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 約三ヶ月の治療と一ヶ月のリハビリ期間の末、花耶は退院した。

『『花耶、退院おめでとう!』』

「ありがとう、ございます」

 花耶は埋もれるように、同じ隊の先輩に囲まれていた。仲間が怪我から復帰するのは嬉しいのだろう。

「本当に待ちくたびれたぜ。面白そうな任務は他の班にまわされるしよ」

「しかたないだろー。化穢討伐や怨霊確保は基本四人以上でやらないとなんだから」

「煤竹も、まだ朔月(さくげつ)だから……」

 蓮、春介、千絃も口々に言う。


 朔月とは、死徒の階級の一つだ。上から順に、望月(もちづき)弄月(ろうげつ)弦月(げんげつ)若月(わかつき)繊月(せんげつ)、朔月と呼ばれ、前紐の根本に縫い付けられる階級章のボタンも満月、十三夜月、半月、三日月、二日月がデザインされている。朔月のみボタンはない。そのため、口の悪い者から月無しと呼ばれる事もある。

 朔月は新人中の新人で、彼らの仕事は雑用か、現世見廻の中でも屍霊や地縛霊と浮遊霊の保護など、安全な物のみだ。


「ねぇ、春介と蓮から聞いたんだけど、花耶って妖怪だったの?」

「ん。そうらしい、です」

 声を潜めて訊いてきた質問に、花耶は頷いた。

「マジかよ! 全然気づかなかった~」

「全然、妖気が感じ取れなかったもん」

 まわりも、なぜか声を潜めて驚く。

「でも、何で私達みたいな元妖怪の屍霊でも分からなかったんだろ?」

「……?」

 妖怪は、妖気を感じとる事ができる。変化で人間に化けているなどではない限り、人間と人外の見分けがつくはずなのだ。

「もしかして、人混(ひとま)じりとか?」

「……かも、しれません」

 人混じりとは、人外と人間の混血の事だ。普通の妖怪やモンスターよりも妖力や魔力は少なく、妖気や魔気はかなり薄い。よほど感覚が優れていないと、近寄っても気づきにくい。

 ましてや、彼らは「花耶は人間だ」という先入観があったのだ。ただでさえ気づきにくい物が、思い込みにより気にも止めなくなっていたのだろう。


「まぁでも。パッと見分からないならちょうどいいや」

「そうだね。今回の新人には『自分は人間だ』って事で通した方がいいよー」

「…………」

 おそらく善意の忠告だろうが、花耶はどう答えればいいのか分からなかった。

 見舞いに来ていた春介、蓮、千絃から煤竹灼の話は聞いていた。三人から共通して聞いたのは『妖怪が嫌い』という事。

 さらに、怨夢内で化穢に『花耶は妖怪だ』とバラされている。

 今更言い繕ったところで、完全に手遅れだった。

「……すみません。バレて、ます」

『『…………』』

 正直に話すと、目元を覆って天を仰いだり、花耶の肩や頭にぽんと手を置いたり、手を合わせる者がいた。『ドンマイ』とか『御愁傷様』と言いたいのだろう。


「……」

 忠告してくれたのに少し申し訳ないが、花耶には灼に話したい事があった。

 人の隙間から探すと、隅に赤毛の火鬼がいた。目が合った瞬間、すごい目で睨まれた。

「す――もご」

 声をかけようとしたところ、千絃に口を塞がれた。

「少し花耶を借りますね」

『『はーい』』


 灼のいるところとは逆の隅に連れていかれた。

「花耶、さっき御崎(みさき)先輩が忠告してたし、散々僕達も煤竹は妖怪嫌いだって言ったよね?」

 千絃は、屈んで顔を寄せ、至極小さい声で囁く。

「ん」

「じゃあ何で声かけようとしたの? 絶対ひどい事言われるよ」

 言われたのか、誰かが言われているのを見たのだろう。説得を始めた。

「助けるの、遅れた。だから、謝らないと」

「いや、それは化穢の邪魔が入ったから仕方ないよ」

「でも、それ、死徒の、都合」

 花耶の反論に、千絃は何も言えなくなった。

 色々な邪魔が入って救出するのが遅くなったけど仕方ないよね。でも魂は残ってるからセーフだよ。

 なんて、助けられる方は知った事ではない。ただの自己弁護、言い訳である。

「…………。分かった! でも、せめて僕と誰かがいる時ね。でも今は、もうすぐ朝礼が始まるから」

「ん」

 花耶はこくりと頷いた。


◆◇◆


 朝礼が終わった。

 今日の仕事は現世見廻だ。

 花耶達の班の担当区域を、さらに分配する。

 戦前は二人一組だったそうだが、世界大戦により死徒の数が激減したため、今は一人で職務に当たるのだ。

 しかし灼は死徒となって日が浅いため、誰か一人と組む。

 花耶と千絃は、灼本人が強く拒絶したため他二人の誰かと組む事になった。

 前回が蓮とだったので、今回は春介と組む事になった。


「あの……。煤竹、さん」

 解散の前に、花耶が声をかけた。

「なんだよ」

 灼は顔を顰めながら振り返る。

「ごめんなさい」

 いきなりの謝罪に、灼だけでなくその場にいた春介と蓮も目を見開く。

「怨夢で、助けるの、遅れた。ごめんなさい」

 頭を下げる花耶に、灼は動揺を隠しきれなかった。

(え、何で謝るんだ? 助けた礼を要求されるかと思ってたんだけど……)

 一瞬、絆されかけたが、すぐに顔を振って考えを捨てる。

(いや! こいつは妖怪だ! 自分を弱々しく見せて油断させようってしてんのかも!)


「言っとくけど、そうやってしおらしくしてもオレは騙されねーから!」

 かなり強い語調で、続ける。

「お前、ちょっと可愛いから猫被れば自分の思い通りになるとか思ってんだろ! それ、人間なら通用したかもだけど妖怪がやるとただキモいだけだ‼」

「煤竹、ちょっと待って」

 春介が止めに入る。その視線は、花耶の背後に向けられていた。

「人間を思い通りに動かそうと外見だけキレイに取り繕ってるつもりだろうけど、腹の中はドロドログジュグジュのドブみてーな性格ブスはオレには通用しねーから!」

「煤竹! 待って! 本当に待って‼」

 春介は、灼と花耶の間に割って入る。しかし、灼はそれでも罵り続けた。

「それで? 何企んでんだ? 全部オレが潰してやるから黙ってねーで言ってみろよ性格ドブス‼」

「頼むからちょっと待ってぇ‼」

 ついに春介は口を塞ぐが、灼はあっさりと力ずくで外す。

 普通なら、春介は力が強いので外すとなると時間がかかるはずなのに。

(嘘だろこの子⁉)

 春介が戦慄する中、花耶が反論した。

「何も、企んで、ない」

「口ではどうとでも言えるもんな? どうせお前も、他のクズ妖怪と同じだろ‼」

「っ!」

 言われた瞬間、花耶は灼を睨み、静かに口にした。

「訂正、して」

「あ?」

「妖怪は、みんな、クズじゃ、ない。優しい人、いる。人間と、同じ」

「同じなわけねーだろ‼ あんな化け物‼」

 ついに灼は、春介を押しのけ花耶の胸ぐらを掴んで拳を振り上げた。

「いっでぇ⁉」

 瞬間、蓮の悲鳴が響いた。


「《痺雷針》」


「っ⁉」

 雷の針が、灼の耳元を掠めた。

「…………」

 おそるおそる視線を上げる。

「むぐっ⁉」

 痺雷針を放った術者――千絃は灼の爪を立てるように灼の口元を掴んだ。

 まだ電撃を放ってはいないが、手の甲からバチバチと電光が走る。


「脳幹を射抜き殺してやろうか。下劣な屑が」


 口調、声音、人相が激変していた。

 灼は脂汗が噴き出て、かっ開いた目には涙が滲む。体は小刻みに震え、しかし筋肉が硬直して全く動けなかった。


「千絃、待って!」

「少し落ち着けって!」

「お前が言うとマジで洒落になんねぇよ!」

 三人かがりで千絃を引き剥がしにかかる。

 千絃は、筋力は弱いため、すぐに離れた。しかし、爪をたてていたせいか、灼の頬をガリリと掻いた。

 灼はへたりこむ。うるさいぐらい脈打つ心臓は鳴りやまない。

「花耶は、右腕右脚を焼き落としてでも貴様を助けようとしたのだぞ‼ 見舞いに赴いても心配かけぬよう掛け布団を肩までかけたり、体勢を変えて怪我を目立たぬようにしていた‼」

 雷のような怒鳴り声が、灼の体をビリビリ震わせる。

「その上、「助けるのが遅れた」「そのせいで辛い思いをさせた」と悔やんでいた」

 静かな低い声のはずなのにまわりの制止の声をかき消すような気迫があった。

「それを、性格も含めて全否定した挙げ句、自分の主張を否定されれば手を上げようとして……!」

 灼の目が、涙で滲む。視界がぼやけても、恐怖は薄れない。


「そのような聞き分けのない貴様の方が、化け物ではないかッ‼」


 化け物。

 その言葉は、灼の心に深々と刺さった。

 ぼろり。大粒の涙がこぼれる。

「春介ぇ‼ 煤竹連れて行け!」

「はいぃ!」

 蓮が言うが早いか否か。春介は灼を小脇に抱え走り去った。

「逃げるな‼」

 千絃はまだ暴れている。妖術を撃てば死にはしなくても一発で意識を持っていかれると思うのだが、完全に殺す事しか頭にないようだ。


「花耶! 鶴の一声!」

「ん」

 花耶は頷き、前に蓮から教わった一声を放った。

「千絃、怖い。やめて」

 千絃は、ピタッと暴れるのをやめた。

 自らの手の平を傷つけるのではないかというくらい拳を固く握りしめ、春介と灼が去っていった方向を睨んでいたが、やがて花耶に目を向ける。

「ごめん……」

 ばつの悪そうな表情を浮かべる人相は、もういつもの千絃に戻っていた。

 花耶は、ほぅっと息を吐く。

「んん。それより、蓮の、指」

「え?」

 視線を落とす。

 蓮の、形のいい薬指に、血の滲んだ歯形がついていた。

 実は、春介が灼の罵詈雑言を止めようとしている間、蓮も千絃を止めていたのだ。詠唱されないように口を塞いでいたが、振り払われる時に咬まれてしまったのだろう。

 サァッと、血の気が引いた。

「うぁあ⁉ 蓮ごめん!」

 千絃は即座に蓮から身を離し、謝った。

「この程度、舐めときゃ治るだろ」

「い、いや……。咬み傷だから舐めないで欲しいかな……?」

 今度は顔が赤くなる千絃だった。

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