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 千絃を案内するカラスは、ある神社の鳥居に止まった。

「この中に入って行ったの?」

 歩きながらの移動で、多少は体力が回復していたのだろう。千絃は、小走りで駆け寄りながら訊く。カラスは、肯定として一回鳴いた。

「分かった。ありがとう」

 千絃は、鳥居の真ん中を通った。

 鳥居の真ん中は、生死の境に通じている。亡者にしか入れない場所だ。

 生きているカラスが案内できるのは、ここまでである。


◆◇◆


 青白い蝶が光源として舞い遊ぶ、彼岸花畑が広がる空間。生死の境。

 鏡を囲む鳥居の一つから、千絃は入ってきた。

「灼と蓮、どこまであの大うつけを追えたかな?」

 一番、花耶の近くにいそうなのは灼だ。彼は蓮よりも足が速い。その上、愛梨が韋駄天走をかけていた。

 千絃は、灼の通信鏡に連絡をした。


「もしもし? 灼――」

『問題なのです! ででん!』

 通信鏡の向こうから暁生の声が聞こえて、思わず通信を切った。

 もしかしたら間違い電話かもしれないと思い、今度は確認しながら、慎重に灼の通信鏡にかけた。

『『ま』から始まって、途中で『ん』が入り、最後は『こ』で終わる物はな~んだっ?』

「『マニンジャウ湖』にて貴様を沈めて殺ろうぞ」

 答えと九割九分九里ほど本気の殺害予告を同時に返して、通信を切った。流石に、残り一里の理性で踏みとどまっていたが。

 どうやら、最初のも間違いではなかったようだ。


(もしかして灼、追いつきはしたけど捕まった?)

 だとすると、もう蓮しか頼れそうな仲間はいない。あの時、花耶を拐った暁生を追いかけていたのは自分と、灼と、蓮だった。

「!」

 千絃の通信鏡が鳴った。

『もしもし! 千絃!』

 通信は蓮からだった。

「蓮、花耶の居場所、分かった?」

『おう! 花耶と灼は篠森にいる。たぶん、二人とも縛られて動けねぇ状態だ。春介に、助っ人連れてくるように頼んだ』

「分かった! 僕もすぐにそっちに行く!」

 千絃は、篠森の一番近くに通じる鳥居をくぐった。


◆◇◆


「れん!」

 千絃は、篠森までよたよたと走ってきた。

「かゃ……、ほんとに……っ、このもり……」

「とりあえず、落ち着け。ヨレヨレじゃねぇか」

 千絃の体力は、底をつく寸前だった。


 しかし、ある程度呼吸を整えると、篠森に向かって足を向ける。

「待て! まさか、中に入る気じゃねぇだろうな?」

 蓮は千絃の手首を掴んで止める。

 千絃は蓮の手を外そうと引っ張るが、びくともしない。

「だって! 花耶達はこんな危ないとこにいるんだよ⁉ 早く助けに行かないと、あの子達死ぬよ!」

「そりゃ、千絃も同じだよ! しかも、ヨレヨレのフラフラじゃねぇか! 花耶達よりも罠で死ぬ危険高ぇわ!」

「それでも、じっとしてられない!」

「頼むからじっとしてろ! 千絃には、まだやらねぇといけねぇ事あるんだよ! 死んでる暇ねぇわ!」

 蓮は続けて言う。

「花耶、泣いてたんだよ。あいつらが無事に戻ってきて、一番安心させられるのはお前だ。だから、少なくとも千絃は無傷で待ってねぇとダメだ」

 そう説得されて、千絃は悔しそうに唇を噛む。

 一刻も早く、二人の安全を確保したい。しかし、それをこなせる技術がなかった。

「春介や愛梨なら、絶対ぇ優秀な助っ人連れてくる。そいつが、花耶と灼を助けに行くまでの辛抱だ」

「……分かった」

 どこか、血の滲むような声色だった。


◆◇◆


「蓮さん! 千絃さん!」

「「!」」

 声をかけられて、蓮と千絃は振り返った。

 そこにいたのは、雪音だった。

「春介さんと愛梨さんからお聞きしました。花耶さんと灼さんはこの森の中ですか?」

「はい」

「あたしが花耶に確認しました!」

 助っ人は雪音のようだ。彼女の質問に、千絃と蓮が答える。

「かしこまりました。春介さんと愛梨さんは、すぐに来るかと思います。安全な道を探しながらなので、かなり時間はかかってしまいますが、必ず、お二人を連れ帰ってきますね」

「お願いします!」

 雪音の言葉に、千絃は頭を下げる。

 雪音は、すぐに死の森に入っていった。


◆◇◆


(これは……えげつない量の罠ですねぇ)

 森の中に入って、雪音は軽く引いた。

 雪音は、アルビノである事を理由に近くの村から迫害され、幼少の頃から享年である十三歳までの数年間を山の中で過ごしていた。科学の発展していない、迷信が広まっていた時代だったからというのもあるだろう。

 常人では分かりづらいが、そこかしこに違和感のある痕跡がある。もはや、自分の山暮らしで得た経験が間違いで、違和感のある痕跡が自然なのではないかと錯覚しそうになるほどだ。

(とりあえず、ここは帰り道に使えないですね。他の所からまわりましょう)

 雪音は、自分の経験を頼りに安全な道を探し、森の奥へ進んでいった。


◆◇◆


 それから数時間後。

 きゅぉ~。

 ぐるるる。

「!」

 低い音が聞こえた。

(獣の唸り声でしょうか? ……いや)

 よく耳を澄ますと、猛獣とは違うように聞こえる。


「地獄饅頭、さし上げましょうか?」

「んぇ! いいんすか?」

「……本当、ですか?」

 花耶と灼の声も聞こえる。ここの近くにいるようだ。

 先程の、猛獣の唸り声みたいな音は、二人の腹の虫だったらしい。

 雪音は、慎重にしつつも歩みを早めた。


◆◇◆


 開けた場所に、雪音はたどり着いた。

 そこでは、木の幹に縛られた灼と、暁生に片手で押さえられている花耶がいた。

「ほいっ! 刺っし上~げたっ♪」

「テメーこの野郎‼‼ そっちの上げるかよ‼」

 暁生は、饅頭を枝に刺して掲げていた。どうやら、分け与える意味の『あげる』ではなく、高度としての『上げる』だったようだ。

 花耶は饅頭に手を伸ばしているが、全く届いてない。


「花耶さん! 灼さん!」

「!」

「「雪音さん!」」

 雪音が駆け寄りながら呼ぶと、花耶と灼は心底安心した表情になった。少し、涙目になっている。やはり、不安だったのだろう。

 一方で、暁生は不思議そうに首を傾げている。

「あれれ~? 何であなた、無傷なんですかぁ~?」

「そんな事より、お二人とも、お怪我はありませんか?」

 雪音は暁生の質問を流して、二人に質問した。

「私は、平気、です。でも、灼、お腹に、膝蹴り、受けました」

「花耶! かっこ悪ぃーから言うなよっ! あ、でも痛みはないんで大丈夫です!」

 花耶の報告に、雪音は心配するが、灼が答えて安堵した。

「そんな事、な――」

「そうそう! めっちゃ無様に飛んで、見てて楽しかったのです!」

 花耶がフォローしようとした時に、暁生が遮った。


「……その口振りからすると、貴方が花耶さんを拐かし、その際愛梨さんと蓮さんに蹴りを入れ、助けようとした灼さんを蹴り飛ばし、この立ち入り禁止の危険区域に二人を放り込んだ方でしょうか?」

 雪音がやんわりと問い詰める。こめかみがピシピシしていた。

「そうなのです! 玩具二人をからかうの、ものすっごく楽しかったのです!」


 その瞬間、雪音は力強く踏み込んでいた。


「のっ、とぉんっ⁉」

 みぞおちめがけて、鋭く突き出された白い拳を、暁生は躱す。

「ちょっと今のは危のわ゛ぁ⁉」

 拳とは逆の足で回し蹴りをくらいかけるが、暁生はバックステップで避けた。

「っ⁉」

 縮地法を使ったのか、音もなく瞬間的に距離を詰められて、暁生は焦る。

「ちょっと離れるのです‼」

 暁生は牽制のために雪音の顔面を狙う。

 しかし雪音は、紙一重で掻い潜り、腕と胸ぐらを掴んだ。


 ズダァンッ。


 見事な背負い投げで、暁生を地面に叩きつけた。

 ゴッ。

 さらに、顔面に拳を落とす。

「今回は、この一撃で済ませて差し上げますよ。縄を切るまで、そこでお眠りください」

 雪音はそう言って、少し乱れた襟元を軽く直す。

「お見事……」

「ざまぁ!」

 花耶がぽそぽそ呟き、灼はスカッとした。


「さて。では縄をお切りしますね。纏霊刃も使いますが、少々時間がかかってしまうかもしれません」

「分かりました」

「大丈夫です」

 と、二人は言うが、縄を切っている間、たまに腹の虫が騒いでいた。

 さすがに、地面に落ちた饅頭を食べさせるわけにもいかないので、そのまま我慢させるしかなかった。

(何か、お菓子でも買ってくればよかったでしょうか……?)

 今度から、異空鞄に日持ちのする物でも入れておこうと思う雪音だった。

千弦に問題を出した直後の暁生サイド。

暁生「つーまーんーなーいー! 何で普通の答え出しちゃうんですかぁー!」

灼 「何っちゅう問題出してんだこの気違い」

花耶「卍崩し組子!」

灼 「何て?」

暁生「花耶ちゃん、もっと面白い答えが――」

灼 「お前は花耶に変なもん教えるんじゃねー!」

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