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「ぐすっ……。っ」

 誰かがしゃくりあげる声で、灼は起きた。

「痛って」

 瞬間、後頭部あたりに鈍い痛みが走る。咄嗟に押さえようとするが、なぜか腕が上がらなかった。

 視線を下に向けると、黒い縄で木の幹に縛られていた。

「んぉ! 何だこれ⁉ って、花耶も何で泣いてるんだ⁉」

 隣には花耶もいる。

 花耶は縛られてはいないが、泣いていた。先ほどのしゃくりあげる声は、花耶のものだったらしい。

「灼。頭、痛い……?」

「ちょっと痛てーけど、平気。頭打つぐらい、生きてる内に何回かやらかしてたし」

 それはそれで、別の意味で心配になる花耶だった。


「……ごめん。巻き、込んだ……」

 花耶は俯き、謝る。

 泣いていた理由は、後輩を巻き込んだ罪悪感によるものだった。

「いやいや、花耶は悪くねーって! むしろ、連れ去られた被害者だろ?」

「でも……」

「助けようと追っかけたのはオレの意思だから! 少なくとも、幼女誘拐犯を追っかけてる気分だった」

 花耶はあまり自覚なかったようだが、灼含む他の者達には、暁生はサイコパスにしか見えなかった。

 サイコパスに連れ去られる幼女。その状況だけで、充分危険を感じられる。


「今、近くにあいついねーの?」

「えっと……。たぶん、あのあたり」

 暁生の気配がある所は、大まかにだが分かる。しかし、正確には分からなかった。

 感覚の鋭い花耶ですら大まかにしか分からない。これだけで、かなり高い隠密能力だと察する事ができる。

「マジかよー。いなけりゃ、幹へし折ってでも縄外して、黄泉軍戻ろうと思ったんだけどな」

 灼は、花耶の指差した方向をジトッと睨んで言う。

 灼を縛っている縄は、おそらく鎧草だろう。腕に力を込めても、身を捩っても、ちぎれそうにない。

「それは、無理」

「んぇ。何で?」

 灼は小首を傾げる。

「ここ、篠森。罠、いっぱい、ある。木、倒したら、罠に、引っ掛かるかも」

「マジ?」

「ん。私も、ここで、修行して、何回も、死んだ」

 そう言われて、灼はある予想が浮かんだ。

「……もしかして、溶けたり爆死したって、ここの罠のせいだったりする?」

「……ん。回数的に、半分、くらい」

「むしろ半分ですんだのか?」

 灼が呆れると、先程花耶が示した方向から暁生の楽しそうなツッコミが入った。

「違うのです! 半分以上なのです! 九十五回なので!」

「訂正。七分の、五」

「よく覚えてんな」

「照れるのです!」

「誉めてねーよ‼ 呆れてんだよ! お前のサイコ具合に!」

 姿を現さずにボケる暁生に、灼は怒鳴り返した。


「比較的、特訓で、歩き慣れてる、私でも、無傷では、脱出、できない。それどころか、途中で、死ぬ。それくらい、危ない。灼、守り、きれない」

 花耶は俯く。

 涙は滲むだけでこぼれはしなかったが、自分の不甲斐なさが心底嫌になる。

「そっかー。じゃあ、助けが来るまで待ってるか。途中で置いてきちまったけど、千絃と蓮は追っかけてきてたし」

 と、灼は、続けて念押しする。

「だからさっ! 気長に待ってようぜ。あいつらなら、きっと助けてくれるから。な?」

「……ん」

 花耶はこくりと頷く。

「さっき、蓮から、連絡、きた。春介に、助っ人、連れてきて、くれるように、お願いしたって」

「そっか! なら、意外と早く森から出られるかもなっ!」

 灼は花耶を安心させるように、にかっと笑みを浮かべて言った。


「ひゅーひゅー! 顔は不細工だけど好きな子の前なら性格イケメン発揮するタイプの猫かぶり系チビッ子なのです!」

「チビじゃねー‼ あと『顔は不細工』は余計だ黙れ‼」

 少しいい雰囲気なのを即座にぶち壊された苛立ちをぶつけるように、灼は暁生に怒鳴った。

「……灼。お師匠の、からかい、気にしなくて、いい。少なくとも、私は、灼、かっこいいと、思うよ?」

「そ、そうですか……」

「なぜ、敬語?」

 顔を真っ赤にして視線を泳がす灼と、不思議そうに小首を傾げる花耶。

(うあー。慰めだって分かってるけど、めちゃくちゃ顔がにやける。あとあいつの声、マジうぜー)

 浸りたい気分だが、暁生の『へーんなっ顔ー♪』という煽り声がものすごく邪魔だった。


「んじゃ、お師匠として弟子ちゃんをお願いするのです! この子、めっちゃ健気なんですよー」

「!」

 黄泉軍に入って以来は会っていないが、花耶は暁生とそれなりに付き合いがある。

 脈絡もなく師匠が人を誉める時、必ずと言ってもいいほどからかいの言葉か、皮肉めいた罵倒か、秘密の暴露が出てくる。

 そして、灼が起きる前だが、花耶はある事を内緒にしてほしいと、暁生に頼み込んでいた。

「さっきもー」

 やっぱり。秘密を暴露する気だ。

「ま、待って! 言わな――」


「石っころで、鎧草の縄を削り切ろうとしてたのです!」


 花耶の言葉をかき消すような大声で言われた。花耶は、顔を隠すように蹲る。

「んぇ? 何で?」

 花耶の行動が疑問だったのか、灼は首を傾げて訊いた。

 ものすごく時間はかかるだろうが、持っている霊棍で切れるだろう。そうでなくとも、花耶は手先が器用だ。結び目を解けば、切るよりも時間は大幅に短縮できる。

「それしか方法がなかったのですよー。霊棍はボッシュートしてますし、結び目は接着剤でガッチガチに固めてるのです」

「嘘だろそこまでする⁉」

 つまり、刃物である霊棍は暁生に没収され、結び目は物理的に解けないようにしている。

 それで、無理と分かっていても、なんとか縄を切るには石を使うしか思いつかなかった。

「指が擦れて血が滲むまでやるなんて、バカ健気だと思いません?」

 容易に、縄を切ろうとする花耶の姿が想像つく。今までと比べたら、まだマシな方だが。

 仲間や友人を助けたり守るために、手足を吹っ飛ばされたり、頭を斬り飛ばされたり、内蔵がこぼれるような怪我を負う事もある。灼に対しても、黄泉軍に入る前なのに、化穢にならないように守ろうと全身火傷と片腕片足、残った方の手首も焼け落とすような怪我を負っていた。

 花耶からしてみれば、指に血が滲む程度、何とも思っていないだろう。

「……花耶。手、見せて」

 暁生の声に、灼は若干血の気が引きつつも、思い返し気づく事があった。

 花耶は、羽織の中に手を引っ込めていて、見えないようにしていたのである。

「ん」

 花耶はあっさりと手を見せた。

 既に、両手の指先に包帯が巻かれている。見たところ、かなり丁寧な手当てをされているようだ。

「これ、一人で巻いたのか?」

「んん。師匠が、手当て、してくれた」

「マジ?」

 第一印象はイカれたサイコ野郎だが、意外と優しい所もあるんだなと、見直す灼だった。

「そうそう! 俺はめっちゃ器用な優男なのです!」

 調子に乗った暁生の声を聞いて、素直に見直したくなかったが。


「花耶はさぁ、あいつの事、嫌じゃねーの?」

 灼は、不満の混ざった不思議そうな表情で訊く。

 花耶の態度から、あまり暁生に対する嫌悪感は感じられなかった。

「……苦手、だけど。嫌いじゃ、なかった」

 過去形だが、嫌ってはいないと答える。

「お師匠の、おかげで、強く、なれたから。それに、千絃には、修行の事、秘密に、してくれた」

「いやぁ、暴露しようと千絃さんを探してたんですけど、中々見つからなかったんですよぉ~」

「えっ」

 花耶はショックを受けた。

 秘密にしてくれたのではなく、暴露できなかっただけのようだ。

「でも、今は、灼を、巻き込んだから、嫌い」

 花耶は頬を膨らませて言った。

 灼を気絶させるまでなら、好感度はだいぶ下がるだろうが、恩義はあるので嫌いにはならなかっただろう。ただ、だいぶ嫌い寄りの苦手になるだろうが。

 しかし、自分だけでなく灼まで危険地帯に放り込んだ。その時点で、花耶の暁生に対する好感度はマイナスに達した。

「よっと!」

 今まで身を隠していた暁生だが、花耶の隣に背後に軽く飛び降りてきた。

「そんな理由で俺を嫌いになっちゃうんですかぁ~? お師匠、さぁ~びぃ~しぃ~いぃ~」

 そして、花耶の頬を勢いよく潰し、そのままもちもちむにゅむにゅ捏ね始める。花耶は冷たいジト目になった。

「もしかして、このチビッ子の事、好きになっちゃいました?」

「んぇえ⁉ なっ、なな何訊いて――」

 暁生は花耶に訊いたが、灼が顔を真っ赤にして慌てる。

 花耶は頭を振って手を振りほどき、答えた。

「ん。好き、ですよ。かわいい、後輩、ですから」

「あ……。そですか」

「なぜ、がっかり?」

 先程、『かっこいい』と言われて膨らんだ期待が、一瞬で萎む。


「ドンマイドンマ~イ♪」

(そっかぁ……。後輩、かぁ)

「ドンマイドンマ~イ♪」

(オレ、弱いし頼りねーし……)

「ドンマイドンマ~イ♪」

(千絃みてーにイケメンじゃねーし、春介みてーに大人じゃねーし……)

「ドンマイドンマ~イ♪」

「…………」

 ブチッ。

 暁生の煽りに、灼はキレた。

「ッガァアアアアアアアア‼ マジでお前クソうるっぜええええええええ‼」

 森の中に、足をばたつかせる灼の怒号が響き渡った。

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