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「あら? 雅楽代さん。そんなところで何をしてるのかしら?」

 その声が聞こえた瞬間、愛梨は喉が渇き、潰れるような気すらした。

 振り返ると、三澤、菊竹、関、石井が揃っていた。

「ぁ、ぇ……」

 脳が麻痺したかのように、声が出にくい。


「って、あーっ! 春介きゅんだぁー!」

「⁉」

 指をささされて驚く春介の腕に、石井は飛びついた。むにゅうっと、大きな胸を押しつける。

「……っ!」

 それを見た愛梨は、ズキリと胸が痛んだ気がした。

(もしかして、春介さんはこの人達と知り合いなのかな?)

 悲痛な表情で俯くが、春介はそんな愛梨に声をかけた。

「……愛梨さん。この人達、知り合いかい?」

「えっと……」

 顔を上げた時、おそらく愛梨が名前呼びされたのが気に入らなかっただろう石井が厳つい般若の形相で睨んできた。

 しかし、すぐにいつもの顔を五割増しに可愛くさせ、うるうるした上目遣いで春介の頬に手を当て、自分に顔を向けさせる。

「はじめましてぇ♥️ わたしぃ、雅楽代ちゃんと同じ班のぉ、石井芽愛(めい)ですぅ~♥️ めいめいって呼んでほしいにゃ♥️」

「え、はい。はじめまして」

 春介の笑顔がひきつる。本気で困っている顔だ。

「もしかして、第一討伐隊の咲宮さん?」

 愛梨と春介の間に割り込む菊竹。

「えぇ……。何で知ってるんですか?」

「第三討伐隊でも有名なんだよっ! すっごい優しいって!」

 関が答えながら前に立ちふさがる。

「雅楽代さんも隅に置けないわねぇ。こんないい男をひっかけるなんて」

 三澤ができる限り棘を隠して言う。


「ひ、ひっかけたつもりじゃ……」

「ねぇねぇ! 春介きゅぅ~ん♥️」

 愛梨の否定を遮るように、石井が声を張り上げた。

「雅楽代ちゃんってぇ、すぅ~っごくモテるんだぉ」

 そう石井が言った瞬間、愛梨は俯いた。

「そうそう! しかも、彼女がいる奴から!」

「それも、コミュニケーション能力も高いから、男友達も多いのよ。たぶん、友情が恋愛感情に変わったんじゃないかしら?」

「やっぱり、若い内に死んだ人はいいわねぇ~。死後の世界では、ずっと若い外見のままだもの~」

 愛梨は、泣きたくなった。

 確かに、愛梨はモテる。生前でも、何回か告白されていた。死後でも、すでに恋人のいる男から何回も告白された。

 しかし、口説いてはいない。

 多少、話をする仲ならば、思わせ振りな態度をしてしまったかもしれないと思う余地はある。だが、死後に愛梨に告白してくる男達とは、ほとんど話をした事がない。愛梨自身、告白される理由が分からないのだ。

 それを、自分から口説いて寝取ったように言わないでほしい。それも、死後初めてできた友達にだ。


「よくそんな見苦しい悪口を笑顔で言えますね。あなた方」


「「「「「!」」」」」

 愛梨も含む五人は、低く冷たい声に目を見開いた。

 どうやら、春介の地雷を踏み抜いてしまったようだ。

「腕、気持ち悪いので離してください」

 別人かと見紛うほどの冷たい顔で見下ろされて、石井は青ざめながら春介の腕を離した。


「まず「若い内に死んだ人はいいわね」って、いいわけないでしょ。普通なら、よぼよぼのおじいちゃんおばあちゃんになるまで生きた上で暖かい布団で穏やかに子供や孫に見送られる方がいいに決まってるでしょ。あなたの発言、不謹慎なサイコパス発言ですよ」

 三澤に向かって言う。


「それとあなた。『すでに交際している女性がいる男性からよく告白される』って、それ誉め言葉になると思ってるんですか? だとしたら一度脳外科への受診をおすすめします。正直、おかしいですよ。思ってないのにそんな事を他人に話すなら、ただの陰湿な性格ブスですね」

 関に向かって言う。


「あなたの発言も、まるで愛梨さんが恋人のいる男性に目をつけて寝取ったと聞こえますね。そこの陽キャのふりした陰湿性格ブスと同じく脳外科へ行ったらどうですか? たぶん、ボケが始まってますよ」

 菊竹に向かって言う。


「あなたも、見たところ二十代後半くらいに見えますがその口調、だいぶ痛々しいですよ。ただひたすらに気持ち悪い。話した事もない男の腕に胸を押しつけてくる下品なあなたの方が、男性を寝取っていそうですね」

 石井に向かって言うと、反論してきた。

「そ、そんな事ないよぉっ! わたし、春介きゅん一筋――」

「その「春介きゅん」呼びもやめてもらえます? あなたの顔面に吐瀉物をかけそうになるくらいには虫酸が走るので」

 春介が遮ると、石井はショックのあまり白目をひん剥いて顎が外れんばかりに口を開いた。


「な、何よ‼ あなたこのアバズレ女を信じるの⁉」

「いっ!」

 菊竹が、愛梨の髪を掴んで前に引き出す。

「!」

 春介は、菊竹の目元を叩くふりをした。

「っ!」

 菊竹はそれで怯み、その隙に手を外させた春介は愛梨を引き寄せる。

 ぼふっ。

 つんのめって、春介に抱き締められるような形になってしまった。

「⁉」

 一瞬、愛梨は何が起こったのか分からなかった。今、自分がいる場所と体勢を理解すると、肌が粟立つ。

 よろけて自分から飛び込む形になった上に、春介には下心がなく、むしろ囲まれている状況で守るには最適な体勢にはなっている。

 しかし一瞬、いつも第三討伐隊で受けているセクハラの事を思い出してしまった。

 だが、そんな恐怖と嫌悪感を吹っ飛ばす言葉が頭上から降ってきた。


「おれは信じますよ。大事な友達ですから」

「……!」

 愛梨は、真逆の意味で目元が熱くなった。

(信じて、くれるの……? 誰も、信じてくれなかったのに……?)

 今まで耐えてきたものが、決壊するように涙が溢れる。

 服を汚してしまう、とは思った。しかし、それでも春介にしがみつく手が緩む事はなかった。

「さ、行こうか。愛梨さん」

「はぃ」

 しゃくりあげながら、頷く。

「あ、あんた……! 覚えてなさいよ‼」

 負け犬の遠吠えを背に、春介達はその場を後にした。


◆◇◆


「愛梨さん、大丈夫かい?」

「あぃ……」

 部屋の前につく頃には、愛梨は泣きすぎて鼻声になっていた。

「すみません。服、汚してしまって……」

「大丈夫だよ。そんな事より、こっちこそごめんなぁ。つい、勢い余って抱き寄せちゃって……」

 確かにトラウマによって不快感が込み上げてきたが、最初だけだ。

 そんな物が一瞬でなくなるほど、春介が味方になってくれたのが嬉しかった。

「いえ。驚きましたけど、自分から飛び込んでしまいましたし、守ろうとしてくれましたし。それと、信じるって言われたのがものすごく嬉しかったです。ありがとうございます」

 愛梨が礼を言うと、春介は「そうかい? よかったぁ。どういたしましてー」と、安堵したような声で言った。


「愛梨さん。一つだけ、訊いてもいいかい?」

「はい? 何でしょうか」

 愛梨は小首を傾げる。

「おれの勘違いだったら忘れて欲しいんだけど、あいつらに虐められてたりする?」

「っ!」

 瞬間、愛梨の顔色が青ざめた。息がつまる。

 その反応を見て、春介の予想が、確信に変わった。

「もしそうなら、おれは君を助けたいと思ってる。だから、正直に話してくれるかな?」

「…………」

 愛梨は俯いた。

 脳裏に、色々な事が渦巻く。


 話したのがバレたら、もっとひどい目に遭うかもしれない。

 本当に助けてくれるかもしれない。

 だが、春介を巻き込んでしまう。

 それなら、我慢した方がいいかもしれない。

 でも、助けてほしい。

 もし失敗したら?

 怖い。

 もう、嫌だ。


「…………っ!」

 涙が出てくる。

 それがどういった涙なのか、愛梨には分からなかった。


「!」

 ぽふ、と、春介は愛梨の頭に手を置いた。

 さらに、視線の高さを合わせるように少し屈んで言う。

「おれは愛梨さんの味方だよ。今日遊んだ皆も、きっと力になってくれる。他にも、助けてくれる人はいる。だから、話して大丈夫だよ」

 大きな手の温もりが、不安を解かす。

 ごちゃごちゃした頭の中でも、助けてほしいという思いが膨らんだ。


「た、たす……っけ、て」

 喉に引っ掛かりながら、その言葉を絞り出した。

「もう、ぃや……っ! いじめ、られっ、たぐない……! 助けて、くだ、さい……‼」

 ぼろぼろに泣きながら、やっと正直な気持ちを口にする事ができた。

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