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・・・・・・(30)朝香 怜の変身

 あたしの20年のささやかな人生が戻ってきた。

 それは日常の繰り返しであって、すさまじいドラマではなかった。

 でも、愛しい人と愛しいものに囲まれて過ごした、かけがえのない日々だった。

 あたしはウィズに感謝した。

 あんな船、いらない。

 あたしは帰るんだ。


 そこには踏みしめる地面はなかった。

 でも、あたしの心は駆け出すことが出来たのだった。


 


 そうして、あたしは目覚めた。

 病院のベッドの上、たくさんの機械につながれて。

 最初に眼を開けた時は、看護婦さんしかいない広い機械だらけの部屋に寝かされていた。

 そのうち小さい個室に移してもらうと、母と再会することができた。


 母は最初、物が言えずに泣いてばかりいた。

 「美久が生きててくれた。 美久が死なないでいてくれた」

 そう言うのがやっとだった。

 母の後ろに、父の姿があったことが、あたしを驚かせた。

 父はどういうわけか、口を開くと謝ってばかりいた。

 こんなに気の弱い人だったろうか?

 この人の顔色を伺って家の中でこそこそしていた頃を思い出すと、なんだか嘘の様だ。


 ただ一つ、深刻な問題が持ち上がっていた。

 その気弱な父が、ウィズのことを持ち出して、

 「あの男はやめろ。‥‥な、美久」

 と、ひとこと釘を刺したことだ。

 母までうなずいたので、あたしは驚いた。


 ウィズはあたしを助けるために、自分の評判を犠牲にしていた。

 「自分の彼女が危篤状態なのに、病院の廊下で眠りこけてた男」として。

 そりゃどこの親だって怒るだろう。

 娘が死にかけていると突然知らされ、ワケもわからず病院に駆けつけたら、娘と一緒にいたはずのカレシが廊下のソファでぐうぐう眠り込んでたわけだから。

 おまけに加害者が、そのカレシを慕った女性とあっては。


 そう。

 ウィズはあたしがいよいよ危ないと知った時、朝香センセのバッグから回収した睡眠導入剤を飲んで、あたしの臨終の夢にダイブした。

 文字通り体を張って、あたしを救出してくれたのだ。

 でも、そんなこと、他の誰が信じるだろう?


 結局、ものすごく無責任な恋人と思われ、ウィズのお株は下がりまくっていた。

 あとで聞いたら、あたしの意識がない間、ウィズはうちの親から面会を断られていた。

 意識が戻ってから、あたしは両親を説得して、ウィズの面会謝絶をといて貰った。

 でもその時はもうウィズの方が遠慮してしまって、喜和子ママを通じてお花を届けて来ただけだった。


 「遅かれ早かれこうなった、とは思うぜ?

  結婚相手にするとしたら、親のメガネに叶う男じゃないもんな。

  学歴・職業・社交歴、現実的なものが何もないことは結構痛いよなあ」

 3日め、あたしの容態が安定するのを待って見舞いに来た寺内まどかが、そう言って考え込んだ。

 そんなこと、どうでもいい。

 あたしはウィズに会いたい。

 今、会いたい。



 その日2人めの見舞い客は、とても小柄な男性だった。

 麻の涼しげなスーツを着た彼は、ドキリとするような整った顔立ちの人だった。

 まどかが、口の中でワオッと叫んだ。


 「怜‥‥さん」

 ほんとに驚いた。

 朝香センセがあれほどの美人なんだから、怜も本来はイケメンのはずだ。

 それなのに、あたしは一度も、怜を美形だと感じたことがなかった。

 内面からにじんでくるものがなかったからだ。

 

 「警察に逮捕されちゃったとばかり思ってたわ」

 「一度は連行されて、一時拘留されてたんだよ。

  でも、ベレッタさんががんばってくれて不起訴になった。

  オレに殺意はなく、美久ちゃんは自殺の巻き添えを食っただけだと証言してくれて。

  使った薬も、仕事柄手に入る、ってものでもないんで、レミの医師免許を傷つけずに済んだよ。 多少、罰金はついたけどね」

 「よかった!」

 「加療中、というのも理由としてあったんだと思う。

  おかげで、治療に戻ってレミと統合することができたんだ」

 「レイミ先生の記憶もあるの?」

 「あるよ。 手続きの変更や、リハビリや研修期間は必要だけど、将来的にはセラピストとして仕事をしてもいいそうだ」

 怜は外見だけでなく、喋り方も物腰も別人のように落ち着いていた。

 人の目をまっすぐ見て言葉を選んで話す様子は、口調は変わっても、朝香センセと同じものだった。


 母は部屋の隅でぽかんと口を開けていた。

 加害者は女性と思っていたのだから無理もない。

 その母に、怜は深く頭を下げた。

 「お詫びに伺うのが遅れまして大変失礼致しました。 朝香と申します。

  この度は、わたしの軽挙でお嬢様を大変な目にあわせてしまい、申し訳ございません。

  にもかかわらず、起訴状の取り下げに同意して頂きまして本当に感謝いたします。

  こちらはお見舞いですが、お詫びとして別のものもご用意致しましたので、お納め下さい」

 母はあわてて立ち上がり、どうしていいかわからず、お辞儀ばかり繰り返した。

 怜は自分の人格が統合される前の状態を簡単に母に説明した。

 

 「実はこの度の騒動は、私と如月吹雪くんとお嬢さんとの三角関係に端を発したものです。

  図々しいとお思いでしょうが、私は生まれ変わりましたので、改めてそのことを考えさせていただこうと思いまして」

 「怜さん?」

 何を言い出すんだこの人は。

 いや、全然違ってるわけじゃないけど。

 

 「これまで吹雪くんに遠慮して公にしませんでしたが、私はお嬢さんをお慕いしています。

  今はまだ生活が安定しておりませんが、今回リハビリが終わったら、中央大学の病院に試験期間としてですが勤務できることになりました。

  それで落ち着きましたら、改めてお嬢さんとの交際をお願いに上がるつもりでおります。

  どうかご母堂にも、その際はご一考頂きたく‥‥」


 「おいおいおい‥‥。宣戦布告しちゃったよ」

 まどかがあたしに囁いた。

 「知ってるか? 白井さんによれば、朝香センセって大阪医大卒なんだってさ。

  朝香 怜、25歳。 阪大卒、中央大学病院勤務、精神療法士。

  いきなり大層な釣り書きじゃんかよ。

  おい美久、如月さん大丈夫かな?」


 ‥‥関係ない!

 あたしはウィズに会いたい。

 今すぐ、会いたい。


美久の父親をちゃんと書いてあげることがとうとう出来ませんでした。アニメ「トムとジェリー」で飼い主の人間が足だけ登場しますが、あの感覚でちょっとだけ描写、です。

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