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「!」

 灼は板の間で、布団から飛び起きた。

「ここ、どこだ?」

 キョロキョロ見まわしていると「目が覚めましたか?」と声をかけられた。声のした方を見ると、白い羽織を着た女がこちらに目を向けていた。

「少々、お待ちください。貴方とお話があるという方がいますので」

「あ、はい」

 木製のブラインドのついた和風な衝立で気づかなかったが、部屋には他の者がいたらしい。女は声をかけて出て行った。

 待っている間、気を失う前の事を思い出す。


 下校中、夏休み明け最初の動画について話していたところ、穴を見つけ、引きずり込まれた。

 連れて行かれた場所でヒオニという妖怪にされ、焼き殺された。

 そして、夜の学校みたいな場所でクラスメートによく似た女子に騙されて、黒い泥に包まれて、一時気絶。

 再び気がついたら、体育館にいた。「炎で焼き殺せ」と女子に言われた。

 偽物とは言え、学校を焼きたくなかったので断ったのだが、なぜかすぐ後に怒りでどうでもよくなってしまった。

 とても妖怪とは思えないくらい可愛らしい少女の首を絞めていたところを大柄な男に盾で殴られそうになり避け、しばらくは大柄男と交戦。その後、美少女に魔法のようなもので倒された。


(……夢、だよな? さすがに)

 主に最初の方を信じたくなかった。しかし、おそるおそる額に触れて、現実で起こった事だと思い知らされた。

(これ、角⁉ やっぱり生えてんのか⁉)

「――っ! ぐ、ぅ……!」

 灼は角を握る手に力を込める。

「! 何してるんですか⁉」

「やめなさい、やめなさいって‼」

 異変に気がついた者達が止めに入る。

「鬼の角は頭蓋骨から生えてるんです! 折れたら最悪死にますよ⁉」

「っ⁉」

 最悪死ぬと言われて、灼は手を緩めた。

「オレ……やっぱり鬼なんすか……?」

 大粒の涙を流し、顔をぐしゃぐしゃにしながら訊く。白羽織達は不思議そうに顔を見合わせた。


「失礼します」

 女が言っていた者が来たのだろう。凛とした声が部屋に入ってきた。

「!」

 部屋に入ってきた雪音は、泣いている灼を見ると目を見開いた。

「何が、あったのですか?」

 白羽織達は説明に困っていたようだが、起きた事を話す。

(自ら角を折ろうとした……ですか。それに、自分が鬼である事を泣きながら尋ねてきた、と)

 真っ先に雪音が思いついたのは、記憶喪失だ。自分の部下である花耶も、生前の記憶がないのである。

「申し訳ありませんが、彼と二人でお話をしたいです。少々、お連れしても構いませんか?」

「大丈夫です。体の方は異常がありませんから」

 許可が下りたので、雪音は怯える灼の前に屈み、視線の高さを合わせる。

「すみませんが、お話ししたい事があるので、私について来てください」

「あ、あんたは……?」

「失礼いたしました。私は雪音と申します」

 雪音が名乗ると、灼は警戒あらわに尋ねる。

「人間、か?」

「ええ。生前は、人間でしたよ」

 そう聞くと、少しだけ警戒を和らげた。目元を拭い、小さく頷く。


◆◇◆


 出来る限り近い空室に移動した。灼は緊張しているのか、借りてきた猫のように座布団の上で正座している。

 一方で雪音は、同じ正座ではあるがどことなくゆったりした雰囲気すらあった。

「まず、貴方のお名前をうかがってもいいですか?」

「あ、はい! 煤竹灼です」

 灼が名乗ると、雪音は内心小首をかしげる。

(名前は覚えている……。記憶がないわけではないみたいですね)

 そんな事を思いつつ、続けて尋ねる。

「まず、煤竹さん。これから話す事は、かなり衝撃的かもしれません」

「は、はい」

 前置きに、灼は頷く。


 雪音は軽く息を吸い、言った。

「貴方は、生前の世界で命を落とし、亡者となりました」

 雪音が話す事実に、灼は息を呑んだ。

 鼻の奥が、ツンとする。

 分かってはいたのだ。しかし、それを受け入れられるかどうかはまた別問題である。

「貴方は一時、穢憑きという化生になりました。貴方を穢憑きにした化穢という魂を喰らう化生はすでに部下が討伐いたしましたが、貴方はその間に多くの生者を殺してしまいました」

 灼は俯きながら、雪音の話を聞く。初めて聞く単語はあるものの、ほぼ全部覚えているので、罪悪感のわく確認作業のようなものだった。

「そこで、貴方は一度、死後の世界にある地獄に行き、裁判を受けなくてはなりません」

 静かに告げられて、灼はやっぱりかと思った。


 しかし、どうしても人間に伝えなくてはならない事があった。

「あの、地獄にはちゃんと堕ちます! だから、ちょっとだけ家――いや、どこでもいいので人間界に帰ってもいいですか⁉」

「申し訳ありませんが、それはできません。無罪判決が出れば、できます」

「だって、オレ人殺しですよ⁉ 無罪なんて出るわけないじゃないすか!」

「とりあえず、一度落ち着いてください」

 雪音はそう宥めてくるが、灼は落ち着いてなどいられなかった。

 殺されただけではなく、自分の大事なものが妖怪の魔手によって壊されるのだ。しかも、その手段に友人を使われるのだ。地獄に堕ちている時間などないと思った。

「穢憑きだった時に犯した罪は、化穢に操られてしたものとして扱われ、免除されます。もちろん、それ以外で罪を犯していた場合は有罪になりますが……」

 そう話したところで、ようやく落ち着いた。灼自身、特にいい事をしたという印象はないが、地獄に堕ちるほどの悪行はしていないと思っている。多少の悪戯はしたが。


「先程の話からすると、何かどうしてもやらなくてはならない事があるみたいですね。穢憑きになる前の事、差し支えなければ話していただけますか?」

 雪音が訊くと、灼は自分の身に起こった事とやらなければならない事を話し始めた。

 妖怪が人間に戦争を仕掛ける事。

 自分は兵器として妖怪にされた事。

 まだ友達や兵器にされた人間がいる事。

 それらを人間側に伝えなくてはならない事。

 かなりぐだぐだな説明だったが、なんとか伝わったらしい。雪音は大きな目を見開いた。

「……なるほど。兵器となった方々を救出し、危険を人間に知らせたい、と」

「はい! そうです!」

 灼は首が外れんばかりに大きく頷く。もしかしたら、日数制限かつ見張り付きで見逃してくれるかもという期待が大きくなった。


「申し訳ありませんが、おそらく無理です」


 しかし、雪音の口から出た言葉は受け入れがたいものだった。

「な、何でだよ‼」

 灼の口調が荒くなる。

「人間は、ほとんどが亡者を認知できません。なので、貴方の声は……」

「なら、筆談で!」

「昔の人間界ならそれも通用しそうですが……。今の人間達は妖怪など信じてはいません。妖怪との戦を書き残しても、事が起こるまでは悪戯として扱われるかもしれません」

「じゃあ、人前で書くとか……!」

「怪奇現象として寺社に処分される可能性が高いですね」

 ことごとく実際に起こりそうな事で否定されて、灼は頭を抱える。が、すぐに顔をあげた。


「さっき「ほとんどの人間が認知できない」って言ってましたよね⁉ なら、ちょっとだけ見える奴いるよな⁉」

 希望が見えたあまり、敬語を忘れてしまった。

「確かにいますが……」

 雪音は続ける。

「亡者を視る能力、霊視能力を持った方々は、大抵祓い屋稼業をしております。祓い屋の方は、ほとんどが妖怪と敵対しています。もちろん、妖怪を仲間として受け入れている例外の方もいますが、本当にごくわずかです」

 現在の妖怪と祓い屋の関係性を話し、自らの予測も続ける。

「貴方はの姿は鬼そのものです。話を聞いてもらえない可能性もあります。それどころか、囚われの身になる可能性もあります。最悪の場合、囚われた上で戦の情報を嘘と決めつけられたり、先手必勝とばかりに仕掛ける事も……」


 灼は真っ青になった。

 理想的な展開は、祓い屋に戦の情報が正しく広まった上で戦う力のない一般人の身の安全を最優先に行動してもらえて、妖怪にされた者達も元の人間に戻してもらえる事。捕まるのは嫌だが、最低限こうなっていればいい。

 しかし灼が行動しても、囚われるだけで徒労に終わる可能性がある。最悪、一般人の避難もままならず開戦時期が早まるなんて事もある。「元人間だろうが関係ない」という考えの祓い屋に捕まったら、一緒に拉致された人々の命はない。

 大事な人達の命がかかっているのだ。そんなギャンブルは恐くてとてもできない。

「じゃあ、その例外の祓い屋を紹介してくれませんか?」

 おそるおそる雪音に訊く。

「個人経営とか、多くても十人未満の事務所とかになりますが……」

「まとめると、どれくらいいます……?」

「私の知る限りだと、関東では二十人にも満たないかと……」

 微妙だった。

 あの時、妖怪にさせられた被害者はかなりいた。

 その例外の祓い屋に戦争の事を話せば、ちゃんと考えてくれる組織に伝わる可能性はある。しかし、その組織が妖怪にされた元人間まで匿ってくれるかは分からない。下手したら、その二十人以下と行動しなければならない可能性だってある。

 本気で戦争起こそうとしている妖怪達から救いだして、匿い、守るには数が少なすぎる。

「できれば、大きめな組織でありませんか?」

「十年ほど昔なら、心当たりがありました」

「じゃあそこなら……!」

「しかし」

 食いぎみな灼の言葉を遮り、続けた雪音の言葉に灼はがっくりと項垂れる事となった。

「その家の長はすでに老衰で亡くなり、代替わりしております。今では、その祓い屋は妖怪を奴隷と見なしています。下手をすると、討伐対象への鉄砲玉の扱いを受ける事も……」

 一番相談してはいけない組織となってしまっていた。

 これなら、まだクラスメートや家族、逃げ切れた友人は守ってくれるかもしれない。しかし、妖怪になってしまった方の人々が助からない。むしろ、奴隷としてこき使われた上で捨て駒にされる危険すらある。

(なんでそこの爺さん……婆さんかもしれねーけど、もっと長生きしてくれなかったんだよ!)

 完全に八方塞がりで、灼は筋違いな悪態を心の中で吐く。


「……かなり妥協する形になってしまいますが、一つだけ案があります」

 雪音の言葉に、灼は勢いよく顔をあげた。もはやその妥協案にすがるしかない。

「兵器とされた方々は、戦の最中に助け出す事」

「……えっ」

 信じられない言葉だった。

「いやいや、戦争が始まったら手遅れなんですよ⁉」

 最悪の事態が、脳裏を掠める。

「もしかしたら、オレの友達が、クラスメートや家族を殺すかもしれないんです! それだけはさせたくない‼」

 その光景は、とても無視できない。

「そんな事をさせない為に、開戦までの期間を準備期間として動くんです」

 雪音は言う。

「彼らを兵器としているという事は、自分達の駒として動くように何か、術や呪いをかけて自我を封じている可能性も考えられます。それについての解除等はできますか?」

「うっ……」

 絶対にできないと思った。

 元人間、それも普通の一般人として平凡だが幸せな人生を歩んできた灼には、そんな摩訶不思議知識が乏しすぎる。

「もし解除できるとして、兵器なら敵に知られないように秘匿、監禁しているはずです。場所を調べて、城から脱出、城下町内を誰にも知られずに避難させる事ができますか?」

 無理だと、灼は思った。

 まず、監禁場所を調べるのも難しい。

 霊視能力を持っていない人間相手ならば余裕だろうが、相手は人外。普通に亡者の姿を視認できる。

 城から脱出させるのにも、まとまって行動したら目立つし、いくつかのグループに別れて行動しても人数が多すぎて、誰かは捕まってしまいそうだ。

 城から脱出しても、相手は血眼になって探すだろう。自分の足で移動しなくてはならない以上、城下町を脱出するのにも時間がかかる。脱出した後も、人間に戻るか、人間に戻れなければ戦争が終わるまでの間は身を隠さなければならない。

 開戦前に助け出すのは、不可能に近かった。


「そこで、一つ提案なのですが」

 うなだれる灼に、雪音は言った。

「私の所属している組織――黄泉軍に入りませんか?」

「ヨモツイクサ?」

「はい。黄泉軍は、亡者の中でも屍霊と呼ばれる、特殊な霊体を持つ者が入れる組織の一つ。私の部下から聞いたのですが、貴方もその屍霊となっています」

「……まじ?」

 灼は驚き、自分の手を開いたり閉じたりして見た。

 全く自覚がなかった。

「黄泉軍の仕事は様々ですが、他の組織と比べて生者や生前の世界に密接に関わっております。被害に遭われた方々を助ける情報も、得やすいでしょう」

 雪音の話で、納得するものがあった。

 灼は今まで、人間側に働きかける事しか頭になかった。

 しかし、戦を仕掛けるのは妖怪側。人間を兵器にしたのも妖怪側。ならば、元に戻す為の手がかりも妖怪側が握っている可能性もある。

「基本的に、組織に属している屍霊は生者に危機が迫っても、加害者が亡者でない限りは助けてはなりません。しかし、我々は元生者。せめてもの慈悲で、戦時中にのみある権利が許されております」

 雪音の真剣な顔を見つめる。緊張で、灼の背がまっすぐ伸びた。

「『大事な者を守る』権利」

 雪音は説明を続ける。

「もちろん、任務の方が優先です。生者を殺したり、長期間の後遺症が残るような怪我を負わせるのもご法度。しかしそれらの条件さえ守れば、戦時中のみ自らの私情で生者を守る事を許されております」

 つまり、戦時中のみだが家族や友人を守る事を許されている。

「さらに、仕事の内容上、戦ともなれば大量に死者が出るだろう事もあって、組織の者――死徒も大勢出動します。組織内で協力者を得られれば、ご家族やご友人の生存率も高まるでしょう」

 一人では、守れる数にも限りがある。

 しかし、協力者がいれば大事な者達の生存率もその分上がる。

 自分のコミュ力次第だが、これで心配事の一つが軽減された。

「しかし」

 雪音は、次に黄泉軍に入る事のデメリットを話す。

「死徒の仕事は危険が常についてまわります。獄卒ほど厳しい職場環境ではありませんが、蘇生するとはいえ命を落とす事が何回もあるでしょう。殉職――魂が消滅する確率も、他の仕事と比べると高いです。忘れられないほど恐ろしい目にあう事もあります。それに戦ともなると、まともに休めないほど忙しいです」


 そして、他の選択肢も話す。

「職場環境は辛く、生前の情報も得にくいですが比較的安全な獄卒にもなれます。天使は……条件が非常に厳しいので難しいですが、一般亡者の中で魂の傷が癒え、転生する時を待つ事もできます。そういった選択肢もありますが、絶対に大切な方々を諦めきれないのであれば、もし無罪判決が下りました際、ご一考ください」

 灼は俯き、思考を巡らす。

 戦争前に、妖怪にされた友人や人々を救出するのはほぼ無理。

 それならば、人間界に出撃された後で兵器から解放した方が確実なのではないか。

 さらに、協力者を得られる可能性もある。

 その代わりに、仕事には危険がつきまとう。戦争になると忙しい。

 灼がやろうとしているのは、妖怪から友人や被害者を救い出す事。危険な事には変わりない。

 どれくらい忙しくなるのかは分からないが、どうせ戦前は情報収集、戦時中は実行と、かなり忙しくなるのだ。灼にとって、大した問題には思えなかった。

 灼の心は、決まった。


「明朝、獄卒が貴方を連行いたします。しっかりとお考えに――」

「なります!」

 雪音の言葉を灼は遮る。

「オレを、ヨモツイクサに入れてください! お願いします!」

 頭を下げて、懇願する。雪音は、目を見開いた。

「もう少し、よく考えた方がいいですよ? 獄卒ほど職場環境が辛くはないと申しましたが、仕事内容は決して楽ではありません。亡者は死亡しても蘇生できますが、魂が消滅すれば蘇生できませんし転生もできません。何より、戦時中は一年分の記憶が飛ぶほどに忙しいですし、痛くて辛い目に遭いますよ? 正直、ブラック企業の方がまだまともかと思えるほどです。それに、早々に目的を達成できても戦時中では辞める事も不可能です。まだ時間はあるので、しっかり、じっくり、考えた方がいいです」

 やけに戦時中の話が、凄みがあった。

 灼は一瞬狼狽えるが、それでも友人や家族を諦めきれない。

「いえ! オレ、家族や友達に死んでほしくないんです。それに、オレのせいで巻き込んじまった奴らもいるし……。後でうだうだ考えて結局ヘタレるかもしれません。でも、助けたり守ったりできるチャンスは絶対に逃したくありません!」

 意思のこもった、強い目で訴える。

(これ以上、妖怪なんかにオレの大事なものぶっ壊されてたまるか‼)

 その意思の中には、妖怪への憎しみもあった。


「……かしこまりました。では無罪になった際、支部長に話して諜報隊か討伐隊のいずれかに所属できるようにいたします。今晩は、医務室の方で寝泊まりを――」

 雪音が言いながら立ち上がったあたりで、灼は前のめりに倒れた。

「え、大丈夫ですか⁉」

 さすがに慌てる雪音は、しゃがみこむ。

「――、――った……」

「?」

 か細い声が聞こえた。雪音は耳をすます。


「脚、攣った……」


「………………」

 雪音は、完全に無の表情を浮かべた。

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