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「待てやゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼」
黄泉軍からだいぶ離れた場所。
花耶を玩具として拉致した暁生を視界内に捉えているのは、灼のみとなっていた。
千絃は自身の足に帯電をかけていたものの、すぐにバテた。
蓮はただ単純に、灼と暁生の足の速さに追いつけず、撒かれた。
「うお! めっちゃ速いのです! チビっ子のくせに!」
「チビじゃねええええええええ‼ とっとと花耶返せやああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
「やーなーのですっ! 花耶ちゃんだって、俺と遊びたいですよねぇ? 『うん! 遊びたい!』ほらぁ♪」
「嘘こけ裏声で頬っぺた掴んで口パクさせてたやないけえええええええええええええええええ‼ それに、そいつすげーじたばたもちもちしてんじゃねーかああああああああああああああ‼」
「何でもちもちなんて擬音使ったのです?」
韋駄天走の効果もあって、灼は順調に距離を詰めていた。
走っただけでは追いつかれると思ったのだろう。暁生は、立ち止まり、言った。
「そーんなに返してほしいなら仕方ないですねぇ。ほら、返すのです」
「んぇ。マジ?」
花耶を両手に抱えて突き出す暁生。
灼はそれを信じたが、花耶が口を開いた。
「下が――」
花耶の忠告はわずかに遅く。
灼は暁生の前に止まった。
「うっそぷー!」
言葉の軽さとは裏腹に、暁生は花耶を胸の前に抱え直して踏み込み、灼のみぞおちに膝を叩き込んだ。
「ゴファ……ッ⁉」
数歩よろけ、踞る灼。
ドゴッ。
暁生は、後頭部と首のつけ根あたりめがけて、踵落とし。
「灼!」
意識が消失する寸前、花耶の悲鳴じみた声が聞こえた。
◆◇◆
「ゼヒュー……ッ。ゼヒュー……ッ」
黄泉軍からそこまで離れていない山の中。千絃は倒れていた。パッと見、喘息持ちが発作を起こしてぶっ倒れているようにしか見えなかった。
「が……ひゃ……」
まだ気持ちは、前に進もうとしていた。
しかし、気合いや補助妖術による強化ではどうにもできないほど、千絃の持久力は絶望的だった。
ただでさえ体力がないのに、今日は体力強化訓練だった。休んだとはいえ、疲労が残っていたのである。
「ガァ! ガァ!」
「!」
そんな中、カラスの鳴き声が近づいてきた。
カラスは千絃の前に着地し、羽織の袖をくわえて引っ張る。
(……もしかして)
千絃は、カラスの言葉は分からない。どのカラスも同じに見える。
しかしカラスは人の言葉を理解できるほど頭がよく、人の見分けもつき、仲間同士での情報交換にも長けている。
単純な意志疎通ならば、なんとかできるのだ。
「『はい』なら、一回。『いいえ』なら、げほっ。二回、鳴いて」
「カァ!」
カラスは返事をするように鳴いた。
「君は花耶の友達?」
「カァ!」
「花耶を見た?」
「カァ!」
「どっちに行ったか、分かる?」
「カァ!」
「案内できる?」
「…………。カァア!」
最後の質問では考える素振りを見せていたが、花耶を見つけて、大急ぎで知らせにきたのだろう。
カラスは何年もの間、人の顔を覚えている。彼らからすれば、千絃は友達の親や兄と同じようなものだった。
ついて来いと言うようにカラスが答え、空に飛び立つと、千絃はなけなしの体力を振り絞って、よたよたとついて行った。
◆◇◆
「んがぁあ、花耶はマジでどこ連れてかれたんだよ!」
蓮は苛立たしげに、近くの塀を叩いた。
「通信鏡、今度は通じるか?」
見失った後、蓮は探しながら花耶の通信鏡に無線をかけていた。居場所や、目的地に心当たりがないかを聞くためである。
『蓮……』
「!」
今度は通じたようだ。花耶の涙声が聞こえる。
「花耶! 今どこだ⁉ すぐ行くから、そこからあんまり動くなよ!」
蓮が言うと、花耶はしゃくりあげながらも答えた。
『篠森……っ。常夜の……。灼もっ、いる……。縛られて……! 灼、助けて……!』
場所を聞いて、蓮は青ざめた。
篠森。異名、死の森。
誰が設置したのか分からないが、対人地雷やトラバサミ、巨大な振り子罠に溶解液の人口沼、劇物を吹き掛ける特大霧吹き等、殺意の高すぎる罠が大量にある立ち入り禁止区域だ。
過去に三回、自衛隊員やマタギに転生前の帝国軍人が大量の罠を外そうとした事がある。しかし、死者が多数出た割に罠の解除数があまりにも少なく、計画は頓挫した。
そんな場所に、花耶と灼が囚われている。
さすがに、蓮だけで助けに行くのは無理だ。
「分かった! とりあえずあたしは死の森の前まで行く。春介に、助っ人を探して連れてきてもらう。不安なら、いつでも通信鏡にかけてこい。絶対ぇ、安全地帯から動くなよ! 大丈夫だから、な」
蓮は、自分にも言い聞かせるように言った。




