表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/51

・・・・・・(27)最後に祈る言葉は

 朝香センセは、あたしと所沢刑事の腕を静かにほどいて、その手を腰に当てた。

 「まさか吹雪クンにカウンセリングされるとは思わなかったわ。

  おまけにこんな優しくない人とも知らなかった。

  こんなギャラリーが多いところで、人の性的嗜好を公表するなんて‥‥最低なオトコね!」

 「すみません。

  でも、先生は統合後、男性として生きて行かれるんです。

  ちゃんと女の子が好きになれると知ったら頑張れませんか?

  僕の予見では、男性機能障害も、きちんと治療すると治るはずです」

 「ほんと? え? だって……」

 あたしは思わずウィズに問い返してしまい、赤面した。

 あやめちゃんの話を聞いて、てっきり怜はその部分を喪失したのだと思っていたからだ。

 ウィズはすぐに察しがついたらしく、

 「大丈夫、子供同士の噂では切断されたって話だったけど、実際に切ったのは根元からほんの……」

 「言わなくていいいいいい!」

 あたしが叫ぶのと、朝香センセがウィズに掴み掛かるのと同時だった。

 ベレッタ刑事があわててまた止めに入る。


 「吹雪クン最低! デリカシーがないことおびただしいわね。

  第一、統合したら美久ちゃんを譲ってくれるというんなら頑張るけど、そういう意味だった?」

 「違います」

 「ほらそこだけ即答! 可愛くない。 最低の上に最悪だわね。

  美久ちゃん、あたしやっぱり我慢できないわ。

  あたしの10年間が、こんな形で終わるなんて許せない‥‥」

 

 次の瞬間。

 朝香センセの左手の中に、突如、紙コップが現れた。

 どこかに隠し持っていたのだろうが、突然出現したように見えた。

 センセはそれを唇に当てようとした。

 ウィズが、電光石火駆け寄って、コップを奪い取る。

 ところが同時に、朝香センセは右手にも何か持っていた。

 その手がウィズに向かって振り下ろされるのが見えた。


 「センセだめッ」

 あたしはとっさに、センセの手にすがり付いた。

 ウィズとセンセの間に割り込んで、両手でセンセの手首を押さえた。

 ‥‥つもりだった。


 あたしの左腕に激痛が走った。

 「あっ」

 「オッ」

 それぞれが、言葉にならない声を出した。

 左腕から血が噴き出した。


 センセの握っていたのは、外したベルトのバックルだった。

 裏側に、薄く削った金属片が仕込んであり、それがナイフ代わりになるよう細工してあるようだ。

 痛みも出血もあったが、大した怪我じゃないと思った。

 ところが。

 朝香センセは悲鳴を上げて、傷口から血を吸い出し始めたではないか。

 「美久ちゃんごめん、ああ、どうしよう!」

 「馬鹿野郎、何か仕込んでやがったな!」

 所沢刑事が怒鳴った。

 「トカレフ、腕を縛れ! 薬物の回りを遅くするんだ」

 ウィズがネクタイであたしの腕の付け根を縛る。

 刑事は携帯で救急車の手配をし、

 「おい、自分で毒物の説明をしろ」

 朝香センセに電話を代わった。

 「3〜4分で救急車が来るぞ。 お嬢を出口まで下ろそう」

 

 ウィズはあたしを抱き上げようとして、一瞬よろけた。

 顔色が真っ青だ。 刑事が怒鳴る。

 「しっかりしろ、このヘタレ!

  ここで命張ってでも助けられないなら、魔術師なんて名乗るんじゃねえ!」

 

 「そんなにあわてないで。あたしは何ともないから」

 あたしは言った。

 実際それまで、自分の中に毒物が入ったような自覚症状はなかった。

 ところが、このセリフがとんでもない舌足らずだったので、愕然とした。

 口が回らない。

 末端神経が麻痺して来たらしく、酔っ払ったみたいに舌が重いのだ。

 突然、恐怖が心の中に踊りこんで来た。

 気がつくと、指先も痺れている。

 こわい!

 ウィズはあたしを抱きかかえて、廊下を急いだ。

 その体が小さく震えているのがわかった。


 エレベーターの中で、ウィズが耳元でごめんと謝った。

 「どうしてウィズが謝るの?

  巻き添えだとか、水臭いこと言ったら怒るよ?」

 あたしはそう言って笑ったつもりだった。

 でも、口が上手くまわらなくて、全員を凍りつかせただけだった。

 「なんでこれを予見できないんだ!」

 ウィズが自分自身に向かって怒った。


 ‥‥だめだよ、自分で言ったじゃん。

 予見も占いも、女心には役に立たないよ。

 ウィズはやっぱり、オトコの発想で動いたんだね。

 

 朝香センセは、そりゃあたしに欲情することがあったかもしれないけど、それでも「ウィズが好きな自分」だけが、自分だったんだよ。

 ウィズが好きで、そのために頑張った自分。

 つらいことの多かったセンセの人生で、唯一その心だけは、無傷で残ってた。

 それはセンセのプレミアだ。

 その心を、自分と一緒に封印したくなったセンセの気持ち、あたしにはちょっとわかるんだ。

 純粋なものだけ抱いて、死にたい。


 機能回復云々の無粋な話は、怜にしとけば済んだんだ。

 的外れもいいとこ。

 オトコって、ほんとにしょうがない。


 いつの間にか屋外に出ていた。

 刑事が、あたしの頭の上から大声を出した。

 「お嬢、サイレンの音が聞こえるだろう?

  救急車が解毒剤を積んで来る。 もう少し頑張れ。

  ‥‥おい。

  おい、どうした? お嬢、待て、目を開けろ!」


 目は開けてる‥‥つもりなんだけどな。

 目の焦点がまるで合わない。

 ピントを合わせる筋肉が麻痺して動いてないのかもしれない。

 おまけに、息が苦しくて、吸っても吸っても、肺が膨らまない気がする。

 視界が黄色い。

 と思ったら緑?‥‥そして緑から青へ、青から紫へと虹のように変化した。

 その先は、どろりと粘りのある闇に沈んでいく。


 「美久ちゃん! 美久ちゃん! 美久ちゃん!」

 ウィズが必死に叫んでる。

 「あああ、神様! 僕はもう何も要りませんから‥‥」

 彼の叫び声を最後に、音のある世界が終わった。


 ‥‥ウィズったら。

 自分の都合で頼ったりけなしたりじゃ、神様もイエス様も困っちゃうよ。

 

 でももし神様がいるのなら、あたしもお願いしなきゃならないことがある。

 どうかあたしがいなくなることで、ウィズのトラウマが一個増えちゃったりしませんように。

 

主人公が死んでしまいましたので、これで連載を終わります(本気にしないように)

第2話ではヘタレまくりの吹雪君ですが、そろそろ気合入れてもらわないとホントに美久ちゃん死んでしまいます。魔術師、発動してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ