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「あ! いたいた! 花耶ー! 千絃ー!」

 灼は、廊下で話していた花耶と千絃に駆け寄った。

「灼」

「どうしたの?」

「ちょっと、見てほしいのがあるんだよ」

 そう言いながら、灼は二人にある写真のコピーを何枚か見せた。

 灼では城の中に潜入して、手がかりを掴む事は難しい。よって、専門家である諜報隊士が調べた物だ。黄泉軍の外部にはもらさない約束で、死後にできた友人から融通してもらったのである。

 数ヶ月ほどかかったが、やっと手に入ったのだ。

 そこには、洋服を着た火鬼がいた。中には、学生服を着ている者もいる。写っている火鬼達の首には、木製の札が縄で括りつけられていた。木の札には、黒い模様が描かれている。


「こいつら全員、兵器化された奴なんだよ。全員、眠そうな表情していて、もう操られてるっぽいし……。この首輪? みたいなのが怪しいと思うんだけど、何の道具か、わかんねーかなって」

「これ、隷属(れいぞく)縄枷(なわかせ)だね」

 あまりよくない物なのか、千絃は眉根を寄せた。

「なれる系に出てくる、奴隷がつける首輪みたいなものっすか?」

 なれる系とは、『小説家になれる』というサイトに投稿されている小説、もしくは投稿された小説が原作のアニメや漫画等である。ちなみに現在は、チート能力を持った主人公が理不尽に追放された後に無双する、いわゆるざまぁ系という物語が流行っている。

「え……」

 灼の発言に千絃はドン引きし、花耶を背に隠しつつ、少し離れた。


「え、どうしたんすか?」

「いや、これ、死罪になるほどの凶悪な罪人、それもかなり身分の低い人か、武士とかの高い身分にありながら脱獄しようとした人に取り付ける呪具だよ。同じ物じゃなくても、奴隷に首輪つけるって……」

 妖怪の世界にも、奴隷は存在する。確かに人身売買と代わりはないが、貧困による餓死を免れる為のセーフティネット的な意味合いが強い。

 その為、市民権はなく金銭的な報酬こそ正規の労働者と比べてものすごく低いが、食事や寝床などは奴隷になる前よりも良い物を得られるメリットもある。

 奴隷の才能に気がついて教育を受けさせる家もある。商人に買われた奴隷ならば、最低でも文字の読み書き、いいところの者だと簡単な数学の知識まで持つ者がいる。

 さらに、主に自分を買った金額と同じだけの金を払えば、奴隷という身分から解放される。

 最低限の人権は認められており、首輪をつけるなど、罪人や畜生のような扱いは、まず受けない。


「いや、創作っすからね⁉」

「そ、そうだよね! さすがに現実ではないよね!」

 本音は、たとえ創作でも、そんな物が流行っている事に忌避感は拭えない。しかし、妖怪やモンスター、人間では文化やそれに伴う娯楽物の好みが違うと、無理矢理自分を納得させる千絃だった。


(それにしても……)

 身分の低い死刑囚につける首輪……。

(こいつら、むしろ被害者じゃんか! なのにこんなんつけて犯罪者扱いなんて。本当に妖怪は、一部の例外除いてクズばっかりだ!)

 灼の持っている写真に、くしゃりとシワがよった。


「花耶は首輪以外に気づいた事、あるか?」

 と、灼が質問する。

 カードゲームで遊んだ時に気がついたが、花耶はよく小さな事に気がつく。首輪以外に何かされている可能性も考えて、花耶に見てもらう事にしたのだ。

「…………」

 花耶はじーっと写真を見つめる。

「んん」

 しかし、首を横に振った。

「ごめん」

 何も見つけられなかった事への謝罪だろう。しかし灼は、力強く答えた。

「いや。大丈夫! むしろ、これでなんとかしねーとなのは首輪だけって分かったから」

 灼はぐりぐりと花耶の頭を撫でた。

 髪がボサボサになったので、結わえ直した。


「とりあえず、この変な模様の木の板を壊せば、こいつら助けられますか?」

「いや、それは絶対にやっちゃ駄目」

 千絃は即答した。

「確かに木の札を壊すと、意識は戻るよ。でも、その瞬間に縄が縮んで、首が締まって死ぬから」

 千絃の説明に、灼の顔は真っ青になった。

 死刑囚に取り付ける目的の呪具なだけあって、悪い意味でさすがと言うべきか。抜け目がない。

「縄を切ったりして外した方が、安全に正気に戻せる。問題は、首に重大な傷を負わせずに外す事だね」

「首……」

 首には、神経や動脈、気管に食道が集まっている。もし刃物を使って目測を誤り、首に深い傷を負わせてしまったら……。


「取り押さえて縄を引きちぎるのはどうっすか?」

「相手、鬼だよ? 灼と同じくらいの怪力持ってるはず」

 鬼は、全力を出せば素手で岩を割ったり、大木の幹をへし折って振り回すくらいの怪力を持っている。

 同じくらいの怪力を持っている灼ならば、暴れる相手を取り押さえるくらいならばなんとかできるだろう。

 しかし、その上で縄を引きちぎる余裕はあるだろうか。

 灼は朔月。現世見廻では繊月以上の人物と二人一組で行動でき、協力してくれる人物もいるだろう。灼が取り押さえて、相方が縄を切るというやり方ならば確実かつ安全だ。

 しかしこれは、相手が単体の場合。複数人で行動していたら、とてもそんな余裕はない。


「じ、じゃあ縄を焼くのは……?」

 まだ温度調節に不安こそあるものの、千絃に基礎を教えてもらい、愛梨や春介監督の下で訓練してきた。さらに、兵器化された者達は自分と同じ火鬼。火によるダメージは大きく軽減される。

 時間こそ多少はかかるが、ギリギリ火傷を負わない温度で縄だけを焼くという案は、一度に複数人の縄を焼き切れる分、先程の案よりはかなり効率がいいはずだ。


「縄の素材でよく使われる藁や麻の引火温度は分からないから木綿を例に出すけど、木綿の引火温度は二百三十から二百六十度。対して火鬼が火傷を負う温度は二百三十二度。つまり二百三十一度までは大丈夫と考えるとして、動きまわる相手の首めがけて、誤差一度以内で調節した火を当てられる?」

「……全然自信ないっす……」

 もし少しでも温度調整をミスったら、相手の首が燃える。

 しかも千絃が言ったのは、少しでも灼にとって都合がいい条件の場合。下手すると火鬼が火傷を負う温度よりも高い温度でないと縄枷が燃えない可能性もある。

 もし灼に技術があれば、縄だけを燃やすのは最適なやり方だった。しかしもう時間がわずかしかない。技術を磨きあげるには時間が足りない。


(オレ何で何ヵ月も意地張り続けてたんだよ! その間にもっと色々できたかもしんねーのに‼)

 灼は、先月までの妖怪差別をしていた自分を助走つけて蹴り飛ばしたくなった。


「あの……」

 花耶は控えめに手を上げ、声をかけた。

「私、できる。首、斬らないで、縄、切るの」

「んぇ、マジ?」

「ん」

 花耶はこくりと頷いた。

 花耶は、素の攻撃が非常に軽い。それを補う為に、手数や急所を的確に狙える技術を磨いた。

 寸分違わず同じ箇所に斬撃を当てられるほどの正確さもある。一撃で首に巻かれた縄だけを切るくらいならば、造作もない。


「確かに花耶なら余裕だけど、相手は炎を使ってくるだろうし、大丈夫? 一回でも当たったら、花耶じゃあ動けなくなるかもしれないよ」

「避ければ、平気」

 体が小さく、動きも素早い。攻撃する側からすれば、この上なく当てにくい的だ。相手の攻撃を掻い潜って接敵する事も、花耶からしてみれば難しくはない。


「同じくらい、技術、持ってる人達、いる。訓練で、見た」

 花耶が言うと、灼は表情を輝かせた。

「本当かっ! じゃあ、紹介して!」

 灼が頼むと、花耶は俯いた。

「……ごめん。見ただけで、ほとんどの人、知り合いじゃ、ない……」

 花耶の交遊関係は、第一討伐隊の外だと一気に狭くなる。ゼロと言ってもいい。

 おまけに人見知りで、声などかけられるはずがなかった。手合わせなどで話しかけられた事はあるが、手合わせ後の礼を言うくらい。親しくなる以前に、ほとんど会話した事がない。

 ちなみに、花耶と同じくらいの技術を持っている人物の中で、数人ほど知り合いがいる。第一討伐隊の先輩達数人と朧、雪音である。

「じゃあ誰なのか教えてくれ!」

「ん。分かった」

 花耶は了承した。


 後で灼はこう思った。

(……あれ? オレ、当日あまり役にたたなくね?)

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