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資料室は歴史書や、開発隊の研究論文とレポート、術に関する書物等が保管されている。
ほとんどが、これからの仕事で参考になりそうな、真面目な物ばかり。だが、小説や画集、趣味に関するハウツー本等の娯楽系書籍が纏められた区画もある。
紛失防止の為に資料等は貸し出し不可だが、娯楽系書籍のみ貸し出し可能だった。
さらにテーブルと椅子もあり、壁には『サボり禁止! 娯楽書籍コーナーは昼休憩のみ解放しています』と書かれたポスターが貼られてある。内部は図書室のようにも見えた。
ちらほらと、読書している者達がいる。彼らのほぼ全員が読んでいるのは、過去に起きた戦争に関する資料だった。開戦に備えて、仕事時の危険やその対処法等を調べているのだろう。
そんな中で、灼は妖怪図鑑を読んでいた。眉をひそめながらも、内容の一部をノートに書き写している。
愛梨から教わったノートのとり方を実践しているようだ。前と比べて、かなり見やすいまとめ方だった。
「あれ? 灼」
「!」
声をかけられて、振り返った。愛梨と花耶がいた。
「んぉ。花耶、愛梨、ちょうどよかった!」
灼は、いつもより控えめながらも、いつも通りの弾んだ声で言った。
「ちょっと質問があるんだよ」
「ん? 何?」
意外そうにしながらも、愛梨は灼の読んでいる妖怪図鑑に目をやる。
「ここにさ『単眼の妖怪は飴色などの肌の色に近い籠や笊みたいな網目が大の苦手』ってあるけど、マジ?」
「うん。マジだよ」
「マジでかぁ。すげー意外」
単眼の妖怪、ということは、朧にも効くという事だ。ただ、籠や笊に負ける朧など、全く想像できなかった。
「それにしても、珍しいね。妖怪の勉強?」
「おう! 主に弱点について。お前らは?」
「少し時間が空いたから、第二次世界大戦について調べようと思って」
「そっか。その時、すげー忙しかったらしいもんな」
愛梨と灼が話している横で、花耶は妖怪図鑑を覗きこんだ。
「ご家族と、友達、守る為?」
「そう。たぶん、自衛隊とか祓い屋とかが保護してくれるかもしれないけど、もしかしたら近くにいなかったりとかするかもじゃん? 大怪我負わせるのはダメらしいけど、せめて撃退できたらなって」
最優先の目的は、兵器にされた者達の解放。だが、家族やクラスメート、友人達も戦火から守りたいと、灼は思っている。
人間である為、守ってくれる組織はあるだろう。「仕事の合間に余裕があったらでいいから」と、第一討伐隊士や他の隊の友人にも助けて欲しいと頼んである。しかし、万が一が起こる可能性もある。
さすがに犠牲者ゼロは無理かもしれない。しかし、少なくとも自分の目の前で大事な者達を死なせたくないのだ。
「それに兵器化した奴らの方は、そのままだとオレあまり役に立ちそうにねーなって」
対処法はもう分かった。彼らの首に取り付けられている縄枷の、縄の部分を切るだけである。協力も、とりあえず花耶から教わった者達全員に頼み込んで味方につけた。
ただ、灼自身が彼らを救出するには、そのままでは難易度が高すぎる。
相手と同じ程度の怪力しか持っていない、細かい動作には不向きな武器、攻撃や異能の技術を磨くには短すぎる時間。
開戦したら、間違いなく足手まといになる。人任せにした方が、妖怪にされた者達を安全に助けられる。
しかし、それでも自分に何かできないか探していた。
「それでさ、鬼を弱体化させる食べ物も見つけたんだよ。福豆ってやつ」
「え。福豆?」
愛梨は耳を疑い、訊き返した。
「おう! 作り方もすげー簡単で、臭いだけでえぐいくらい効果があるんだって。破れやすい袋かなんかに入れて、福豆爆弾とか作れば不意討ちで使えそうだろ?」
灼は得意げな顔だ。ある事に、気づいていないのだろうか。
「灼にも効くよ。それ」
「気合いで耐える!」
気づいてはいたが、精神力で耐える気のようだ。
(耐えられる、かなぁ……? いや、慣れればワンチャン……)
福豆は、鬼にしか効かない食べ物である。その為、人間や他の種族では全くその威力を想像できない。夜行等、混血種族ならば多少は分かるかもしれないが、その威力はだいぶ不快ではあるものの、我慢できる程度。
火鬼になった後で福豆に触れた事すらない灼も、鬼にとっての福豆の威力は全く想像できなかった。
(……一応、千絃に、福豆、訊いておこう……)
さすがに根性論は不安だったのか、花耶はこう思った。
後に千絃に尋ねたところ、致死性こそないものの、直に触れると蘇生術に負けず劣らずの激痛。食べれば一週間ほど腹痛で寝込む。臭いだけでシュールストレミング並の威力を発揮するらしい。
後日、花耶はやめた方がいいと忠告しようと思ったが、灼のやる気に何も言えなくなった。せめて、何かあっても何かしらの対応ができるように福豆作りを手伝う事にした。
◆◇◆
福豆とは、神棚に一日以上お供えした煎り大豆である。
もし神棚がない場合、神社や寺でも同様の効果がある。
普通の豆では、鬼には全く効かない。しかし、一日だけでも神気に触れた豆は、鬼を殺す事はできないものの撃退、弱体化には絶大すぎる効果を発揮する。
「うっぷ……」
その証拠に、先程までは元気だったはずの灼は、鳥居から転移して豆をお供えした神社に着いた瞬間、強烈な臭いによる吐き気に襲われた。
「灼、平気……? 少し、休む……?」
花耶の心配そうな声に、灼は小さく頷いた。
「じゃあ、あの辺りがいいかな」
灼が倒れた時の運搬と介護要員として一緒に来ていた春介が、よたよた歩きの灼を福豆から離れるように誘導する。
その間に花耶は、福豆爆弾が野生動物等に食い荒らされないよう、見張りを頼んでいた友達のカラスに礼を言い、小さな団子状のドーナツをあげた。
三重にした防臭袋に福豆爆弾を入れて、異空鞄に押し込む。
「お゛ええぇ」
灼は吐いてしまったようだ。ちなみに、階段にはかからないように近くの茂みに吐いていた。
春介が異空鞄から、水の入った瓶を取り出している。吐き気が落ち着いてきた灼に瓶を渡し、口をゆすぐように言っていた。
(……臭い、平気、かな……?)
防臭袋を三重にして異空鞄にしまったので、もう大丈夫だとは思う。しかし、灼があまりにも気分悪そうなので、近寄りがたかった。
「花耶ー。福豆はしまったかい?」
「ん」
花耶は大きめの動作で頷いた。
春介は、灼に臭いは大丈夫かどうか訊き、再び振り返る。
「臭いはもう大丈夫らしいよー」
そう言われて、花耶は二人の元へ駆け寄った。
「とりあえず、福豆はおれと花耶で保管して、開戦したら灼に返すってのはどうだい?」
「ん」
花耶はこくりと了承した。
「いや、オレが保管する!」
しかし、灼は拒否した。
「だけど、さっきかなり具合悪そうだったじゃないか」
「無理、しないで」
春介と花耶は心配そうにしているが、灼は大きく顔を横に振った。
「確かに死ぬほど気持ち悪かったけど、せめて臭いに慣れねーと使った瞬間オレもダウンしちまうよ!」
「うーん。それもそうなんだけど……。これ全部を自分で管理できるかい?」
「う……」
話し合いの結果、三人で分けて保管し、開戦したら灼に返すという事になった。
二十一個あったので、七個ずつに分け、灼のは防臭袋を三重にして入れた状態で異空鞄にしまった。
防臭袋に入れていても顔をしかめていたが、吐いていない分、多少は臭いがマシになったようだ。
後日。
灼 「花耶ー。なんかカラスから酔い止めもらったんだけど」
花耶「……たぶん、吐いてたから、心配、したのかと」




