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灼、千絃、愛梨は術式訓練室に来ていた。灼の霊力の使い方に関する訓練の為である。
「あのー、こんな室内じゃ危なくないすか?」
灼は不安そうに訊く。
最近、火鬼の異能を使ってみたのだが、火加減を間違えて、灼自身が火柱になった。幸い、派手に燃えた為発見が早く、しかも気絶した瞬間に炎も消えたので被害は小火程度。怪我も全身火傷程度で、快癒による治療のみで済んだ。
黄泉軍に入った直後、妖怪への差別から自分の異能も全く使わなかった。その為、使用する霊力の調整が全くできなかったのだ。妖怪差別のツケが、今になって回ってきたのである。
「この中なら大丈夫だよ」
「訓練室の壁には術式が組み込まれていて、術が暴発しても室内にいる人は障壁で守られるし、術で使った霊力は障壁として使った分として吸収、貯蓄されるの」
千絃が答え、愛梨が説明する。
(完全にファンタジーな世界じゃんか! 現実にこんなのあるんだなぁ)
灼は物珍しそうにキョロキョロ見まわした。
「でも、念のためこれ着て」
そう言いながら千絃は、火鼠の皮衣を渡した。
「これ、なんすか?」
「火鼠の皮衣。耐火遮熱、それと消火機能もある羽織だよ」
「かぐや姫でお馴染みのやつっすね」
さっそく袖を通すが、毛皮のコートと着心地は変わらない。
(……なんか、むしろすげーよく燃えそうな気が……)
不安そうにしている灼の横で、愛梨は目を丸くさせていた。
「よく借りられましたね? 枚数、少ないのに……」
「普段、何かあったら毛衣で済ましてるらしいから。ただ、使う時になったら通信鏡で連絡くるから、速やかに返してねって言われた」
皮衣は性能に見合う高価な代物で、さすがに何十枚も買い揃えられない。任務に出動する死徒の全員に貸し与えるには枚数が足りない事もある。さらに普通の火事ならば毛衣で事足りる。使用頻度自体が少ないのだ。
「だから、今日はかなり厳しくするよ」
「は、はい」
厳しくする、と言われた灼の脳裏にガチギレした千絃の姿が浮かぶ。
あれは、本気で怖かった。
「まず、炎を出すのはできるんだよね?」
「はい」
灼は頷く。
火柱になった時、穢憑きだった時の感覚を思い出しながら炎を出した。結果、出力の加減を間違えた。
「じゃあ、実践は問題なさそうだね。一応、霊力についての知識もどれくらいあるか知りたいから、ノート出して?」
「う゛っ」
化穢や穢憑き、怨霊や悪霊など、黄泉軍で働く上で必要な事は座学で学ぶ。術についても、いきなり実践に移すと危ないので、基礎をしっかりと勉強する。
灼も例外なく、そういった座学には出席していた。ノートもある。昨日、持ってくるように言われたから。
しかし、見せたくない理由があった。
「……どうしても見せないとダメっすか?」
「駄目」
「汚いっすよ?」
「字が汚い程度、気にしないよ。僕も文字を覚えたばかりの頃はそうだったし」
(いや、確かに字も汚いんだけど、ノート自体も汚れてるっていうか……)
それでもまだ見せる気の見えない灼。
「すでに理解してるとこまで教えると二度手間になるし、それなら実践の方に時間を割きたい。それに、間違えて覚えてるところもあるかもしれないでしょ?」
「……」
灼は反論できなかった。
しかも、千絃の言葉の節々に申し訳ないほどの真剣みを感じられた。
(いや、でもそれであのノート見せんのもなぁ……)
まだ躊躇っている灼に、愛梨がこう言った。
「灼、見せた方がいいと思うよ。灼の異能って、うまく使えるようになったら炎の壁とか作れそうでしょ? 妖怪から大事な人達を逃がすのに使えそうだし、目眩ましにもなりそうだよ。でも、うまく使えないと大事な人達にも被害が出るかもしれない。うまく使うには、正しい知識も練習時間の量も大事だと思う」
「うぅ……」
トドメと言わんばかりの正論を突きつけられて、灼は観念した。
異空鞄からノートを出し、千絃に渡す。
千絃はノートを受け取り、開いた。
「…………」
真顔になった。
字は汚く、ノートのまとめ方は下手だが、最初はちゃんと書いてある。
しかし、真ん中あたりでだんだん雑になり、最後はもう解読不能な、くねった線。さらにページの一部が、濡れたのを乾かしたかのようによれている。
これは……。
「もしかして、座学中に寝落ちした?」
「……だから見せたくねーって言ったのに……」
「「なんか、ごめん」」
かろうじて書かれてある部分を見ても、知識はほぼゼロと言ってもいいだろう。実践の前に、口頭だけでも霊力について教えておいた方がよさそうだ。
「実践に移る前に、霊力について話すね」
「…………」
授業は苦手なのか、灼は顔をしかめた。
「寝落ちしたら妖術で強化した平手くらわすから」
「ひゃい!」
さすがにヤバそうだと思い、表情を引き締める灼だった。
「まず、霊力は魂から生み出され、全身に循環している力の事だよ。生者の場合、生命エネルギーとして肉体の隅々まで霊力が行き渡るように管が張り巡らされている。この管が霊脈、体外に出ると魂の緒って呼ぶんだ」
「じゃあ、人間にも霊力ってあるんすか?」
「そう。人間だけじゃなくて、魂を持つ一部の動物、霊獣もね」
質問に答えた後、妖力、魔力について話し始める。
「人外は先天的に、魂と霊脈が霊膜っていう膜で包まれている。この膜を透過する事でより効率的かつ使い勝手のいい力に変わる。これが妖力、魔力って呼ばれているんだよ」
「人間にはないんすか?」
「基本的にはないんだけど、遠い先祖の一人に人外がいる場合は不完全に持っている人もいるよ」
「祓い屋を営んでいる人のだいたい半分くらいはその不完全な霊膜を持ってるの」
「んじゃ愛梨も?」
愛梨が教えると、灼はこう訊いてきた。
「いや、私の家は違くて……。修行して霊力を増やしたり、稼業では道具を使ったりしてた」
愛梨が答えている間に、千絃は片手に手袋をはめ、異空鞄から小さな巾着を取り出し、言った。
「じゃあ、次は、灼の霊力の強さを調べながら妖力、魔力、霊力の違いについて。ちょっと手、出して」
「はい!」
灼が手を出すと、千絃は巾着を逆さにした。中からころりと、ガラスのように透明な石が転がり落ちる。
「光ったっ!」
灼の手の平に乗ると、ほのかに赤く光った。
「霊調石ですか?」
「れいちょうせき?」
目を丸くする愛梨に、小首を傾げる灼。
「その人が持っている霊力の質と強さを調べる鉱石なの。人外界でしか採れないから、私も実物見るのは初めてなんだけど」
愛梨が説明すると、千絃は頷きながら説明する。
「妖力は、妖術の術式にしか反応しなくて、この霊調石の色が赤く光る。魔力は、魔術の術式にしか反応しなくて、霊調石の発光色は青。霊力は、妖術と魔術の術式両方に反応して、発光色は白。ついでに、光が強ければ強いほど霊力が強いって事になるね」
「じゃあ、この光だとどれくらいなんすか?」
「妖怪としては、平均より下」
ばっさりと言われて、項垂れた。
しかし同時に、ある好奇心がわいてきた。
「なぁなぁ! 愛梨と千絃って、どれくらい霊力持ってるんだ?」
「うーん……。私はそこそこだと思う。ちょっと石、かして?」
「ほい」
愛梨が受けとると、霊調石はやや強い光を放った。光の色は白だ。
「これだと、そこそこなんてものじゃないね」
「え、そうなんですか⁉」
愛梨は驚いた。
「うん。人間としてはかなり、妖怪の平均と比べても、少し強いくらいだよ。生前の修行、頑張ったんだね」
「えへへ……」
愛梨は嬉しそうに照れた。灼は「いいなぁ」と羨ましそうである。
「ところで、千絃は?」
「ところで、千絃先輩は?」
「いや。僕のはやめた方がいいよ」
二人が声を揃えて訊いてくるのに対し、千絃は測定拒否した。
「灼、羽交い締め」
「イェスマム!」
愛梨がポ○モントレー○ーのように命じると、灼は素早く千絃の背後をとった。
「え⁉ ちょ、やめ――! くっ! やっぱり灼、力強すぎる……‼ チビの癖に」
「チビじゃねぇーよ‼」
千絃はもがくものの、鬼の怪力の前では無駄な抵抗だった。
「《筋力強化》」
その間に愛梨は、ゆっくりと手袋をしていない方の指を一本ずつ開かせる。
「待って‼ ここで補助妖術使うの⁉」
「すみません。好奇心には勝てませんでした!」
千絃に謝罪しつつ手を開かせ、その手の平に霊調石を置いた。
「「「ア゛ッ――⁉」」」
瞬間、暴力的なまでに赤い光が三人の視力を殴り飛ばした。
視力が戻るまでの間、三人は目を押さえて訓練室内を転げ回った。
◆◇◆
「だから、やめた方がいいって、言ったでしょ?」
「「ごめんなさーい」」
三人はあまりにも強すぎる赤い光で眼球が逝った。四、五十秒ほどで治ったが。
視力が戻った後、千絃は取りこぼした霊調石を手袋をしてある方の手で拾い、巾着に入れて異空鞄にしまう。
「霊力、妖力、魔力は基本的に無属性なんだけど、種族によっては炎、水、晶、樹、雷、風、光、闇の八種類の内、どれかの属性を帯びている人もいる。僕の雷とか、灼の炎みたいにね」
「花耶は光属性なのか? なんかこう……ピカーって光ってた」
「いや、花耶のは違うよ。あれは魂の質みたいなものだから、転生した後にも受け継がれる。他のは術式で変換できるんだけど、祓穢には変換できない」
普通の属性は、術式により変換可能。例えば、灼のような炎属性でも専用の術式を使えば水や雷の妖術を使える。しかし、花耶のような祓穢に変えられない。
「それと、光と闇以外の属性には相性があってね。炎は樹に強くて水には弱い。風との相性が抜群だよ」
(あ、これ覚えておいた方がいいかも)
炎は水に弱く植物には強い。風と相性がいい。灼はしっかりと頭に叩き込んでおいた。
「ちなみに、属性のついた妖力や魔力は異能にも関わってくる事がある。火鬼の異能は創焔だよ」
「あ! ちょっと名前かっこいいっすね!」
「効果は火を発生させる。大きさや範囲、温度調節も可能。それに伴って炎属性の攻撃の威力大幅増大、あと受ける炎のダメージ減少」
「……無効化じゃないんすね……」
頭が悪いほどに火力馬鹿すぎて、使い勝手の悪い異能のようだ。せめて、炎属性無効ならば恐ろしく強い異能になりそうだが……。
「ま、まぁ……。格好いい必殺技っぽく使えるかもだし、ダメージ減少してても全身火傷するほどの威力出せるってことだし、ね? 強力な異能だと思うよ?」
「愛梨ー。最後、フォローんなってねーよー」
「そんな風に、諸刃の剣みたいな異能だから、まずは炎をうまく操作できるようにしよう」
そう言いながら、まず千絃が手本を見せる事にした。
手を出すと、霊力が染み出て、野球ボールの大きさに凝縮される。亡者、人外、霊視能力持ちの人間でないと見えない、霊力の動きだ。
(いつ見ても、なんか不思議だなぁ)
なんてぼんやり見ていると、 密度が一定になった瞬間、野球ボールがバチバチと雷の玉になった。
「んぉ⁉」
灼は思わず、身をのけぞらせる。
「とりあえず、これで自分の手が火傷しない程度を目指そう」
「火傷したら私が治すから、その都度言ってね」
「はい!」
さっそく、自分の手の平に霊力を集中させ、火の玉を出そうとした。
イメージは、野球ボールと同じくらいの大きさの火の玉が浮いているような……。
一瞬で超特大火球になった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア⁉」
手の平からジュッという音がした上に驚きすぎて、放り投げてしまった。
おそらく、生成された一瞬後に灼の手の平と火の玉の間に障壁が張られた為、分離されたのだろう。
火だるまになっていないあたり、皮衣の効果は発されたようだ。
「ちょ、投げるな‼」
「ッ‼」
暴投の先にいた愛梨は、悲鳴すらあげられず身を固めてしまった。
確実に人間一人を飲み込める大きさの火の玉が、迫る。
バシュッ。
ギリギリで障壁が張られ。火の玉は消滅した。
「こ、怖かった……。マジで死ぬかと思った……」
「ごめん……」
いくらいざという時に障壁が発動すると分かっているとはいえ、人一人は余裕で包み込めるような大きさの火球が飛んで来るのだ。
よほど豪胆な者でない限り、恐怖でしかない。
「愛梨。快癒したら念の為、壁際に避難してて」
「はい……」
灼の手の平を快癒で治した後、愛梨は千絃の言われた通りに壁際に寄った。
「それと灼。さっきみたいに一気に霊力を出すんじゃなくて、本当に少しだけ。まずは外枠を形作るような感じでやってみな」
「はい!」
灼は反省点をふまえ、もう一回自分の手の平に集中する。
(えっと、さっきよりもずっと少なく……)
先程の感覚を思い出し、出力を調整した。
◆◇◆
その後、休憩を挟みながら千絃のアドバイスを聞きつつ数時間ほど火の玉を作った。
だんだん放り投げられる火球が小さくなり、やがて飛ばされる事はなくなった。
「や、やった! めっちゃ熱いけどなんとかできた!」
最終的に、灼の手の平にバスケットボールとほぼ同じ大きさの火球をのせられるようになった。
温度も、長時間持つと火傷を負うが短時間ならばかろうじて我慢できる程度の熱さに抑えられていた。障壁も出ていない。
「おめでとぉ~。灼ぉ~」
「本当にお手数おかけしました!」
快癒の使いすぎと壁と灼の近くへの往復で、愛梨はへろへろだった。
「最初とは見違えるくらいの出来だね。よく頑張った」
「本当にすいませんっした!」
灼の炎が近くを掠めたのか、千絃の髪の毛先、一部が焦げて縮れていた。どうやら、直撃でないと障壁は発動しないようだ。
「とりあえず、纏霊刃はもう少し炎の大きさを小さくできるようになってから、蓮が教えるからね。それまでは反復練習を中心に。でも、念の為、春介か愛梨みたいに快癒を使える人と一緒にやってね」
「はい!」
灼は勢いよく頷くと、改めて自分の炎を見つめた。
(これで、少しでも大事な奴らを守れるといいな)
霊調石の光で転げ回っている三人。
灼 「目がぁ⁉ 目がああああああアアアアアアアアアア‼」
愛梨「い゛ぃっだぃ⁉ 目があああああアアアアアアアア‼」
千絃「だから言ったでしょもおおおおおおおおおおおおお‼」




