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・・・・・・(6)1千万円の告白

 ウィズは、テーブル席の一番奥で飲んでいた。

 ウィズお気に入りのこの席を、喜和子ママは指定席として公認しているらしい。

 その証拠に、この席のテーブルランタンは、ウィズ仕様になっている。

 すなわち蝋燭でなくて、電球を入れてある。

 ウィズはどうしてだか火が嫌いなのだ。


 「今日は水の匂いがするねえ」

 あたしの顔を見るなり、くすんと笑ってウィズが言ったので、あたしはぎょっとした。

 さっきまで河原を逃げ回ったのがウィズにはお見通しなんだろうか?

 彼は普段から匂いに敏感で、前にそれで学校をサボったのがバレたことがある。

 それにしても、いきなり人のうなじとかに顔を寄せて、匂いをかぐ癖は治して欲しい。


 「なんだ、まだ換金してないの?」

 あたしが付き返そうと差し出した宝くじをチラと見て、ウィズはそっけなく言った。

 「高額引き換えは時間がかかるから、早く行ったほうがいいよ」

 「……知ってて渡したってこと?」

 あたしは驚いた。

 てっきり間違えて寄越したと思っていたからだ。


 「こんな高いの、恐くてもらえないわよ。

 返すから、もっと可愛らしい金額のを売ってくれる?」

 「ロトなら5千万円のがあるよ」

 「五千まっ!!!! ちょっと、それも引き換えてないの? なに考えてんの!?」

 物欲がないにもほどがある。

 あたしはあきれ返って、ウィズの切れ長の瞳をのぞき込んだ。


 ウィズはトロリとした表情で黙り込み、グラスをあおった。

「……あなた、酔ってるの?」

 ウィズが酔ったところなんか、これまで見たこともない。

 こんな女の子みたいな顔して、底なしの酒仙なんだから。


 去年、このマンションの住人で白井さんというオタリーマンと賭けをして、一人で一本空けた武勇伝がある。

 酔いつぶれた白井さんに肩を貸して、歩いて部屋まで帰ったそうだ。


「そうなのよ美久ちゃん、なんとか言ってやって!」

 喜和子ママが、おつまみの皿をテーブルに置きながらぼやいた。

「この馬鹿息子は、ここのとこ毎晩こうなの。 酔いつぶれるまで飲もうとするのよ。

 下戸がやるんなら可愛いけど、これじゃこっちの神経も財布もたまったもんじゃないわよ」


 喜和子ママとウィズは、養子縁組した義理の親子だ。

 ウィズが小学校6年生の頃、どこか施設から引き取ったという話だった。

 どうしてその施設で育ったのか、本当はどういう生い立ちなのかは、立ち入ったことになるので聞いたことがない。

 あたしの想像力では、超能力のせいで実の親に気味悪がられて捨てられる、という漫画にありがちないきさつが思い浮かぶんだけど、単なる想像でしかない。



 「ウィズ、何かあったのね?」

ウィズの隣に席を移して、尋ねた。

 「何か悩んでいるなら、話してちょうだい」

 「別に何もないよ」

 可愛さのかけらもない口調で、魔術師は答えた。

 「うそ。 大体おかしいわよ、ウィズはお金にも物にも興味ないけど、この宝くじは大事なはずよ。

  数字を予想して、その一枚がどこの売り場にあるのか予想して、手に入れるまでに結構かかってるでしょう。

 自分の予言の記録を残す為に、現金をもらう権利をチャラにしてまで換金せずにとっとくんでしょう?

 どうしてそれを人にくれようとするの?」


 「1千万円分しゃべらせるつもり?」 

 ウィズはまた可愛くないことを言った。

 「心配しなくても、仮に僕に何かあっても、その宝くじは美久ちゃんにあげるよ」

 「何があるって言うの?」

 「何もないってば」

 ウィズは首を振り、またグラスを口に運ぼうとする。

 あたし、それを取り上げて一息に飲んだ。


 「美久ちゃん! やめてよ、あなたまだ未成年なのよ!」

 喜和子ママが悲鳴を上げる。

 「ウィズがしゃべるまで飲むわよ」

 あたしは脅しにかかった。

 たった1杯で、くらくらした。 どういう強烈な酒飲んでるんだ!


 ウィズはため息をついた。

 あきらめ顔で、あたしの頭を、こつんと小突いた。

 それからあたしの手を握って、自分の額に当てた。

 一瞬びっくりしたが、あたしの体に鳥肌もジンマシンも沸いてくる気配はなかった。

 ウィズの行為には全く性的な雑念がないので、少しも不快でないのだ。


 突然、目の前が真っ赤になった。

 頭の中に、燃え盛る室内の映像が広がったのだ。

 その場所ははじめ粗末な小屋の中のように見えた。

 そのあと真っ白な壁と立派なマリア像が燃えているのが見えた。

 窓には鮮やかなステンドグラスが施されていたが、全てが炎を上げていた。


 そして最後に、どこかの事務所か病室のように、家具のない空っぽの部屋が見えた。

 窓の外は白い雪。

 その部屋も火の海だった。

 床の上で、人間の形をした物が何体か炎を上げていた。

 それは一瞬の映像で、すぐに何も見えなくなった。

 あたしの頭の中には、真っ赤な残像だけが残った。

 

 「……今のは、何?」

 ウィズの顔を覗き込む。

 「もしかしたら、あなたの予見?」

 「ずっと昔からのね」

 ウィズはあたしの手を放し、大きなため息と共に頭を抱えた。

 「僕が死ぬ時の映像なんだ」

 「死ぬ時……って、それをずっと前から見てるの?」

 「実際の記憶とセットで出てくるんだ。

  昔、火事に遭って……。 そのことを思い出すと、これからの映像が一緒に出てくる。

 最後の何にもない部屋が、未来の火災なんだ。

  ずいぶんかかって、この映像を分析して、日付とかを割り出そうとしてるんだけど」

 「回避しようとしてるのね?」

 「うん。でも、多分無駄なことだ」

 「どうして?」

 「僕の予見は外れたことがない。

  外そうとして色々やっても、結局どうにもならないんだ」 

 「そんな」


 あたしたちは、喜和子ママに聞こえないよう、低い声で話していた。

 その声を更に低くして、ウィズが言った。

 「……僕は、死ぬんだよ、美久ちゃん。

  何もない白い部屋で、火に巻かれて死ぬんだ」


 「それで火が嫌いなのね」

 「バレンタインデーなんだ」

 「はい?」

 「そのX−Dayは、バレンタインデーだってわかったんだよ」

 「よくわかったわね、あれだけの画で」

 「燃えてる人が、腕時計をしてる。 日付を読むのに1年かかった」

 「すごい」

 「落ち込むだろ?」

 「はい?」

 「普通は男と生まれて一番ありがたい日だってのに、僕は命日予定日なんだ」

 世のもてない男どもが聞いたら憤死しそうな台詞をけろっと言う。

 意識して自慢そうなことを言ってるわけじゃないとこがすごい。


 はっと気がついたら、今日は2月3日だった。

 バレンタインは再来週だ!


 「いや、年号がどこにもないから何年のバレンタインかははっきりしない。

  でも、爺さんになってからじゃないのは確かだな」

 「今年でないという保証もないのね」

 ウィズはうなずいて、机にゆっくりと伏せた。

 緊張が解けて、酔いが回って来たんだろう。


 「……こわいんだ」

 本音を、やっと言った。

 あたしはウィズの肩をそっとさすった。

 どうしてあげればいいのかわからなかった。

 ウィズの予見がどんなに正確だか、あたしもさんざん見て来ている。

 これまで予見を告げられて、その運命を避けられず受け容れた人を見て来ているのだ。


 「美久ちゃん、飲んじゃいけないんならどうしたらいいのか教えてよ」

 ウィズがほとんど声にならない声で囁いた。

 「……こわいんだ。 死にたくない」


 あたしはウィズにしがみついた。

 その体が小刻みに震えている。

 「……死にたくないんだよ」


 ウィズの背中を抱き寄せた。

 こっちも手が震えていた。

 浮かんできた涙を飲み込んだ。

 「なんでもするわ」

 言ってしまった。


 今までさんざんウィズに助けてもらって、何も出来ないとは言いたくなかった。

 「なんでもする。 どうしたらいいのか、一緒に考えようよ!」


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