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・・・・・・(21)ふたつめの封印

 ワンルームで狭いけど、居心地のよさそうな部屋だった。

 たぶん、メインでここを使ってるのは朝香センセだろう。

 あまり男の人の部屋って感じじゃない。

 かといって、ちゃらちゃら飾り立ててもなくて。

 片付いているのに、神経質な感じもしなくて。

 うん。 この部屋って、いかにも朝香センセだ。


 「ベッドはそこだ。 服脱げよ。

  コロ助が何をされたのか、教えてやるよ」

 怜はあたしの肩を押して、室内に押しやった。

 あたしは驚いて、怜の顔をまじまじと見た。

 「なんだよ? 今さらヤだって言うんじゃないだろうな」

 「そうして欲しいのかと一瞬思ったの」

 「ああ? どういう意味だよ」

 「‥‥いいの、なんでもない」


 あたしはベッドに腰掛けて、アンサンブルのサマーセーターを脱いだ。

 怜の方をちらと見ると、ベッドから少し離れたところで、腕組みをしてこっちを見ている。

 あたしをいじめてみたくて、わざと横暴にしてるのか。

 あたしの覚悟を確認したくて、テストをしてるつもりなのか。

 少なくとも、二人で気持ち良くなりたくて部屋へ連れ込んだ人のとる態度じゃないと思う。


 スカートとストッキングを脱いだ。

 ちょっと迷ったけどブラジャーに手を掛けたら、怜がその手を押さえた。

 「下着は客が脱がすんだ。

  それとさ、あやめちゃんは撮影の時は人形化粧をしただろ。 でも接客の子には布製のお面を着けさせるんだ」

 「布?」

 「硬いお面じゃ、ずれたり皮膚に傷つけたりするだろ。

  マスクみたいなやつを被せて目隠しをするんだ。

  化粧は子供の顔をわからなくする為だったが、マスクは子供に客の顔を見せないように着けさせるのさ。 道ですれ違ってもわからないようにな」

 怜はバンダナを持って来て、あたしに目隠しをした。

 「マスクの代わりにこれでいいだろう。

  どうせ本物のマスクも『オペラ座の怪人』みたいな、鼻のとこまでしかないやつなんだ。 口が隠れてしまったら、客にサービスできねえもんな」

 あたしはベッドに腰掛けさせられた。

 怜はそのまま近づいて来ず、しばらく黙っていた。

 あたしは息をつめて怜の気配を窺うしかなかった。

 自分の心臓の音が一番邪魔だった。

 

 「ふうん、オヤジどもが病みつきになる気持ちがわかるな。

  このビジョンすげーソソる」

 怜が観察を終えて鼻先で笑った。

 あたしは下着姿で目隠しをした哀れな自分の姿を、なるべく思い描かないようにした。

 「この格好でお客さんに引き渡すわけ?」

 出来るだけ平気そうな声を出したのが気に入らなかったんだろう、怜の声が尖った。

 「甘いね、客に渡す前に大田原がまず調教するんだ」

 「調教」

 「いきなり客にやられちゃったら、子供はパニックになるだろう?

  どんなことをされるか予備知識を与えたほうがいい。

  大田原はそういうケアのうまいヤツで、つらい目にあうけどうまい物が食えるとか、お客さんに褒めてもらえるとかプラス面を強調して、子供に曲がりなりにも自分で選ばせるんだ。 我慢するからご飯やおもちゃを下さいって」

 「……悪魔ね」

 「そう、自分で選ぶことによって、子供は自己責任を感じる。

  自分が被害者だと思わなくなる。 それで、人にバラされる危険もなくなる」


 怒りで体が震え始めた。

 ウィズが隠したかったのは、この事なんじゃないだろうか。

 当時の彼は幼すぎて、自分が虐待されたということが理解できなかった。だから自分から体を開いたことだけを深い罪として恥じた。

 自分を嫌いになり、自分を愛してくれる人などこの世にいないと思い込んだ。


 「ひどい」

 涙があふれて来て、目隠しのバンダナに染み込んだ。

 「ひどい、ひどい、ひどい!」

 同情することが申し訳ないなんて次元は通り越していた。

 「ウィズが可哀想。 大田原も、敷島も、辰海組も人間じゃない!!」

  

 

 「‥‥なんであいつなんだよ?」

 不意に、怜が言った。

 「なんであいつだけだ?」

 あたしはバンダナを外して怜を見た。

 彼は両手で顔を覆って、壁にすがっていた。


 「レミも、美久ちゃんも、自分のこと犠牲にしてさ!

  なんで、なんで、なんでコロ助なんだ?

  おかしいだろ? あいつがそれだけの男かよ!?」

 怜は、壁をこぶしでどん、どん、と叩いた。

 「あいつのどこがそんなにいい?

  そりゃ顔はいいけどそれだけじゃん!

  オレと同じにドタヘタで社会不適応じゃん。

  美久ちゃん最後まで行ってないってことは、エッチがいいわけでもないだろ?

  なら何がよくてあいつなんだ?

  何であんなヤツに、オレの人生が幻にされなきゃいけないんだ?」

 「マボロシ?」

 「レミはあいつに惚れたから、セラピストになったんだ。

  その夢のために、オレは10年以上も封印されてしまった。

  仮に、今さら体が使えることになったって、学校にも行ってないオレがまともにできる仕事なんかどこにもない。

  人生経験だってほとんどゼロなんだ、免許証がオトコだから、俺にも使えると思って運転だけはマスターしたけどな。

  食っていくためには、レミに体を譲って、オレが消えるのが一番いいんだ。

  そんな人間になりたかったと思うのか?

  だからこそオレは、レミもコロ助も許せないんだ!」

  

 「怜さん、でもあたし‥‥」

 「もういいよ、服着ろよ!

  そんな気分じゃないよ‥‥!」

 

 あたしは怜を傷つけたんだろうか?

 わからない。どうしたらよかったって言うんだろう。

 考えながら、また服を着た。

 怜は壁の方を向いて、決してこっちを見なかった。

 「怜さんありがとう。 服を着たわよ」

 近づいて声を掛けても、怜は動かなかった。  


 「怜さんとレイミ先生って、その‥‥。 一緒になろうとは思わないの?」

 動かない怜の横顔に尋ねた。

 「本で読んだことがあるの。

  精神科医と各人格が協力して、分裂した人格を統合することで、多重人格は治療できるって。

  そういうこと、してみるつもりはないの?」


 「その話は何度も出たけどね。

  オレたちは物心ついたころから二人だから、なかなか決心がつかないんだ」

 怜は泣き出すのではないかと思うほど、かすかな声で言った。

 「あたしね。レイミ先生にカウンセリング受けた時、すごく安心できたの。

  あたしみたいに中途半端にスレたり、無知だったりさ。 なんか曲がりくねっちゃった女の子の気持ち、すごくわかってくれたの。

  それを受け止める側のウィズの視点も、センセはちゃんとわかって話してくれた。

  それはやっぱり、怜さんの男の心と、レイミ先生の女の心と、両方あるから出来たことだと思う。

  きっと、人格統合したら、片方が消えてしまうんじゃないよ。

  両方のいいところを、合わせて深めた人間ができるんだよ。

  そうなった怜さんを、あたしは見てみたい‥‥」


 「っくそ!」

 怜は突然顔を上げ、あたしの肩をつかんで壁に押し付けた。

 噛み付きそうな勢いでキスされた。

 

 全身に悪寒が走ったけど、ブロックするのを我慢して、必死でじっとしていた。

 刺激しない方がいい。 ゼッタイ。

 とんでもなく物慣れない、へたくそなキスだった。

 唇が離れるまで、息を止めていた。


 「一個くらい、コロ助に対して罪悪感背負わせたかったんだ。

  ‥‥サイテーだな、オレ」

 怜は一人でシュートして、一人でイエローカードを食らっている。

 もう、どうリアクションしていいかわからない。

 何を言っても、傷つくときは傷つくのだ。

    

怜は美久ちゃんより5つも年上なのですが、成長の機会が少ないので中学生並みの感性です。寸止めクイーンの美久ちゃんのほうが上ですね。

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