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 愛梨と灼は、一日休んだ後に職場に復帰できた。

 その一日も、怪我の治療というより呪符を使われた後遺症がないかどうかの検査のみである。

 そして、さらに三日過ぎたある日、雪音に二人で話をしたいと、愛梨は執務室に呼び出された。

 その際、上司からは「あの白狐に余計な事を話すなよ」と釘を刺された。おそらく、虐めと空き巣への対応、辞表を破り捨てた事についてだろう。

 前者については、他者に知られると都合が悪すぎる。

 辞表については、処罰の対象になる。辞めないように説得するのは可能だが、退職させないという事はできない。さすがに追放とまではいかないだろうが、減給や下手をすれば降格処分になるかもしれない。

 隊長、副長は弄月階級の中から選ばれ、同時に望月階級に昇格する。降格となれば、隊長や副長という地位からも下ろされる事を意味している。


◆◇◆


 各執務室は何十年、長いと数百年もの間、同一人物が仕事場として使用する。そのため、雰囲気等は使用している隊長、副長の好みが反映される。

 雪音の部屋は薄暗かった。元から備え付けられているアンティーク調の家具と相まって、ダークファンタジーな雰囲気を醸し出している。

 しかしランプやカーテン等はシンプルだが上品なデザインで、厨二病のような痛々しさはない。全体的な部屋の雰囲気を和らげているようだ。

「来てくださって、ありがとうございます」

 そんな中、輝いているのかと思うほど真っ白な第一討伐隊隊長は口を開いた。

「少々、暗い部屋で申し訳ありません。このほうが、落ち着くもので……」

「いいえ! 大丈夫です」

 外見だけは自分より年下とはいえ、階級が一番高い望月。緊張しない方が無理だ。


「もう知っているかとは思いますが、蓮さん、春介さん、千絃さんの三人が貴女の虐めについて調べました」

「はい」

 こくりと頷く。灼と花耶は主に護衛をしていたので、調査の中心はこの三人だ。

「彼らから、貴女は入隊半年で一度だけ辞表を出したらしい、とお聞きしました。それで、なぜまだ死徒として働いているのか、気になってしまいまして……」

 そう言われて、愛梨の脳裏に第三討伐隊隊長に辞表を出した時の事がよぎった。あの時、人手不足と元祓い屋という経歴、使える妖術を理由にその場で破り捨てられたのだ。

「あ、嫌味などではありません。私は話と証拠を聞いただけなのですが、状況はかなり辛いはずなのに、なぜだろうと思っただけです。差し支えなければでいいので、教えていただけませんか?」

 愛梨の様子を見て、責めていると勘違いさせたと思ったのだろう。雪音は気遣うように言った。

(……この人、春介さん達の上司なんだよね?)

 少なくとも、自分の上司よりは話を聞いてくれそうだと思った。

「……あの、誰にも言わないでほしいんですけど……」

 隊長にとっての余計な事を話す前に、前置きをする。バレたら、制裁が返ってきそうだったから。

 辞表をその場で破られた事。

 三澤達の万引きを信じてくれなかった事。

 空き巣に入られたのを自作自演と決めつけられた事。


「そうですか……。今まで、よく耐えてきましたね」

「はい……」

 嫌な事を思い出して、少し涙目になった。

「貴女は今後、第三討伐隊でお仕事を続けたいですか?」

 と、訊かれた愛梨は言葉に詰まった。

 実を言うと、あれ以来隊の中がギクシャクしているように思えた。

 影口やセクハラはなくなったが、みんな、愛梨に言いたい事があるけど言い出せないといった雰囲気だ。

(たぶん、誤解がとけたんだろうなぁ)

 少しだけ、ほっとはしていた。もう、身に覚えのない事で悪者にされる事はない。

 しかし仕事を続けていきたいかどうかは別だ。

 もう大丈夫だと、頭では分かっている。

 だが、あの隊士達に名前を呼ばれると軽い悪寒が走る。三澤達ほどではないが、愛梨自身、彼らがトラウマ気味になっていたのだ。

 辞表を出しても辞めさせてもらえない。おそらく、転属願も受け取らないと思うので、あの中で仕事を続けなくてはならないだろう。

 憂鬱で仕方ないが、虐めがなくなった分マシだ、贅沢はできないと、自分に言い聞かせていた。


「もしよければ、第一討伐隊に転属しませんか?」

 愛梨の沈黙で何かを察したのだろう。雪音が勧誘した。

「へ?」

 思わず間抜けな声出た。願ってもいない事だったから。

「もちろん、そのまま第三討伐隊にいたいのであれば、この話は忘れていただいて構いません。もし辞めたいのであれば、私の隊に移ってから辞表を出してもいいです。できれば、辞めてほしくはないのですが、こればかりは本人の自由ですから」

 言われた愛梨は目をぱちくりさせた。

「あ、あの……転属、できるんですか?」

 口にした後で、訊き方を間違えたと思った。

 さすがに戦時中などの非常事態ではそんな暇はないので無理だが、今ならば転属自体はできる。

 しかし、あの隊長が許すかどうか……。

「貴女が転属願を出しても、おそらく隊長止まりになるでしょう。しかし、同じ隊長である私が直接勧誘したとあれば無視できないはずです。さすがに、支部長にも話を通さなくてはならないのですぐにというわけにはいきませんが……」

 確かに階級が繊月の愛梨よりも、望月階級である雪音が対応した方がすんなりと転属できそうだ。


 ただ、もう一つ愛梨には不安な事があった。

「私、まともに戦えませんよ? 確かに護符などは作れますけど、それ以外だと回復と補助系の妖術しか使えませんし……。迷惑、では……?」

 愛梨は回復と補助に特化している。回復のみだったら医療隊に所属していたが、補助系の妖術が宝の持ち腐れになりそうだったので、討伐隊に入ったのだ。

 近接戦闘は、ほぼできないに等しい。攻撃系の術はゆくゆくは習得したいと思ってはいるが、まだ覚えていない。

「戦えなくても、貴女は彼らの補佐ができます。それに」

 雪音は苦笑して続けた。

「うちの子達は一生懸命な頑張り屋が多いのですが、よく無茶してしまうんです。貴女のように回復ができる子が隊にいてくれると、安心できるのですよ」

 その表情は、外見相応の少女らしくも、大人びた慈愛がこもっているように見えた。

「さらに、貴女は花耶さんと灼さんの仲も取り持とうとしました。そんな協調性が高くて友達想いな子は大歓迎です」

 死後、初めて大歓迎なんて言われた。

 役立たずと言われたり、護符を作っても枚数が少ないからサボったと言われた事はあった。

 しかし、回復と補助妖術についてどう貢献できるか評価してくれたり、性格面で誉められる事は、第三討伐隊では全くなかった。

「ありがとう、ございます!」

 転属について、もはや断る理由はない。

「第一討伐隊で働きたいです! よろしくお願いします!」

 むしろ頼み込むように、愛梨は了承した。


◆◇◆


 数日後。

 この時には、愛梨の第一討伐隊への転属が決定され、今はその準備に追われている。

 本格的に人外と人間の戦の、開戦日の予測が絞られてきた事もあって、雪音と朧は仕事が忙しくなっていた。


 二人が廊下を歩きながら仕事の話をしている時だった。

「おい」

 雪音の肩を、不機嫌そうな声の主が掴んだ。

 振り返ると、第三討伐隊の隊長がいた。

 いや、元隊長というべきか。彼がつけている階級章のデザインが、満月から半月に変わっている。

 半月の階級章を持つ死徒は、弦月という階級だ。隊長、副長が決められる弄月階級の、一つ下である。

 この元隊長は、追放処分こそ受けなかったものの、二階級も降格されたらしい。


「こんにちは。私に、何かご用ですか?」

 雪音は、表面上は笑顔を浮かべて言った。

「お前、支部長に余計な事を吹聴しただろ」

「余計な事は話しておりませんよ。ただ、組織の一員としての義務を果たして、愛梨さんの希望を伝えただけです」

「それが余計な事だろうが‼」

 元隊長は声を荒げ、雪音の胸ぐらをつかむ。

「ッ‼」

 しかしすぐに、朧が腕を捻り上げるようにして外した。

「暴力に訴えるとは、恥を知れ。このような幼子ですらしかるべき対処ができるぞ」

 朧は、低く冷たい声で言った。

「……。朧、ありがとうございます。もう大丈夫ですので、腕を放してあげてください」

 雪音は、ややむすっとした表情で促す。


「お前が余計な事をしたせいで、俺は望月の階級と第三討伐隊の隊長という身分を奪われた。お前には分からないのか? ここまで上り詰めるのに、どれだけ苦労したか!」

「分かっているつもりですよ。ですが、同時に階級と身分に見合うだけの責任も負います。あなたが降格されたのも、自業自得ではありませんか?」

「お前が貶めたからだ‼」

「いいえ。少なくとも、あなたが愛梨さんの空き巣被害を自作自演だと決めつけなければ、辞表を受理すれば、彼女は自殺するほど追い詰められなかったはずですよ。処分が決定されたのも、その事を重く受け止められたからです」

 生者と比べて、亡者の命は軽い。しかし一度死を体験している為、決して軽視していいものではない。

 虐めから逃げる事すら許さなかった。それが、重く受け止められた結果の処分である。


「黄泉軍の現状も理解してないようだな。今は人手不足。しかも、戦も始まる。たとえ快癒と補助妖術しかできない弱者でも、この時期に辞めさせるわけにはいかないだろ」

「確かに、辞められたら困りますよ。でも、本人が「辞めたい」と思うほど追い詰めたのは、貴方の元部下でしょう? それにトドメをさしたのは、貴方ですよ」

「それも、雅楽代の被害妄想だろう」

「証言がたくさんあり、それを根の国、それも統治者である素盞嗚様が認められているのですよ。妄想のわけないじゃないですか」

「だとすれば、神が無能なんだな」

 元隊長は鼻で笑う。

「口を慎め」

「そうですよ。貴方がそう仰っていたと、上の方々の前で口を滑らせてしまうかもしれませんからね」

 雪音は、美しい笑みを崩さずに言う。

 さりげなく脅迫された元隊長は、ギリッと歯を軋ませた。


「……穢多(えた)の忌み子が」

「いつの時代の話でしょうか?」

 隊長の悪態に、雪音は笑みを崩さず言った。

「今時、穢多なんて身分はありません。それに、今の日の本で白児は、忌み子なんて扱いされてませんよ」

 丁寧に教えてあげた、裏の内容を悟ったのだろう。隊長は雪音を、ギロリと睨みつけた。

「もうよろしいでしょうか? この後もお仕事がありますので」

 雪音と朧は、その場から立ち去ろうとした。

「覚えていろ。この借りは、いつか返す」

「どうぞ、ご自由に」

 体勢を直した隊長の遠吠えに、雪音は笑顔で受け流す。


「貴様は自分の部下がよほど大事なようだな」


「‼」

 しかし、この発言は聞き流せなかった。

 思わず、霊棍に手が伸びてしまう。

「雪音」

「…………」

 朧の諌める声に、しぶしぶ霊棍をしまった。

「もしあの子達に危害を加えたら、私はいかなる処罰を受ける事になろうと、貴方を徹底的に潰します」

「勝手にしろ。できるものならな」


◆◇◆


「あの程度の挑発にのって、同じ土俵に下りるな」

「すみません……」

 元隊長と別れてしばらく。雪音は朧に叱られた。

「だが、気持ちは分からぬでもない。俺でも頭にきた」

 第三討伐隊元隊長のあの発言は「雪音相手では勝つのは難しいので、自分よりも確実に弱いだろう雪音の部下を標的にするぞ」と、脅したようなものだ。

(卑劣かつ矮小な輩よ。反吐が出る)

 無礼討が許されていた時代ならば、容赦なくあの場で斬り捨てていたと思った。


「ところで、朧」

「なんだ?」

 雪音は不満そうな顔で言ってきた。

「私の事、幼子呼ばわりしてませんでした?」

「あ」

 朧は元隊長から雪音を庇う時、幼子と言っていた。

「確かに私は、享年十三なのであなたから見れば外見は幼いです。でも、すでに死後二百年は軽く経っています。それに、死徒としても貴方より先輩なんですよ?」

「すまん」

 潔く謝る。

 ただでさえ十三という年齢で、しかも生前はまともな栄養を摂っていないせいで、雪音は体が小さい。さすがに花耶ほどではないが。

 さらに、後輩と言ってもその差は一年にも満たない。たとえ朧の享年を人間に当てはめても、実年齢では歳上だ。

 しかし、一年未満とはいえ死徒歴は雪音の方が長いのは事実。階級は同じだが身分としては雪音の方が上。その上、二百年は人外でも五十代くらいの年齢だ。

 そんな相手に、たとえうっかりでも子供扱いするのは、失礼に値するだろうと、朧は思った。

「以降、気をつけてくださいね」

 謝った事により、機嫌を治したのだろう。見慣れた、たおやかな笑みを浮かべた。

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