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 まだ空が暗い時間に、緊急召集がかかった。

 死徒達はあらかじめ渡された地図を持ち、集会室に集まる。


「妖怪が人間界に攻め込みました」

 ついに、戦争が始まってしまったようだ。


「全国のダムが破壊されている為、現世見廻の担当範囲が河川に近い方、もしくは自身の膝より深い位置まで浸水している地域担当の方は、他の方の手伝いをしてください。この時、二、三時間おきに危険が及ばない範囲で水位の確認をお願いします」

 追加情報を伝えた後、雪音は以前にも話していた事確認させるように話す。


「地図上の青い印では医療隊と天使の方々が待機しております。怪我をした際はそちらに向かってください。赤い印は獄卒の方が待機しております。影の中身がいっぱいになった場合、そしてできればあってほしくないのですが、蘇生術が必要な怪我をした時と仲間の死体を発見した場合、そちらに向かってください。足を負傷し、移動が困難になってしまった場合は、通信鏡で連絡を」

『『はい!』』

「以前にもお話ししましたが、花耶さん、灼さんは基本的に一緒に行動してください。花耶さんに任務が入った時、お千代さん、与一郎さん、旭さんの誰かが代理に入ってください」

「「「「「はい!」」」」」


 威勢のいい返事をした後、雪音は束になった札を出した。

「これは、愛梨さんが作ってくれた護符です。術による攻撃を一回だけ防ぐ事ができます。一人一枚あるので、これからお渡しします。貰いそびれてしまった場合は申し出てください」

 愛梨は祓い屋の家で生まれた。そこで作られていた種類の護符だ。一回だけとはいえ、効果は確かである。

「愛梨、ありがとな」

「いいえ! むしろ、もっと作れればよかったのですが……」

「ううん。すごくありがたいよ!」

 愛梨のすぐ近くにいた蓮と千絃が、手短にだが礼を言う。

 これだけで、やりがいと喜びを感じた。

 第三討伐隊でも元先輩である三澤達に作った事があるのだが「消耗品なのにこれだけじゃ足りない」「気が利かない」「普通は一人五十枚は作るべきでしょ」「役立たずなんだからサボっちゃダメじゃん」と言われていたのだ。


「最後に、これは私からのお願いです」

 三人の短いやり取りが終わったのを見計らい、雪音は言った。

「戦が終わった時、誰一人欠ける事なく、ここに戻って来てください。お願いします」

 と、雪音は頭を下げた。


◆◇◆


「じゃあ、福豆爆弾を返すよ。いいかい?」

 春介が灼に確認する。

 防臭袋に入れたそうだが、灼の福豆に対する反応を気にしての事だろう。

「大丈夫!」

 返答すると、春介と花耶は防臭袋に入った福豆爆弾を異空鞄から出した。

 少し灼の眉根が寄るが、以前ほど辛そうではない。この一ヶ月近く、何十回も吐きながら福豆の臭いに鼻を慣らした、苦行の賜物である。


「何だそれ? 豆か?」

「前に話してた、福豆爆弾?」

 そこへ、蓮と愛梨が覗き込んできた。

「おう!」

「そっか。なんか、意外と臭い、大丈夫そうだね」

「死ぬほどキツかったけどな、鼻を慣らした!」

「そうなんだ。頑張ったね」

 愛梨は少し安心したようだった。やはり、福豆爆弾の話を聞いた時は心配だったのだろう。

 ちなみに花耶も、灼の頑張りを誉めているつもりか、背伸びをして頭を撫でていた。

「…………」

 今回も灼は、撫でやすいように少し屈んだ。


「そうそう。愛梨、御札ありがとう」

「ありがとう」

「ありがとな!」

「いえいえ! むしろ、私はこれくらいしかできませんから……」

 愛梨は照れくさそうに顔を赤くして俯いた。


「それで、蓮はどうしたんだい?」

「おう。しばらくは、任務とか、緊急事態じゃねぇ限りはお前らと会えねぇ。運がよくても、配給ん時だけだ。現場行く前に、顔だけでも拝んでからにするかって」

「あぁ」

 春介が納得するかのように頷く。

 灼、愛梨、花耶も不安そうに顔を見合わせた。特に灼は、朔月という階級の為、任務が発生しても会えなくなる。

「そんな不安そうにすんなって」

「そうそう。おれと蓮は殺しても死なないくらいしぶといし、灼は花耶がついてる。千絃は頭がいい上に経験豊富。愛梨も快癒を使える上に立ち位置とか考えられるから」

 そう言いながら、蓮は花耶の、春介は灼と愛梨の頭を撫でた。

「ん」

「分かった」

「はい」

 三人は頷いた。


「あ、皆もう集まってる」

 最後に千絃がやって来た。すると花耶が駆け寄る。

「わっ。花耶、どうしたの?」

 花耶は千絃にむぎゅっと抱きついた。

「ちょっと不安になっちゃったんすよ」

「先程、皆としばらく会えないって話をしていたので」

「花耶は千絃が大好きだからなぁ」

「花耶、今の内に甘えとけ」

「ん」

 花耶は千絃の顔をしっかりと目に焼き付けておこうと、顔を上げた。

 慈愛のこもった、優しい顔があった。

「僕も淋しいけど、大丈夫だよ。花耶がひどい無茶をしなければ、すぐに会えるから」

 そう言いながら、千絃は花耶の背中にあやすように片手を置き、体温を確かめるように頭を撫でた。

「皆も、元気でね」

「お前もな」

 まわりを見回して言うと、蓮が代表して千絃の背中を強めに叩いた。


 そして、彼らはそれぞれの持ち場に解散した。


◆◇◆


「「⁉」」

 町並みが見える位置に出た花耶と灼は、惨状に言葉を失った。

 町が浸水していた。水深は、だいたい一階が沈んで二階にまで到達している。

 洪水から高台や屋根へ逃げ延びた人間もいる。しかし、様々な妖怪に水へ引きずり込まれていた。

 あちらこちらから悲鳴や半狂乱になって助けを呼ぶ声、誰かの名前を呼ぶ叫びが聞こえてくる。

 

「ひでぇ……‼」

 灼はギリギリと拳を握りしめる。

 その隣で花耶も唇を噛んでいたが、口を開いた。

「灼。私達の、担当場所、見てこよ」

「その前に助けに行かねーと!」

「駄目」

 一歩踏み出した灼の手を、花耶は掴んだ。

「何でだよ‼」

 振り返った灼の顔は、怒気で溢れていた。

 それもそうだ。灼は元々、妖怪から大事な人達を守り、救い出す目的で黄泉軍に入った。妖怪に襲われている人々を前にして、見捨てる事などできない。それを止めているのだ。

 しかし、助けに行くには目の前の状況はあまりにも最悪すぎる。


「行ったら、溺死、する」

「!」

 溺死という単語を出すと、灼は顔を強ばらせた。

 自分達の身長よりも二倍近くの水深に速すぎる水流。おまけに水棲や水中を得意とする妖怪がうじゃうじゃといる状況。

 それで助けに行ったら、ミイラ取りがミイラになる。

 もし花耶一人だけだったら、最悪命は自己責任で助けに行ったかもしれない。しかし、後輩の命と目的がかかっている中、助けに行く判断はできなかった。


「で、でも、死徒は死んでも、蘇生、できるんだろ……?」

 先程よりも弱々しく震える声。

 強がってはいるが、やはり死ぬのは恐ろしいのだろう。


「……友達や、家族。助ける、でしょ?」

 花耶は、自分でも最低な事を言ったと思った。

 見たところ、あの中に灼の友人や家族はいないだろう。前に写真を見せてもらったのだ。

 大事な者と、見ず知らずの他人の命。どちらを優先するか、残酷な選択を強いているのだ。

「……ごめん」

「いや。でも、やっぱり悔しいわ」

 死んだら確かに蘇生できる。すぐ蘇生できるよう、獄卒もいる。ただ、やはり時間を使ってしまう。

 死んだ後、獄卒の元へ運んだり、誰かに見つけてもらって蘇生している間に、助けられたかもしれない灼の家族や友人が殺されている事もあるのだ。

 自分達は仏や神ではない。

 できる事には限界があって、諦めきれないものもある。力のない者は、大事な者を助ける為に、誰かを見捨てなくてはならない。

 全てを助けるのは、無理だ。


 二人は助けを呼ぶ声に背を向け、現世見廻の担当場所に向かおうとした時だ。

「……え⁉」

 灼が恨めしげに振り返ると、空に大きな鳥が飛んでいた。それも、背中に人間が乗っていたのだ。

 遠すぎて詠唱までは聞こえなかったが、何かの術を使ったのだろう。

 風の刃が吹き下ろされ、人間を襲っている水妖を殺した。

「……祓い屋。救助に、来た」

「マジで?」

 灼の表情が明るくなった。

 花耶の言うとおり、鳥が家の屋根や高台に降り立ち、避難していた人間を乗せて飛び立った。

「よかったぁ……!」

 灼は鳥を見て胸を撫で下ろしている。

 花耶も、人間が助かった事に安堵した。その一方で、先程まで妖怪のいた水面をじっと見つめていた。

(先に戦争、始めたの、妖怪。戦えない人、襲ったのも、妖怪。殺したのも、妖怪)

 人間から見て、殺されても仕方ない事をしたのは分かっている。

(戦争なんて、嫌い)

 それでも、花耶の心は晴れなかった。

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