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数日ほど経ったある日。愛梨の通信鏡が鳴った。メールのようだ。
愛梨はビクつきながら通信鏡を開く。メールでの連絡の場合、少なくともあの四人からの呼び出しではないと分かっているものの、不安は拭えない。
通信鏡を操作すると、差出人は春介のようだった。メールの内容はこうだった。
『友達とカードゲームしようって話になったんだけど、愛梨さんも一緒にどうですか?』
心が弾んだ。
何度も何度もメールの内容を見返した。
死後初めての友達ができたと、ようやく実感できたのだった。
(へ、返信! 返信しないと!)
愛梨は慌ててメールを打ち込む。
「あ! やば」
操作を誤り、『ぜひ』の二文字だけ打ち込んで送ってしまった。その後に『ぜひ、お願いします』と打ち込んで送る。
すぐに遊べる日付についての質問がきた。
返信に少し困った。
(これ、私が合わせた方がいいのかな? せっかく誘ってくれたんだし、文面からすると灼さん以外の人もいそうだし……。でも『いつでも大丈夫』って返信して仕事の日と重なったら……)
「…………」
愛梨は震える手で『予定はこちらで合わせた方がいいですか?』と質問を打ち込み、送った。
(気軽に連絡していいって言ってたし、内容も、何でもいいよね……?)
すぐに返信が来て、愛梨は食い入るように確認した。
内容を要約すると、参加する友達は同じ班の仲間で、予定も合わせやすいからいつでも大丈夫だそうだ。
愛梨はおそるおそる、日曜日と木曜日が休みだと打ち込み、送った。
「!」
春介からの返信がきた。
『おれ達も日曜日休みなんですよ。その日で大丈夫ですか?』
愛梨は『はい。大丈夫です』と送った。
『では、今度の日曜日に遊びましょう( ≧ω≦)ノ』
返信の内容が、輝いているような気がした。最後の顔文字が、春介の笑顔に変換されて脳内に思い浮かんだ。
(や、ヤバい……)
通信鏡を持つ手が、震える。
いつもの不安や恐怖とは真逆な意味でだ。
(お、お菓子! 何か――ない)
手土産を準備しないととは思ったが、朝食と夕食を水で済まさなければならない状況で、菓子など準備できるはずがない。昼食は、食堂で食べており給料から天引きされているので、現世見廻じゃない内勤日のみしっかりと食べる事はできているが。
作ろうにも砂糖や卵、小麦粉等の材料になりそうな物すらない。
(じゃあ、せめて服! さすがに仕事着――しかない)
黄泉軍に入った時、支度金はちゃんと渡されていた。着替えも含めて買い揃えてはいたのだが、部屋に吸殻や化粧品の容器が散乱していた日にまとめてなくなっていた。
(そうだ! 確か、二百円程度だけどヘソクリ――空き巣に入られてたんだった……)
二週間前までは、ヘソクリとして貯蓄があった。慰謝料や教育料と称して、給料のほぼ全額を同じ班の四人に脅し盗られていたので、一月に十円や多くて五十円程度しか貯められなかったが。
それを、空き巣に入られて盗まれた。
空き巣について隊長に相談した。だが、ピッキングの跡を見せても「どうせ、自作自演だろ」と、取り合ってもくれなかった。
そんな災難があって、愛梨は今、無一文である。
(詰んだ……)
愛梨は四つん這いで項垂れた。
◆◇◆
約束の日曜日。愛梨は春介の部屋の前にいた。
(最低限、寝癖とかは直したけど……。みすぼらしくないかな? それに、お菓子とかも準備できなかったし……)
高揚と不安がない交ぜになった気持ちで、呼び鈴を鳴らした。
「はぁーい」
ドアの向こうから、低めの穏やかな返事が返ってくる。
「こ、こんにちは! 雅楽代愛梨です!」
と言ったあたりで思った。
(あれ? 挨拶するタイミング、間違えた?)
そんな愛梨の心情とは関係なく、ドアが開く。
「いらっしゃい。待ってたよ~」
出迎えた春介の、ほんわかした笑みを見た愛梨は、緊張や不安が薄らいだ。
「お邪魔します。今日は、誘ってくれてありがとうございます」
「いえいえ」
リビングに通されると、テレビの前に先客が二人いた。
「お! 愛梨!」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「おう!」
灼はにぱっと明るい笑みを浮かべる。
「そいつがナンパで引っかけてきた美少女か?」
「だからナンパじゃないって言ってるだろー」
どことなくニヒルな笑みを浮かべて春介をからかいにかかる蓮。
「さ、座って。他にも二人来るから」
「はい」
春介に促されて、愛梨は隅の方に座った。
「今日はよろしくな。あたしは滝峯蓮」
「はい。よろしくお願いします。私は雅楽代愛梨です」
名乗りながら、第三討伐隊内で聞いた噂を思い出していた。
(滝峯蓮さんって、先輩達が話してた……)
ものすごく強いイケメン系の美女と、男女問わず噂されていた。男からも女からもモテる印象だ。
一方で、灼は蓮に声をひそめて訊く。
「……なぁ、あと二人って……」
「あー、花耶と千絃だぜ」
答えを聞いた瞬間、灼は顔を曇らせた。
「そんな顔すんなって。春介が、全員に話があるんだとよ」
「でも、あいつら妖怪だし……」
「お前、まだうだうだ言ってんのかよ。その様子だと謝ってねぇよな?」
灼はしょぼんと頷く。
「花耶なら謝れば許してくれるって。それに、千絃も花耶が許すならしぶしぶ水に流すと思うぜ」
「謝るまでが難しいんすよ……」
今度は声をひそめるというより、へこんでいる感じだった。
インターホンが鳴ったので、春介が出迎える。
「花耶、千絃、いらっしゃーい」
二人の名前が聞こえた瞬間、灼はビクッと肩を跳ねさせた。二人が紙袋を下げて部屋に入ってきた時には、灼は蓮の影に隠れる。
(え、千絃さんって、あの⁉)
またもや聞いた事のある名前が聞こえた。
顔までは知らなかったが、端正な顔立ちで所作も自然体だがどこか品があるという噂を聞いた。女子人気が一番高い印象だった。
「ごめん! 準備してたら遅れた!」
「ごめん」
二人の容姿を見て、愛梨は思わず見惚れた。
(うわ! すごい綺麗な人……。着流しも似合ってる。女の子は小さくてかわいい! 妖精みたい)
千絃の噂には必ずと言っていいほど花耶への陰口がついてくる。愛梨はなるべく陰口部分は聞かないようにしていた為、この二人への印象が薄かった。
その反動か、目の前にした瞬間、心臓が高鳴るほど二人が印象的に見えた。
ぱちっと、千絃と目が合う。
「君が雅楽代愛梨さん?」
「はい! 今日はよろしくお願いします」
「よろしく。僕は狗飼千絃。この子が……」
「花耶、です」
名乗りながら、ぺこんと花耶は頭を下げた。愛梨も頭を下げ返した。
「で、準備ってぇと?」
「おつまみとクッキーだよ。蓮は絶対お酒飲むでしょ?」
「よっしゃ!」
はしゃぐ蓮の前には、テーブルの上に白い手提げのビニール袋が置かれていた。膨らみからして、カップ酒が複数個入っているようだ。
「お酒、ですか?」
「おう。あたしの好物だぜ。……飲むか?」
「こら」
春介が蓮の頭にチョップした。かなりいい音がした。
「愛梨さんは見たとこ中学生か高校生くらいだろー。だめだよ酒なんて飲ませちゃ。それに、それ度数そこそこ高いじゃないか」
「さすがに冗談だよ。それに、この程度ならジュースみてぇなもんだろ」
「蓮ならジュースみたいにがぶ飲みできるだろうけど、普通はがぶ飲みするような物じゃないからな」
蓮はかなり酒に強いようだ。
「……春介、今日、どんなゲーム、するの?」
「とりあえず準備してあるのは、人狼、赤い扉と殺人鬼の鍵、お邪魔者の三つだよ」
「おっ! 赤殺っすか?」
灼がぴょこっと反応した。
ホラーゲームは苦手だが、さすがにカードゲームやボードゲームは平気である。
むしろ、赤い扉と殺人鬼というカードゲームは仲間内でやって、ほどよいスリルを感じられたので好きなゲームだった。
◆◇◆
数時間ほど、千絃と花耶が持ってきた菓子やおつまみを食べながらカードゲームをやり、日が暮れてきりのいいところでお開きになった。
「愛梨さん、今日は楽しめたかい?」
春介が、愛梨を部屋まで送りながら訊く。
「すっごく楽しかったです!」
愛梨は、花が開くような笑顔で言った。
「春介さんと蓮さんの連携、すごかったですよ! 禁止カード出してもすぐに回復されるし、人狼では村を全滅させましたし!」
「いやぁ、ちょっと運がよかっただけだよー。蓮が初っぱなから妨害しまくってすぐバレるから、サポート大変だったなぁ」
「千絃さんも、あの記憶力はチート級ですよ!」
「うん。なんで千絃はカードゲームとか強いんだろって思ってたんだけど、まさかカードの場所を全部覚えてるなんてなぁ」
「灼も、ノリがよくて面白かったです!」
「そうそう! 悲鳴も迫真の演技だったし、殺人鬼だってバレた瞬間のサイコ演技も面白かったなぁ。次はTRPGとか誘ってみようかな」
「でも、花耶さんがしぐさだけで殺人鬼や役職を見破ったのはすごかったです!」
「花耶は、色々よく見てるからなぁ」
次に、春介が愛梨に対しての事も言う。
「愛梨も、引きがすごくよかったじゃないか。一発で地図で金塊を見つけたり、赤殺では脱出口のカードを引いたり」
「でも、その次罠で全滅しましたよね……」
「うん。おれもあれは初めてだったよ。殺人鬼ですら自分の罠に引っ掛かって死んだって事だからね、あれ……」
どうやら、悪い意味でも全員引きがよすぎたようだ。
「……あの、もしかしたら私の勘違いかもしれませんが、灼、花耶さんと千絃さんとは仲がよくないんですか?」
愛梨はゲームとは別のところで気になっていた事があり、少し不安そうに尋ねる。
ゲーム中は、普通に楽しそうにしていた。しかし、その前後がギクシャクしているように見えたのだ。
「ちょっと、喧嘩しただけだよ。早く、仲良くしてくれるといいんだけどね」
春介は続けて言う。
「愛梨も、ごめんね。気を使わせちゃったかな?」
「いいえ! 確かにギクシャクしていましたけど、友達が増えたのは嬉しいですし……。あ! あとおつまみとクッキーは花耶さんと千絃さんの手作りなんですよね? すごく美味しかったです!」
話をそらすと、春介は優しい笑顔を浮かべて、頭を撫でた。
「じゃあ、その事を二人に言っておくね」
「はい」
心が暖かくなりながら頷く。
「あら? 雅楽代さん。そんなところで何をしてるのかしら?」
その温もりを、一瞬で凍らせる声が聞こえた。




