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 見廻コースである大通りから少し路地に入った場所。

「もう落ち着いたかい?」

 春介は灼に訊いた。

「ふぁい」

 若干鼻声だが、涙はある程度収まっていた。

「少し、びっくりしたね」

「びっくりなんてもんじゃないすよ……。怖かったっすよ……」

「千絃って、本気でキレると昔から使い慣れてる方の口調が出ちゃうからなぁ」

 千絃が黄泉軍に入った当初、あのような昔の口調をしていた。

 最近死徒になった人々から『爺くさい』『怖い』『似合わない』など言われたため、今の口調に改めたのである。

 今では、日常生活に不便ないくらいには板についているが、やはり激怒すると元の口調が出てきてしまうようだ。


「それに、化け物って……」

 灼の手が、ぎゅっと拳を作る。千絃のとどめの言葉は、自分が嫌っている妖怪と同族になってしまった事を再確認させられたような気がした。

「……煤竹。何で千絃があんなに怒ったか、分かるかい?」

「そりゃ、あの女の子にひどい事言って、胸ぐら掴んで……」

「そうだね。実を言うと、千絃ほどじゃないけど、おれも少しだけイラっとしてたんだ」

 春介がそうカミングアウトすると、灼はしょんぼりと俯いた。

「じゃあ、煤竹自身は今の状況をどうしたい?」

 今の状況、というと同じ隊の死徒全員が敵になってしまったところだろう。

 灼が黄泉軍に入ったのは、これから起こるだろう戦争から、家族や友人を守るため。兵器として利用されてしまうだろう親友達を助け出すため。

 できれば手助けしてくれそうな仲間を作りたい。さすがに邪魔はしないだろうが、この状況は目的のためにも心情的にも好ましくない。

「……オレ、どうしても助けたり守りたい奴らがいるんです。でも、オレ一人じゃ確実にできるか分からない。だから、仲間が欲しい」


 しかし、それを邪魔する意地があった。

「でも、妖怪なんかと仲良くしたくない」

 灼は、元凶である妖怪をどうやっても信用できなかった。

「なんでそんなに妖怪が嫌いなのか、話してもらってもいいかな?」

 春介が小首を傾げる。

 灼は自分が笹森城でされた事を全て話した。春介は内容に驚いていたようだが、すぐに落ち着いた様子で話した。

「じゃあ、それを隊の仲間に話せるかい? みんな、いい奴だからもしかしたら同情してご家族や友達を助けてくれるかもしれない」

 春介のアドバイスに、灼はこくりと頷いた。

(本当は煤竹も妖怪含めたみんなと仲良くしてほしいけど、そんな事情があるなら強制はできないなぁ。少しずつ心開いてくれるといいけど)

 春介はそう思いながらつけ足した。

「それと、ひどい事言った人には謝った方がいいよ」

「……」

 灼はしょんぼりと頷くように俯いた。


「さて。それじゃあ見廻に行――え、嘘だろ⁉」

 春介は何かに気がついたのか、急に近くのビルに駆け込んだ。

「え⁉ ちょっと待――はぁ⁉」

 灼も立ち上がり、ついて行こうとして、気がついた。

 そのビルの屋上、転落防止用の手すりの外に、一人の死徒が座っていた。


◆◇◆


 見廻中、事故や通り魔など、生者が別の生者に害を与えようとしていても、死徒は助けてはならない。自殺しようとしている生者を助けるのも禁止されている。

 戦争時は例外だが、たとえそれが家族や友人、恋人などの大切な者であっても、助けたら減給や謹慎などの処罰の対象になる。

 理由は、生前の世界は生者の世界。あまり亡者が関わりすぎると、生死の倫理観が曖昧になるからだ。


 しかし、自殺しようとしているのが亡者ならば話は別である。

 バンッ。

 途中で春介を追い越したと灼は、扉に体当たりするような勢いで飛び出した。

 それとほぼ同時に、死徒少女がずり落ちるように身を投げる。

 灼は飛び出した勢いそのままに手すりを飛び越え、少女の手首を掴んだ。

 しかし、自らの腕のリーチを全く考えていなかったらしい。


「――⁉」


 手すりに掴まろうと伸ばした指先が、スカった。


「いぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」

 泣き叫ぶ灼。

 だが、春介が手すりから身を乗りだし、本当にギリギリで灼の手を掴んだ。


◆◇◆


「死ぬかと思った……」

「死んだと思った……」

 灼と春介は、七階建てビルの屋上で息も絶え絶えになりながら呟いた。

 恐怖で泣きながら腰を抜かしている灼の手には、自殺を図った少女の手首が握られている。

「なんで、止めたんですか……」

 少女は、呟くように訊いた。

「なんでって、そりゃあ普通助けるだろ?」

 灼が言うと、少女は睨むように顔を上げた。

(あれ? この子……)

 春介は、その少女に見覚えがあった。

 花のように可憐な顔立ちに、ゆるふわな明るい茶髪。

 五ヶ月前、怨夢内で瓦礫に足を潰されていたのを蓮と共に助けた少女であった。


 少女の大きな瞳が潤み、涙がこぼれる。

「私、自殺しようとしてたんです‼ 一時的でもいいから楽になりたかったのに‼ 邪魔しないでよ‼」

「え、え⁉」

 怒鳴られて戸惑う灼の手を振り払おうと、少女は掴まれている腕をやたらめったらに振る。

「離して!」

「いやいや離したらもう一回自殺するだろ!」

「自殺の何が悪いの⁉ 自分の命くらい好きに消費してもいいでしょ⁉ 亡者は死んでも蘇生するんだから! 死んでも取り返しはつく‼」

「それでも自殺はダメだよ」

 少女は、今度は春介の方を睨む。

「君が死んだら、悲しむ人がいるから、さ」

「そんなのいない!」

「いるよ。少なくとも、おれとこいつは悲しむよ」

「!」

 思いがけない言葉を返されて、少女は何も言えなくなった。

「そう! オレもすげー悲しいぞっ!」

「…………」

 少女は俯く。自殺に迷いが生じているように見えた。

「それに、君、怖がってただろう? おれ達が君に気がついてここに来るまで時間があった。飛び降りていないのは躊躇っていたからじゃないかなぁ?」

「…………」

 図星だった。

 死んで楽になりたいと思ってはいるものの、いざあの場に足を投げ出して座った時、体がすくんだのだ。

 やっとの事で決心がついた時、灼が飛び出してきたのである。

 このままでは未遂で終わってしまうと思い、身を投げたのだ。


「何か、あったのかい?」

 春介は質問した。

 先程、少女は「自分が死んでも悲しむ者はいない」と灼に返していた。

 自らの生前の経験上、そこまで追い詰められる理由で思いつくものがあった。もし、彼女が理由を話さなければ、よりたちの悪い者の餌食になっていると予測できた。

「…………」

 少女は、黙って首を横に振った。

 話したら、もっとひどい目に遭う。話せるわけがなかった。


「じゃあ、君、名前は?」

「「えっ?」」

 灼と少女は春介を見た。

「どうかした?」

「いや、なんかタイミングおかしくね? って」

「いやぁ、友達になりたいと思ったんだけど訊きそびれちゃって」

「あ、ナンパっすか?」

「違うよ⁉」

 春介と灼のやり取りを見て、少女は目をしばたかせた。

 未遂で止められたとはいえ、自殺しようとした女と友達になりたがるだろうか。

「んじゃオレも友達になってもいい?」

 しかも二人も。

「ダメか?」

「え、ええと……」

 正直、どう返せばいいのか分からない。

 そもそも、この二人を信用しても大丈夫なのだろうかと思った。

 もしかしたら、自殺から助けた事を恩に着せて、この二人も第三討伐隊のみんなのように……。


(いや、でも……)

 しかし、死後初めて友達ができるかもしれないチャンスだ。

 少女は生前、仲のいい友達がいた。ごく普通の、何気ない日常だったが、今の虐げられる毎日から見れば、本当に幸せな毎日だった。

 もしかしたら、友達ができるだけで気持ち的に今までよりはましになるかもしれない。


「えっと……。二人とも、お名前を訊いても、いいでしょうか……? あ、私は雅楽代(うたしろ)愛梨(あいり)です」

 先程の春介の質問に答える。

「オレ、煤竹灼!」

「おれは咲宮(さきみや)春介。第一討伐隊に所属してるんだ。灼はおれの後輩だよー」

「!」

 春介の名前は、聞いた事があった。第三討伐隊の女子が話していたのだ。

 顔はイケメンというわけではなくて普通だが、笑った顔が癒し系。滅多な事では怒らないほど温厚な性格で優しい。だいたいそんな感じの内容の噂だ。

(少なくとも変な人には見えないし、悪い事はしなさそうだけど……)

 死後初めての友達か。厭な目に遭わない為の拒絶か。


「あの、私はまだお二人の事を完全に信じきってはいませんし、もしかしたら、ひねくれたひどい態度になってしまうかもしれません。えっと、それでもいいですか?」

「できれば信じてほしいけど、お互いよく知らねーもんなぁ。しょうがねーか」

「それに、すぐにそうやって正直に言ってくれる時点で、かなり素直な子だと思うよ」

 そう言いながら、春介は愛梨の頭をぽふぽふ撫でた。


「!」

 愛梨は驚き、目を見開く。

 なぜか、心がほわほわと暖かくなった。

 目頭が、熱くなる。

「「⁉」」

 愛梨の反応を見て、春介と灼はぎょっとした。

「ええぇ⁉ な、泣……⁉ 何で⁉」

「力加減間違えたんじゃないすか⁉ 痛かったんじゃ……」

「わあぁ! ごめん! おれ、快癒使えるから、すぐに治すね!」

 春介は謝りながら、先程撫でた部分に手をかざす。

「ち、違いまずっ! 大丈夫、です」

 しゃくりあげながら首を横に振る愛梨。

 頭を撫でられるなど、本当に久しぶりだった。

 どうやら、愛梨自身が思っていた以上に心が疲弊していたようだ。

 心の中の、凝り固まった不信感が解れていくようだった。

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