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蓮、春介、千絃は三澤達の情報を集める為に、第三討伐隊士を中心に聞き込みをしていた。
「あの、すみません」
春介は青年に声をかけた。愛梨が犯人という事にされている窃盗事件について訊くためである。
「なんだ?」
「前に、あなたの隊であった盗難事件について調べてるんです。話を聞いてもいいですか?」
「ああ。お前も雅楽代に何か盗まれたのか?」
「いえ。友人からの相談で……」
嘘は言っていない。
自分は何も盗られていないし、友人からの相談でもある。
ただ、その友人が雅楽代愛梨だというだけだ。
「そうか。その友人にドンマイって言ってやってくれ。たぶん、盗まれた物は二度と戻ってこないって」
青年は沈痛な顔になった。うまく勘違いしてくれたようだ。
「二度と戻ってこないってどういう事ですか?」
「被害者全員で盗まれた物探したんだよ。雅楽代の部屋も異空鞄もな」
「どこか、別の場所にあったという事はありませんか?」
「俺達もそう思って、雅楽代に問い詰めたんだよ。なのにあの糞売女は「知らない」の一点張りでさぁ」
青年は続けて悪態吐く。
「証拠を散乱させといて、知らないも何もねぇのに」
「証拠があったんですか?」
春介が訊く。
「おう! 煙草の吸殻と箱。享年は十代のはずなのに、とんでもない不良だよな。それと、化粧品と香水の瓶。煙草はいろんな銘柄が部屋中に散らばっていてな。どれも俺や他のやつらがなくしたって思ってたんだよ。化粧品と香水はずいぶん前に女が盗られたらしくてな。使いきられてた」
「そうだったんですか。火事などは起きていないんですか?」
「ラッキーな事にな。あんな状態じゃ、いつやらかすか分かったものじゃねぇけど」
春介は相槌をうちつつも、ある事を思い出していた。愛梨を部屋まで送った際、気がついた事である。
「でも、何で探す前に愛梨さんが盗んだと思ったんですか?」
「芽愛が、雅楽代にシュシュを盗られたんだと。元々、そのシュシュは俺と同じ班の女が貸したらしいんだけどな」
ものすごく気持ち悪い人物の名前が出てきて、春介は眉間に皺がよった。
「どうした? そんな顔して」
「あ。いいえぇ、何でもありません。そのシュシュも、見つからなかったんですか?」
「そう。芽愛、すげぇ申し訳なさそうに泣いてた。あの糞売女が悪いのに、すげぇいい子だよ」
どうやら、この青年は石井芽愛に好意を持っているのだろう。うまく本性を隠したものである。
「あの糞売女、次芽愛に何かしたらただじゃおかねぇ……! 一発、殴――」
「やめな」
春介の制止に、青年は視線を上げる。
先ほどまで話していた、柔和な顔をした男と同一人物とは思えないほど冷たい表情をしていた。
「失礼しました。でも、無実の可能性が非常に高いのに殴るのはやめた方がいいですよ」
「は? 無実なわけねぇだろ! だってあいつの部屋に証拠があったんだぞ‼」
青年は胸ぐらを掴んでくる。ただならぬ雰囲気を察知してか、周りにいた者達も視線をこの二人に向けた。
「あの子の部屋のドアノブ、傷がついていたんですよ」
「それがなんだよ!」
「あれ、ピッキングの跡でしたよ」
春介は、青年を見下ろしながら言う。
「それに、箱だけならまだわかりますけど吸殻まで散らかしますか? 普通なら、流し台とか、最低でも受け皿にまとめておくと思いますよ? じゃないと火事になる可能性もありますし」
「そ、それは……。あいつがズボラなだけだろ! 火事にならなかったのはたまたま運がよかったからで……!」
「そうでしょうか? もしかしたら、真犯人が愛梨さんに濡れ衣を着せるために部屋に侵入、嫌がらせ兼濡れ衣着せるためにゴミ同然の証拠をばら蒔いたって考えられませんか?」
春介の話す予想の方が、説得力があった。
ピッキングの跡があったのは、侵入者がいたから。
愛梨の部屋にゴミ同然の証拠が散らばっていたのは、嫌がらせ兼窃盗の罪を被せるため。
吸殻が部屋中にばら蒔かれていたのに火事にならなかったのは、時間がたっていて完全に消火されていたから。
「でも、芽愛が脅し取られたって言ってたんだぜ⁉」
「それだって、借りパクするつもりで借りて愛梨に罪を着せるために言ってるだけの可能性もあるでしょう?」
「あいつはそんな事するような奴じゃねぇよ!」
「では、その根拠は何ですか?」
「…………」
青年は、ついに押し黙ってしまった。というより、話せるような根拠がなかった。
石井の方が愛想がいい。仕事もできる。階級も石井の方が上。
それだけで、石井芽愛の無実を証明できるはずがない。
「でも、そっちは雅楽代が無実だって証拠はあるのかよ⁉ さっき言ってたの、お前の予想じゃねぇか!」
「はい。おれは証拠を持っていませんし、愛梨さんを信じる理由も、友達だから。あなたと似た理由ですよ」
確かに春介は証拠を持っていない。愛梨を信じる理由も青年と大差ない。話した事も予想でしかない。
「しかし、おれが実際に見た物とあなたから聞いた話を元に立てた予想です。多少は客観性があるのではないですか?」
今度こそ反論ができなくなった。
今まで青年は、愛梨が窃盗犯だと信じて疑わなかった。しかし、春介の話で別の犯人がいる可能性が出てきたのである。
もし愛梨が無実だったとしたら、最も怪しいのは「愛梨にシュシュを脅し盗られた」と証言した石井だった。
◆◇◆
千絃は愛梨に告白をしたという男達から話を聞こうとしていた。
『『…………』』
しかし、全員口をつぐんだままだ。
愛梨からあらかじめ聞いた話だと、彼らは全員恋人がいるらしい。そして、愛梨とはほとんど話した事がないようだ。
告白される度に愛梨は振っていた為、浮気未満である。しかし、二股かけようとしていた事実はこの沈黙が雄弁に語っていた。
「言っておくけど、俺達は悪くねーから!」
「そ、そうだ! 諸悪の根元は愛梨にある!」
「先にあっちが誘惑してきたんだよ!」
と、口々に責任逃れをしようと言い訳している。千絃はこめかみがピシったが、どうにか怒りを抑えて訊く。
「先に雅楽代さんが誘惑してきたって、どんな風にですか? あの子、君達とはほとんど話した事ないって言ってましたよ」
その質問に、一人が答える。
「そりゃ、恥ずかしいから自分から話しかけられないって、三澤さんから聞いて……」
「え、お前も⁉」
「え?」
驚いた様子で、他の男達も話し始めた。
「俺も三澤さんから『雅楽代さん、あなたの事が好きなの。でも恥ずかしがりだから、あなたから仲良くしてあげて』って。彼女とはうまくいってなかったから、もう乗り換えようかなって……」
「待って! 俺は関からほぼ同じ事聞かされたんだけど⁉」
「俺は菊竹さんから!」
「お前も⁉」
「ボクはめいめいから……」
「俺もなんだけど⁉」
そんな彼らの様子を見て、千絃は怒りが冷めた。代わりに、卑しいものに対する嫌悪感が込み上げてきた。今、千絃は冷たい目の無表情になっている。
「つまり、その四人から唆されて浮気しようとしたと。それで雅楽代さんにフラれたから、逆恨みしたと」
この時千絃は、かなりゲスな結論に思い至ってしまった。
三澤達は、愛梨を仲間から孤立させるために彼らを利用したのだ。恋人とあまりうまくいっていない、もしくは何かしらの不満を持っている男を選んだのだろう。
小賢しいと思った。
女からしてみれば、自分の恋人を寝とられたような気持ちになる。
浮気に走るような輩からしてみれば、少しでも自分の罪悪感を軽くするために愛梨を憎むようになる。たとえ、三澤達の言っていた事が真偽不明だとしても。
「いや、でもお前もちょっとは分かるだろ⁉」
「そうそう! 顔はイケメンだし、女にモテそうだし!」
「あんなかわいい子に好かれてるって思ったら、ちょっとはクラってくるだろ⁉」
「分かりませんよ」
そう話す男達に、千絃は言った。
「僕は惚れた女性にしかクラっとしないので。あなた方みたいに浮気する連中の気持ちなんて、全く分からないですよ」
千絃の発言に、男達は何も言えなくなった。
◆◇◆
「だそうだ」
蓮は千絃から受け取ったボイスレコーダーを残りの第三討伐隊士達に聞かせた。
すでに、千絃が聞いた事と春介が聞いた事を録音してある。
彼らは全員、私物を盗まれたり恋人と別れさせられたりと、被害に遭っていた者達だ。
後ろ暗い事があるのか、本来なら真犯人がほぼ確定したと言っても過言でない証拠を聞かされているのに、気まずそうに視線をそらしていた。
「そ、そっかぁ~。犯人、三澤達だったのかぁ~」
「これで、私のシュシュが返ってくるのね!」
「あいつ、本当にしょうもない奴だったけど、早めに本性が分かってよかったわ」
と、後ろ暗さを誤魔化すような安堵を口にする彼らに、蓮は見下すように言った。
「お前ら、言いたい事ぁそれだけか?」
あらかじめ、愛梨から彼らにされた事を聞いていたのだ。さらに、春介が代筆したノートだが虐めの記録も読ませてもらった。
怒りのあまり、指に力が入りすぎてノートが少しクシャってしまった。春介に、証拠品だからとたしなめられた。
「な、なんだよその目は……」
「そ、そうよ! 雅楽代さんが何も言わないから、私達が三澤達の話を信じちゃったんだし」
「これ、愛梨の方が悪いと思うわ」
「おい」
言い分を聞いて、蓮はドスの利いた声になってしまった。彼らは言葉がつまる。
「何被害者面してんだ? あいつが泥棒の濡れ衣着せられた時には集団で囲んで責め立てて、陰口叩いてセクハラして。そんな状況でお前らに相談しろと? ずいぶんとおめでたい仲間意識をしてんだな」
反論がないので、続けて言う。
「それに、何も言わなかったっての嘘だろ」
彼らが睨みつける中、女が三人ほど俯いた。
「そこの俯いたお前ら。ちょっとこっちに来い」
呼び寄せて問い詰める。
「本当に、愛梨から相談がなかったのか? 正直に言え」
「「…………」」
二人は否定もせずにだんまりだった。
「……あり、ました……」
無言の圧に耐えられなくなったのか、一人がやっと口を開いた。
「どんな内容で、どう返したんだ?」
「二股持ちかけられて、断ったら、セクハラされるようになったって……」
相談内容のみ言った。
「じゃ、それの返答は?」
「…………」
しかし、それに対する返答は何も言わなかった。
「「何それ自慢? 自分から誘惑したんでしょ。そこまでしてモテたいとか見苦しすぎるんだよ。このクソブス」って言ったろ」
「っ!」
サァッと顔が青くなる。脂汗が噴き出た。どうやら、図星のようだ。
「他にも、そこの二人にした相談で、給料を脅し盗られたって相談すれば「タカってるつもり? この盗人が」って言われ、三澤達からリンチ受けたって相談したら「あの人達がそんな事するわけないじゃん。被害妄想激しすぎ。迷惑だから」って言われ。よくまぁこれで「相談してくれれば~」とか言えるな。笑いすらでねぇわ」
大きな溜め息を吐いて、全員を睥睨する。
ついに三人は何も言えず、代わりにすすり泣く声が聞こえてきた。
「おい、いくらなんでも言い過ぎだろ!」
「そうよ! こんな風に前に出して」
ちらほらと庇う声が出てくる。
「愛梨だって、そんな風に泣きたかっただろうよ。いや、泣いてたかもな」
『『っ!』』
言葉につまった。
確かに愛梨は最初の方、何度も泣いていた。自分達が泣かしていた。
良心が痛んでうやむやにした事もあったが、やがて苛つくようになって「泣けばすむと思ってるのか」「泣く暇があったら盗んだ物を返せ」「ごめんなさいですんだら獄卒はいらないんだよ」「被害者面するな」等、罵ってしまった。
愛梨はただ、助けを求めていただけだ。泣いたのだって理不尽に怒られ怒鳴り散らされて怖かっただけ。完全な被害者である。
「そうやって泣いて、被害者面する暇があるなら愛梨に謝れよ。許してくれるかは分からねぇけどな」
最後の一言は、全員の罪悪感に深々と刺さった。
◆◇◆
三澤、菊竹、関、石井はイラついているようだった。
春介に叱られて以来、この四人は仕返しの手始めとして悪い噂を流そうとしていた。
リンチしようにも、腕っぷしでは全くかなわない。何かを盗もうとしても、別の隊な上に常に他人の目がある。
以上の理由で、嘘の噂を流すしかできそうになかったからである。
「……あいつ、催眠術でも使って周囲の奴ら洗脳でもしてるんじゃないの?」
しかし春介は人柄がよく、友人も多い。そんな噂を流したところで、信じる者は非常に少なかった。
むしろ噂の内容によっては「あんな温厚な人がそこまでガチギレするなんて、この人達何をしたんだろう」と、せっかく積み上げた彼女らの評判が落ちそうだったので、あえなく噂流しは中止となった。
「絶対にそうよ!」
「じゃなきゃ何であんなモラハラセクハラDV男がちやほやされて、私達みたいな被害者が悪者にならなきゃいけないの⁉」
「洗脳してまでまわりにちやほやされたいとか、まぢドン引きなんですけどぉ~」
どうやら彼女達の中で、自分達は被害者で春介はサイコな極悪人という事にしたようだ。
「しかも、最近カラスに糞かけられるし! マジ最悪‼」
「無料買いで見つけたフラダのバックも糞まみれになったわ……。本当、あのボケガラスなんて絶滅すればいいのよ!」
さらに、菊竹と関はよくカラスの糞を落とされるようになった。万引きで手に入れたハイブランドのバックに糞を落とされた時は発狂物だった。
カラスは、記憶力が非常によく、人の顔を覚えるなど造作もない。下手をすると、数年間覚えている事もある。しかも仲間同士の伝達能力も高く、すでにこの二人の顔は大量のカラスに知れ渡っている。カラスからしてみれば、ゲームの的のようなものであった。
ストレスが限界近くまでたまりにたまった四人は、せめての鬱憤晴らしに標的を変更する事にした。
調べた末に候補に上がったのは、春介と同じ班の四人である。
「まず、滝峯はダメよね。強すぎるもの」
蓮は春介と同じ理由で、直接的な嫌がらせは無理。噂をばら蒔いても、バレた時のリスクが大きすぎる。早々に標的候補から除外された。
「私ぃ、花耶っていうチビガリ奇形ブスがいいなぁ」
石井の提案を皮切りに、花耶への罵倒が出てくる。
「いいわね! 私も、あの奇形女は気に入らなかったのよ」
「ロリコンのヒキモオタが多いのか、あの程度の外見でかわいいかわいいって持て囃されるしさぁ!」
「記憶喪失だって自称してるけど、どうせまわりの同情を買うための嘘よ!」
「千絃きゅんとか優しいからぁ、つい騙されちゃったんだぉ! わたしがみんなを正気に戻してあげなくちゃ!」
千絃、という名前が出た時、三澤は一度冷静になった。
「いや、やっぱり奇形女もダメね。千絃くんのガードが固すぎるわ」
苦々しい、脂肪たっぷりの醜く歪んだしかめっ面で言う。
この四人は、虐める相手をある基準で選んでいる。
反撃されないように、自分達よりも弱い者。
味方ができないように、友達がいない者。
周りに助けを求められないように、気が弱い者。
三澤達が虐めのターゲットにする者の目安である。
花耶の実力を知らないが、少なくとも外見と階級だけで判断をするならば弱いだろう。その上カラスの友達は多いが死徒の友達はあまり多くない。第一討伐隊の中では皆と仲良くできているものの、他の隊だとゼロに等しい。さらに、気は最弱。
虐めのターゲットにする条件こそ揃ってはいたが、彼女の数少ない友達の中には千絃の存在があった。
戦ったら妖術でフルボッコにしてくる。
少々花耶への溺愛がすぎるが、イケメンで頭がよく、ついでに性格もいい意味で優等生なので(比率的に女が多いが)男女問わず友人が多い。
押しに弱い印象ではあるが、ダメな事ははっきりと言うくらいには気が強い。
花耶に嫌がらせをした瞬間、千絃によって生命的にも社会的にも瞬殺されるのが目に見えていた。
よって、忌々しい存在ではあるが花耶は虐めのターゲットから外さざるを得なかった。
彼女達が虐めをしているにも関わらず、周りから悪印象を持たれない理由は、ターゲットをこのようにしっかりと選ぶところにある。
ムカつくから虐めるのではなく、ムカつく上に虐めやすいから虐める。味方ができないように情報操作も怠らない。
虐められる側からすれば、最悪なタイプのクズである。
「じゃあ、最近死徒になった煤竹灼で我慢しようかしら」
菊竹が眉間にシワを寄せて溜め息をつく。
力こそ強いものの、戦闘経験上では三澤達が有利。
友人も、妖怪差別のせいであまりいないと予測できる。
さらに、気が強いと見せかけたヘタレ。
八つ当たりで虐めるターゲットとしては、理想的だった。
「しょうがないわね」
「本当は奇形女を殴り飛ばしてスカッとしたかったなぁ」
「ブサいからギリギリで許容範囲かなぁ。千絃きゅんには嫌われたくないしぃ」
こうして、八つ当たりの標的が灼に決まってしまった。




