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・・・・・・(24)悲願達成

 ウィズはしばらくどうしていいかわからない様子だったが、ゆっくりとあたしの体を抱きしめた。

 戸惑いながら首筋に顔を押し付けて、大きく呼吸した。

 朝香センセはもう、床に座り込んで、本格的に泣きじゃくっていた。

 「よかった! よかった!!

  あたしの念願だったの! 生きてく目標だったの!

  あたし小さい頃から女の子になりたくて、お化粧も大好きだった。

  でも、当時から吹雪クン、おしゃれしたあたしを見ると逃げてしまって、とっても悲しかった。

  それがトラウマのせいだと知った時、絶対あたしが直してあげるんだって思ったの。

  敷島の関係から、2,3度診察して貰ったことのある久保先生に相談して、セラピストの道を知った。

  頼み込んで怜を封印して貰って、それからは久保のいうことはなんでもきいたわ。

  吹雪クンが施設から一般のお家に引き取られて、名前も変わってしまって、あたし必死で探した。

  ネットでウィザードのページを見つけたとき、夢かと思ったわ。

  香水、化粧はお断りって書いてあるんですもの。

  まだ間に合うんだってわかって、ほんとに嬉しかった!」


 「朝香先生‥‥!」

 ウィズはあたしから離れて、センセの前で頭を下げた。

 ほんとにゆっくり、深々と。

 「ありがとうございました!」

 もう感極まってしまった朝香センセは、ウィズがかがみこんで肩を貸さなければ、その場に倒れてしまいそうだった。

  

 「あたし、もう何も思い残すことはないわ。

  怜に伝えて欲しいの。

  あたし、怜と一緒になる。

  人格統合の治療を受けるわ!」



 その晩、「ウィザ−ド」はお祭り騒ぎになった。

 念願成就ですっかりハイになった朝香センセのお誘いで、あたしとウィズと3人で祝杯を上げた。

 朝香センセはちょっとキレちゃってる状態で、派手にしゃべりまくりながら正体を無くすまで飲み続けた。 引っ張られて飲みながらも、あたしたちはちょっと心配になった。


 「大丈夫かなあ、ウィズ。

  朝香センセなんかヤケになってない?」

 「ひとりじゃ帰せないなあ」

 あたしとウィズは声をひそめて相談した。

 朝香センセは、喜和子ママを相手にウィズの小さいころの話なんかを面白おかしくやって、大声で笑い転げている。

 「うちに泊めるように、喜和子ママに頼んでみるよ」

 「ウィズも、あぶない感じするの?」

 「するね、朝香先生思い詰めるタイプだから」

 ウィズはグラスの底に残ったテキーラを口の中に流し込んで眉間にしわを寄せた。 お酒が好きなくせに、少しも美味しそうに飲まないんだから。


 「ウィズはどうなの、気分は?」

 あたしはウィズに顔を寄せ、改めて聞いてみた。

 「いいよ。 なんか不思議な感じだ。 すごくすっきりしてるんだ。

  ラップみたいな薄皮を一枚はがして、直接ものに触ってる感じ」

 「いい顔になったよ、ウィズ」

 普段から表情に乏しいウィズが、今日はとても自然な笑顔を見せている。

 閉じ込められた小さな女の子ひとり分の涙を脱ぎ捨てて、現実に帰って来たからだ。


 「実はあたしも、これから悲願達成なの」

 「美久ちゃんも?」

 「うん」

 あたしは最高級の笑顔を作り、大声で魔術師に言った。

 「ウィズが大好き!」


 うふふふ。

 キョトンとしてる。

 ウィズは去年のバレンタインに炎の中でした予言を忘れてしまっているからわかってないけど、この瞬間あたしは回避2号を達成したのだ。

 ウィズの過去を知った時、彼を嫌いになると言う予言を今、外したのだ!

 「乾杯だッ! あたしももう一杯飲もう」

 「わ。 美久ちゃんまでハイになっちゃった。

  喜和子ママ、この店なんか変なクスリ使ってない?」

 面食らっているウィズを尻目に、あたしと朝香センセは大はしゃぎで、交互に乾杯を叫んだ。

 


 

 それから後、一番忙しかったのは所沢刑事だろう。

 「俺は事後処理は性に合わんのだ。

  現場に出せ現場に!!」

 わめいても、あやめプロジェクトにはもはや現場が存在しない。

 

 彼は敷島たち逮捕者の供述を元に、被害者加害者の情報を整理し、各担当課へ送りつけた。

 そのかたわら、朝香センセが提出したビデオと書類を分析した。

 それまでヤクザとの癒着、治療方法の問題点など、曖昧な方向から検討されていた久保医師の扱いを一転。 児童への猥褻行為、虚偽の患者名の作成、その他医師法違反など、具体的な罪で統一した。

 その結果、久保は3日後にスピード逮捕。

 朝香センセは、その助手として書類送検されたが、罪状を付けられることはなかった。


 かなこちゃんの中の「あやめちゃん」は、久保に代わって朝香センセが解除した。

 ウィズの解放を夢見て、とてつもなくたくさんのシミュレーションを繰り返して来たセンセにとって、それはたやすいことだった。

 かなこちゃんはまだ情緒が安定しないようだったが、これは、時間という名の魔術師しか解決できないだろう。


 その朝香センセは、怜と協議して、人格統合のために中央病院に通い始めた。

 当分、怜は統合に反対していた。

 統合によるダメージが大きいはずの朝香センセが統合に賛成で、オリジナルの怜の方が否定的だというのはヘンな話だ。

 怜は自分に自信がないので、決心がつかないらしい。


 彼らの担当医は、怜を説得しようとして各種シミュレーションを展開している。

 統合後、両方の経験も記憶も一つのものになるのだから、何も失うモノはないのだと。

 もちろん、レイミ先生の資格と経験で、怜が仕事をすることも将来的には可能だろう。

 怜はすこしずつ、それを受け入れて行った。



 あたしとウィズは、「初めてのデート」なんて可愛いことをやることにした。

 ウィズが地下鉄や電車に乗りたがったからだ。

 驚いたことに、彼は自動改札機を知らなかった。

 山奥から出てきた仙人みたいなウィズと、人ごみの中を歩くのは楽しかった。

 

 チケット売り場でぎゅうぎゅう押されながら並んだり。

 満員電車で離れ離れになり、降りてから携帯で落ち合ったり。

 遊園地の雑踏を、人に迷惑かけながらふざけて駆け回ったり。

 要領が悪くて予定の半分もこなせなかったけど、満足して、疲れて、幸せだった。


 帰りの電車の中は、夕日で真っ赤に染まっていた。

 学生の下校ラッシュに巻き込まれ、押されながら吊革につかまり、並んで立った。

 「今年は、花火大会に行けるね。

  秋にはお祭りも。 ああ、初詣も!」

 あたしが言うと、ウィズは吊革にすがってくすくす笑った。

 「そんなに、人ごみ専門にならなくっていいんだよ」

 「あ。 そうよね。 ふたりきりのデートだってちっともしてないもの」

 ヤクザのアジトへ雪の中をドライブ! って、ひどいのはあったけどね。


 「‥‥ふたりきりになろうか。 このあと‥‥」

 ウィズが小声でささやいた。

 あたしの心臓が、トン、とスキップした。

 「‥‥うん」

 夢の中のことのように、自分の声が遠かった。

 

 つり革を持ってない方のウィズの手が、あたしの指先を探り当てた。

 指と指をからめるように、しっかりと手をつないだ。

 ウィズからの、初めてのアプローチ。

 なんだか胸が一杯になって、全然おしゃべりできなくなってしまった。


 かなこちゃんの事件の時、ウィズはあけすけに性行為を描写してはばからなかった。

 今は、これからすることを一言も口にしようとしない。

 そのことが、かえって状況をリアルに感じさせる。

 頭の芯が熱くて、はじけそうになる。

 黙りこくってしまった二人には、規則正しい電車の走行音が何より救いだった。


 車を取りに、一旦「ウィザード」まで戻った。

 常連さんたちが絶え間なく押しかけるウィズの部屋は落ち着かないので、外に出たかった。

 誰かに会うのは恥ずかしい。

 直接駐車場に入るつもりで、ふたりで歩いていると。

 「こんばんは」

 路上から、涼しげに声を掛けてきた人がいる。

 桜色のドレスを着た、美しい人だった。

 「‥‥朝香センセ!?」


 イブニングにもなりそうなセミロングのワンピースに、白いボレロ。

 ピンヒールのパンプス。

 髪をアップにして、完璧な化粧を凝らした朝香センセがそこにいた。

 もともと美しい人なんだけど、ふだんはシャープなカッコよさが印象に残る。

 でも、この時のセンセは、一度見たら一生忘れられないくらい、きれいだった。


 「人格統合の日が、明日に決まったので、ご挨拶に‥‥」

 ああ‥‥。 そうなんだ。

 今日は、センセが女として過ごせる最後の日だったんだ。

 「長いことお世話になりました」


高校生レベルの恋愛ですが、今回手をつなぐシーンが何故か一番気に入ってます。

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