1
注意
ひどい虐め、セクハラの描写があります。
トラウマを持っている方、苦手な方は注意してください。
また、本日投稿する話にはまだ登場しませんが、人によってはメインの登場人物にヘイトがたまるような描写もあります。
それらが苦手な方は、三章と四章は読むのを控える事を推奨します。
大変、申し訳ありません。
ひび割れていく住宅街の風景。崩壊していく怨夢。
「チッ! 早く逃げるわよ!」
茶髪の太った中年女が仲間に言い、踵を返す。
「ま、待ってください! 脚が……!」
そう泣きながら訴える少女の膝から下は、瓦礫に挟まっていた。
少女の仲間と思しき女達はギロリと睨む。
「いっ⁉」
太った中年女に手を体重をかけるように踏み締められて、少女は短い悲鳴を鳴げた。
「それくらい、自分で何とかしなさい‼」
耳を疑った。
確かに少女は、同じ班の者からよく思われていない。しかし、見捨てるだけでなくこうして追撃してくるとは。
「甘えてんじゃねーよ」
「回復系の霊術しか使えないくせに」
「私ぃ、重くて汚いお荷物さん持ちたくなぁい」
そう口々に言うと、彼女らは逃げていった。
「そ、そんな……」
絶望したか細い声は、まわりの音にかき消される。
なんとか瓦礫から脱しようと、アスファルトの地面に爪を立てる。しかし、ガリガリと爪が削れるだけだった。
「いや……! 死にたくない‼」
怨夢は、怨霊の記憶と精神を元に作られる。それゆえ強い繋がりを持っている怨霊が外に出ると怨夢は消滅する。
ただその場合、魂が消滅する事はない。
中にいる者は生前の世界もしくは生死の境に出る。位置によっては、怨夢の消滅と共に床がなくなったり、急に出現した現実の建物の壁によって怪我をすることにもある。それを防ぐ為に、怨霊を確保した時は生者を優先的に、全員が怨夢から脱出できたのを確認してから最後に怨霊を外に連れ出すのである。
しかし怨霊が何らかの理由で魂を失った場合、中にいる者は崩壊する怨夢ごと消滅してしまう。化穢に魂を喰われたり、化穢化によって魂が消滅した場合、その化穢を討伐しても怨夢は崩壊する。
崩壊時にできる亀裂から脱出するのは可能だが、今の少女は移動ができない。
ただ一人、怨夢と共に消滅するだけである。
「だれか……っ」
少女の声は天に届いたのだろうか。
「大丈夫か⁉」
「気をしっかり!」
男女の声が聞こえた。
◆◇◆
「‼」
死徒が暮らしている三寮棟の一室。下着姿の少女は布団から飛び起きた。
外は薄暗い。時間は朝だが、空には薄い雲がかかっていた。
(夢、か)
数ヶ月前、少女は同じ班の先輩達に怨夢で置いてきぼりにされた。
その時、見知らぬ男女二人組に助けられたのだ。意識が朦朧としていて顔は覚えていないが、外見年齢はだいたい二十代ぐらいだというのは覚えている。
疲れの取れない体を引きずるように起き、寝ている間に室内干ししておいた上下一着ずつしかないヨレヨレの黒い服に着替えた。生乾きだが、この季節はしょうがないと諦める。
(明後日は休みだから、しっかり干せる)
朝食代わりの水を飲み、黒羽織に袖を通して、朝礼のある第三集会室に向かった。
◆◇◆
集会室には一番最初についた。
他の隊士が入ると、少女を睨みつけるか、わざとぶつかったりしてくる者達がほとんど。中には、胸や尻にさわってくる男もいた。
気持ち悪そうに眉根を寄せるが、何もかも諦めたかのように、ただ必死に耐える。
「おはよう!」
「!」
その声が聞こえた瞬間、少女の身の毛がよだつ。この不快感も、すでに慣れてしまった。
「どぉしたのぅ?」
「元気ないじゃん!」
「何か、あった?」
「相談、のるわよ」
同じ班の女達が少女を取り囲む。少女は、とっさに声が出せなかった。
「関さん、今日も元気ね~」
「石井さんは今日もかわいいなぁ」
「いや、菊竹も美人な上によく気が利くじゃん」
「あんな女の相談にのるって、三澤さん人よすぎ~」
隊士達は口々に彼女らの事を話す。それに混ざって少女の事も聞こえた。
「ってか、あいつ無視してんだけど」
「せっかく仲よくしてくれてんのに」
「人の男は盗るくせして愛想無さすぎ~」
「せっかく顔が可愛くても、あんな性格ブスじゃあなぁ」
「しかも、彼女持ちの奴ひっかけるくせして告白されれば振るビッチだろ」
「それだけじゃなくて、人の物を平気で盗むらしいし」
そんなひそひそ話に泣きそうになりながらも、少女は俯いたまま口を開いた。
「お、おはよう、ございます……」
喉に痛みを感じるほどつっかえながら、挨拶を返す。無視していたら、後の報復が怖かった。
◆◇◆
今日の彼女らの仕事は、現世見廻である。
人は死ぬと、半分以上は走馬灯を通じて生死の境に送られる。その場合は、彼らを保護する専門職が死後の世界にあるので任せている。
しかし、大量に寿命が残っている若者の中には、屍霊になってしまう者、浮遊霊や地縛霊になってしまう者がいる。
彼らを保護するのが、現世見廻の基本的な仕事内容である。
時には、怨夢の入り口を発見したり、とり憑かれている生者を見かける事もある。その対応も、仕事内容の内に入っている。
「じゃ、あんたはこの範囲をやりな」
太った中年女――三澤が素っ気なく現世見廻の範囲が書かれた地図を渡す。
示された範囲は、この班の担当する範囲全てだった。本来なら、五人で分ける仕事量である。
「もし、一個でも魂残したら罰としてリンチ刑だから」
「サボるんじゃねーぞ」
「報告書もおねがぁ~い」
他の三人も、口々に言う。
「……はい」
それに対して、少女はしぶしぶ了承するしかなかった。断ったところで、この場でリンチされる。人通りはそこそこあるが、おそらく助けられる事はない。そもそも、彼女らを視る事ができる人間が少ないのだ。霊視能力者もしくは同業者が偶然通りかかる望みも薄い。
「今日はどこ行くぅ~?」
「私、欲しいバッグがあるの。いつものとこの新作」
「でもあそこ、霊視能力持ちのバイト雇ったわよ」
「マジ? もう無料買いできないじゃん!」
「じゃあ今日は、副業にいそしみましょうか」
彼女らは無料買いと称しているが、実際は、ほとんどの生きている人間に認知されない亡者の性質を利用した万引きである。
少女も、万引きを強要された事があった。
その時は逃げたが、後に現世見廻をサボったと上司である隊長と副長に告げ口された。
少女自身、三澤達の万引きの事を上司に話したが「この四人に限って、そんな事はしない」「責任転嫁するな」と怒られた。
別の虐めについて、話を聞いてくれそうな先輩数人に話したが誰も信じてくれなかった。
獄卒に通報もしたが、うまく証拠を隠していた上に、生者が万引きをした可能性や会計ミスをした可能性も考えられ、証拠不十分で彼女らが捕まる事もなかった。
後に、三澤達から告げ口と逃亡の罪でリンチ刑に遭った。
隊長からは、この隊の評価を下げる気かと怒鳴られた。
それ以来、少女は虐めの事を誰にも相談しなくなった。話したところで、誰も信用せず虐めの内容もエスカレートするから。
(あ、ヤバい)
一人になったところで、少女の目から涙がこぼれた。
(だいぶたまってたんだ)
涙を拭いながら、歩き始める。
限界までたまり込んだストレスを自覚すると、普段考えないようにしている疑問が浮かぶ。
(私、なんでここにいるんだろ)
思い浮かぶのは、厭な視線を投げかける奴ら。
(同じ班の先輩には虐められ、同じ隊の先輩達には嫌われ。あの隊には、居場所がない……)
嫌われる理由は知っていた。
窃盗と、恋人のいる男を寝取ったと言われているからだ。
前に、仕事から帰ってきた時に盗まれた物と同じ銘柄の煙草の吸殻や使い切られた化粧品の容器が部屋に散乱していた時があった。
しかも、タイミングをはかったかのように同じ隊の先輩がシュシュを盗まれて少女の部屋に押し入った時だった。
さらに、少女はなぜか彼女のいる男からよく告白される。
しかし、告白される心当たりが全くない。アプローチどころか、ほとんど会話した事もない相手なのだ。
その度に振ったりしているのだが、今は腹いせとばかりにセクハラを受けている。周りの女からも助けてもらえず、それどころかアバズレとかビッチとか呼ばれるようになった。
(逃げたい。でも、逃げられない……)
辞めたかった。しかし、辞表を出せば隊長に破り捨てられた。
理由は「人手不足だから」「祓穢ほどではないとはいえ、元祓い屋稼業の屍霊は珍しいから」だそうだ。
(もう嫌……。疲れたよ……)
虐められ。
嫌われ。
助けてもらえず。
信じてもらえず。
逃げられない。
「…………」
ふと視線を上げると、ビルの前に立っていた。
七階建て。下は硬いタイルの道。屋上から落ちたら、確実に死ねるだろう。それも、蘇生に時間がかかるほど体がぐちゃぐちゃになって。
(もう、休みたい……)
少女は、誘われるようにビルの中へ入っていった。




