛鬼の憑依を止めるもう一つの方法は、自殺である。

 牛鬼の憑依は、自身を殺した者しか対象にできない。自ら命を絶つ事で、牛鬼の憑依先をなくすのだ。

 刀を抜くと、穴から血が噴き出す。

 どさりと朧は倒れ、ふわりと牛鬼の魂が浮き出てきた。

 蜘蛛の足も縮み、なくなる。


 一人、弄月階級の死徒が近寄り、死亡を確認する。完全に事切れていた。

「ごめんなさい」

 死亡確認をした死徒は、謝罪して朧の瞼を押さえて閉じさせた。

 重い空気に満ちていた。

 いくら蘇生するとはいえ、やはり仲間が死ぬのは辛い。


◆◇◆


 彼らにはまだ葛藤する事があった。

「……朧さん、どうする?」

「獄卒に見られたら、確実に蘇生術だよなぁ」

 朧は死ぬ前「一週間は見つからない場所に死体を隠せ」と言っていた。やはり蘇生術が怖かったのだろう。

 彼らは、蘇生術の苦痛を知っていた。というより、体験済みである。

 朧の気持ちを考えるのであれば、遺言通りに死体を隠した方がいいだろう。

 しかし、戦時中は深刻な人手不足になる事が予想される為、死んでいる暇はない。死者は、速やかに獄卒の元へ運ばなければならない。

 良心と義務。どちらを優先すべきか。


◆◇◆


「《活きよ、活きよ》」

「――‼⁉」

 朧は意識が覚醒した瞬間、全身を耐え難い激痛が走った。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼⁉」

 断末魔の絶叫が響き渡る。

 活きよ活きよとは、蘇生術の詠唱だ。結局春介達は、死徒としての義務を優先したようだ。

 死体隠蔽は良識からくる罪悪感がひどく、また、一週間も隠し通せる自信もないので、現実的ではないと判断しての事である。


(……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい)

 朧を医療隊の元まで運んだ春介は、絶叫と罪悪感からそそくさと逃げるように自分の持ち場に戻っていった。


◆◇◆


 雪音の通信鏡に連絡が入った。

「はい」

『宵雲だ。牛鬼を討伐した。これから現世見廻に戻る』

 宵雲は、朧の苗字だ。

 彼の声は、かなり疲れた様子だった。

「かしこまりました。本当に、お疲れ様です」

『ああ』

 覇気のない声の後、通信が切れた。


 その後、心配した雪音は配給でもらった朝食のおむすび二つのうち一つを半分に割って、朧にあげた。

プロットの作成の為、来週は投稿をお休みします。

七章1話は4月17日に投稿したいと思っております。

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