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 灼は建物の影で、朧を待っていた。ある事を確かめる為である。

(お、来た来た……♪)

 さっそく来たようだ。

 充分タイミングを見計らい……。

「ばぁっ‼」

 朧の目の前に飛び出した。灼は頭に、竹製の籠を被っていた。

「――っ⁉」

 朧は顔面蒼白になり、全力で逃げた。


(おお! マジだ!)

 灼は、妖怪の弱点について調べていた。その時に読んだ本に、単眼の妖怪は『肌に近い色の網目が大の苦手』と書かれてあった。愛梨にも訊いたところ、本当のようだった。

 そこで、どれくらいの効果があるのか確かめる為に、朧を待ち伏せしていたのだ。

(まさか、朧さんが逃げるほどって……。すげー威力だな!)

 予想外に効果があったようだ。

「……。そうだ!」

 灼はある悪戯を思いついたらしい。

 思いついただけでやめておけばいいのに、それを実行してしまった。


「うぅぅらぁぁめえぇぇしぃぃやあぁぁ」

「――‼‼」

 籠を被った灼から逃げる朧。

 そう。灼の思いついた悪戯とは、籠を被ったまま朧を追いかけ回すというシンプルなもの。

 朧からしてみれば、たまったものではない。

「ひいぃぃ‼」

「た、たた、助けてぇ‼」

「いやぁああああ‼」

 さらに、その光景を見た一つ目小僧や一本ダタラなどの単眼妖怪も、その場から逃げる。中には、腰を抜かしている者もいた。本当に単眼の妖怪共通で弱点のようだ。

「……」

 悲鳴すらあげずに籠頭から逃げていた朧だったが、やがて。

 ――ブチッ。

 何かが切れる音がした。

(んぉ? 止まった?)

 灼は立ち止まった朧に疑問を抱えながらも、トドメとばかりに飛びかかろうとした。


「いい加減にせんかぁッ‼」


 瞬間、朧の回し蹴りが首ティカル(首にクリティカル)ヒットした。


「ゴベェ‼」

 蹴り飛ばされた灼は壁に激突。そのまま意識が消失した。

「…………」

 しかし、まだ朧の怒りが冷めないのだろう。

 血走ったギョロ目は、ピクリとも動かない灼を見下ろす。強ばった指の関節を、ゴキゴキとほぐしていた。


◆◇◆


「花耶ー。おつかれー」

「ん」

 訓練終わり、昼休憩時。春介は花耶に声をかけた。


「今回は戦闘じゃないけど、キツかったねぇ」

「ん」

 今回、花耶達は戦時中に向けた訓練をしていた。内容は、魂に見立てた小さな風船を取りに行ったり、亡者役と追跡役に別れて制限時間以内に亡者役を全員捕まえたりと、現世見廻を想定した物だ。


「私は、危険判断と、協力が、課題」

「そうだね。さすがに、一人で崖を降りてでも風船取りに行こうとしてたのは驚いたなぁ」

 最難関として、崖の下に置かれた風船があった。花耶はそれを一人で取りに行こうとしていたのだ。

 命綱こそつけていたものの、何か不測の自体が起こる可能性がある以上、最低でももう一人は崖の上で待機していた方がいいだろうと、花耶は振り返り思った。

「おれは、やっぱり追跡力かなぁ。亡者役の子をほとんど捕まえられなかったし」

 春介は、体力と力こそあるものの足が遅い。

 走り込みなどで少しでも足を速くするか、投網などの道具を使って捕まえるか、袋小路などに追い込むか。


「灼、大丈夫、かな……?」

「ああ。確か、蕺邸で寝てるんだっけ?」

 この訓練は、灼も参加するはずだった。しかし、灼は蕺邸で休んでおり、不参加だと教官から教わった。

「心配かい?」

「ん」

「じゃあ、ご飯の前にお見舞いに行こうか?」

「行く」

 花耶がこう答えると、二人は蕺邸に向かった。


◆◇◆


「花耶ー! 春介ー!」

 蕺邸の手前で、二人は籠頭に声をかけられた。

「⁉」

「え。灼、どうしたんだい? その頭」

「朧さんに悪戯仕掛けたら、紐で固定された」

 灼は悪戯の内容まで話した。

 朧に蹴り飛ばされ、気がついたら蕺邸の一室にいたのだ。


「無理矢理取ろうとしても顎でつっかえるし、紐もちぎれねーんだよ」

「ああ、もしかしたら鎧草の繊維を使っているのかもしれないね。少し、見せてもらってもいいかい?」

「おう」

 灼は少し上を向き、春介は屈む。紐は白いが、外側の糸をより分けると黒い糸が見えた。やはり鎧草を使っているようだ。

 刃物で切れなくはないが、剃刀並に鋭い刃物で同じ箇所を鋸のように挽いても時間が非常にかかる。さらに、術式で加工された頑丈な物でないと確実に刃毀れしてしまう。

 普通の鋏で切ろうとしても、昼休憩が終わる上に壊れるだろう。


 ならば、解いた方が早い。

「かなり複雑な結び目だなぁ。花耶、これ解ける?」

「やってみる」

 花耶は結び目に手をかけた。

 爪をかけ、くいくいと結び目を緩めようとする。しかし、だんだん爪の付け根が痛くなってきた。

 灼がくすぐったそうにやや俯いたあたりで、花耶は指を離す。

「無理。固い」

 構造上は解けると思ったが、結び目が固すぎたようだ。


「ごめん」

「いやいや大丈夫! 朧さんに謝りに行くんで!」

 灼は言った。これから謝りに行き、外してもらうつもりである。

「それで、今、朧さんどこにいるか知らね?」

「うーん。食堂……。いや、もしかしたら副長の執務室にいるかもしれないなぁ」

「分かった! ありがとう!」

 灼は礼をいい、さっそく朧の執務室に向かおうとした。


「……一人、平気?」

 花耶の質問に、灼はピタリと止まった。脳裏に、振り返った朧のガチギレ顔が思い浮かぶ。

 かっ開いたギョロ目に、険しい表情をした、ガチもんの鬼。

 いくら朧の外見に一ヶ月かけて慣らしたとはいえ、あれは怖すぎる。

「……一緒に来てくれません?」

「ん」

「いいよー」

 灼の謝罪に、花耶と春介は付き添う事にした。


◆◇◆


 朧は自身の執務室の隣、雪音の執務室にいた。

「戦時中の現世見廻の人員配置と、大まかな仮眠の輪番については、こんなものか」

「そうですね。細々とした順番は、現場の方々に話し合ってもらった方が臨機応変に対応できるでしょうし。それと望月階級の出動要請がされた場合、私はこの範囲担当で。朧はこの範囲担当でいいですか?」

「構わぬ」

 広げた地図に、大量の駒を乗せている。その駒にそって、印をつけていった。

 会議で決定した、現世見廻の第一討伐隊の担当範囲の中での人員配置について話し合っていたようだ。高確率で変更はあるだろうが、何も決めていないよりはマシである。


「ところで、灼の事なのだが」

「はい」

「他の隊では怨夢探索要員確保の為、ある程度の実力をつけた朔月はたとえ入隊一年未満でも繊月に昇格しておる。あやつは昇格しなくてよいのか」

「そうですね……。少なくとも、戦時中は朔月のままでいさせますよ」

 と、雪音は答えた。

 朧も、言葉のイントネーション的に疑問形ではないので、彼女の意図は分かっているのだろう。

「確かに灼さんの戦闘技術や身体能力を考慮すると、繊月でも充分やっていけるでしょう。しかし、灼さんが黄泉軍に入ったのは大事な方々を戦火から守り、兵器にされてしまった方々を救い出す為。その目的を果たすのなら、朔月のままの方が都合がいいでしょう?」

 繊月階級になると、怨夢探索や悪霊確保、化穢討伐といった仕事をさせられる。

 大事な者達を助け、守る為に黄泉軍に入ったのに、目的とは関係のない事までさせられたら効率が悪い。


「しかし、その分他の者にも負担がかかるのではないか」

「繊月一人分の仕事くらい、私が抱えますよ。代わりに、あの子には現世見廻を頑張ってもらいましょう」

 現世見廻あたりならば、目的と平行してできるだろう。

「……なるほど。だが、無理はするなよ」

「その言葉、半分ほど貴方にお返ししますよ」

 雪音は苦笑しながら言う。

 二人とも、現在進行形で昼休憩を削って仕事をしている。できる限り、戦争に備えておきたいからだ。

 ただ、さすがに無理をするつもりはない。朝礼でしっかり休むよう部下に話した手前、過労で倒れたら、それこそ何か言われても反論できない。

 この会議も、早めの昼食をとった後にしている。


 コツコツ。

「はい」

 ドアをノックする音が聞こえて、雪音は返事をする。

「煤竹灼です! 朧さんに話があって来ました!」

 最初は、朧の執務室に行ったのだろう。しかし、隣の雪音の執務室から声が聞こえたので、こちらに移動したのだった。


「どうぞ。朧なら、いますよ――どうかしたのですか? その頭」

 入って来た三人の内、灼の籠頭を見て、雪音は目をぱちくりさせた。

「制裁だ」

 代わりに朧が答える。

 灼の籠頭から目を背けていた。よく見ると、冷や汗をかいている。

「えーと……。とりあえず、要件はなんとなく予想できました。何が、あったのですか?」

 雪音の問いに、灼は自分が悪戯を仕掛けた事を話した。


「それで、春介さんと花耶さんが付き添いに来たのですね」

「はい」

 春介の答えにあわせて、花耶もコクリと頷いた。

「あの、朧さん。さっきは本当に、すみませんでしたっ!」

 灼は頭を下げる。

 朧はちらりとその様子を見たが、すぐに目を反らした。

「二度とするな」

「……はい」

 朧の態度に、灼は籠の外からでも分かるくらいにしょんぼりとしている。花耶と春介も、緊張感と戸惑いを隠せないようだった。


「大丈夫ですよ。朧のこの態度は、籠が怖いだけですから」

 代わりに、雪音がやんわりと言う。

「その証拠に、少し手が震えています」

「あ、本当ですね」

「言うな。春介も見るな」

 声も、若干震えていた。


「そうそう! この籠、取ってください! お願いします!」

「お願い、します」

 怒っていないと分かった灼は、籠の縁を掴んで頼んだ。花耶も、ぺこんと頭を下げる。

 朧の顔は強ばった。

(怖いなら、こんな制裁はしなければよかったと思うのですが……)

 雪音はそんな事を思いながら、朧に言う。

「私からもお願いします。朧の事ですから、特殊な結び方で固く結わえてしまったのでしょう? おそらく、朧くらいにしか解けませんよ」

 こう言われた朧は、深い溜め息をつきながら立ち上がり、できる限り籠を見ないようにして近寄り、膝立ちになった。

「顔を上げろ」

 朧に促され、灼は顔を上げる。

 露になった結び目に手をかけると、すぐに解けた。

「はぁあー。やっと取れたー!」

 籠を外すと、心底ほっとした灼の顔が出てきた。

 花耶は精一杯背伸びし、灼の頭をさわさわ撫でた。

「……」

 撫で辛そうだったので、灼は少し屈んだ。


「ありがとうございます」

「あ! ありがとうございます!」

「ありがとう、ございます」

 春介に続けて、灼と花耶は礼を言った。

「うむ」

 朧は紐を八の字に巻いてまとめ、異空鞄にしまった。

「でも、二度とこんな事はしないであげてくださいね。単眼の方々からすると、大きな鋸を振り回す狂人に追いかけられるのと同じくらい恐ろしいらしいので」

「はい。本当に、すみませんでした」

 恐怖の度合いを教えられて、灼は再び朧に謝った。


「あ、それと花耶さん」

「はい」

「明日の朝礼の後でもお話しすると思いますが、戦時中の現世見廻は、できる限り灼さんと行動してくださいね」

「分かりました」

 花耶は嗅覚以外の感覚が非常に鋭い。灼の補助に適任と考えた人選だった。

 彼女に任務が入った時の代理も考えてある。その事も含めて、明日の朝礼後に詳しく話すつもりである。

「そして、灼さん」

「! はい?」

「兵器から正気に戻した方々ですが、支部長に相談したところ、危険のない範囲で黄泉軍のお手伝いをしてくれるのなら、戦後半年までは衣食住を保証する事が決まりましたよ」

 雪音の言葉に、灼は表情を輝かせた。

「マジっすか⁉ よっしゃあ!」

 救出した後、どこに匿うか等、悩んでいたのだ。少しでも人手を確保したい黄泉軍からしても、渡りに船だった。

「よかったねぇ」

「後は、助けるだけ」

「おう!」

プロットの作成の為、来週は投稿をお休みします。

六章1話は2月27日に投稿したいと思っております。

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