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 梶原は気がつくと、真っ赤な岩の床で俯せになっていた。

「あ? ここは……」

「久しぶりですね」

 声のした方を向くと、冷たい表情をした咲宮春介がいた。口では『久しぶり』と言っていたが、表情や声のトーンからは、敵意や憎悪しか感じ取れない。

「てめぇ‼」

 梶原は春介に殴りかかろうとしたが、できなかった。手足が動かなかったからである。見ると、手枷と足枷をはめられていた。

「おっと! あんまり抵抗しないでくださいねー♪」

 今度は別の声の主が、梶原の背を踏みつけて押さえた。

「おい。あまり手荒な事はするな。こいつはこれから、裁きを受けるんだからな。減刑されて嫌なのは、お前の方だろ」

 今度は女の声が聞こえた。口調は堅物そうな男っぽい。

「それもそうですねぇ。せっかく、面白そうな玩具が地獄に墜ちてきそうなのにぃ」

 足をどけたらしく、背中が軽くなった。


「裁き? 地獄? どういう事だ!」

「あれあれ? あんだけ悪い事した上に反省もしてないのに、分からないんですかぁー?」

 ぴょこっと、軍服姿の少年が梶原の顔を覗き込んで煽り散らかす。

「ここは地獄っ! あなたは、これから天国逝きか、玩ち――地獄墜ちかを決める裁判を受けるのですっ! ただ、こちらの嫌巻春太郎さんが、お話したいそうなので、ちょびっとだけ裁判の順番を遅らせて差し上げるのです!」

「咲宮春介です」

「そうとも言うのですっ!」

 獄卒少年とは初対面だが、わざとらしいほど名前を間違えられた春介は思わずツッコミを入れた。軽く流されてしまったが。


「地獄の方でも、裁判に向けた調べはついている。虐めに、他者を巻き込んだ復讐。おまけに殺人。どうやっても地獄墜ちは免れないと思え」

 全て思い当たる。しかし梶原は、それらが悪い事だと思わなかった。

「それのどこが悪いんだ‼ 虐めは、虐められる弱い奴が悪いんだよ‼ そんな弱い奴は強い奴に淘汰されて当然だ! この世の中は、俺みたいな強い奴が恵まれた人生を送るんだ‼ それを、正義の味方気取りの厨二野郎共が台無しにしやがった‼ 滝峯は当然の報いを受けただけだろうが‼‼」

 その発言、一言一句が春介の逆鱗に触れた。

「お前……‼」

「待て」

 殴りかかろうとする春介を、女獄卒が制止した。

「『裁判前の者に暴行を加えない』『獄卒二人が監視につく』面会の条件だ」

「……すみません」

 視線だけで相手を殺しそうな目で睨んでいたが、何とか理性で抑え込んだ。


 梶原はそれに調子づいて、今度は春介に言う。

「はっ! 何もできねぇ負け犬が‼ そういえばお前、滝峯の後に線路に飛び降りてたよなぁ? 彼女置いて心中のつもりかよ! ォブェ゛~ッ。マジで気持ち悪ぃ。まぁお前らが死んで喜ぶ奴は、大量にいるだろうなぁ‼」

 その発言で、春介の怒りと殺意が込み上げてくるが、言いたい事の他に別の言葉も思い浮かんで、殺意はそのままに冷静になった。

「確かに、蓮が死んで喜ぶような腐れ外道の方達は多少いるかも知れませんね。正義の味方は、あなたのようなどうしようもない極悪人に恨まれるから。でも」

 声に力を込め、断言する。

「蓮が死んで泣く奴は、そんな産廃野郎共なんかより何倍、何十倍もいるんですよ。おれもそうだし、穂花や白藤、中野や森谷、他にも蓮に助けられた奴らも! お前は地獄に堕ちて、あいつらのお前に対する怨みや怒りの分だけ嬲られろ‼‼」

 理性的に話そうと思っていたが、どうにも怒りが抑えきれずに乱暴な言葉として口から出る。それほどまでに、自分の愛した女を虐め、相棒と言っても相違ないほどの大親友を殺した梶原が許せなかった。


「ああ、そうそう。あなた、先程『虐めは虐められる方が悪い』って言ってましたよね」

 次に、先程思いついた事を話す。

「よかったですねぇ。見方を変えれば、地獄はその主張が罷り通る場所なんですよ。拷問を受ける(虐められる)方は、そうされても仕方ない理由があるのですから」

 春介の発言の意図を悟ったのか、女獄卒が獄卒少年に訊いた。

「地獄にはどんな罰があるか、こいつに教えてやれ」

「はいはーい! まず、いろんな汚物が溜まった池で肉食の虫に喰われる『汚物地獄』! 今なら、二人の性格ブスな美人と二人のブスが泣きながら働いてるのです! 手足の末端からカッチコチに凍って動けなくなる『極寒地獄』! 大っきなプールで水をたくさん飲み放題な『水責地獄』! 全身がビリジアンになるような毒を持った植物に抱かれる『毒棘地獄』! 美味しい焼き肉や茹で肉、蒸し肉になれるかも? 『灼熱地獄』! 飲まず食わずのバトルロイヤル! 勝者は血の滴るような超レア肉(敗者の死体)をたらふく喰える『飢渇地獄』! 他、個人プランもご用意! 罪人さん、お待ちしておりますのです!」


 獄卒少年の説明を聞いて、梶原は身の毛がよだつ。

「ふ、ふざけるな! 誰がそんなろくでもない所に行くか‼」

「今のあなたにそんな事を決める権利はないんですよ。あなたの過去の行いから、神様が決めるんです」

 春介は続けて、笑みを浮かべて言う。その目には、虐めをする者への静かな狂気的憎しみが込められていた。

「あなたはどんな地獄に堕ちるんでしょうねぇ。虫に食べられるか、意識がある状態で氷付けにされるか、溺死するまで水の中でもがき苦しむか、毒漬けで死ぬまで悶え苦しむか、焼かれるか、喰うか喰われるか」

 梶原は戦慄した。

 梶原自身、まだ虐めは虐められる方が悪いと思っている。虐めは正しい事だと信じて疑っていない。

 だが、世間一般の価値観ではそうではない。

 拷問は、受けたくない。

「わ、分かった……! 認識を改める。虐めは、虐める方が悪いって事にするから。俺、この後裁判を受けるんだろ? なら、『虐めなんてやっていない、人も殺してない』って証言してくれよ……。なぁ……。なぁ‼」

 梶原は膝立ちになり、泣きわめきながらすがりつこうとする。だが、それを女獄卒に止められた。

「やっと分かってくれましたか!」

 春介は嬉しそうに、続けて言った。


「なら、虐めも人殺しもやったあなたは、しっかりと罰を受けないといけませんねぇ」


 絶望と怒りが、梶原に押し寄せる。

「ふざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼‼」

 春介に突進しようとするが、獄卒少年も押さえつけに加わって敵わず。

「放せ! 放しやがれこのビッチと糞ガキ‼ だいたい、何で俺がこんな目に遭わねぇといけないんだよ‼ そもそもの元凶は、トロいア穂花じゃねぇか‼ 本当に地獄に堕ちるべきなのは、お前と! ボケ穂花と! バカ滝峯じゃねぇか‼ 俺を地獄に堕とすなら、てめぇらも地獄に堕ちろ‼」

 梶原はもがくが、両手両足に枷をはめられている状態で二人がかりで押さえられて、振り払う事はできなかった。


「そろそろ時間だ。気は済んだか?」

「はい。すみません。お時間を取らせてしまって……」

 春介はすっかりいつもの調子で、申し訳なさそうに謝った。

「かまわん」

「大丈夫なのですっ! むしろ、おもろーなやり取り見せて貰えて、大・満・足!」

 獄卒達は言った。獄卒少年にいたっては、むしろ楽しそうだった。

「それでは、この人の皮を被ったリサイクルすらできない産廃をよろしくお願いします」

「任せろ」

「手厚~く、遊んであげるのです!」

 獄卒達は、梶原を裁きの間まで引きずるように連行した。


「覚えてやがれ‼ 絶対ぇ脱獄してお前ら三人とも殺してやる‼ 泣くまで嬲り殺してやるからな‼‼」

 梶原の怒号が、遠のいていった。


◆◇◆


 有罪判決が出て三日後。梶原は、すでに脱獄するという野望が折れそうになっていた。

 梶原に下った刑罰の内容は、灼熱地獄で四百五十六年。

 この三日間の間、もう数えきれないほど死んだ。しかしその度に、蘇生させられた。

 梶原が生前に読んでいたラノベや漫画で出てくるような蘇生とは全然違う。筆舌に尽くしがたい激痛と不快感。もはや死ぬのが怖いのではなく、死んだ後に蘇生させられるのが恐ろしくなっていた。

 ひとしきり胃液を吐いて、やっと不快感が落ち着いた。が、立ち上がる気力はない。先程まで自分が正座していた、真っ赤に熱せられた鉄の台を虚ろな目で見ていた。

「もっしも~し。休憩、終わりでっすよ~」

 獄卒少年の煽るような口調すら、多少苛つきはするが、ほとんど何も感じなくなっている。


「もし俺が、あなたの脱獄を手伝ってあげるって言ったら、どうします?」

「!」

 梶原は飛び起きた。

「ほ、本当か⁉」

 その目には、希望の光が宿っている。

「はいなのです! ただし、一つだけ試験があるのです!」

 憔悴しきっていた梶原にとって、獄卒少年の笑みが救世主の微笑みに見えた。

 この少年の性根を知っていれば、悪魔の方がまだ慈悲深い御仏だと感じられるほどの、化け物の嗤顔に感じられたはずである。


◆◇◆


「ここが、試験会場なのです!」

 そこは、灼熱地獄の一角だった。向こう岸の見えない沼のような場所には、赤黒いドロドロの液体が煮えたぎっている。

「あの沼に、この石っころを投げ入れるので、それを見つけて俺のとこまで持ってきたら、脱獄を手伝ってあげるのです!」

「……は?」

 梶原は耳を疑った。

 あの、いかにも人を茹で死にさせそうな沼に潜って、何の変哲もない小石を探してこい?

 普通の考えなら、絶対に無理だと思うだろう。仮に、液体が安全で小石も見つけやすい目立つ物だったとしても、液体が透明じゃない時点で難しすぎる。

「お、おい。殺す気かよ」

「何を言ってるんですかぁ~? 地獄からの脱獄は、そこら辺の刑務所からの脱獄とは訳が違うのです。五体満足、生きている必要はないのですから、本気で殺しにかかってくるのですよ? この程度すらできないビビりチキンさんには、到底無理なのです! このお話、なかった事にします?」

 だが、詰みの状況で疲労もあり、梶原はまともな判断ができなくなっていた。

「分かった! やってやる……!」

 どうせ、やめても拷問が待っている。それも、死んでも逃げられない。

 ならば、命懸けとはいえチャンスにすがるより他はないと、思っていた。


「ではでは、スタートなのです!」

 そう言って、獄卒少年は小石を池の真ん中へ投げ入れた。

 梶原は駆け出すが、池の縁であまりの熱気にたじろぐ。

 入水したら、よくても重度の大火傷。死ぬ確率の方が高い。

 だが、これさえ達成すれば脱獄の協力者を得られる。それも、自分より地獄の事に詳しいだろう獄卒だ。

 諦める事はできない。しかし、この場から一歩を踏み出す勇気も出ない。


◆◇◆


 試験開始からどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

「ね〜え〜。まーだでーすかぁー?」

 獄卒少年は暇潰しに、小石を積み木のように積んで遊んでいたが、これも飽きてきたようだ。すでに絶妙なバランスで縦一列に二十個ほど積まれた物が、五つ出来上がっていた。

「そ、そんなすぐに決心つくわけないだろ‼」

 赤黒いドロドロの液体が煮えたぎる、見かけだけでヤバいと分かる沼。それを前に、梶原の足はガクガクと震えていた。

「でもぉ~、これじゃ埒が明かないのです! 今から十秒以内に飛び込んでください。もし無理なら、このお話はなかった事に!」

「あ゛ぁ⁉」

 梶原の威嚇に全く動じず、獄卒少年は手拍子と高速コールを始めた。

「いちっにぃさん、はいっ! 飛ーんで飛んで飛んで飛ーんで飛んで飛んで飛ーんで飛んで飛んで飛ーんで飛んで飛んで飛ーんで飛んで飛んで」

 高速コールによりが始まる。早く入水しなければ、十秒が過ぎてしまう。


「うあああああああああああ‼」


 梶原は、沼に飛び込んだ。


 一瞬の静寂の後、おそらく梶原の物と思われる魂が水上に浮かび上がった。

「……っぷ!」

 獄卒少年は吹き出す。

「あっははははははははは! マジで飛び込みましたよあの人っ! 『うわあ~』って! 『うわあ~』って! 糞ゲー主人公がゲームオーバーした時みたいな、なっさけない声も鳴げて!」

 腹を抱え、膝をバシバシ叩く。

「脱獄の手伝いなんてっ、するわけないのに! 本気で信じちゃってまぁ! やっぱり、生きてる間に殺人欲や虐め欲を我慢できなかった自称サイコパス(笑)さんはバカばっかりなのです!」

 この獄卒少年は、脱獄の手伝いなどする気は全くなかった。ただ、こうやって騙して遊んでいただけである。

「そもそも! あの小石は沼の底にも大量にある物なのです! 俺ですら見分けつかないから、たとえ無事に持ってきても『これ、似てるけど違うのです。やり直し!』ってやる事も考えられないんですかねぇ~! 仮に印つけてるなりして見つけても、手伝うふりして密告という別の遊びができるので俺的には無問題(ノーマンタイ)!」

 かなり性格的に問題のある獄卒だが、地獄からしても雇う価値はある。

 このように、遊びの延長で罪人の脱獄する計画を潰すのだ。

 ただ、大抵は実行に移す前に、脱獄の意思を彼の遊びによって粉微塵に粉砕されるのだが。


「あ゛ー……」

 やっと笑いが治まったのか、呼吸を整える。

「やっぱり、生きている間、人殺しと虐めを我慢しててよかった♪ おかげで、獄卒っていう理想の天職に就けたのですっ! 生前の俺、マジで偉ーいっ♪」


◆◇◆


 その日の内に、梶原の心は折れた。

 今となっては、過去の自分の行いを悔いつつ、己に課せられた刑罰を受ける日々。もう、地獄から解放される未来の事は考えられなくなった。


 これが、虐めに始まり、逆怨みの末にある人物達の最も幸せだったであろう未来を奪った者の末路である。


 自分が犯した罪からは、死んでも逃げられない。

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