・・・・・・(25)最初の晩 最後の夜
「ウィザード」の店内には、喜和子ママと、オタリーマン白井。
ずいぶん久しぶりに顔を出した所沢刑事。
その他にカップルが一組いたが、朝香センセを見て全員が息を飲んだ。
「お綺麗ですわ先生。 ほんとによくお似合いだわ!」
喜和子ママがまず口を開いた。
「ありがとうございます。
苦労してるんですよ、もうどこもいじることができないから」
朝香センセが照れ笑いを浮かべた。
「ッてことは、このナイスバディが整形なしってこと?」
白井さんが遠慮のない言い方をする。
「もともと整形はしてないわ。
いつか怜に返すんだって、思って使ってた体ですもの」
うううん。 どうやったらこのプロポーションになれるのか、魔法だ。
センセはウィズに向かって微笑んだ。
「最後に吹雪クンに見て欲しくって。
人の6倍あるキミの写真的記憶バンクに、しっかり残る恰好がしたかったの」
朝香センセらしい口調が出た。
あたしは胸が裂けそうだった。
これまでセンセは、ウィズが好きだと一回も言ったことはなかったし、それらしい態度を全面に押し出したこともなかった。
それが、今夜はきっちり口に出して‥‥。
最後だから。
「綺麗ですよ、ほんとに。
忘れられるわけないじゃないですか‥‥」
ウィズのたったそれだけのセリフで、センセは涙ぐんだ。
「それでね。 お願いがあるの。
吹雪クン、2時間ほど時間とってもらえないかしら」
化粧が落ちないように涙をこらえながら、朝香センセはウィズに言った。
「あと2,3挨拶に回りたいとこがあるんだけど。
吹雪クンに、エスコートお願いしたいのよ」
「僕が?」
「せっかくこんな恰好してるんですもの。
横で腕を差し出してくれる人か欲しいじゃない?」
ウィズは少し戸惑ったように、あたしの方をちらと見た。
「行っておいでよ、ウィズ。 スーツに着替えて来たら?」
あたしはできるだけ軽い調子に聞こえるように言った。
「朝香センセ、用事が済んだら、どこかで食事して帰ってくださいよ。
ウィズはほっとくと、夕食食べるの忘れちゃうんです。
最近リッチだから、いいとこ連れてってくれると思うし」
「美久ちゃん、ありがとう!」
朝香センセはあたしに駆け寄って、あの時みたいにしっかり抱きしめてくれた。
でも、今夜泣いているのは、センセの方だった。
「美久ちゃんのこと、ほんとの妹みたいに可愛かったわ!
吹雪クンをよろしくね!」
「あたしも、朝香センセが大好きでした。
でもセンセ、そんなにくっついちゃダメですよ。
玲さんと交代しちゃったら、台無しじゃない!」
あたしがおどけて見せると、全員が笑った。
ウィズがあの素敵なスーツで朝香センセの横に立つと、今世紀最高の美男美女カップルが出来上がった。
店を出る彼らを見送った後。
「お嬢。 俺とカラオケって、いやか?」
所沢刑事が、珍しいことを言い出した。
ベレッタ刑事とカラオケ。 似合うような、似合わないような。
「俺だって、たまには若い女の子と遊びに行きたいんだがね。
帰りは送ってやるから、つきあってくれんか?」
「あー! ずるいずるい、僕が誘おうと思ってたのに!」
白井さんが割って入ってきた。
「駅前のゲーセン、チョー過激なシューティング物が入ってんだ。
バーチャルリアリティーっぽくマスク付けて撃つやつ。
設定がしっかりしてて、女の子にも人気があるんだよ。
美久ちゃん、一緒にやってみない?」
「あらゲームセンター?
あたしみたいなお婆ちゃんは一緒じゃダメかしら」
喜和子ママまで入ってきた。
「プリクラって、1回撮ってみたいのよね。
でも息子に言ったらすっごいイヤな顔されたの。失礼じゃないのねえ」
「よしママさん、店閉めてみんなで出かけよう!
お嬢、そういうわけで今夜は、ゲーセン経由カラオケ行きだ」
刑事があたしの背中を叩いた。
「あの‥‥でも」
「悪いことは言わん。 この店で待つのはよせ」
真顔になって所沢刑事が言ったので、あたしの胸がズキンと痛んだ。
「お嬢は見た目よりずっと大人だと、俺は思ってんだ。
わかるだろ? あの二人だって大人どうしなんだ。
今夜くらい、少々のことは大目に見てやれよ」
「大丈夫だって、美久ちゃん。
基本的にはオトコどうしなんだから、たいしたことにはならないって」
オタリーマン、情けない慰め方をする。
‥‥そうか。 そういうことになるのか。
朝香センセ、捨て身でぶつかって来たものね。
ここはあたしが譲るのが、大人な対応なわけ‥‥。
仕方のないことだと思う。
あたしとウィズには、この先たくさんの時間がある。
朝香センセにはそれがない。
あたしだって朝香センセ大好きだもの。 最後の願いを叶えてあげたいとは思う。
でも! よりによって、なんで今夜なんだろう。
あたしは今夜、ウィズとひとつになろうとしていた。
それだって、あたしにとっては一生一度のことだった。
彼に抱かれる覚悟をしたのは、これが初めてじゃない。
恥ずかしながら、3度目だ。
2月にやけくそでアタックした時は、はっきり意思表示をもらえないまま、ぐずぐずと回避された。
先日は勢いに乗じて、なしくずしにゴールしかけて、結局周囲に邪魔された。
どちらもウィズの本心は確認できなかった。
あたしは自分の手を見つめた。
さっきまで、この手の中に、ウィズの手があった。
その中に、彼の心があった。
それはどんな形であれ、愛情と呼べるものだったはずだ。
そのベクトルは、初めてあたしを指していた。
その手が今は、こんなに冷たい。
今夜初めて、あたしのために用意されたあのぬくもりを、例え朝香センセでも、他人に奪って欲しくないと思うのは、あたしのエゴなんだろうか。
雑踏。 人ごみ。
きょうはもうこりごりのはずだった。
駅前のゲームセンターには、こんな夜中にどうよというくらい、若者が集まっていた。
正確には、「若すぎる者」だ。
小・中学生に見える子供が、平気で夜遊びしている。
そんな中で、あたしたち4人は明らかに浮きまくっていた。
ベレッタ刑事と喜和子ママは、自分達が異邦人なのが面白いらしく、とんでもなくテンション上がってた。
大騒ぎでプリクラを撮影し、やたらと盛り上がっている。
あたしは白井さんと、バーチャル風シューティングゲームに挑戦した。
やってる途中で、腹が立ってきた。
こんなことやってる気分じゃない!
何でこの人たちは、こんなにいい人たちなんだ!
おかげでこっちも、物分りのいいふりしなきゃならなくなる。
がんばって楽しまなきゃならなくなる。
トイレに行くふりをして、馬鹿騒ぎから離れた。
静かになったとたん、バッグの中で携帯が鳴っているのに気づいた。
「ウィズから‥‥?」
あわてて耳に当てたそこから、聞こえて来たのは朝香センセの声だった。
歌声だ。
朝香センセは、低いけれど印象的な声で、子守唄を歌っていた。
ウィズの中のあやめちゃんを寝かしつけた時に歌った、あの古いメロディだ。
「もしもし? ウィズ? 朝香センセ? ‥‥もしもし!?」
何故だかすごくイヤな予感がして、あたし、必死で叫んだ。
まともそうに見えましたが、やはり一癖あったか朝香先生。以下次号!