鶴の恩返し4
──────殺す。
またあの時のように殺す、殺し尽くす。
魔力を辿る。嵐の前の静けさか、ヴィクトリアの心は静かに燃えていた。
前方の山の麓に明かりが見える。魔力の痕跡もそこで終わっていた。
少し手前に着地する。一歩近づくたび、人間たちの騒ぐ音が大きくなる。
二十メートルほど歩けば臨時の宴会場にたどり着いた。一人の男がこちらに気づき声を掛けてくる。
「おいおい、ここはお前みたいなガキが来るところじゃねぇよ。さっさと帰んな!」
男はそう叫ぶ。だが、ヴィクトリアの眼中にはなかった。
「おい、無視してんじゃねーよ!!」
苛立ちをあらわにし声を荒げる。
「そんな怒んじゃねぇって酒が不味くなる!」
周りの人間が何か騒ぎ出したがなおも気にせず突き進む。
「…………ん? おぉ、リリスのお嬢さんじゃねーか! こんなところでどうした。ちゃんとママにプレゼント渡せたのか?」
「コブさん、この女の子知ってるんですか?」
「ほら、めちゃくちゃ強いコウモリが居たって話したろ。そこに一緒にいた子供だよ。おーい! 俺だ、ジェイコブだよ覚えてないかい!」
一瞥をくれたが、まったく知らない顔だった。
「貴様のようなゴミなど知らぬ。そんなことより、我が愛しのルイスに手を出したやつを出せ!」
「…………まさか悪魔憑きだったのか? お嬢ちゃん、名前はリリスだよな?」
「なぜわらわが貴様のようなゴミに崇高なる我が名を教えなければならぬ。もう一度言う、ルイスに手を出したやつを出せ。これは命令だ。逆らう者は殺す。……まぁ、どっちにしろ殺すが」
幼女らしからぬ言動と迫力に一同は怖じ気付き始めていた。
「ルイスってあいつか」
後ろから言葉の発生源が木のコップを持ちながらふらふらと歩いてくる。
「アーバン、お前もルイスを知ってたのか」
「知ってたっつーか、予想がついた感じだ。いやぁ面白かったぜ! 弟子の女に鶴女の居場所聞いてたらよ、「やめろっ……!!」とか言って止めに入ってきたんだけどよ。あいつ俺たちに向かって基礎魔法打ってきたんだぜ。そのあと鶴女をかばうように割り込んできやがったから腕ぶった切ってはらわた切り裂いてやったぜ! 雑魚が粋がるから痛い目見るんだよ、なぁお嬢ちゃん!!」
周りから下卑た笑い声のような何かが上がる。
「分かったら家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
「…………それが貴様の遺言で良いか?」
「……あ?」
「死ぬ覚悟が出来たかと言っている」
「ガキが大人に勝てるわけ……ぐわぁ!」
左手を横に一閃、それだけで男の右腕は半ばから切り落とされた。突如として起きた光景にその場にいるヴィクトリア以外の人間が固まる。
「…………戦闘態勢に入れ!!!」
その言葉に固まっていた男どもが各々の武器を手に取りヴィクトリアを囲む。
「……そのガキを半殺しで捕らえろ! 大人ってやつをその体に叩き込んでやる!!」
自らを鼓舞するような鬨の声が静かな森に轟く。響く声がだんだんと収まってきて完全に静まった瞬間、囲んでいた三十人余りの男たちが一斉に動き始める。
だがヴィクトリアは動かない。ただ呆れたように一つため息をつくと淡々と、
「爆ぜろ」
静かに放ったたった三文字の言葉で、アーバンと呼ばれた男一人を残し、その一切を血と肉片に変え爆散した。
中心にいたヴィクトリアは大量の返り血を浴びていた。真っ赤な月が彼女を背後から照らす。
悠然と立つ彼女は、まさしく吸血鬼の名に恥じない姿だった。
「………………ひぃっ! お、おま、なに、なにをした!!!!」
先ほどまで調子に乗ってた男が、今は腰が抜け小便を漏らし情けない姿になっていた。
「ゴミを処分しただけだ」
低く冷たい声で告げると男は、
「ひぇ!!!! 誰か! 誰か助けて!!」
立つことすらままならず地面を這いつくばっている。
「わらわは普段怒らぬ。どんな敵も殺すだけで終わらせていた。だがこんな怒りを覚えたのはこれで二回目だ。問おう、ハクはどこにいる」
「後ろの洞窟の中だ! ……頼む、殺さないでくれ! 妻がいるんだ!」
後ろの洞窟を指さし助けを懇願する。
「安心しろ、殺しはせぬ」
その言葉に安どの表情がこぼれる。
まるで理解していない男の様子に、ヴィクトリアは急激に冷静になった。
「癒えぬ痛みに侵されながら、永劫の時を生きるがよい」
指先を男の心臓に突き刺し、自身の血を使い呪いをかけた。
辛苦久遠の呪い。対象の精神を不死にし、たとえ肉体が滅びても精神体で生き続け無限の時間を消えない痛みに侵され続ける。使用した時点から負った傷は回復せずその時の痛みが永遠に継続する。
心臓を貫かれ気絶している男の横を通り過ぎる。視界から消えた瞬間、指を一回鳴らした。多くの場合呪いは末代まで続き、この呪いも例外ではないので、こいつが繁殖行動をとり罪のない子供にまで不幸が訪れないよう男性器を潰し再生できないようにしておいた。
ヴィクトリアの怒りはこんな程度で収まるようなものではなかったが、これ以上はどうしようもないのでハクのもとに急ぐ。
洞窟の中には数人人がいたが見ることすらせず死んだ。
一分足らずで最奥に到着すると、ハクと女の子が一人、手足に枷を付けられ牢獄の床に倒れていた。
扉を壊して中に入り声を掛ける。
「ハク! 寝てないで起きなさいよ!」
声が聞こえたらしく大きなあくびの後、
「…………あら、ヴィちゃんじゃない! しばらく見ないうちに胸がえぐれたんじゃない?」
こんな状態だというのにそんなことを言う。
「私の手で永久に眠らせてあげようかしら」
ハクは何も言わずにヴィクトリアをまじまじと見ていった。
「…………もしかして嫌なことでもあった?」
言葉とは裏腹になぜだか少し嬉しそうな顔をしている。
「…………まぁ、ね。……そんなことより隣の子はあなたの知り合い?」
「えぇ、私の弟子、オルニーテスよ。ほらテス、そろそろ起きなさい」
呼ばれた少女は師匠と同じ様に大きなあくびをすると目をこすりながら「おはようございます」と言った。それから自分の目の前にいる血に濡れたヴィクトリアを見て驚いた様子で言った。
「……うわ! 悪魔です師匠!!!」
それに対し悪魔扱いされたヴィクトリアは少し声を荒げ、
「…………ルイスと言いこんな可愛い乙女に対して失礼でしょ!!」
まるでものおじない様子のテスと言い合っているなか、ハクが微かな声でつぶやいた。
「……ルイスって……」
「その辺は後でちゃんと話すわ。ルイスと、クックを交えて」
納得した様子でうなずくハクと意味が分からないといった様子のテスの軽いけがを治し立ち上がらせる。
「……とりあえず、町に戻りましょう」
そうヴィクトリアが言うと、三人は洞窟の出口に向かって歩き出した。
次の話はのんびり回になると思いまする