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 一週間の入院期間で、花耶は蘇生した。

「花耶、大丈夫? 首が痛いとか、ない?」

 見舞いに来ていた千絃が訊いてくる。愛梨もその横で心配そうにしていた。

「ん。平気」

 花耶の返答に、千絃は心配顔を緩めた。

 よほど心配させたのだろう。平然装ってはいるが、千絃の目元が赤くなっていた。

「……ごめん」

「花耶は悪くないよ。友達を助けようとしただけなんだから」

「私の方こそ、すみません。迷惑をかけた上に、こんな怪我を……」

「愛梨も、みんなが言っている通り悪くないって。悪いのは、往生際悪く足掻いていたあの醜女共だから」

 千絃は花耶と愛梨の頭をさらさら撫でながら慰める。

 愛梨は「ありがとうございます」と言う。


「愛梨、平気? 灼は?」

「灼も私も軽傷だったので、大丈夫です。検査もして後遺症もありませんでした」

「そう……。よかった」

 溜め息が出るほど安堵した。

「花耶先輩が守ってくれたんですよね。本当に、ありがとうございます」

 愛梨は頭を下げるが、花耶は首を横に振った。

「私だけじゃ、助けられ、なかった」

 心臓が、ぎゅうと締め上げられるような感覚がする。

(私は、まだ、弱い)

 今よりもっともっと強くならなければ。何倍も強くならなければ。

(今の、ままじゃ、大事な人達、守れない)


◆◇◆


「いやぁ、まさかこの短期間にまた入院するとは……」

 職場復帰した花耶は、同じ隊の先輩達に呆れられた。

「花耶さぁ、なんかたちの悪い呪いにでもかかってたりしない?」

「……たぶん、かかって、ないです」

 花耶は頬をもちもちされながら答える。

 自分でも、呪いにでもかかっているのではないかと思った。しかし、自覚症状がない上に今までの病院の検査でも見つからなかったので、大丈夫だろう。……と、信じたい。


「花耶ー。灼がなんか言いたい事あるんだってさ」

 春介が声をかけてくる方を向く。

 蓮が灼の肩をガッチリとホールドして連れてきた。

 まわりには、妖怪の隊士もいる。

(ちゃんと、うち解けてる)

 千絃から聞いたが、灼は花耶が入院している間、他の隊士達にしていた妖怪差別について謝罪していたらしい。

 この一週間、愛梨と一緒に花耶の見舞いにも来ていたそうだ。


「…………」

 灼は困り顔を浮かべていた。言わなくてはならない事を頭の中でまとめているように見えた。

「ごめん!」

 やがて、頭を下げた。

「オレ、本当にひでー事言った! それに、ムカついて殴ろうともしたし妖怪だからって理由でそっけなくもした! 本当に、ごめん!」

 灼の脳裏に、助けに来た花耶の姿が浮かぶ。

 ボロボロだった。顔は痣や血が滲み、服や髪は落ち葉や土で汚れていた。

 命懸けで助けに来るような少女を、妖怪だからという理由で罵った挙げ句、手を上げようとした。その後も、ひねくれて冷たい態度を取った。

 灼の罪悪感が、良心をギリギリと締め上げているようだった。

「平気。気に、してない」

 花耶がそう言うと、灼は顔を上げた。

 ほっとしたような、しかし申し訳なさのにじんだ表情をしていた。


「ちなみに、俺らはビッグチョコバーで手を打った」

 他の隊士が言った。どうやら、ただで許してはいなかったようだ。

「花耶も、お礼とお詫びもかねて何か奢ってもらったら?」

「そうそう。助けに行って、首斬り落とされたんだからさ」

「う゛っ」

 罪悪感もあるが、グロ光景を思い出して呻いた。灼自身、考えないようにしていたのに。


「…………」

 花耶は黙って考える。

 正直、奢られるのは苦手だ。確かにありがたさはあるが、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「……じゃあ、奢らないで、いいから」

 奢り以外の事を思いついて、口を開いた。

「灼、って、呼んでい?」

「……え?」

 小首を傾げて訊くと、灼も小首を傾げ返した。

「花耶、それだけでいいの?」

「ん」

 千絃が確認すると、花耶はこくりと頷いた。

「初めての、後輩。仲良く、したい」

 これが、花耶が灼を嫌わなかった理由だ。

 灼が黄泉軍に入るまで花耶は、第一討伐隊の中でも一番下の後輩だった。階級も下から二番目の繊月。

 可愛がられている自覚もあったし嫌ではなかったのだが、初めて後輩ができたのは単純に嬉しかった。

 ただ仲良くしたかったが、嫌がる事もしたくない。妖怪嫌いと聞いて、どう接すればいいのか分からなかったのだ。


「……だめ?」

「!」

 花耶は不安そうに、上目遣いで訊く。

 自分よりも頭一つ分以上、背の低い美少女の上目遣い……。

(やべ。ちょっとかわいいかも)

 人生で初めて見る光景に、少しときめいた。

「……煤竹さん?」

「えっ、あー。いくらでも呼んでいいけど、本当にそれだけでいいのか?」

 そう灼が答えた瞬間、花耶は嬉しそうに顔を綻ばせた。どうやら答えは聞くまでもないようだ。

「灼、顔赤いぜ」

「んぇ⁉ マジっすか?」

 蓮の指摘に、灼は自分の顔をぺたぺた触った。確かに熱くなっていた。


◆◇◆


 数日後。愛梨の第三討伐隊最後の日。部屋も、一寮棟へ引っ越しだ。

 荷物、と言っても本当に少ない。持って行く物といえば、自分の食器やタオル数枚、歯ブラシ程度だ。

(お金も戻ってきたし、ボイスレコーダーの代金とお礼のお菓子を買ってもすごく余ったし。家具とか布団カバーとか、色々買おっかな? あ! それと服も欲しい。これ一セットしかないし。誰の隣の部屋になるんだろ? 仲良くできるといいなぁ。お蕎麦も買わないと!)

 第三討伐隊への未練は全くなく、むしろ引っ越した後の事にわくわくしていた。


(それに……)

 頭の中に、春介の顔が浮かぶ。心がほんわかした。

 仕事終わり、春介が引っ越しの手伝いついでに迎えに来てくれるのだ。

「愛梨ー」

(あ、やばい。楽しみすぎて幻聴が……)

「おーい」

「……。!」

 ワンテンポ遅れて、やっと幻聴でないのに気がついた。振り返ると、春介がひょっこりと顔を出していた。

「あ、すみません! お待たせしました」

「大丈夫だよー。それじゃ、行こうか」

 二人が集会室から去ろうとした、その時だった。


「雅楽代さん!」

 呼び止められて、愛梨は立ち止まり、振り返った。

 そこには、隊長と副長以外の第三討伐隊隊士全員がいた。

 思わず、身構えてしまう。

 春介もいるので、セクハラや悪口は言われないとは分かっている。それに彼らは、三澤達ほどひどい事はしていない。

 しかし、一年以上彼らから受けた扱いは、忘れる事ができない。


『『ごめんなさい!』』

 一斉に謝られた。

「私達、愛梨にひどい事言っちゃった」

「自分で勘違いした癖に、逆恨みした」

「俺達が悪かった」

「許してください」

 彼らの声は、湿り気を帯びていた。

 自分達のしてしまった事を、心から後悔して反省しているのだろう。


「……っ!」

 その様子を見た愛梨は、心の底からムカムカしたものが込み上げてきた。

(あ、そっか)

 第三討伐隊への未練は、どういうわけか全くない。その事への疑問すらわいてこない。

 その理由が、込み上げてくるムカつきで分かった。

(私は、まだこの人達を許してない)

 しかし、哀れみもなくはない。

(でも、この人達は三澤さん達に騙された被害者でもある)

 許せない。しかし、それを口にしてもいいのか迷った。

 たとえ嘘でも、許すと口にした方がいいのだろうか?


「愛梨」

 春介に声をかけられて、愛梨は顔を見上げた。

「自分が、気持ち的に楽だと思う方を言いな?」

「! はい」

 自分にとって楽な方……。

 もし、許すと言った場合、罪悪感は残らないだろうがもやもやした不快感は残るだろう。

 もし、許さなかった場合、罪悪感は残るだろうが不快感は残らない。

 彼らは加害者でもあるが、騙された被害者でもある。


「……ごめんなさい」

 許せないとは思った。けれど彼らが可哀想だとも思った。

「今はまだ、許せません。三澤さん達ほどではありませんが、あなた達が怖いです」

 と、言った。

 絶対に許さないと言おうかとも思ったが、後に罪悪感で後悔しそうな気もした。

 だから、あえて『まだ』と口にした。

 簡単には許せない。しかし、憐憫の情も無視できない。だから、九割ほど今の自分の正直な気持ちを伝えた。

 彼らが気づくかどうか分からないほど小さな物だが、慈悲のこもった返答だった。

「行きましょう。春介さん」

「うん」

 泣きそうなほど申し訳なさそうな顔をしている隊士達には目もくれず、愛梨は第三討伐隊から去っていった。


「……っ!」

 いままでの辛かった記憶が思い出されて、愛梨の目に涙が溜まる。

「愛梨、頑張ったね」

 ぽふ、と、包み込むように頭を撫でる春介の大きな手に暖かみを感じて、愛梨は小さく頷いた。

プロットの作成の為、来週は投稿をお休みします。

五章1話は1月8日に投稿したいと思っております。

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