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 赤い朧月の見下ろす住宅街。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 一人の少女が、長い黒髪をなびかせ走っていた。

【【ガアアアアアアアアアアアアア‼】】

 細く小さな背中に、咆哮が叩きつけられる。

 そう、少女は逃げていたのだ。

 人型に近いが、体の表面には黒い泥がこびりついていた。泥が乾いたところは黒い鎧のようになっている。


 奴らは穢憑き(けがれつき)。ある化け物が生み出す、穢れを魂に付着させて造られる化け物の幼体である。


【グルル‼】

【ガァ‼】

 最前列を走るのは一番鎧の侵食がされていない者。だいたい、三割程度だろうか。指先には鋭利な爪が生えており、あれに捕まったら息の根を引き裂かれるのは目に見えていた。


【ニゲルナ‼】

 その後ろには錆びついた鉄を擦る音を無理やり言葉に変換しているような声の者が一体。その体は、六割ほど鎧に覆われていた。


【絶対ニ逃スナ! 祓穢(はらえ)ノ者ダケハ‼】

 一番後ろでは他の穢憑きに指示を飛ばす者が一体。中列の者と比べて、だいぶ流暢な口調となっている。ほとんど全身が鎧に覆われているように見えた。


【コッチカライヤナニオイガスルナァ】

「!」

 曲がり角で、別の穢憑きが姿を表した。

 後ろには、元々彼女を追っていた穢憑きが四体。逃げられそうな曲がり角はない。

 一か八か。逃げ道は、前にしかない。

「っ!」

 そう判断するや否や、少女は体勢を低くしてスピードを一気に上げた。

【シネェア‼】

 穢憑きの鋭い爪が振り下ろされる。

「っ!」

 頭、胴体はすり抜けられた。

「ぃっ!」

 しかし、腕を掠めた。

 ゆるめのTシャツの袖が裂け、血が滴る。

【クソガァアアア‼】

 確実に殺す気で振り下ろしたのか、少女(獲物)を仕留められなかった穢憑きは悪態吐きながら追跡に加わった。

 少女はスピードを落とさず、しばらくまっすぐ走った後で角を曲がる。

【イナイ⁉】

【ドコイッタアアア‼】

 穢憑き達もその後に続くが、曲がった先に獲物の姿はなかった。

【……オイ】

 しかし、アスファルトの上にはその痕が残っていた。

【アァ、コッチカ】

 その血痕は、突き当たり袋小路手前の、ブロック塀で作られたゴミステーションに続いていた。

 穢憑き達の顔が、暗い愉悦に歪む。

 ボチャリ、ボチャリと、汚い足音が近づく。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 まだ乾いていない血の痕を塗り潰すように。

 そして。

【ミイィィィィツケタアアアアァァァァァ】

「‼」

 ねっとりとした声が聞こえた瞬間、少女は駆け出した。

【ドコニイク?】

 その先にあるのは、高い塀。

【モウニゲラレナイナァ】

 後ろは、穢憑き。

【潔ク、クタバレエエエエエエェェェェェェェァァァァァァァァァアアアアアアアアアアア‼】

 逃げ場はない――かに思えた。


 ダンッ。


【【【……ハ?】】】

 ギリギリまで穢憑き達を引きつけた少女は、塀を駆け登り、上までたどり着くと穢憑きを飛び越えるように背面飛び。

【何ダト⁉】

 穢憑きは自らの泥を矢のように鋭く固め、飛ばす。

「《異空鞄(いくうかばん)》」

 しかし少女は、どこからか出した黒い羽織を振って、矢をはたき、防いだ。

千絃(ちづる)‼」

 着地寸前、仲間に呼びかける。

「《痺雷雨(ひらいう)》!」

 別の声で詠唱が響いた瞬間、袋小路の奥にいる穢憑き達に、暴力的な光を放つ雷が雨のように降ってきた。

【【【【【ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼】】】】】

 光の中からの絶叫を聞きながら、少女は羽織を地面に落として、袖から拳二つ分ほどの鉄棒――霊棍(れいこん)と呼ばれる、霊力に反応して形を変える武器を取り出した。

 霊力を込め、左右に引っ張る。二つに分かれ、とても棒に収まりきらないほどの長い鎖がジャラリとこぼれた。両端にある棒も、短刀ほどの大振りな苦無に変化している。

 雷の雨がやむと、穢憑きが一体残っていた。体中に細い電光が這っており、しばらく動く事はできなさそうだ。

 他の穢憑きは絶命したのだろう。取り込まれていたと思しき魂が微動だにせず浮いていた。

「《纏霊刃(てんれいじん)》」

 静かな詠唱により、鴉の嘴のように鋭い刃が青白く輝く。それを見て、穢憑きはようやく悟った。

 追い詰められた獲物は、自分達の方だったと。

【マ、待テ! 待ッテクレ‼】

「いいえ。……お覚悟を」

 苦無を掲げるように振り上げた少女は、先程追っていた獲物と同一人物だろうか?

 低い位置で一つに結いまとめられた、長い濡羽色の髪が風で揺れる。冷ややかに見下ろす大きな瞳は、片方は絶望を表すような濃紺。もう片方は鮮血を彷彿とさせる深紅。憂いを帯びた彫りの浅い幼顔は儚げで魅力的だが、幽霊のような気味の悪さを醸し出していた。

【死ニタクナ――】

 命乞いは届かず。

 苦無は光の軌跡を残し、穢憑きを斬り裂いた。

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