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 灼は獄卒に連れられて、地獄にやって来た。まるで果てのない鍾乳洞のような、おどろおどろしくも神秘的な風景である。

 遥か天井はまるで、血の色に染まった雲に覆い隠された空のようであり、その雲の切れ目から赤黒い鍾乳石が突き出ている。


 大きなトンネルから来たのだが、その横に巨大な滝があった。水量も、豪瀑(ごうばく)と言えるほど多く、迫力満点である。滝の落ち口は岩の天井に阻まれて見えない。

「え⁉」

 よく見ると、滝では人が流れ落ちていた。

「あの、あのあれ大丈夫なんすか⁉」

 灼は獄卒に尋ねる。

「問題ない」

「あの人達は生前、悪行を積み重ねて、それに見合った償いもしていない悪人達だよ」

 迎えに来た獄卒の中でも、女が上を見上げて説明する。

「上では川……仏教圏では三途の川、ギリシャではステュクスって呼ばれていてね。寿命が残っている亡者の中でも善人は水の上を渡れるけど、地獄に落ちるような悪人は一瞬で引きずり込まれる。その流れ着く先が地獄ってわけ」

 視線が滝壺に移る。赤黒い岩のせいか、血の池のように見えた。

 血の池から這い出た悪人は、待ち構えていた獄卒に手枷足枷をはめられる。その前に逃げても数秒でお縄についた。


「おい。獄卒でもない奴にあまり地獄の事を話すな」

「えー、別にいいじゃん。この人の裁判はあくまで形式上なんだし、死徒になるんでしょ。もしかしたら仕事で会うかもしんないし」

 女獄卒は不満そうに口を尖らす。

「あの、裁判ってどんな事するんですか? やっぱり閻魔帳とか、鏡とか?」

「あー、鏡は中国の裁判方法だねー。閻魔帳は使うけど」

「じゃあ日本は違うんですか?」

「うん! 根の国は誓湯(くがたち)を使うんだ」

「くがたち?」

 聞き慣れない単語に灼は小首を傾げる。

「沸騰してるお湯に手を浸して火傷したら有罪っていう裁判方法だよ」

「……え」


◆◇◆


 誓湯とは、古代の裁判における判定法だ。その内容は、沸騰する湯に手をひたして、火傷を負えば有罪。火傷しなければ無罪というものである。

 地獄の誓湯用の湯は超高性能。善人には心地よいぬるま湯程度の水温しか感じられず、罪人には(罪の重さにもよるが)絶叫してのたうちまわるような水温となる。火や熱に強い種族ですら耐えられない高温だ。


「いやいやいやいやいやいや‼ さすがに無理だって! 無理ぃ‼ こんなん絶対火傷するだろー‼」

 裁きの間に連れてこられた灼は必死に抵抗していた。目の前には、火もないのにぐらぐらと煮えたぎる熱湯。

 ちなみに、人はだいたい四十五度の熱で火傷する。四十五度であれば火傷するのに約一時間ほど時間がかかるが、七十度だと一秒で火傷を負う。そして、普通の水ですら沸騰する温度は百度だ。

「くっ! この屍霊、力が強すぎる……!」

「鬼だからか……⁉」

「往生際が悪すぎるぞ‼」

「いい加減諦めろ‼」

「抵抗するな‼」

「後がつっかえてんだ! 早く手ぇ突っ込め‼」

「そーだそーだ!」

 現在、男の獄卒が七人がかりで誓湯に灼の手をぶちこもうとしているが、全く微動だにしない。灼の死ぬ直前の種族は火鬼、つまり鬼である。人間と比べると、圧倒的に力は強い。

 待機している悪人達は最後の娯楽とばかりに、灼が勝つか獄卒が勝つか賭けていたが、見張りをしている女獄卒達は止める様子はない。止めようと口を開こうものなら、笑いが吹き出してしまいそうだから。

 隙を見計らって跳ねながら逃げようとした悪人がいたが、すでに一人の女獄卒の関節技で落ちていた。

 その勇敢な女獄卒は今、抱腹絶倒している。次から次へと込み上げる笑いを鎮めようとしているが、全くうまくいかず軽い酸欠を起こしていた。


「すんなり裁判受けるって聞いたぞ⁉ 覚悟決めてんなら腹ぁ決めろやゴルァ‼」

「これ腹じゃなくて手ですよね⁉」

「じゃかぁしい‼ チビの癖に口答えすんなや‼」

「オレ背ぇ伸びる予定っすから‼」

 怒鳴り付ける獄卒に泣きながらツッコミや身長について怒鳴り返す灼。もしこれで有罪なんて出たら、たいそう可愛がられる事だろう。主に、刑罰的な意味で。

 ちなみに、灼は知らなかった。

 亡者は不老不死の存在。死んでも蘇生でき、老化もしない。ついでに体の成長もしない。その為、気にしている身長は、二度と、一切、全く、〇.一ミリメートルたりとも、たとえイリザロフ法を使っても、絶対に伸びない事に。


「これリアクション芸人も全力で拒否るやつだって! 絶対押しちゃダメな方の押すなよ絶対押すなよだって‼」

「…………」

 最終的な判決を下す下級の神はおもむろに席を立ち、無様に喚く灼の後ろに移動した。そして、後頭部を掴む。

「んぶぶぐっ⁉」

 一気に灼の顔面を誓湯に沈めた。

「ぶはっ! はぁ、はぁ、はぁ……。あれ?」

 誓湯から顔を上げた灼は、きょとんとした。

 湯が、見かけのわりに全く熱くなかった。体感温度は、少し冷たい程度の心地よいぬるま湯である。

「…………」

 確かめるように手を湯に浸したり、ぱちゃぱちゃしたり、こぼれないように注意しながらぴゅーっと水鉄砲してみた。

「遊ぶでない」

「あ、すいません……」

 大人しく誓湯で遊ぶのをやめた。


「手を見せてみよ」

「は、はい」

 おそるおそる手を裁判官に見せる。

 火傷はない。

(報告によると、殺人を犯したが穢憑きの間のみ。悪戯なども地獄に堕ちるほど酷い物ではなかったな)

 そして、判決が下った。

「煤竹灼は無罪。死後、数多の妖怪を殺したが全て穢憑きの期間のみ。第二十四条『術や呪い、洗脳により意思を封じられし者が犯した罪は、全て行使者が被る事』に則り、不問とする」

 無罪判決が下りて、灼は胸を撫で下ろした。

(よかった……。これで、あいつら助けに行ける)


 灼は後ろに下がり、合同で裁判を受けている悪人の番になる。

 灼の反応を見てか、次の悪人は余裕そうに見えた。裁判官に促されて、笑みさえ浮かべて誓湯に手を突っ込む。


 次の瞬間、絶叫が響いた。


 その手は、皮膚がめくれるほどのひどい火傷を負っている。火傷部分には、強盗殺人や空き巣等、罪状が黒い文字で浮かび上がっていた。

 灼は思わず目を背ける。

 どうやら、獄卒の説明は本当のようだ。

 灼の時は、本当になんともない水温だった。もし何らかの方法で水温を上げようとしても、この短時間であんなひどい事になるほど熱くなるわけがない。

 その後、合同の裁判はつつがなく続いた。

 灼以外、全員が有罪となった。

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